八話 『また会う約束を』

  「うひー、ここどこ?」

  昼前ーー太陽が国全体を照らして、少し暖かさが出てきた頃

  亡霊鉱山と呼ばれる山の中腹で、鼠が一人枯れた木の上で半泣きで立ち尽くす。

  咄嗟に思いつきで山に突入したまでは良かったが、考えが無さすぎたのがよくなかった。

  なんとなくでここまで流れで登れたのは良かったものの、頭が冷静になった途端、急に何もかもがわからなくなってしまった。

  「うー……ん…こっち……いや、あっち?」

  「そうだねぇ。どっちかといえばそっちかな。」

  「うわぁ、びっくりした。」

  次の一歩をなかなか踏み出せずに視界を巡らせていると、後ろの木の上から足を引っ掛けてぶら下がる一人の鼠の声がかかった。

  「ごめんね、驚かすつもりはなかったんだ。」

  驚いて落ちそうになったところを、手を伸ばして支えてくれた。

  そして、そのまま引っ張られ、再び木の上へと戻される。

  そしてその鼠は軽く微笑んで

  「ついてきて。」

  と言うと、足を枝から下ろして、手ですぐ下の枝に着地し、そこから軽やかに木々の上を走っていった。

  その鼠の動きに迷いはなく、ほんの一息で数十メートル離れた木まで行ってしまった。

  「ま、マジかよ……」

  その動きに圧倒され、開いた口が塞がらない。

  手と足の動きに無駄がない、迷いがない、躊躇いが無い。

  先に行ってしまった茶色の毛の鼠がこっちに笑顔で手を振っている。

  それに手を振って答え、水色の目に示された『道』を据えて、

  「オッシャァ!行くぞ!」

  と思い切り、一歩を踏み出した。

  薄緑の葉に囲まれれながら、茶色の鼠と薄橙の鼠ーーヴァンが山をかけ出した。

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  木々をかき分け、沢を超え、渓谷を飛び越えたその先に、一人を除いて前人未踏だったその場所に、二人目の鼠がたどり着いた。

  「ワァ……スゲェ」

  そこにあったのは、開けた草原だった。

  茂った木々にぐるりと囲まれて、その場所は不自然に拓かれていて、自然とそこに広がっていた。

  見回すと、小さい滝と、そこから続く川が流れているのが見えた。おそらくさっき飛び越えた沢の水もここから流れているのだろう。水面はゆらゆらと煌めいていて、その水がいかに綺麗か、一眼でわかるほどだった。

