九話『事実を伝える妄言』

  「……レイヴン?」

  亡霊鉱山の麓、捨てられた旧市街地と生きた土地の境目で、捨てられたようにボロボロになった、見慣れた金色の獅子が座り込んでいた。

  顔と、体の見えるところから切り傷と思われる傷が数箇所あった。

  それだけじゃない。

  多分魔法を使ったのだろう。所々、焼け跡のようなものがある。

  レイヴンの使う魔法は、赤魔素を媒介とした爆破の魔法だ。狙いの地点まで火球を飛ばし、爆破させる。単純かつ高威力の魔法だ。

  自分で使った魔法の影響を自分で受けたのだろう。

  爆破は、高威力だがそれなりのリスクがある。

  それは範囲威力共にそこそこな規模な変わりに、自分も巻き込まれやすいということだ。

  レイヴンのパーカーがボロボロな理由の一つだ。

  訓練の際に、何回も自分が巻き込まれて爆発することがあったせいで、焦げ跡と焼け焦げて無くなった袖で構成されるのだ。

  「レイヴン……レイヴン……!」

  駆け寄って両肩を掴み、レイヴンの体を揺らし呼びかける。

  すぐに反応が無くて、冷や汗が出る。

  が、慌てずに。こういう時こそ落ち着いて処置しなければならない。

  「…………。」

  レイヴンの心臓があるであろう部分に手を当てて、魔力の流れを読む。

  生きているならば、魔力の流れが止まることはない。

  目を閉じて、全ての情報を遮断して、レイヴンの魔力の流れを探すことだけに注力する。

  レンの使う魔法の応用だ。

  植物を魔法で扱うときも、まずは植物に流れる魔力の流れを掴むところから始まる。

  だから、やることは同じだ。

  「………良かった…生きてる。」

  レイヴンの心臓から、鼓動と、微弱だが魔力の流れが伝わってきてとりあえず生きていることは確認。

  胸を撫で下ろし、ホッとする。

  しかし、ここでホッとしてはいられない。

  すぐにでも本部の救護室に運ばなければならない。

  しかし、本部まではそこそこな距離がある。

  せめて何か自分とレイヴンの体を縛れるようなものが欲しい。絶対に何回か落とす。

  「……う……は……」

  なにか手頃な植物を探そうとして立ち上がったその時、掠れた息の声がした。

  「レイヴン!」

  その声を発したレイヴンに再び駆け寄り、再び肩を掴む。

  「レイヴン、大丈夫?何があったの?」

  必死な形相でレイヴンの肩を揺らす。

  まだ意識がうつろなのか、レイヴンは目を半開きのまま、反応は無い。

  「少し、ここで待ってて。今何か……何かレイヴンを担ぐ物探してくるから。」

  聞こえているか分からないが、そう告げてレイヴンの元から離れようとしたその時、

  「……鼠……?」

  と、再び掠れた声がした。

  先ほどとは違って、意味のある言葉を発したレイヴン。

  「レイヴーーー」

  再び彼の名前を呼んで駆け寄ろうとしたが、それは風によって遮られた。

  その風の発生源は、先程までそこでぐったりとしていたレイヴンの腕だった。

  「ちょ……レイヴン?」

  レイヴンの腕が、レンの頬を掠めた。

  僅かに痛む感覚があった頬を触ると、赤い液体がついていた。

  切られたのだ。レイヴンの掌に着く刃で頬を切られた。

  そのまま、立ち上がったレイヴンは、二撃目、三撃目と爪を振るって攻撃を続けてくる。

  その攻撃をギリギリで体を反らせてかわす。しかし、レイヴンは体を反らせたレンのバランスを崩したタイミングを逃さずに、レンの足を蹴り払う。

  その咄嗟の足蹴りに対応できずレンは地面へと倒れ込む。

  「……レイヴン?」

  なぜ攻撃されたのか分からないレンは困惑の表情だ。

  一方でレイヴンもまた、自分が何をしたのかあまり理解していない顔をしていた。

