今更気づいた感触、自分の手から操作権を奪われる感覚ーー
「私の魔法、奪われてる。」
他に言いようがない。
ノットに言われたとおり、あの道を封鎖するために出した魔法が手元から離れていく感覚に陥る。
「魔法が奪われてるってどういうこと?」
「分からない……分からないんだけど!なんかこう、ああ、もう!いいから速くいくよ!!」
「ええ!?」
説明し難い歯痒さを感じつつ、ライの腕を引っ張ってとりあえずさっさと現場へと急ぐ。
魔鉱石の色は、もうほぼ無い。
→→→→→→→→→→→→→→→
多勢に無勢ーー
三者三様の刃が、ノットという猫を打ち倒すために奮われる。
大きな斧がノットの足を目掛けて奮われるが、逆にノットはそれに飛び乗り、その勢いを借りて壁へと移動。
そしてそのまま壁を蹴り勢いをつけて、斧使いの男の腕を狙ってナイフを振るう。
が、そのナイフを阻止しようと鎖鎌がノットの腕めがけて飛んでくる。
体を捻り、その鎌を短刀で弾き、そのまま鎖に刃を絡ませてひっぱり寄せる。
突然引っ張られた鎖鎌の男はバランスを崩し、ノットのすぐ下へと倒れ込む。
その倒れこんだ鎖鎌の男を踏みつけて着地すると、今度は着地の隙を狙って鼠がここぞとばかりにノットに食らいつく。
「くっ…」
「お、おにいさんのその表情は初めて見たよ。」
楽しそうな鼠の顔に対して、ノットはやや苦しげな顔だ。
二本の剣を軽快に振り回しながら迫る鼠に、不安定な場所へと着地してそのまま体制を整える暇なく鼠の剣に対応したノットはギリギリそれを防いでいる。
そして足元はファンドの魔法によって生成された水によって、滑りやすくなっている。
剣が撃ち合うたびに重心が傾く剣の打ち合いにおいて、バランスを保つというのは何より重要なことだ。
それができずに剣を振るうと、相手に押されるばかりで切り返すことができない。
なんとか、姿勢を戻さなくてはーー。
そんなことを考えているうちにどんどん斧の方へと押されていくノット。
「ふっ!!」
何撃も細かい一撃を打ってきた鼠が、最後だと言わんばかりに思い一撃を顔面目掛けて繰り出される。
「くっ!」
ガキン、と重々しい音が響く。
その全体重を乗せた一撃を、ノットは受け流すことが出来ず、そのままバランスを完全に崩し、水の中へと転げる。
そして、
「オッらぁ!!」
頭目掛けてノットを殺すための斧が奮われる。
死が訪れるまでの数秒。しかし、ノットは冷静さを保ったままだった。
その斧が描く軌道は単純明快、完全に振り下ろされるまでの数秒さえあればー
「ちょい!」
ナイフの刃が当たらないように腕をそのまま振り上げて、その場に似つかわしく無い掛け声と共に斧使いの急所を強打する。
股間を殴打された斧の男は、その衝撃に耐えきれず、斧を手から落として腹を抱えて悶える。
落ちてくる斧を首を動かしてかわして、立ち上がる。
立ち上がって、ノットの真横で悶えてうずくまる男の肩をナイフで切り裂いた。
「まずは、一人。ね。」
男の血が垂れるナイフを振り回して、その血を払う。
股間の殴打と肩を切り裂かれた痛みでうめく男を尻目に、次はお前だと言わんばかりに鼠にむかっていく。
「ウッワー、エッグいことするねぇ。過剰防衛ってやつじゃない?」
「命を狙われてるんだから、これでも軽い方でしょ?」
互いに軽口をかわして舞台は再び一対一へと戻る。
どちらが先に切り込んだか、それすらも分からないほどの速さで刃の撃ち合いが始まる。
互いにミスは許されない状況、緊張感がその場に広がる。
そんな、ワンミスが命取りになるような状況下で、ノットは別のことに思考を凝らしていた。
それは、レイヴンをあそこまで追い込んだ『何が』を持っている可能性だ。
今でこそノットの剣に食らいつくほど、鼠の動きは冴えているが、それはあくまでこの戦いに慣れてきたというだけだ。
しかし、この程度ならレイヴンも、なんならレンでもできる範囲内だ。
剣を交わして、ノットの動きをある程度見切ることは、少し剣の心得があればできることだ。
この鼠が特別どうだとか、そういうわけじゃない。
「……心ここに在らずって感じ?」
「さて……ね。」
考え事をしてるのを勘付かれて、、鼠の動きが変わる。
鼠はノットから離れると、壁を伝い勢いをつけてノットに向けて刃を振るう。
それを交わすと、鼠は着地して再びノットへと勢いをつけて今度は二刀で両足を狙うように、低姿勢で向かってくる。
一撃離脱を繰り返す鼠。
