背骨は折れてない。まだ、そこまで深く抉れてはいない。
だけど、一閃されて深く裂けた肉から血が滲み出てくる。
生命を維持するノットの血が、その役目を放棄して背中伝いにポタポタと落ちていく。
その血の跡を辿るように、ライは距離をとってノットを、ノットを背負うファンドの後を歩いていた。
「…血…。」
赤い、赤い生命を廻す血。命そのものと言ってもいい。
それが、意味もなくポタポタと、ポタポタと垂れていく。
ポタポタと、目の端を、煩わしいほどに溢れていく。
ポタポタ、ポタポタ、ポタポターー
ザックリ、ザクザクザク、ピキピキーー
「……赤い…ねぇ。」
→→→→→→→→→→→→→→→
「アリィ先生、いる?」
ノットを背負ってゆっくりと急いで戻ること数十分。
ようやく辿り着いた救護室、ファンドが急かすようにアリエイトを呼ぶ声がした。
「お、帰ったかファンド。んでどうしたんだそんなに急いで。」
と、答えるのはベッドの上で休養中のレイヴンだ。
レイヴンはいつもとは違い、冷静さを欠いたファンドに若干驚きつつ
「アリィなら今、リオンの植物園の方に行ってると思うぜ。なんか薬草がどうとか言ってたから。」
「ウソでしょ?なんでこんな時に限っていないのよ……!!」
「なぁ、何があったんだ?お前がそこまで慌てるなんて余程……」
そこまで言って、ファンドの慌てる理由が目に飛び込んできた。
ファンドが背負っているのは、見慣れた金色の猫ーーノットだった。
普段の快活な様子と一変して、ぐったりと力無くファンドの背中に背負われている。
そして、その背中にはーー
「おい、その血……。」
チラッと見えただけで分かる程の赤黒いなにが、否、血が、ノットの背中をいろどっていた。
「説明するのは後、レイヴン手伝って!」
「お、おう。わかった。」
ファンドに大声で言われて、反射的にベッドから出て、ファンドの元へ向かうレイヴン。
ファンドの方へ向かって、ノットの背中をあらためて見て唖然とする。
「………。」
見ていて痛々しい、とは思うが逆にそれ以上の感情は湧かなかった。
というより、現実離れしすぎていて、それを正常に認識できない、の方が正しいか。
「レイヴン、ノットくんをとりあえずベッドに乗せて。うつ伏せで!あと優しくね。」
「おう、任せろ。」
ファンドからノットを背中伝いに受け取る。
受け取ったノットの体は、想定していたよりぐったりと重くのしかかってきて、その事の重大さを知らせているようだった。
ファンドに言われた通り、すぐにノットをベドの上に乗せて、うつ伏せにさせる。
この一連の短い動作でも、ノットの背中の血の滲みは大きくなっていた。
「ノット……ノットが…」
やっと思考が追いついてきて、現状の重大さが分かってきた。
そして急激に出てくる冷や汗と、焦りの感情。
「とりあえず止血しなきゃ……止血帯は……」
ファンドが救護室の棚を開け閉めして、止血帯を探す。
その間にも、ノットは苦しそうに短い呼吸を繰り返していた。
「俺、アリィとリオン探してくる。」
「その必要はないわ。多分もうすぐ…」
部屋を飛び出そうとしたレイヴンに、戸棚を開け閉めするファンドが静止を促す。
そして、ファンドが予想した通り廊下の方からリオンとアリエイトの声が響いて来て、
「あ、レイくん!まだベッドで休んでなきゃダメでしょ?どうしたの?」
「どうした、じゃねぇよ。呼びに行くとこだったんだよ。」
「ライくんに呼ばれて来たところだよ、今。ノッちゃんが怪我したから治療してくれってね。あ、ファンちゃんもお帰り。お疲れ様ぁ。」
と、いつもの落ち着いた声で話を進めるアリエイト。
それに続いて、リオンとライも部屋に入って来た。
が、共通して言えるのは三人ともやけに落ち着いている事。ノットの容態を正しく認識していないかのように。
「何のんびりしてんだよ!速くしないとノットが……」
その落ち着いた様子の三人に苛立ちを感じ、レイヴンがやや怒った声で三人に呼びかける。
「アリィ先生!止血帯どこ?っていうか本当に急がないとノットくんが」
「落ち着いてファンちゃん。止血帯は右下の棚の中。そして私が来たからにはもうだいじょう……ってえぇ!?」
ファンドに止血帯の位置を教えて、ノットのいるベッドに向かったアリエイトが悲鳴をあげる。
「ちょ、待って、これ、どういう事!?なにがあったの!?」