  ただ、レイヴンは肩で呼吸をしていて、攻撃の構えで、酷く青ざめた顔をしている。

  「……レン…?」

  その目で、僅かに血走った目でレンに気付いたのか、目つきが変わる。恐怖と狂気の目から、安堵と強気の、いつものレイヴンの目に変わる。

  そして、レイヴンは再び倒れ込んでしまった。

  倒れ込むレイヴンを慌てて受け止めて、ゆっくりと地面に下ろす。

  「レイヴン……何が…。」

  レイヴンがなんの理由もなしに、誰かを襲うなんて考えられない。相手がレンであろうが悪党であろうがその認識は変わらない。

  正気だったのかそうじゃなかったのか、今のレンには計り知れない。

  ただ、がむしゃらに攻撃してきたわけでは無く、間違いなくレンを殺す気で、相手の隙を作るための攻撃の組み立て方をしてきた。

  「……急がないと。」

  日が沈んで、旧市街地に影が広がる。

  レイヴンを壁に寄りかからせて、再びちょうど良さげな植物を探しに、レンが旧市街地の影に消えていった。

  「……鼠……鼠…?」

  うわ言を繰り返すレイヴンだけが、影と光の間に残された。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「はい、これで大丈夫。魔力を消耗しすぎてるから数日は絶対安静だけど、怪我の程度は重くないから、生活する分には支障はきたさないわ。」

  「ほんとですか?良かった……。」

  「本当にね。まったく、無茶するんだから…。」

  救護室でレイヴンの治療を終え、長椅子に腰を下ろすのは、我らが治癒術師、川獺のアリエイトだ。

  その横に並ぶように座っているのが、レイヴンを狩人本部『シアルド』まで運んで、頬に絆創膏を貼ってる鼠のレンと、レイヴン班のもう一人、兎のファンドだ。

  アリエイトは、治療の疲れを感じた顔を、レンは安堵の顔、そしてファンドは少し怒った顔をしていた。

  三者三様の表情で並んで座る三人の前に座っているのは、険しい顔をしている熊猫ーーリオンだ。

  そしてそんな険しい顔に対していつも通りのほほんとした顔でリオンの隣に座っているのが、レイヴンのルームメイトの猫ーーノットだ。

  五人が対面して座っているのに、その間に会話はなく、静まり返っていた。

  それぞれがそれぞれ、レイヴンに対していろんな思いが渦巻いているのがわかる。

  「レンくんのほっぺた、それどうしたの?」

  しん、と静まり返った中、ノットが口を開いた。

  ノットに続いて、

  「そういえばそうね。レイヴンばっかに気を取られて他から聞いてなかったけどレンくんはそれ、どうしたのよ。」

  と、ファンドが自分の頬をつついて、レンの切り傷について尋ねてくる。

  その質問に対してどう答えるのが正解か、腕を組んで考える。

  レイヴンが攻撃したーーそう言って素直に納得するヒトはここには居合わせていない。

  「んにゃ、言いたくなかったら言わなくてもいいよ。ごめんね。」

  なんで伝えるべきか悩んでたが、なんも言わなくて良さそうな流れになったので取り敢えず乗っかっておこう。

  なんにせよ、あった事をそのまま言うと誤解を招きかねない。

  しかし、

  「本当に聞かなくていいの?レイヴンがあんな状態で帰ってきてるのに、レンくんだって何かに巻き込まれてるかもしれないっていうのに。」

  と、逃げ道を塞ぐようにファンドが続ける。

  ファンドの視線はレンでは無く、狩人の事実上の責任者であるリオンへと向けられていた。

  その視線の意図を汲み取り、小さく頷き、リオンがレンの方を見る。

  「その通りだ。今この場で言いにくいことがあるのなら、あとで個人的にでも話しにきてほしいのだよ。レイヴンとレンに何があったのか、責任者であるワシは把握しておく必要があるからね。」

