「レイヴン、おはよ。」
「おはよーレイヴン」
朝礼を終えて活動時間になってすぐ、救護室を訪ねて来たのは、レイヴン班に所属する白兎のファンドと、青い毛をサラサラとたなびかせるライだった。
「ファンドはともかく、ライが来るなんて思っても無かった。ノットは?」
「ノットはねぇ、レンくんと一緒に、今リオン先生のところに行ってるよぉ。なんか手続き?があるって言ってた。」
と、ライはいつも通りのんびりとした口調で話す。
なんというか、強いヒトというのは何か抜けてないといけない法則でもあるのか。
剣術で他の追随を許さないノットも、今こうして目の前に立ってるだけだ少し肌寒さを感じるほどに魔力が冷気として溢れ出てるライも、両方ともこのようにのんびりした性格だ。
「手続きってなんのだ?なんかあったのか?」
「あら、リオン先生から聞いてない?」
「ん?ああ、今日はまだ会ってないからな。なんも聞いてないけど……。」
ファンドは一度驚いたような顔をして、一回咳き込むと、ライを手で指しながら
「今日はライくんと、ノットくんと一緒に外回り行っていいことになったの。」
「そうなのか?」
「そうだよー。ボク達、普段二人で動いてるから三人で外回りできるの楽しみー。」
尻尾をぶんぶん振り回して、嬉しさマックスなライ。その尻尾が何度かファンドにペチペチと当たっている。
「ていうか、よくリオンが認めたな。どうやって説得したんだよ。」
「あらあら、どっかの誰かさんが眠りこけてる間に頑張って譲歩してもらいましたよ。」
「そうそう、なんか分かんないけど朝起きたらファンドちゃんが訪ねて来てね、休暇もらったから同行させてくれってお願いしに来たんだよぉ。」
「へぇ。そうなのか……って休暇?」
「そう、休暇。休暇だから、狩人としてあーだこーだする気は無いけど、ついていくだけなら別に問題ないでしょ?」
「あぁ……それはそう……いや、俺はノーコメントだな。」
ファンドが同意を求めるようにウインクして来たが、レイヴンは狩人としてあーだこーだした前科があるので敢えて何も言わず。
しかし、ファンドにはノーコメントの理由がなんとなくわかったようで、
「まあ、誰かさんみたいに寝込むことにはなりたくないし、私はあくまで着いてくだけね。耳だけは、いやでも使えるしね。」
兎らしい長い耳をぴこぴこと揺らしてその存在を主張するファンド。
たしかに、歩いてるだけでも収音率はかなりのものなので歩いてるだけでも情報収集だのなんだので活躍できそうではある。
「ファンドちゃんのお手並み拝見だねぇ。」
「いいなぁ、戦う以外に何かできるって。」
「ねぇ、ほんとほんと。」
と、ライが頷く。
狩人という戦うことが求められる職業上、戦う能力に秀でてるライとレイヴンに言われると皮肉にしか聞こえないが、この二人はどちらかというと戦闘一辺倒という感じなので、割と戦う以外に役割を持てるのは、案外羨ましかったりするのかもしれない。
その感覚はファンドには分からないものだ。
「そんじゃ、そろそろ行くわ。レイヴンは今日の今日こそ大人しくしてること、いい?」
「ああ、流石に今日は無理だよ。お手上げだ。」
両手を上げて、大人しくするアピール。
流石にまだ若干だるさが残っている。魔力の回復と体力と……それに、心の整理もまだ着いてない。
そんな状態で何かしたところで足手まといにしかならないことはわかる。
大人しくしてるアピールするレイヴンを見てファンドは満足げに頷くと、
「それじゃあね、レンくんも来ると思うからよろしくね。」
と、颯爽とライを置いて出て行った。
まだファンドには話したい事があったのだが、仕方ない。
「ライは、行かなくていいのか?ファンドと一緒に行くんでしょ?」
「……うん。行ってくるねぇ。」
そしてあくび混じりに返事をして、入ってない右袖をゆらゆらと振って、扉のほうへ向かう。
「あ、待て、ライ。まだ話すことがある。」
「んー?なにかな。」
ドアを出る途中で赤い目で視線だけ向けてくるライ。
「ノットにも伝えておいてほしいんだが……ファンドを守ってやってくれ。それだけ、よろしく頼むぜ。」