と、初めてノットの怪我について知ったかのようなリアクションをするアリエイト。
その声を聞いて、そこの椅子で水分を摂っていたリオンも立ち上がりノットの方へ向かい、その惨状を目にして
「これは……」
と、顎に手を当てて、現状をようやく理解した模様。
そして、アリエイトが振り向いて
「ライくんあなたもっと慌てて来なさいよ、落ち着きすぎでしょ!?」
とライに向かって怒鳴る。それに対してライは
「いやぁ、ありのまま事実を伝えただけなんだけどなぁ。」
と、いつもと変わらずぼーっとした口調で答える。それに対してアリエイトは手をワナワナさせながら
「もっとこう、なんか……あるでしょ!?ねぇ!」
ライの発言に煮え切らない漠然とした感覚を感じるアリエイトに
「とりあえず、アリィ。先にノットの止血しないと。」
リオンに嗜められてアリィがノットの体に触る。
傷口に触れるのではなく、首周りと脇腹の二箇所。それぞれ両手で触れて、診断する。
「……小さい傷と、後背中の裂傷ね、裂かれたってよりは切られたって方が正しいかな。何か力強く叩きつけられて食い込んだ感じがするわ。」
と診断結果を報告して、辺りを見回すと、指を差しながら
「とりあえず、体力と水が足りないから、りーさんは先に体力確保、そしてファンちゃんは水用意して。で、ライくんは氷。ちゃんと固定したやつ使ってね。冷凍庫はそこ。」
「アリィ、俺は?」
「アンタは邪魔だから寝てなさい。」
「酷くね?」
冷たく突き放され、トボトボと自分のベットに戻るレイヴンを置いて、慌ただしく動き出す各人。
ファンドが急いで水を汲み、リオンが座禅を組んでいつもの魔力を編む姿勢を取り、そして相変わらずマイペースにノロノロと動くライ。
「なんだかなぁ…。」
ルームメイトの危機だというのに、何もすることができないとなると流石に居心地が悪い。
かといって、何か手出しするわけにもいかないので素直にベッドに戻る。
「ノットが……やられた…か。」
剣術、というか刃がついたものなら何でもかんでもそつなく使いこなし、狩人内の誰もが届かない強さをしているノット。
そのノットが、今こうして目の前で死にかけていることを考えると、大丈夫かな
……考えると、相手の技量が計り知れな死んだりしないよな。
…計り知れない。そもそも近距離線であんなに背中を切られるほどの隙をノットが死んじゃったらどうしよう…。
「……嫌だな…」
何か考え事をして思考を現実から切り離そうとするが、逆に、ノットのことが頭から離れてくれない。
気づけば、うっすらと瞳に涙が浮かんでいた。
ノットが死んじゃったら、嫌だな。耐えられないな。
ノットが死んでしまったら、部屋に帰った時に「おかえり」を言ってくれるヒトがいなくなってしまうのがとても悲しくて、とても怖い。
プリンを、勝手に食べてしまった。
プリン、まだ食べてもらって無い。
買ってくるって言ったのに、結局買えずじまいで返り討ちに会って。
そして、最後の会話、最後の願いすら叶えられないまま終わってしまうのは、本当に後悔しか残らない。
「…ノット…」
多分、きっとノットだけじゃ無い。
今後もっと仲間が死んでしまうかもしれない。
そう思うと、とても怖い。
慌ただしい部屋の片隅で、獅子が一人、ベッドに縮こまってその頬を拭っていた。
→→→→→→→→→→→→→→→
「はい、おしまい。とりあえず傷は塞いだ。みんな手伝いありがとねぇ。」
アリエイトの一声で、緊張した雰囲気が一気に解かれそこにいた全員が安堵のため息を吐いた、
「傷は塞いだけど、治ってる訳じゃ無いからしばらくは絶対安静ね。動くとすぐに傷口が開いちゃう。まあ、血が足りて無いからそんな大層な動きをまずできないと思うけど。小さい傷は…まあ、大丈夫。」
「それじゃあ、ノットは大丈夫って事かなぁ?」
「ええ。まともに動けるようになるまでしばらくかかると思うけど命に別状はないわ。それじゃ、私はノッちゃんの様子見てるから。三人ともお手伝いありがとうね。」
「アリィもお疲れ様。」
治療が終わり、アリエイトを除く、リオン、ファンド、ライの三人がノットのいる台から離れて、後ろで一人布団をかぶって気持ちを持て余しているであろうレイヴンの方へ向かう。
「や、レイヴン。元気してる?」
と、リオンがレイヴンが被っている布団を引っ張り上げようとする。