  と、リオン個人では無く、狩人の責任者として、リオンがレンに言う。

  「…それじゃあ、後で考えがまとまったら話します。今は…ちょっと……。」

  「そうか…。じゃあその話はまた後でしにくるといい。」

  そしてまた沈黙ーー。

  各々聞きたいこと言いたいことがあると思うが、それ以降、誰も話を振るヒトは居なかった。

  それぞれがレイヴンに対してそれぞれの思惑はあれど、それを口にするヒトはいなかった。

  「……さて、もうすぐ消灯なのだよ。ノット、ファンド二人はもう寮に戻りな。」

  「うーん…そうだねぇ。レイヴンも目を覚ましそうにないし……。今日はもう寝ようかにゃ〜。」

  消灯時間を告げるリオンに、あくび混じりにノットが答える。

  そのままノットは立ち上がり、ノロノロと廊下の方へ歩いて行き、

  「そんじゃ、お先におやすみ〜」

  と、廊下の暗がりへと出ていった。

  ノットが出ていったタイミングでアリエイトは再びレイヴンのベッドの方へ。

  アリエイトが席を離れて、机の周りに座るのは、ファンドとレン、そしてリオンの三人だ。

  「………リオン先生、一つだけお願いがあります。」

  ノットを見送った後、ファンドがリオンに向き直り話し始める。

  「なんだい?」

  「明日……明日以降、私とレンくんをライくんとノットくんの班に、交代で入れてもらえませんか。」

  「……何故かな?」

  突然の提案にリオンが目を細める。

  レンも、いきなりのファンドの提案に口が開く。

  ライとノットの班ーー正しくはライとノット、エルドの三人の班なのだが、エルドはリオンの判断で狩人としては活動できないので、現場に出る時はライとノット二人の班だ。

  そして、その班は、『狩人訓練生特別援護班』と呼ばれる、特別なものなのだ。

  近距離戦の実力はリオンをも凌ぐノット、魔法的力量は計り知れないほどの魔力量、生成量を誇るライ。

  互いがそれぞれの分野のエキスパートで組まれた言わば、現状の狩人における切り札的存在。

  それが、特別援護班だ。

  「なぜか、と言われれば単純に、効率を上げるためです。レイヴンにあれだけの仕打ちがあって、レンくんにもそれに巻き込まれている可能性がある以上、人手をこれ以上減らすわけにはいかないでしょう?」

  淡々と述べられるファンドの言い分を、リオンは表情ひとつ変えずに聞いている。

  「それに、私とレンくんの二人では残念ながら戦力不足でもし私たち二人の前に魔道士狩りが現れたとしても対処の仕様がありません。レイヴン一人で、レイヴンの実力があってもあの様ですから。」

  レイヴンの実力は近距離戦も魔法戦も総じて高水準にまとまっている。ノットほどの技術はなくても、ライほどのセンスが無くてもそれでも狩人の中では五本指に入るほどの実力者だ。

  そんな実力者であるレイヴンを敗走させるほどの魔道士狩り。

  レンとファンドだけでは到底対処のしようがない。

  「……なるほど、それで戦力不足を補うためにあの二人と組みたいと…。わざわざ交代制にする理由は何かな?君一人だけでも別にヒトは足りるだろう。一班三人で、ファンドの耳があれば索敵も事足りるだろう?わざわざレンと交代にする理由は何かな?」

  「レンが……彼が、鼠だからです。これでおわかり、でしょ?」

  「……なるほど…。君の言い分は分かった。レンは、どうかな?」

  ファンドとの会話が終わり、レンへと話を回すリオン。

  咄嗟に話が回ってきて内心かなりあたふたしている。結構重要な話だし、なんならファンドがそんなこと考えてるなんて思ってもなかった。

  レイヴンが復帰するまで、レイヴン班の活動休止を覚悟していた。

  しかし、ファンドが道を用意してくれていた。

  予想外のことだが、そこに道があるなら進むしかあるまい。

  「僕は、ファンドほど考えられてるわけじゃないし、とても自分勝手な物なんですけど…」

  「いいよ、聞かせてくれ。」

  深呼吸をし、自分の考えを話す。

  「……僕は、レイヴンをあんなにした相手を許せないです。復讐したいとか、そんなんじゃないですけど、やっぱり僕はレイヴンの為に何かできる事をしたいと、そう思います。」

  ファンドと違って、効率だとか、自分の有用性だとか、そんなのはまだ考えられない。

  だが、レンはレイヴンのために何かしてあげたい。

  それが本音で最大だ。

  それに、

  「レイヴンはこんな僕でも、狩人としてできる事を探してくれたんです。だから……ちょっと違うかもだけど恩返し的な事をできたらなって。そしてそれは、現場に出る事でしか為せないと思います。」