手を合わせて懇願の姿勢。
もし昨日鉢合わせた鼠が再び、レイヴンではなく、狩人を狙ってくるのだとしたら再び鉢合わせてもおかしくない。
ファンドは戦えないわけではないが、多分相手の鼠の方が上手だ。
そうなるとファンドでは手に負えない。逃げ切れるかどうかも微妙なところだ。
「うん。任せてーー」
そう言ってライが左腕を広げると、同時にライの周囲に突然いくつもの氷塊が形成される。
これだけの量を瞬時に、支配下においてしっかり制御してるのだというのだから本当にライの技術力には驚かされる。
「この通り、今はファンドちゃんは絶対に守ってあげる。」
声のトーンが下がり、ライの真剣さが伝わってくると共に、その力の強大さも伝わってくる。
ライの赤い眼差しが淡く光り、その眼光に貫かれそうになる。
「お、おお。頼りにしてるぜ、ライ。」
その力の強大さの圧に押されながらも、いつもの調子で返す。
ふふっと笑ってライが手を払うと、氷も瞬時に魔素に還元され、光を伴って消失する。
「それじゃあ行ってくるねぇ。」
「ああ、頼むぜ。」
短い挨拶があって、今度こそライは狩人として仕事をしに部屋から出て行った。
「ライ…か。そういや手合わせしたことねぇな…。」
その実力を疑うわけでもないし、先程見せられた光景からその強さは目に見えてわかる。
が、それがどれほど通用するのか、そればかりはやはり計り知れない。
ライの先ほどの態度からするに、自分の実力をしっかりと把握していて、自信があるのは分かるが、それでもやはり不安に思ってしまう。
不安に思う理由は他にもある。昨晩、リオンと話していたことだ。
レイヴン班のメンバーは、レイヴン班以外だとその実力を発揮できないと、リオンがそう言っていた。
だからなおさら、ファンドのことを心配に思ってしまう。
「……ファンド……なんで、俺なんだ。」
聞きたかったことを聞けず、からぶった疑問が静寂に消えた。
→→→→→→→→→→→→→→→
「レイヴンの話からすると多分商通りでのことだと思うんだよねぇ。」
と、ライが推測したのでノット、ライ、ファンドの三人は商通りに来ていた。
今日も今日とて賑わいを見せる商通り、その入り口部分にある白い柱のそばで、これからの動きを相談していた。
「話を聞きに行けるのは、ライくんとノットくんの二人だけなのよね。」
今回、ファンドの立場は狩人としてではなく、『ただの通りすがりの兎』だ。なので、店の人に話を聞けるのはその二人だけだ。
が、しかし
「……この二人なのよね……。」
片や来てからずっとぼーっと空を眺めて何を考えてるのか分からないライ。
そしえ
「ねえねえファンドちゃん、あそこのケーキ屋さん新しくなってるよ。ほら、限定メニューのピザトーストアイスだって。」
「それは……味のチョイスが独特すぎるわ……」
と、先ほどから目をキラキラさせて子供のようにはしゃぐノットだ。
この二人の戦闘力の高さは信用できるが、今こうして現場に来てなおこの調子だと先が思いやられる。
「ほは、二人とも。そろそろ行く当てをつけないと。」
手を打ち鳴らして指揮を取るファンド。
その音を聞いて、意識を空からここまで急降下させるライ。
「そうだねぇ……。ファンドちゃんは歩いてるだけでいいかもねぇ。もしここで騒ぎがあったんだとしたら昨日の今日だし多分誰かしら噂してるの聞こえると思うんだよねぇ。」
「この騒がしい中私に全音を拾えと?私死んじゃう。」
やろうと思えばおそらく、建物の外にいるヒトの会話全音拾うことはできるだろうが、頭の処理が追いつかないので却下。
「それじゃあ無理だねぇ。レイヴンがよりそうな店とか、ノット知らない?」
と、今度はいつの間にか柱の中腹へと昇っていたノットへと話が振られる。
「もし昨日レイヴンがここにきてたあんだとしたらプリン屋さんじゃにゃいの?」
「おぉ。だってさ、ファンドちゃん。」
「いやだってさ、って言われても……」
そんな根拠のないことを自信満々に渡されても困る。
というか、本当にこの二人と一緒で大丈夫なのだろうか。調査に出てから会話はずっとこんな感じで、宙吊りの、中身の薄い会話が繰り広げられている。