  広場の真ん中には、堂々と立つ一本の威厳のある大木がある。

  あるのは黄色い草原と透き通るような水と存在感を放つ大樹の3つだけ。

  その三つしかないのだが、それだけで偉く様になっているような気がした。

  無駄なものは何もない、それで完成されているのだ。

  「どう?凄いでしょ。僕のお気に入りの場所なんだ。」

  横からそう言われて、思わず頷いてしまう。それだけの感動があった。

  ヴァンの反応を見て、茶色の鼠が大樹のほうへ歩いて行き、木の麓で大の字になって寝っ転がる。

  「ほら、君もおいでよ。」

  寝転がった茶色の鼠が大の字のままヴァンに声をかける。

  ヴァンはその声に従って辺りを見回しながら大樹の方へと歩いていく。

  そよ風に吹かれながら、大樹を見あげる。

  これほど大きい木は見たことがない。ここに来るまで辿ってきたどの木よりも丈夫で威厳があって、畏怖さえ感じる。

  それほどにこの木は力強く、その姿は自然を体現しているようだった。

  「凄いよねぇ。この木。こんなに周りは開けてるのにこの木だけはずっとここにあるんだもんね。」

  「あぁ、そうだな。まさに自然って感じがするよな。」

  なんとも曖昧な感想だが、ヴァンが感じたことを伝えようと思ったら、そうとしか言えなかった。

  未開の亡霊鉱山、なんとなく入った山の中、思っても見ない大発見をした。

  まさに自然、これが自然だと感じるものがあった。

  「隣…いいか?」

  「もちろん。ほら。」

  了承を得て、茶色の鼠のすぐ横に、同じように大の字になって寝転がる。

  広がる緑の絨毯は思ったより柔らかく、痛みを感じることはなかった。土もやわらかいのだろうか、とても体にフィットする。石のベッドより寝心地がいい。

  寝そべった目の先に見えるのは、大樹の青々とした葉だ。

  聞こえるのは、水の落ちる音と風で揺られる草の音だ。

  それ以外は何も聞こえない、無音の音色が耳を豊にしてくれる。

  「ここには、よく来るのか?」

  そんな無音に耳を澄ませながら、無音を割って尋ねる。

  それに対して、数秒の間があった後

  「よく来るよ。ここにいるとね、僕が悩んでいることなんて簡単なことのように思えてさ。毎日慌ただしいから、落ち着いて何かを考えるのに丁度いいんだ。」

  と答えがくる。

  なんとなく、わかる気がする。ヒトの声なんて聞こえない、空気も音も澄んでいるこの場所は一人で楽しめたらさぞ気持ち良いだろう。

  「…オイラは邪魔だったかな。」

  「まさか、誘ったのは僕の方だよ。と、そういえば」

  少し申し訳ない気持ちがあったが、それは杞憂だったらしい。

  茶色の鼠が寝返りをしてうつ伏せになり、ヴァンのほうへ視線を向けると、

  「君はどうして山に入ったの?」

  「そうだなあ……。そこにたまたまあったからかな?」

  「へえ、僕と同じだね。」

  適当にはぐらかして答えると、茶色の鼠は再び仰向けになる。

  ちゃんとした理由は別にあるが、たまたま逃げ込んだだけなのであながち間違ってはいない。

  「そうだ、まだお礼を言ってなかった。ありがとな。アンタのおかげで助かったよ。」

  「そう?」

  「オイラが行ける道を探しながら進んでくれたんだろ?なんとなくわかるさ。」

  道中、勢いよく進んでいく中で、何度か不自然に止まってヴァンが来るのを待ってくれることがあった。進んでいる最中も、何度か注意をもらったりもした。

  おそらくヴァンが安全に行けるように気をつかってくれたのだと思う。

  「あのまま山中に一人だったらもしかしたら尼垂れ死んでたかもしれないからな。」

  あそこにいくまでは、勢いだけで行ってしまったので、正直どうやって行ったのか覚えていない。

  がしかし、あの場について冷静になった途端、道が見えなくなった。

  冗談抜きで、命の恩人だ。

  「だから、ありがとうって……」

  恥ずかしながらも顔を見て感謝を伝えようと体を起こしたのだが、茶色の鼠はさぞ気持ちよさそうに寝息を立ててすやすやと眠っていた。

  「ーーーー。」

  その寝顔を見て深くため息をつき、手を枕にして再び寝転がる。

  無音の山中、目を閉じて意識が無に落ちていく。

  それほどまでに落ち着けて、この場所は自分を受け入れてくれる。

  そんな感覚と共に、ヴァンは眠りについた。

  眠った二人の鼠を、大樹だけが葉を揺らして眺めていた。

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  そのまま時間は過ぎていって夕方、茶色の鼠ーーレンは、亡霊鉱山で目を覚ました。それに気付いたのか、隣で寝ていた薄橙の鼠も目を覚ます。