  対人戦も魔法戦も正直自分一人では足りなさすぎる。

  でも、そんなレンでもできることがあると期待して班に誘ってくれて、一緒に考えようと言ってくれたのはレイヴンなのだ。

  だから、レイヴンが見つけてくれた期待を無下にはしたくない。

  「なるほど……よく分かった。」

  レンの意見を聞き終えると、リオンは一度目を閉じ、腕を組んで少し考えた後、

  「ファンド、君はレイヴンの現状について何か思うことはないかな?」

  と、今度はファンドに対して質問がされた。

  その質問にファンドは呆れたような顔をして、

  「思うところなんてありすぎて、どれだけ時間があっても言い足りないですよ。無理すんなって言った矢先に無理して、あんなになって……。ほんと、馬鹿みたい。」

  それは紛れもない本音だろう。

  昨晩、ファンドはわざわざ念を押してまで無理するな、と言っていた。

  今回だけじゃない。いつもファンドはレイヴンに忠告だったりなんだったりで気を遣っていた。

  それこそ、馬鹿みたいに。

  「だから、レイヴンを助けるのは私達がいいです。それが私の本音。建前も装飾もない、私のね。」

  その口調は怒気を孕んでいたが、徐々に優しい口調へと変わっていく。

  なんだかんだファンドも怒ってはいるが、心配も十分にしているのだ。

  「だから、私達を行かせてください。弱い私たちを強い彼らと一緒に。」

  ファンドが立ち上がり、リオンに深く礼をする。

  それに続いてレンも慌てて立ち上がり、

  「お願いします!リオン先生」

  と、深く礼をする。

  リオンの顔は見えない。リオンは座ったままどんな顔でレンとファンドの礼を見ているのだろうか。

  「ふぅ……嫌になるねほんとに。」

  礼をして数十秒、軽いため息と共にリオンが言う。

  その言葉の意味がわからずに、思わずファンドと目を合わせてしまう。

  「嫌になる…?」

  「そう。責任者という立場なんてなるもんじゃないよ。そうやって君たちが誠意を込めて礼をされると、ワシの良心が痛む。でもね、責任者としての私はそれを踏まえた上で情に流されない判断を下さないといけない。」

  「はぁ……つまり?」

  礼から上体を起こし、リオンと目が合う。

  リオンはレンとファンドの両方の目を交互に見ながら、

  「結論だけ言うと、君たちと特別班が組むことは許されない。変わりに、君たちレイヴン班に臨時で休暇を与えられるかも……ね。」

  「休暇……。」

  「そう、ワシと私が譲歩してできるのはおそらくそこまでだ。それも、今すぐに判断できることではないけどね。」

  立ち上がって、レイヴンの寝ているベッドの方へ目をやるリオン。

  「レイヴンがどれほどの情報を得たか……それ次第だよ。レイヴンが得た情報を、君達の班が得た情報として提供し、その上で休暇を与えるのに遜色ないか……ま、その位は期待してもいいと思うよ。」