この、なんというか感覚だけで生きている感じが相入れないのかもしれない。
この二人に比べればレイヴンの方がまだ理論的かもしれない。
ハァ、と大きなため息を吐くファンドを見て、ノットが宙で一回転して柱から着地する。
「昨日ね、レイヴンにプリン買ってきてってお願いしたから、多分来てると思うんだよね。」
「だってさ、ファンドちゃん。」
と、ノットが自分の発言の根拠を付け足す。
心を見透かされたような気がして目が丸くなる。
「そ、そうなのね。それじゃあそのプリン屋に行ってみましょう。」
「行こぉ」
とりあえずの行き先が決まって歩き出す三人。
さっきノットがファンドのため息の意味を察してくれたのはわかるが、ライは本当にわからない。
最初からノットの言いたいことを理解していたのかただ場のノリに合わせているだけなのか、単純に興味がないだけなのか。
「ボクさぁ、ファンドちゃんに嫌われてる気がするんだよねぇ。」
と、歩きながら突然ライが言い出す。
その脈絡の無い、ファンドの心の内を見透かしたような発言にギョッとしてしまう。
この展開は、初めてだ。
「ほほう、それはどうしてかにゃ?」
と、その話を拾って興味津々なのはノットだ。
その話の対象が真隣にいるのにそんな話を広げようとするんじゃない。
とはいえ、気になるので聞くだけ聞いてみる。
「なんかねぇ、目が違うって思うんだよねぇ。ノットの時と、ボクの時でなんとなくだけど目の雰囲気が変わるっていうか。気のせいならそれでいいんだけどね?」
「ほほう、目ね。たしかに目ってそのヒトの表情が分かりやすく現れちゃうからにゃあ。カードゲームとか弱いんだよね、ぼく。レイヴンにわかりやすいってよく言われる。」
ノットの表情がわかりやすいのは多分目以外にももっと要因はあるだろうが、なるほど。
たしかに目を意識したことはなかった。
「そうね、たしかにライくんのこと苦手かもしれない。だってほら……寒いし。」
「わかるー寒いもんねえライ。」
ファンドに便乗して、身震いするノット。
でも実際に今もこうして隣あって歩いているだけで、ライがいる側といない側での温度差がすごい。
そんな分かりやすい理由で適当に取り繕うと、
「寒いの苦手?だとしたらごめんねぇ。」
「大丈夫、もうそれは仕方ないって割り切ってるから。」
ライの溢れる魔力は、ライの意図しない形で魔素と反応し、こうして冷気として表れている。
こればかりは体質の問題なので、解決のしようがないので仕方なし。
「それよりーー」
「と、ついたよ。ここ、伝統のプリン屋さん。店の雰囲気が老舗感たっぷりでいいでしょ?」
話を続けようとしたところで、ノットが割って入ってくる。どうやら目的のプリン屋さんについたらしい。
ノットのいう通り、木製の歴史がありそうな風貌のお店だった。
長年続いているからか、甘い香りが建物に染み付いているのか、甘ったるい匂いがみせじゅうから漂ってきて鼻口を刺激する。
「そうね。匂いもたっぷりだわ。ちょっと離れててもいいかな。甘すぎて溶けそう。」
「ボクは屋内はちょっとなあ。出店ならいいんだけど。
と、店に入るのを拒否する二人を前に分かりやすくちょっと怒ったような顔で
「ええー二人とも入んないのお?そんじゃあぼく一人で行ってくるねえ。」
と、ノットが一人で店の扉を開く。
店の扉が開き、さらに甘い匂いが溢れてくる。
ここまで露骨に匂いが溢れてくると苦情とか来そうなものだが、大丈夫なのだろうか。
「ええ、待ってるから行ってらっしゃい。」
手を振ってそう伝えると、ノットは嬉しそうな顔でプリン屋さんの中へと入っていった。
扉が閉まり、甘い匂いの洪水が止まり、止めていた呼吸を再開する。
ライと二人、ノットが出てくるまで通りの真ん中で立ち尽くす。
「ノット、財布持ってたねぇ。目的忘れてないかなぁ。」
「流石に大丈夫でしょう。……いや、大丈夫だよね?」
同意を得ようとライの顔を見上げると、ライは何ともいえない表情で
「さぁ」
と、さらに不安を煽るような言い方をした。