  「アァ、起きたのか。ってもう夕暮れか。」

  「そうだね…かなり長いこと寝てたみたい。もう降りないと。」

  立ち上がり、一度パーカーを着直すと、それを見た薄橙の鼠が目を鋭くする。

  「アンタ……もしかして狩人か?」

  座ったまま訪ねてくる鼠に対し、レンは

  「そ……違うよ。まだ狩人じゃないよ。」

  一瞬「そうだ」と答えそうになったのを抑えて、言い直して答える。レンが狩人になるのは明日の朝からだ。今日はまだ狩人ではない。

  というか、明日からなるのはあくまで『期日付き』の限定されたものであって、本当の意味での狩人になるわけではない。

  と考えたら、まだまだ狩人の名を語るなんて自分にはほど遠い。

  「でもなんで?」

  小首を傾げて聞き返す。

  鼠は一瞬顔を俯かせたと思うと、すぐに顔をあげ立ち上がり、

  「いや、なんとなく思ったからさ。山を登ってる時の身のこなしが明らかに常人のそれじゃなかったからさ。」

  「そんなこと言ったら君もなかなかいい筋してると思うけどね。」

  「…そうかもな。鍛えてるから。」

  立ちあがろうとする鼠に手を差し出し、そのまま引っ張り上げる。なるほど、鍛えてると言うのが目に見えてわかる腕をしてる。

  引っ張り上げて立ち上がった彼をみて今更ながら身長差がそれなりにあることに気づいた。

  エルドよりはちょっと身長が高い程度だが、レンにはまだ届きそうにない。

  年もレンと大差なさそうだが、やけに大人びてる印象を受ける。

  狩人の訓練を日々受けているレンより、目に見えて筋肉質だ。

  どんな鍛え方をしているのだろう。

  「ん?どうしかしたか?」

  「……ううん。なんでもない。それより、早く降りよっか。暗くなると目が効かなくなっちゃうからね。」

  「ああ。」

  短い返事を受けて、二人は大樹の元から歩きだす。歩き出して、降り道の目処を立てていると、

  「そういえば、まだアンタの名前聞いてなかったな。」

  「そういえば……。」

  と、今更ながら互いの名前を知らないことに気づいた。

  山を登ってる最中に見つけたので、なんとなくノリで「着いてこい」と言った時から、今までなんら違和感も感じてなかったが、確かにお互い名乗っていない。

  大樹の下で二人で一緒に昼寝までしたと言うのに、名前を知らないことを忘れていた。

  橙の鼠が、ふっと笑って笑顔で手を差し出して

  「オイラはヴァンって言うんだ。アンタとおなじ、鼠のヴァンさ。呼び捨てでいいぜ。よろしくな。」

  白い歯を見せてニカっと笑い、自らをヴァンと名乗った鼠の手を取り、

  「よろしく、えっと……ヴァン。僕の名前はレンだよ。」

  初めまして的なノリは久しぶりなので、若干照れながら挨拶をする。

  新しい友達ができるのも、それこそ狩人の訓練を初めて以来だ。

  まぁ、訓練生は皆同じ屋根の下暮らしているのでもはや友達通り越して家族と言っても差し支えない関係だが。

  「そんじゃ、降りるか!というわけでオイラにはサッパリなので頼んだぜ。レン先生。」

  「おーし、先生に任せなさい。……といっても帰りはそんな難しくないんだけどね。」

  「そうなのか?俺にはサッパリ視えないんだが。」

  目を凝らして、道を探す動作をするヴァン。

  この様子だと本当に見えてないらしい。レンには分からない感覚だ。

  「んーー。やっぱ無理だな。オイラには無理だわ。影にしか見えん。」

  「そうなの?」

  「街中とかだったらある程度夜でも見えるんだが……。」

  オレンジ色の日に照らされた山中の木々にはほぼ光が通っておらず、わずかに光が見える程度である。ほぼ影だ。

  しかし、それはレンの目を狂わせるには程遠い。

  「まあまあ、先生に任せときなさいな。とりあえず峡谷さえ越えちゃえば後はらくなもんだからさ。」

  そう言って斜め前方の木に手をかけて、一気に登る。

  「そんじゃ、頼むぜ。レン。」

  それに続いてヴァンも木を登り、レンの後についていく。

  「あ、レン『先生』ね。」

  「そんなに気に入ったのか?その呼び方。」

  そうして二人の鼠が、日の差し込まない暗い森へと入っていった。

  再び無音に染まった草原の中、大樹は一人消える二つの影を見守っていた。

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  「オイ……マジでやんのか?」

  「うん。マジだよ。これがなんだかんだ手っ取り早いからね。」

  「いやいやいや流石にコレはオイラも……ってあああああぁぁぁぁぁぁああ!!!」

  峡谷を越えて、ここからどうするのか聞いたら、まさかの山の滑り降りだった。

  斜面は思ったより滑らかで、尻が多少擦れて痛むがそれでもほぼ無傷で麓近くまで帰ってこれた。

  「……っ!!」

  木にぶつかった。痛い。

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  「ほい、無事に帰ってこれたね。楽しかった。」

  「いてて……まだ痛むわ…。」

  レンのいう通り、速攻で帰ってこれたものの、ぶつけた顔面と尻が痛い。

  笑顔で満足げなレンに対して、顔と尻を手で刺さすっているヴァン。

  「どうだった?楽しかったでしょ?」

  「いやまあ楽しかったは楽しかったんだけど、体中が痛いです先生。」

  「ふむ、これはまた再考の余地があるかな。」

  色々と痛がるヴァンだが、レンはどこも痛がる様子がない。何か降りるのにもコツが必要なのかもしれない。

  土を払って立ち上がり空を見ると、もう空は紫がかっていた。もう後数分経てば夜になる。

  隣で伸びをするレンに目を向け、

  「なあ、レン。アンタさえ良ければまたここに来てもいいか?」

  レンは伸ばしていた姿勢を戻し、力を抜いてヴァンの方を見て

  「もちろん。また来てよ。といってもそんなに高頻度で来てるわけじゃないからまた会えるか分かんないけど。」

  レンは狩人なので、毎日訓練で遊びに呆けてる時間はほぼない。来れるのはこうして休みをもらえる日だけだ。

  そして、休みの日でも毎回来るわけではないので、今回こうして会えたのもかなりのラッキーなのだ。

  だが、新しく出来た、そして初めての亡霊鉱山を共有できる友達なのだ。

  しばらくは高頻度で会いたいというのもある。

  「そんじゃぁ……次はいつ来れるんだ?それまでに一人で昇り降りできるようになっておくからさ。」

  と、ヴァンから約束を取り付ける言葉を出してくれた。

  嬉しくてつい頬が緩んでしまうのを抑えつつ、平然を装ってそれに応える。

  「そうだなぁ……。十日後…かな。多分その日の午後には行けると思う。」

  「十日後か……よし、わかったそんじゃまたその日に会おうぜ!」

  少し考えるような仕草をした後、ヴァンが応える。

  そして、ヴァンは手を振り、旧市街地の廃屋の上を転々と走り抜けていった。

  レンもそれに対して手を振り見送る。

  すぐにその姿が見えなくなり、振っていた手を降ろし、ヴァントは反対方向へと歩き出す。

  数時間、少ししか言葉は交わしてないがそれでもあの鼠とは、ヴァンとは仲良くなれそうな予感がしていた。

  久々の『友達』になれそうな予感にレンはワクワクしつつ、もう少し一緒に話をしたかった寂しさに襲われる。

  そんな二つの別々の感情でモヤモヤしながら旧市街地を出て、大通りの方へあるこうとしたその時、

  「………レイヴン?」

  見慣れた獅子がボロボロになって壁に寄りかかって座り込んでいた。