しかし、レイヴンはそれに抵抗して布団をひっぱり返して、
「いきなり引っ張流やつがあるか!俺だって怪我人だぞ!もっと丁重に扱えよ!」
と若干涙ぐんだ声で抵抗。
「怪我人がしていい力の出し方じゃないのだよ。それは。」
呆れた声のリオンに続けて
「レイヴン、泣き顔見られたく無いのはわかるんだけど話が進まないから早く顔出して。」
「別に泣いてねぇし。」
「またそんなこと言う…。」
とファンドが腕を組んで呆れ顔でレイヴンを見下ろす。
他の三人がどうかは知らないが、ファンドからしたらレイヴンの泣いている音なんて当たり前のように聞こえているので、今更誤魔化したところで意味などないのだが。
そして、そんな自分の気持ちを隠そうとするレイヴンに追い打ちをかけるように、
「ねぇねぇ、泣いてるのぉ?」
と、布団越しに体をゆらゆらと揺らしながら訪ねてくるライ。
おそらく他意は無いし悪意も無いのであろうが、その質問にイラッときて
「…ライは、ライはどう思ってんだよ。ノットのこと。」
「ボク?」
「そうだよ、お前はどう思ってんだよ。ノットのこと。」
同じ班員で、隣部屋でそして恐らくノットと一緒に過ごしてる時間が最も長いのがライだ。
レイヴンですらこんなに、ノットのことを考えると心が痛くなって泣きたくなるほど不安になると言うのに、それにしてはライは他人事がすぎると思う。
いつも通りの声色で、動揺した態度も見せず、リオンとアリエイトの反応から見るに、えらく落ち着いていたのだろう。
というか、そもそもーー
「ボクはーー」
「そもそも、お前、何してたんだよ。」
それは、言ってはいけない言葉だと、分かっている。責任の是非を問うべきは彼に対してじゃないことは分かっている。それでも、抑えきれない不安と怒りが、引き止めてくれなかった。
「お前、ノットとファンドと一緒にいたんだろ?何があったらノットがあんな怪我して帰ってくんだよ。お、お前はなんだってできただろ!誰にも無い才能と力を持ってるだろ!?その魔法は、何をしてたんだよ!それがあってなんでお前は……お前は、ノットを守ってくれなかったんだよ!」
「レイヴン……」
ライもノットも、誰にも持たないほどの才能を持ち合わせている。
ただ、剣より、魔法の方が強いことは間違いなく、そしてライならばノットがあんなことになる前に何かしらできたはずだ。
吐き捨てて、そして、また泣く。
不安に駆られ、怒りに押され、そしてそんな自分への自己嫌悪でまた泣く。
理不尽な罵声を浴びせられ、ライは一瞬たじろぐかと思ったら、
「レイヴン…ごめんねぇ。守れなくって。ファンドちゃんを守るって約束、守れなかったんだぁ。」
「…は?」
ライは声の調子を変えることなく、淡々と述べた。
そして、その内容に絶句する。ノットだけでなく、ノットを抱えて返ってきたファンドまで何かしらの被害を負ったと言うのか。
「敵の使ってきた魔法に対して、ボクは反応できなかったんだぁ。でもねぇ、その魔法に対してノットがファンドちゃんの前に入って守ってくれたんだぁ。」
「そう、レイヴン、ノットくんは私を庇ってあの怪我を負ったの。だから、ライくんは何も悪く無いわ。悪いとしたらそれはーー」
「はいはい、ちょっといいかな?」
ライの発言に対して、補足するように告げるファンドの声を割って、手を叩きながらリオンが話に割り込んでくる。
「その辺の責任の是非については後で話し合うとして……まずは、ノットの無事を伝えるべきなのだよ。」
「…ぶ、無事なのか?助かったのか!?」
ノットの無事を聞いて、思わず布団をめくって、顔を出してしまう。
目には僅かに涙が溜まっていて、もちろん涙の跡も残っている。
「わお、あんなに抵抗したのに大胆だなぁ、レイヴン。」
「俺のことはいいんだよ。それよりノットのこと本当か?あいつは生きてるんだよな?」
状態を起こして、ベッドの上に膝で立ちリオンの肩を揺らしながら尋ねる。
「ああ、大丈夫。しばらく絶対安静だが命に関わるような事はないってさ。アリィのお墨付きなのだよ。」
「そか……そうなのか…良かった……」
「やったね、レイヴン。」
「なんで他人事なんだよお前は!お前も喜べよ!」
相変わらず、自分を蚊帳の外に置くライに若干の不満を持ちつつ、ノットの無事を喜ぶ。
そんで、また
「レイヴンってこんなに涙脆かったかしら。まあ、割と自分の感情に素直だとは思ってたけど。」