ああ見えてしっかりしてるので多分大丈夫だと思うが、ファンドより付き合いがしっかりしているライにそんなふうにいわれると尚更不安にななってしまう。
「ファンドちゃんさあ、さっきなにを言おうとしてたの?」
「さっき?なんか言おうとしてたっけ。」
「ほら、寒さがうんぬんの話してた時にさぁ、店に着いたせいで途切れてたじゃん?」
「あー……その話今する?」
ノットがいない今、一対一で相手の苦手なところを言うとか、流石に無理。
ただでさえこっちは気まずく思っているのにさらに気まずくなるようなこと言えるわけがない。
一方でそんなこと考えてもなさそうなライにちょっとイラッとする。
だからこそファンドはライが苦手なのだ。オッドアイで隻腕で、体毛が水色で、何もかもワケアリな風貌をしておきながら、その実誰よりも自分のことも他人のこともあまり話そうとしない。
なにを聞いても聞かれてものらりくらりと掴みどころのない話し方で本心を暴こうとしない。
「ライくんは、私を殺せる?」
突然の物騒な内容の質問。
何の前置きも、会話の流れも何もかもを無視して投げ出された質問。
突然、『自分を殺せるか』と聞かれたらどう答えるか。
多分大体の人は、『無理』と答えるか、『何で?』と聞き返すか、何か厨二的なくだらない返答をするのだろう。
して、ライの返答は
「えぇ、殺してほしいの?多分できると思うけど。」
左手を掲げて、その先に魔力で編まれた氷の矢が形成される。
「これ刺せば、多分死ねると思うよ。」
「そう……。」
氷の矢を手渡されて、それを受け取るファンド。
その矢尻はとんでもなく鋭く尖っていて、これで首でも脳でも刺そうものならたしかに死ぬことはできるだろう。
ライの答えとしては、殺せるけど、死にたいなら勝手にどうぞ、という最もずるい答えだ。
死にたい理由を聞くわけでもなく、止めるわけでもなく、かと言って自分の力で最後までやるわけでもなく。
どこまでも無関心を装おうその態度が、苦手だ。
「でもごめんねぇ、それは没収ぅ。」
「え……」
手のひらのそれを取られて思わず驚きの声を漏らしてしまう。
ライは氷の矢を空高く投げると、氷は砕け散ってライの頭上にキラキラと降りかかる。
「レイヴンにファンドちゃんを守ってってお願いされちゃったから、ダメ。またの機会をお待ちしております、なんてね。」
赤い目でウインクしていたずらっぽい顔をするライ。
その表情はどこまでも子供っぽくて、無邪気でそして、憎たらしい。
本当に自分の内を見せないように徹底しているようで。
自分を見ているようで、本当にーー
「ファンドちゃんがボクを嫌いでもさ、ボクを信じてくれると嬉しいな。」
その瞬間、氷と鋼が穿つ音が響き渡ったーー
→→→→→→→→→→→→→→→
突然、なにが起こったのかと思って目を開けると、目の前には真剣な眼差しで氷の膜を展開するライがいた。
そして、そんなライと氷の先には、刃を二本持った黒装束の鼠がいた。
「ファンドちゃん、少し離れてもらっていい?」
「う、うん。」
まだ状況の把握をしきれてないファンドは、ライの声に従って走ってライから距離をとる、しかしその距離を取った先で、また別の刃が擦れる音が聞こえて、
「ふっ!」
突如として、ファンドの側の狭い通路から現れた刺客がファンドの足を目掛けてナタを振るう。
しかし寸前のところで地面に手をつき、そこから突然表れた水圧に押されて、空中へと回避する。
屋根より高く、少し飛びすぎたぐらいの位置から、ライに迫った鼠と同じような格好のヒトが三人、機をうかがっているのが見えた。
「く、せっかく私がいるのに、聞き逃した!!」
ライについて考えすぎていた結果、分かりやすく違和感があるはずの屋根の上からの音に気づけなかった。
せっかく聴力というアドバンテージがありながらそれを活かせなかった。
「ライくん、後ろから二人!」
「ーーー!」
ファンドの叫びに瞬きで答え、そしてファンドの言葉通り、後ろから飛びかかった二人の死角の攻撃が繰り出された。
しかし、その攻撃も虚しく一人目と同じようにライの張った氷の盾によって大きな音と共に防がれる。
