一歩一歩、そして心臓の鼓動。
そして微かに聞こえる息遣い。それに合わせて聞こえる、肉と血の揺れる生々しい音。
大騒ぎにならないよう、そのまま大通りの裏側を歩いているが、そのせいでノットの苦しんでいる痛々しい音がいっそうクリアに聞こえる。
「……。」
「…………。」
ライとファンドの間に会話は無い。
ファンドは耳で、そしてファンドの後ろを歩くライは目で、そのノットの状態をリアルに感じていた。
毎度毎度、本当に、こればっかりは慣れたくない。
共振的に流れる耳鳴りが、やまないーー
→→→→→→→→→→→→→→→
「大丈夫ですか……?」
激闘の跡が残る、ヒトの気配のない路地裏ーー
微かに残る、魔法で生成された氷の跡、そして不自然に濡れた足元。
手を差し伸べるのは、つい先ほどまで息を潜めて、建物の屋上からその激闘を眺めていた小犬ーーフォルスだ。
茶色い毛並みに、さっきまでそこにあった冷気を感じる。
そしてその冷気の元は、さっきの水色の彼ーー左腕を刺し貫かれたはずの氷の魔法使い。
まだ彼の腕を刺し貫いた感覚が手に残っている。
生々しい音と、ぐにゃっと肉を貫く感触。
確かに彼の腕を貫いたはずなのに、彼は腕を、何事もなかったかのように、正常にふるっていた。
「フォルス、か…。何度も悪いな…。」
斧使いの男がフォルスの手をとり立ち上がる。筋肉質な手は、ゴツゴツと硬く、それでいて温かみを感じた。
「フォルス……?」
その手の感触を求めるように手を強く握りなおす。
さっきまで残っていたあの感触を忘れるために、冷たい、柔らかいあの感触を忘れるために暖かい、硬いその感触に縋る。
きっと、あれは気のせいだ。
水色の彼は何ともないようにその腕を振るっていたし、血も流れていなかった。
自分が感じたあの不快感も、きっと責任感や良心の呵責からくる幻想だ。
「お、おい、フォルス?」
カチカチと歯を鳴らしながら震えるフォルスを、斧使いの男が優しく抱きしめる。
手を、強く握りながら。
「大丈夫、大丈夫だ。あと少しで俺たちは…解放されるから。な?」
強く抱きしめられて、安堵感がじんわりと湧いてきて、涙が出てくる。
男に強く抱きついて、その胸元で涙を流す。
「あ、ちょっとまってそこはだめ。ちょ、フォルス!?やめ、いだだだだだだだ」
肩に手を回して抱きついてくるフォルス。
そのフォルスが抱きつくことによって、肩の裂傷が刺激されて大声を上げる男。
しかし、男の顔は涙を浮かべながらもその顔に苦痛はなく、胸元で泣いている少年を愛おしむような笑顔を浮かべていた。
(早く起こしてくれないかなあ)
鎖鎌の男は、しばらく動けなかった。
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「ねえ、ライくん。その袖はどうしたの?」
「……」
「ねえ、ライくん、怪我してないの?」
「…してないよ。」
「ねえ、なんで、その袖は一直線に穴が空いてるのに怪我、してないの?」
「………。」
「さっき、ライくん私に信じてほしいって言ったよね。」
「言ったね。」
「……。無理。」
やっぱりこの青い獣を信じるのは、到底不可能だ。
その緑の瞳に。何が見えてるのか。
それを話してくれるまでは。
「ファンドちゃん、それでも、ボクはキミを信じてるよ。」
「そう。……寒いわね。」
「そうかな?」
互いに顔を合わせず、互いの言葉に耳を向けず。
きっともう、この二人の反りは合わない。
反比例した二人は交わらない。
「んにゃぁ……」
そんな二人に、ノットの声だけが交わる。