「さすがに泣きすぎじゃないかね、レイヴン。」
「いいんだよ、泣くとき泣いても損はしねぇ。だから、今のうちに感情の発散しとくんだよ」
流石に自分でも涙腺が脆すぎるとは思うが、余計に感情を持て余すより、こうして形にして今のうちに消費しといた方が後で困らないだろう。
涙を袖で拭うレイヴンを、我が子を見るかのように眺めるリオン。
「君たちも、まだ14、15歳の子供なのだよ。泣く時は泣いていいからね?」
→→→→→→→→→→→→→→→
レイヴンが落ち着くのを待つこと数分ーー
漸く落ち着いてきて、本題に入ることになった。
「ライ、さっきはごめんな。言いすぎた……いや、言い過ぎたってよりお前が責められる謂れなんて無いのに、お前のせいにしちまった。ごめん。」
と、レイヴンが頭を下げてさっきの癇癪をライに謝る。
「ううん、大丈夫だよぉ。こっちこそ約束守れなくてごめんねぇ。」
と、再びライの方からも謝罪をする。
ただ、約束が守れなかったと言う割にはファンドは健在である。
「さてさて、わだかまりも解消したことだし、ライの謝りたいことも含めて話を聞くとしよう。そんじゃ、ライから。よろしく。」
「奇襲を受けたよぉ。」
「うん。もうちょっと具体的に話そうか。」
「どのくらい具体的にぃ?」
「そうだね、場所、時刻、相手の種族、体格、武器、人数、被害、かな。」
どんな時でも変わらないライのポヤポヤした頭でも分かるようにリオンが説明する。ライはそれを聞いて「おぉー。」と納得したように手をぽん、と叩くと
「場所はねぇ、商通りの真ん中らへん。ノットのお気に入りのプリン屋さんの前だよぉ。そこでファンドちゃんと二人でノットを待ってる時に奇襲をされたんだよねぇ。」
「プリン屋ね……あの甘ったるいところか。」
「そうそう、あの甘い雰囲気と匂いがふわふわしてるところねぇ。四人……かな?に襲われてぇ、それでファンドちゃんが途中でノットを連れて行っちゃったんだよね。」
「ノットいなくて大丈夫なのか?それ。流石に多勢に無勢じゃぁ……」
「ライくんの魔法的に、私たちはいない方がやりやすいのよ。それに、ライくん、『怪我』して無いでしょ?」
「…おう…そうだな。」
ファンドが何故かライを睨みながら、『怪我』と言うワードをなぜか主張しているが、何かあるのだろうか。
まあしかし、たしかにファンドのいう通り、ライが本気で戦うとなれば冗談抜きに味方を巻き込みかねないので、理屈は通る。
一方ライは、ファンドの睨みに対し愛想笑いで返して
「まぁ、そうだねぇ。特に何もなく……いや、何かあったんだけど……ボクは無事に終わらせましたよぉ。ただねぇ、一つだけおかしなことがあったんだよねぇ。」
「おかしなこと?」
「そうそう。突然みんな消えちゃったんだよねぇ。そりゃもうびっくりドッキリって感じだったよ。あれ、どうなってるんだろうねぇ?」
「楽しそうだな。お前。」
口調はいつもと変わらずふわふわとした感じなのだが、声のトーンが若干高くなり、指を立てて楽しそうに話すライ。
そしてリオンは責任者としての厳格な声色のまま
「魔術的な何かを使ったってことか……。消えたって言うのは……視覚的に?それとも物理的に?」
「ていうと?」
「ほら、見えなくなっただけでそこにいる、なのか、そこから完全にいなくなったのかってことじゃ無い?」
「あー、なるほどぉ。」
リオンの問いに対してあまり理解していない様子のライに、補足するようにファンドが説明する。
それを受けて、納得したように頷いたライは
「多分ねぇ、見えなくなっただけだと思うよぉ。………。うん、そうだねぇ。」
「そう思う根拠は何かあるかい?どんな小さいことでもいい。何かある?」
「…根拠……。」
リオンに尋ねられて、ライが手を顎に当てて黙り込む。
そんなライをファンドは目を細めて睨みつけたままだ。
その横でリオンがライの発言をメモ用紙にまとめている。
そして、ファンドに睨まれながら考えること数秒、ライは手を顎に当てたまま顔を上げて、
「根拠は……冷気に動きがあったからかなぁ。ボクの手の中にあった冷気が僅かに揺れた……んだよねぇ。あの感じは多分歩いて移動してたよぉ。」
と答える。
「なるほどね。それじゃ、次。ファンドも話してくれるかい?」
と、ライの答えをメモ書きしたリオンが、ペンでファンドの方を指して話よう促す。