「うわっ、何だこれ。」
「動けねぇ!」
「なんだろうねぇ」
氷の盾に張り付いた手と足が、そのまま氷で拘束されて慌てふためく二人。
そんな二人を見て余裕綽々な、いつも通りの表情で応対するライ。
「ライくん!凍ってる凍ってる!」
「おっと、忘れてた。」
氷の盾に阻まれた三人の腕と足が徐々に凍っていく。そのまま凍って仕舞えば、迎える結末は三人の凍死体である。
ライの魔法ーー簡単に言ってしまえば氷の魔法だ。青魔素を元にした氷魔法で、その性質は氷ーーではなく、冷気を作り出すものだ。
氷はその応用で空気中の水分に集中的に当てることで氷を作っているーーと聞いている。
ライの魔法も未知数だ。
今、盾に触れている三人は盾に触れている部分から徐々に凍っていっている。ライ曰く制御できるものじゃなくて、溢れ出る魔力の延長線とのこと。
死なれては困るので、一度氷の盾を消す。
ただし、勿論ただ消すだけでは済まさない。
「あが!」
「うっ!」
「っち」
突如破裂した氷の盾は、その形を崩壊させると共に、その崩壊の勢いを刺客へと送り込んだ。
三人の刺客はそれぞれの方向へと勢いよく飛んでいき、最初に襲ってきた刺客以外は受け身を取れず、ぐったりと倒れ込んだ。
「っと、大丈夫?殺してない……よね?」
「多分ねぇ。けど、あの二人はもう動けないと思うよぉ。結構な勢いでぶつけてたからねぇ頭。」
「ねぇ、それほんとに殺してないよね!?」
受け身をとってまだ立ち上がる二刀流の鼠はともかく、それ以外の二人に関しては全然安心できない。
耳をすませばここからでもあの二人の呼吸音やらなんやらは聞こえるだろう。
いつもどおり、ならば。
突然行われた剣技と魔法の交戦に、商通りは騒然としていた。
大人子供、老人までさまざまな世代のヒトが行き交う商通り。
子供の泣き声と子供の名前を呼ぶ親の声と、急いで逃げようとするその他大勢。
「ファンドちゃん、避難誘導お願いしていい?じゃないと、ボクが戦えないから。」
そう言って、ライが取り出したのは狩人の証。ライとノットの首からかけられている、狩人の隊員証だ。
「……分かった。なるべく早く済ませるから、しばらくは防戦でよろしく。」
「任せてぇ。ボク、最強だから。なんてね。」
「その発言は色々と大丈夫なのかしら。」
ライの手から隊員証を受け取って、走り出す。
緊急事態、故に今回ばかりは仕方ない。
レイヴンやレンには悪いが、今だけは狩人として振る舞うことを許してほしい。
「それが、今の私にできること、だから。」
白い兎が、銀色の証を首に下げて、今走り初めた。
「……さて、とファンドちゃんも行ったしヒトの流れもおさまってきたし。そろそろ開戦と行こうじゃないの。」
「ふん、魔法使い一人で俺らを凌ぎ切れるとでも?」
「さぁ、やったことないからわかんないや。」
そんな軽いやりとりのすぐ後、二刀の刺客が、ライ目掛けて走り出す。
左手に持ってるのは純粋な剣で、右手に持っているのは、鎌、だろうか。
だが、どんな武器を持っていようと攻撃が届かなければ意味はない。
「くっ……」
「それじゃ届かないよ。」
ライ目掛けて、全身で刃を振るってくるがライの作る氷の盾を一撃でくぐり抜けられるほどの威力は持ち合わせていない。
氷と剣の虚しく何も起こらない音だけが、その後も何度か響く。
「………そろそろ、諦めたらどう?」
「言ってろ。」
何度も撃ち込みにきては、それを防がれて一撃離脱を繰り返す刺客。
鎖を近くに立っていた円筒に引っ掛けて、それを軸に回って壁を蹴り、再び向かってくる。
何度やっても意味はない、そんなのライも相手も分かっていることだ。
最初の、高所からの飛び降りた勢いも含めて破れなかったライの盾を、ただ剣を振り回しちょっと力を加えたところで結果が変わるわけがない。
「ライ、もう大丈夫だと思うよぼくは。」
「そう?そんじゃ、やろうかぁ。」
袋を手に下げて、満足げな表情でプリン屋から出てきたノットの言葉を受けて、ライが屈んで、地面に手をつける。
その動作をみた刺客の目が光り、ここがチャンスだと言わんばかりに二刀流の刺客が再びライに突進してくる。