  これ以上の話し合いは、レイヴンが起きてからという話になり、その日の話し合いは幕を閉じた。

  「そうだ、ノットには聞き忘れたんだが、最後に一つだけ聞かせてくれ。」

  「…何か?」

  部屋を出て行こうとするファンドが踵を返し、リオンの方を向く。

  「貯蔵庫の魔鉱石が記録より一つ少なかったんだが、何か心当たりはないかい?」

  「………私は、知りません。」

  「そうか、悪いね。」

  「いえ……。それではおやすみなさい」

  そう言って笑顔で廊下の暗がりへと消えていくファンド。

  リオンとファンドの短いやりとりがあって、話し合いの場は本当に終わりを告げた。

  「さて……ファンドも行ったし、そろそろレンも帰りなさいな。」

  話し合いの途中、レイヴンに対してどう思ってるかを話した後から、レンは不自然に顔を俯かせたままだった。

  「……?レン、何か話したいことでもあるんじゃないかな?…‥.その傷のこととか。」

  「…わかりますか?」

  「分かるとも。可愛い一番弟子が、何を思ってるかぐらい、顔を見ればある程度わかるさ。」

  リオンは机をどけて、長椅子に座るレンに目線を合わせるために、床にしゃがみ込む。

  リオンがこうして、自分から目線の高さを合わせて話にくる時は、監督、教官、上司としてではなく、リオン唯一個人として話をしてくれる時だ。

  熊猫と鼠という、種族の超えられない体格差をリオンはいつも、自分から埋めるように立ち回ってくれる。

  「……これから話すのは、全部本当にあった、妄言だとでも思ってください。」

  矛盾した語り出しに、リオンは何も言わず、レンをしっかりと見据えてそっと頷いた。

  それを、見たレンは一息ふっと息を吐き、喋り始める。

  「これは……この傷は、レイヴンに引っ掻かれたことによってできた傷です。勿論、街中で、唐突に襲われてできた傷です。」

  傷をさすりながら、あの時レイヴンに襲われた事を話す。

  リオンは一瞬驚いたように目を見開き、しかしすぐに顔の色を戻す。

  「何か、レイヴンは何か不安そうな目で僕を見ていました。それがなんなのかは分からないけど、今まで見た事ないような…そんな目で僕を見て、攻撃を仕掛けてきました。」

  狂気とも言える、あの目。

  力が完全に抜けていた状態からの咄嗟の動きでこの傷は作られた。

  余程、何かレイヴンの気に触ることをしてしまったのかもしれない。

  「でも、多分それはレイヴンの本意じゃなくて……。うまく言えないけど多分たまたま、偶然それが僕だっただけだと、思います。」

  話を終え、その合図としてリオンの目をみて、深く瞬きをする。

  その意味を汲み取ったのかリオンも一度深く頷き、立ち上がってレンの隣に座る。

  一息、深いため息をつき、

  「たしかに、妄言の類だと思った方がマシな話だ…。」

  「……そうです。これは、僕の妄言の範囲内です。」

  頭を抱えるリオンと、俯いたままのレン。

  レイヴンが仲間内に手を出した、部屋にいた四人がその妄言の事実に目を伏していた。

  レイヴンがいかに普段仲間を大切に思ってるか、それを知らない者は、シアルド内に誰一人としていないのだから。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「おやすみ、レン。また明日の朝、ここに来てくれ。レイヴンと一緒に今後について話そう。」