ファンドは相変わらずライへ不審感を示すような目のまま、ため息をついて
「…奇襲してきたヒト達の仲間が、子どもを連れて逃走。私とノットくんでそれを追いかけて、交戦になったところで私は子どもを連れて一時離脱。そして子どもを預けてライくんを回収してノットくんの方へ戻りました。そしてその後、ノットくんとライくん、そして相手方の鼠と交戦中、鼠が使ったであろう魔法にノットくんが当たりました。」
「魔法か。属性は分かるかい?」
「…水、だと思います。どの魔素を媒介にしてるかまでは分からないけど。ノットくんに聞いた方が確実かも知れないですね。」
飛んでくる攻撃、正確にその攻撃を見たわけでは無いが、飛んできた攻撃は熱を持ったものでは無かったし、植物系の確実な実態を持ったもののようにも見えなかった。
ので、消去法と、あともう一つの不確定要素も含めておそらく水のはずだ。
「水ね……。にしても、魔術に魔法か……。なかなかに用意周到な感じがするのだよ。」
ファンドに話を聞き終わり、書いたメモを見ながら、リオンが頭をかく。
「これってやっぱ魔道士狩りの連中ってことか?」
「多分ねぇ。昨日レイヴンを襲ったやつかはわからないけどねぇ。」
「流石に昨日の今日でこう何回も奇襲するかねぇ?にしても奴らの狙いはなんだなんだ……?」
「うちの魔導書も狙ってると考えるのが妥当だろう。」
ここ、狩人本部『シアルド』にも魔導書が何冊も蔵書されている。
といっても、保管してあるだけで使われることはほとんどない。それに、新しい術式を作ったりなどの研究もしていない。
本当に置いてあるだけだ。
「削るだけ削って、うちの本も持ってくつもりなんだろうな。全く、困ったものだよ。」
「でもその割には適当じゃね?俺、全然ピンピンしてるし。」
「ボクとファンドちゃんも無事だしねぇ。」
もし狩人の戦力を削ることが目的なのだとしたら、途中から意識を失っていたレイヴンを放置しておく必要は無い。
もし、意識を失った段階で、十分弱ったとみるとしてもせめて片腕振り回せないぐらいはさっくりいっても良い気はする。
「ノットを撃破するほどの実力者……。只者じゃないことは確かなのだよ。」
「それちょっと気になってんだよなぁ。俺。」
「気になるっていうと?」
「ほら、みんな知ってる通りノットってバケモンじゃん?リオンですらギリギリ押し切られるぐらいの技術持ってんのに、それ以上の奴いんのかなって。」
ノットは現狩人(訓練生含む)の中で、間違いなく近接戦闘は最強である。
それはノットを知っているものは誰もが知っていることで、揺るがない事実だ。
そして、そのノットは、市井にも知りわたっている最強の狩人、リオンですら近接では分がわるい。
そんなノットに勝る人物がいるのだろうか。
「それに関しては多分、私のせいね。私を守ろうとしなければ、ノットくんは圧倒してたし……なんなら複数人相手に優位取ってたから。」
「そうだねぇ。ノットくんが負けた理由は、あるとしたらそれはボク達……というかボクのせいだよねぇ。」
と、ここで再び話題が頭に遡る。
「ボクがちゃんとしていれば……ファンドちゃんを守ることも、敵を逃すことも無かったもんねぇ。」
と、顔を俯かせて手のひらをじっと眺めるライ。
そんなライに、ファンドは変わらず睨みを効かせたまま。
そして、レイヴンは何もいうことができない。
「それだけじゃないだろうね。」
と、リオンがメモ用紙でライの頭を叩き、
「多分、ノットなら君達が駆けつけるより先に全員倒せたはずなのだよ。全力を出せたのなら。」
「手加減してたってことか?」
実際にその現場を見てないからなんとも言えないが、その可能性はあるのだろうか。
ノットは基本的に誰に対しても手を抜くとことは無いし、訓練中でもそれは変わらない。
なんなら、訓練用の模擬刀ではなく、自前の本物の刃で訓練中も奮ってくるものだから危なっかしいったらありゃしない。
そんなノットがわざわざ悪党相手に手加減するなだろうか?
「手加減……せざるを得なかった、というのが答えだと思うのだよ。」
「なんでぇ?」
ライが頭をぽんぽんとメモ用紙で叩かれながら目だけリオンの方を向いて尋ねる。
リオンは一瞬考えるように喉を唸らせると
「そもそも、ノットの剣は『殺す』ことに特化しているのだよ。」