「……だから、それじゃ無理だって。」
突進してきた刺客が盾に手を取られ、そしてもう一人が屋根の上から斧を持って降りかかった体格のいい刺客も同じように空中に突如として表れた氷に手を取られていた。
「……っち、化け物が。」
「化け物だよぉ。」
巨漢の刺客が乱暴に言い放ったのを適当に受け取り、その後再び破裂した氷の盾によって二人が飛んでいく。
「殺してないよね?」
と、その光景を目の前にしたノットが言う。
しかし、それは相手を心配して言ったファンドのものとは違って、もはやお約束のやりとりの一つとして発されたものだ。
「死んでないよ。死んでないし、まだまだあっちはやる気満々って感じ?」
飛んでいって尚、再び立ち上がる二刀流と斧の巨漢。そして、最初に吹き飛ばした二人も意識が戻ったのか再び剣を構える。
ライとノットを囲む形で、刺客四人が立ち塞がる。
「無駄にしぶといと痛い目見るのはそっちだよぉ?」
再び交戦の構えを取る四人
それに対してライもすぐに反応できるように意識を集中させる。
今にも飛びかかってこようとしたその時、ファンドが必死な顔をして戻ってきた。
「ライくん、ここ任せてもいい?」
「ん?いいけど……何で?」
「子供が一人いないの!それで音をたどったんだけど、路地の方へ走ってるヒトが一人いる。だから」
「ぼくが行けばいいかな?」
ノットが一歩踏み出してファンドの意思を汲んで、ファンドの欲しい答えを出す。
「……そう、だからライくんここは」
「任せて、ファンドちゃんとノットはその怪しいヒトの方を見にいってきて。」
「うん、ありがとう。それじゃ、気をつけて。」
ファンドが走り出して、それに続いてノットも走り出す。
それを目だけで見送り、再び敵の方へと視線を戻す。
「待っててくれるなんて随分と余裕だね?」
「そっちこそ、魔法使い一人で俺らの相手が務まるとでも?」
そう言って踏み出してくる二刀流と斧を振りかぶってくる巨漢。
そして剣を持った二人の小柄な二人。
四方を武器を持ったヒトに囲まれて、相手をするのは隻腕の魔法使い一人だ。
周りには既に戦闘体制の五人以外はいなかった。
場は、整った。
「キミたちに一つ教えてあげようか。」
そう呟いて自身の奥底から膨大な魔力を引っ張り出す。
自分自身すらも凍てつきそうな冷気が、周囲を包み込む。
白い霧が生じて、その霧に反応して突っ込んできていた刺客たちの動きが一瞬止まるが、しかし
「怯むな!ただの霧だ!」
方角的にその指示を出したのは、二刀流の男だろう。
霧で互いに視界が奪われた。
この状況を逃すまいと、剣を振るう。
前方からは鎌が、ライを目掛けて襲い掛かる。
そしてその裏から一人の小柄な刺客がライの足めがけて剣を振るう。
「世間の常識が通じるのは、凡人か天才までだよ。」
その襲いかかってきた二人の目の前に突然として地面から氷柱が生えてきた。
その剣がライに当たる前に二人の体は氷柱によって突き飛ばされた。
魔法使いを相手にするときの簡単な対処法。
それは、相手の懐に潜り込んで近接で攻撃をし続けること。
懐に潜り込んだ敵を魔法で迎撃しようとすると自分も巻き込まれるし、そもそも魔法を正常に発動させるだけの集中もできない。
使える魔力量も限られているため、無駄に何発も打つことはできない。
レイヴンですら一発自身の魔力を削っただけで、支障をきたすほどだ。
それだけ、魔法を使うというのはリスクが高い。
ーーしかしそれは、凡人か天才に限った話だ。
背後から斧を振り下ろされるが、それは再び氷の盾に弾かれる。
その横から吹き飛ばされたはずの二刀流が剣先をライに向けて迫る。
そちらにも氷の盾を展開して対応する。
その剣はやはり盾を貫くことなく、ただ音を鳴らしてぶつかるだけだった。
が、しかし
「オルァ!」
荒々しい声と共に斧が氷の盾を叩き割り、その勢いのままライに斧が迫る。
しかし、ライは焦った顔一つ見せず、
「努力する凡人は、努力する天才に勝てない。でもね、努力した天才でも達せない狂地があるんだよ。」