  「はい、おやすみなさい。レイヴンのことよろしくお願いします。」

  そう言って、最後に一礼をし、レンも廊下の暗がりへと消えていった。

  三人の訓練生を見送り、一息つくリオン。

  そこへ、暫くレイヴンのそばへついていたアリエイトが、お茶を持ってリオンに対面する位置へと座った。

  「リーさんももう寝たら?レイくんは私が見ておくからさ。」

  「ありがたい申し出だけど、ワシももう少しいるよ。お茶がさめるくらいまでは、ね。」

  「ふぅ……。お茶を淹れてきたのは間違いだったかしらね。」

  「ありがたく、冷めたら頂きますよ。猫舌なもんでね。」

  そんな何気ない会話が行われている中、金色の獅子ーーレイヴンは意識を取り戻していた。

  起きてすぐに耳に入ってきたのは、どうやらレイヴンがレンを攻撃したらしい、ということだ。

  唖然とした。

  レイヴンには、その記憶はない。意識を取り戻したと思ったら、あったのは心地よい、ちょっと硬めのベッドの感覚だ。

  ベッドのある方は灯はなく、声がする方向から光が漏れて、うっすら明るい程度だ。

  そんな薄明かりの中、布団に顔を埋めて、記憶を辿る。

  亡霊鉱山周辺の旧市街地ーー

  そこでレイヴンは黒い外套で身を覆った一人の鼠と戦闘になった。

  過去をえぐられて精神的に消耗していたところに、更に死の恐怖が合わさって逃げ出してしまいたいと思った。

  既に魔力も引っ張り出して、体力もギリギリで、今にも倒れそうな時に、声がした。

  あの時は、それが誰かなんて考えもしなかったが、今考えればすごく聞き馴染んだ声だったことがわかる。

  あれは、ファンドの声だった。

  なぜかは分からないけど、ファンドがあの場に居合わせてレイヴンを叱咤したのだ。

  レイヴンにある記憶は、そこで途絶えている。

  そこから何があってどうやって生き延びたのか覚えていない。

  最後に聞いたのは、おそらくファンドの声で、最後に見たのは、路地裏の地面で……。

  「俺は……何をしてたんだ……?」

  怖いーー

  自分で、自分が何を考えて、何をしたのか分からない。記憶に空白の部分があるのが異常に怖い。

  その空白は、一体本当にレイヴンなのだろうか。

  顔を埋めていた布団が力を入れて握られ、力が入った時に無意識に爪が立って、布団に穴が開く。

  「リーさんはレイくんのこと、どう思うの?」

  レイヴンが記憶を辿っている間も、光の方では会話は続いていた。

  そして、レイヴンの話に入った時、いやでもその会話が耳に入ってくる。

  リーさん、というのはリオンのことで、レーくんというのは、レイヴンのことだ。

  質問の内容は、漠然とした具体性を持たないものだった。

  その質問から少し間があって、尋ねられたリオンの答える声が聞こえてきた。

  「そうだねぇ、分かりやすいお調子者だよね、レイヴンは。見ていて危なっかしいと思わされてばかりなのだよ。今日だって……いや、今日だけじゃないか。いつだって猪突猛進で考え足らずで……親心尽きないよ。」

  ふふ、とアリエイトが鼻で笑う音がして、またリオンが喋り出す。

  「何をやるにも全力で取り組んでくれる姿勢はいいのだが、空回りすることが多い。前の試験でも多分何かやらかしてると思うんだよね。ファンドの顔がそう言ってたし。」

  「レーくんらしいねえ。」

  「でしょ?レンくんだって、あの性格についていくので精一杯だと思うよ。彼は努力家だから、レイヴンのがむしゃらなスタイルとは噛み合わない。」

  すごく、的を射た言葉だと思う。

  ファンドは、レイヴン班のブレイン的存在で、彼女の思考はレイヴン達より一歩上を行く。

  それに、一歩引いた立場から物事を考えるスタンスを取る。それは、レイヴン班をまとめるのにとても力のある思考と言葉だ。

  だから、レイヴンの考える前にまず動いてみる、というスタイルとは相反するのだ。

  一方で、レンはレイヴン班の潤滑剤のようなものだ。ファンドの頭脳とレイヴンのバイタリティの足りない部分を柔軟に補ってくれている。

  誰より魔法が使えないと自称し、誰よりも努力の時間を積み、それも自分の個性として無碍にせずそれすらも有効に使えないか考える。そして、レイヴンを主とした上で、とても柔軟な動きを見せる。

  だとしたら、自分は?

  自分は何ができる?

  昼にも考えたことだ。ファンドが居れば、レンが居れば。あの場に二人のどちらかが居れば魔道士狩り相手に逃げ帰ることなんて、まずしなくて済んだかもしれない。

  何もできやしない自分が憎いーー

  つむったままの目から涙が出てくる。

  その涙はレイヴンの頬を伝い、枕に落ちてシミとなって広がる。

  また、泣くのかーー。

  昼間と何も変わらないーー。結局何もかもできたつもりで何もできていない。

  弱い自分が、弱い自分が、弱くて情けなくて、自信だけは一丁前で、何もできないのに何かをするふりだけは達者でーー。

  俺は、自分が大嫌いだーーーー。

  「でもね、レイヴンがいないとあの班は成り立たないのだよ。」

  俺、は自分が憎いーー。消えてしまえと、思いたいー。

  「ファンドの一歩引いた姿勢で入れるのは、レイヴンが先に、思考の一歩目となるものを引き出してくれるから。」

  俺は、何もできないーー

  「レンが魔法を使ってあれこれできるのは、レイヴンが盾となって目をひいているから。」

  俺、はーー

  「そして何より、あの二人がレイヴンのことを信頼して、尊敬して、大好きだから、レイヴンの動きを見て、それでファンドが考えて、そしてその考えを実現するのに必要なプラスアルファをレンが作るのさ。」

  ーーー。

  「ワシはね、あの班に一番期待してるんだよ。レイヴンもレンもファンドも、あの三人だからいいのさ。多分、ファンドもレンも、ライとノットと一緒にいてもそのポテンシャルを発揮しきれないだろうさ。」

  「ま、そうかもねぇ。ライくんとノッちゃんは、それぞれなんでも自分でできちゃうものね。」

  ー俺は、ーー。

  「そう。だからね、ワシはレイヴン以上に素質のある狩人は存在しないと、そう思うね。」