その動きの軌跡を描くように、鼠の持つ水色の装飾された剣が光を放つ。
「止まった……か。」
一撃離脱を捌いているうちに、ノットの出していた水が勢いを弱めて、遂に止まった。
それは、ファンドの使える魔力が尽きたか、それともーー
「わぁ、思ってたよりも優勢って感じ?」
「ノットくん、無事!?」
と、聞き慣れた声が、止まった水の音と入れ違いに入ってきた。
相変わらず何を考えてるか分からない顔をしてる水色と、心配そうな表情でノットを見るファンド。
そして、自信とやる気に満ちた、金色の猫
「やっと来てくれた……もう手加減してあげにゃいもんね。」
左右に持っていたそれぞれの刃を、腕を交差させて持ち直し、再び剣撃が幕を開けた。
→→→→→→→→→→→→→→→
「にしても、凄まじいわね……」
「ほんとにねぇ。」
目の前で始まった剣劇を、ファンドとライは見ていることしかできなかった。
剣の成績がよろしくない二人にとって、目の前で起こっている剣の撃ち合い、それもおそらくノットによる一方的なものは兎にも角にも『凄い』の一言しか出てこなかった。
「でもまぁ、見てるだけってのはよくないよねぇ。」
そう言ってライが手をかざすと、一瞬冷気が強まり温度差で霧が発生。
そしてその霧の中にキラキラと輝く氷の礫が生成された。
「ライくん、どうしたの?」
「いや、何か違和感が……」
魔法の発動、なんの問題もなく顕現したように見えるその魔法。
しかし、術者であるライ自身には何か感じるものがあった様子。
ノットから目で合図があり、その合図に合わせて氷が鼠に向けて発射される。
その制度は見事なもので、動き回るノットには一つも当たることなく、鼠だけを捉えて放たれた。
しかし、
「軽い軽い、これなら昨日のお兄さんの方がまだ強かったよ?」
ライの放った氷は、鼠の持つ短剣に砕かれて儚く散っていく。
「わーお、これは想定外。」
ノットは地面に着地しながら、目の前で起きた光景に驚愕して、思わず言葉が出る。
それもそのはず、そもそも魔法を叩き切るような芸当はノットでも簡単な物ではない。
それもライの魔法となると、魔力の密度が高すぎてそもそも壊すこと自体不可能に近い。
「……!」
流石のライも、焦った表情を見せていた。
さっきの商通りでの乱闘中において、ライの氷が破壊されたのは一度だけ。
それも、準備して用意したものではなく、咄嗟のガードで出した極薄の氷の盾一枚だけ。
しかし、今回はそんな咄嗟に出した魔法ではなく、相手を攻撃するためにしっかりと準備して、力を込めた物だ。
それを小さな刃で虫でも落とすかのように砕いてみせた。
「ーーーー。」
すぐに冷静さを取り戻し再び手を掲げて氷を生成。
今度は数を絞り、その分一つ一つの大きさが増している。
そしてその氷の生成が終わったと同時に、
「……ファンドちゃん、もしかしてだけど奪われてるってこういうこと?」
「……多分。」
ファンドの方をチラリと見るライに頷くファンド。
先程までファンドが感じていた感覚を、おそらくライも感じているのだろう。
自分の魔力が、手の端からこぼれ落ちて無くなる感覚。
その違和感に侵されたまま放たれた魔法は、その見た目に似合わない速度で発射された。
「ウッハー、デケぇ!」
鼠はその魔法の規模に驚きながらも、それをヒョイと軽やかに避ける。
しかしその避けた方向に待っていたのはノットの一振りのナイフだ。
そのナイフにギリギリで短剣をあてがい、ガードする。
「あっぶねえ、殺す気かよ!」
「殺していいなら殺すけど……ね!」
鼠の短剣を振り払い、剣が光を反射してくるくると宙を舞う。
剣を振り払われ、その勢いでのけぞった鼠をノットは見逃さない。
すぐさま剣を持ち直して、峰打ちの構え。
そのまま倒れ込む鼠にその刃を振るう。
しかし、完全に倒れる直前、鼠が水色に光る剣を大きく振った。
それはノットの鼻先を擦りはしたが、当たることなく、地面に音を立てて突き立つ。
そのからぶったと思われた刃はただのがむしゃらな一振りではなかった。
剣が振るわれた軌跡から、少し遅れて水が生じ勢いを持って直線に進んでいった。
そしてその先にいるのはーー
「ファンドちゃーーー!!」
鼠の鼻の先にいたノットを無視して、放たれた水の刃は、ファンドに向かって放たれた。
その軌跡はファンドの体を斜め半分に両断するために一直線に向かってくる。
その迫ってくる刃を、ファンドはーー
「……っ…う」
「え?]