振りかざされた斧に何かがぶつかり、斧が吹き飛ばされる。吹き飛ばされた斧を握っていた手を見ると、手はいつの間にか氷で覆われていた。
その手を見る巨漢の顔は、目の前に相対する者の力と、周囲を包む霧の冷たさで青ざめていた。
そんな青ざめた巨漢は無視して、盾に剣を囚われ徐々に剣先から凍っていく二刀流に目を向ける。
「これが、狩人か…!」
荒々しく、憎々しさがこもった声で睨まれながら叫ばれる。
「ボクは、狩人として落第だろうけどね。」
吐き捨てるように言って、再び盾を崩壊させ二刀流を吹き飛ばす。
徐々にあたりを包む霧が薄くなって、そんな霧の中心で一人、薄い笑みを浮かべる獣がいた。
水色の毛並みに霜が生じ、赤い瞳を輝かせてうっすらと奇妙な笑みを浮かべるーー狂人がそこにいた。
「バケモノ……」
霧が晴れて、晴れた霧の中には
霧の中に入らず、一人外で腰を抜かしていた一人の刺客が震える目で、その光景を目の当たりにしてライをそう呼んだ。
巨漢の斧使いの手は凍っていて、二刀流ともう一人は建物に叩きつけられてぐったりとしていた。
魔法使い相手に、武器を持って四対一。
その攻撃のことごとくを防がれ、一撃も入れることなく三人を無力化してみせた。
まさに何とも、『バケモノ』と呼ぶにふさわしい光景だった。
「ひっ」
ライに手を向けられ、引き攣った声が出る腰抜け刺客。
ライの周囲に浮かんでいるのは大量の氷の矢。
大量の矢を空中に携えて手を向けてくる、その理由は明白だ。
その大量の矢の餌食になる対象に選ばれたのだ。
ライは手を向けたまま、表情は先ほどから変わらず薄い笑みを浮かべたままゆっくりと腰抜け刺客の方へと近づいていく。
腰が抜けて動けない刺客はライが一歩進むごとに恐怖が一段と進んでいく。
そしてライが腰抜け刺客のあと一歩のところまで進んだところで、
「……立てる?」
「え……?」
と、予想外の声をかけられて腑抜けた声が出てしまう。
てっきりあの無数の氷に貫かれてみるも無惨な死に方をするのだと思っていた。
「ごめんねぇ、怖がらせちゃって。でもねぇボクにはコレしかできないんだぁ。」
「………」
ライはゆっくりと腰を下ろして刺客の目を見る。
するとその刺客もライに、揺れる目を合わせてくる。
相当怖い思いをさせてしまったのだろう、と思う。
今にも泣き出しそうなその刺客にライは手を差し伸べる。
差し伸べようと、した。
「ーー引き抜きとは、食えぬことをしてくれるではないか。」
「………!?」
どこからともなく訪れたその声と共に、ライの氷の矢が一斉に砕け散り、キラキラと光を纏いながら散っていく。
声の方向へと振り向くと、屋根の上に紫の外衣を羽織った長身で細身の男が立っていた。
その男は、自分の長い尻尾を撫でながら、
「凡庸でも天才でも、勝てぬものはいるのだろう?」
咳き込み、腕を掲げそしてーー
「ーーーは?」
次の瞬間、ライ以外のそこにいた全員が姿を消した。
手を差し伸べていたはずの腰抜けくんも、屋根の上にいた長身の男も、二刀流も巨漢も。
さっきまで戦っていたはずの刺客がまとめて一斉に姿を消した。
そして、ライの左肩を一本の刃が貫いた。
→→→→→→→→→→→→→→→ →
「…………」
「どうした、フォルス。どこか怪我でもしたか?」
「あ……いえ……。」
「……すまなかった。もう少し早く異変に気づくべきだった。」
「……刺して、正解だったん…ですよね。」
「……ああ、あれでしばらく動けまい。」
そう、これで時間を稼げる。
未だに彼の腕を刺した時の生々しい、グニュッとした感覚が手に残っている。
その感覚を振り払うように手を振りナイフをしまう。
フォルスーー小柄な犬科の彼は残虐になるにはまだ幼すぎた。
怖かった、怖かった。
自分も凍ってしまうのかと思った。
しかし、彼は動けない自分を攻撃せずに手を差し伸べてくれた。
なのに、自分はーーー
「……これでよかった……そうだ…。そうなんだ。」
動けない仲間を肩に背負い、長身の男の後を追って歩く。
これで、事態は主人の望むーー
自分を含めたみんなの望む方向へと。
そう信じて今は前を見て歩き続けることしかできなかった。