なすすべなく、その刃の訪れるであろうタイミングで思わず目を瞑ってしまう。
ファンドが受ける筈だった刃。
水の破裂する音が聞こえて、そしてもう一つ、肉を断つような生々しい音と小さな悲鳴が聞こえた。
ファンドにその衝撃は訪れることはなかった。しかし、それは変わりに何かに当たったというわけで
「これは、オイラも嬉しい誤算。だね」
ニヤリと不敵に笑って見せる鼠。
突如放たれた、水刃はファンドに向かって放たれた。
そしてそれは、ファンドに届く前に、ファンドを庇ったノットの背中に当たった。
「サ、目的は一応達成したしオイラはこれで。」
反動をつけて飛び起きて、落とした短剣を拾いそのまま壁つたいに走っていく鼠。
「逃すとでも?」
逃げようと背中を見せる鼠に、ライが再び手を構えて魔法を行使する。
が、しかしーー
「…………」
逃げる姿勢を見せた鼠が再び剣を構えるそぶりを見せると、何かを察したかのようにライは魔法で作られた氷を消滅させて、ついに鼠は屋根を飛び越えてその姿を消した。
→→→→→→→→→→→→→→→
目を開いて最初に飛び込んできたのは、ノットの苦悶の表情だった。
ファンドを別つ筈だったその刃は、ファンドを庇ったノットの背中に深く切り込みを入れた。
そしてノットが力無く倒れ込んだ。
「え?」
狩人内で誰もが認める最強の剣士を屠ったのは何の皮肉か彼が最も信頼する刃であった。
「ノット……くん……?」
それはとてつもない衝撃だった。
不意打ちとはいえ、狩人の誰も届かなかったノットを下したのだ。
しかも、二対一で、だ。
魔法のスペシャリストであるライの攻撃を掻い潜り、ノットの猛攻を凌ぎ、最終的にノットに深手を負わせて、軽々とこの場から消えた。
足音はまだ聞こえる。今からでも追えば間に合う距離だ。
でも、ノットの微かに痛みを耐える息遣いに、それらの音はかき消された。
ノットの着ている灰色のパーカーには血が滲んでいて、その量がことの重大さを物語っていた。
「ファンドちゃん、ごめんだけどノットを背負ってもらえる?」
ライが顔を伏せてファンドに告げる。
顔に影が生じていたため、その表情は見えなかった。
しかし、その声は普段の無頓着な声ではなく、微かに感情を孕んだ声だった。
「ーーーー。」
それに対してファンドは無言で答え、しゃがみ込んでノットを背負おうとする。
その時、チラリと見えたノットの顔ーー。
無理矢理作ったであろう引き攣った笑顔が見えて、ファンドは心に深い痛みを負った。
本来ならば、この傷はファンドが負うはずだったものだ。
あの水刃を受ける時のノットの悲痛な顔が思い出される。
誇り高きこの剣士は、泣き声を上げることも苦言を述べることもしなかった。
「私は……」
ノットを背負い、再び立ち上がる。
背中から感じる鼓動に身を寄せて、ノットの脈に耳を極めて、せめてその命を感じていようと、ファンドはそうすることしか出来なかった。
「……たはは……レイヴンに笑われちゃうね……」
ノットが掠れた声で、呟いた。
それは、ファンドに深い一撃を追わせる、何気ない強がりの一言だった。
そして、ライもーー