十七話『ワールドワイド』

  「レンはなんで魔法を?」

  「僕?」

  「そうそう、使えるからには、なんかキッカケがあったんだろ?」

  「そうだなぁ。……なんでだろう。」

  魔法を使えるようになりたい、もとい、狩人になろうと思った理由はなんだっただろうか。

  顎に手を当てて考える。

  「……かっこいいから…?」

  「へぇ、オイラとおなじじゃんか。」

  「うーん……なんかもっとちゃんとした理由があった気がするんだけど…」

  狩人を志したちゃんとした何かがあったことは覚えているが、それがなんだったのか。

  なんせもう三年、魔法を使うための訓練をして来たのだ。

  狩人になるために魔法が使いたかったのか、魔法を使うために狩人を目指したのか。それすらももはや曖昧である。

  そもそも訓練を初めてから、そんな幻想に浸っている余裕なんてなかったのだ。

  でも一つだけ、思い当たるものがある。

  「多分、この世界の主人公になりたかったんだと思う。」

  「主人公?」

  主人公ーーそれは物語を紡ぐ上で欠かせない人物であり、即ち、世界の中心となる者である。

  昔から本を読むのが好きで多くの物語を漁ってきた。どの物語も主人公はすごく魅力的で、常にその世界の寵愛の的だった。

  「もしもこの世界にも主人公がいるんだとしたら、僕はその主人公になりたいって思ったんだ。」

  世界で起こる悲しみも喜びも、何もかも主人公を引き立てるために起こるものだ。

  起きる事象は全て主人公のためであり、主人公はその現象を享受する。

  「もしも僕が、僕が主人公だったら、魔法が使えたら、剣が振れたら、強かったら、弱かったら。」

  いずれも、とても魅力的に見えた。

  ある物語では、影役に徹していた者が実は真の主人公だったり、魔法がとても優秀で、みんなから頼られていたり、ノットのように剣が振れたり、レイヴンのように強かったりーー

  「えーっと……つまり、何が言いたいかっていうとね、かっこいい主人公に憧れたんだ。」

  「ヘェ、いいね、面白い。」

  「まあ、主人公とは程遠いんだけどね、僕。」

  少なくともレンの周りにはレンより主人公たる者で溢れている。

  誰よりも剣捌きが上手くて、他の追随を許さないノット。

  誰よりも魔力量が多くて、それでいて器用に操るライ。

  我らが班長で高水準に魔法も剣も扱うレイヴン。

  特にレイヴンなんて、言い方は悪いが、既に敵と相対して負けて帰ってくるというなんかこう、主人公っぽい経験をしてきている。

  「魔法も剣も中途半端で、ーー鼠で。この世界の主人公は、僕じゃ無いみたい。」

  何か特別な才能があるでもなく、生まれが特殊なわけでもなく、ただ本当に平凡な人生。

  きっと、この世界には他に主人公がいるのだ。

  「ふぅん…じゃあレンはもう諦めたのか。」

  「え?」

  「この世界の主人公になること、諦めたのか。」

  「うーん…なることを諦めたというよりかは、なんというか、登場人物になってるというか。」

  「ふーん…?」

  眉を傾け、いまいちピンときてない反応を見せるヴァン。

  かくいうレンも自分が何言ってるのかピンときていない。

  「つまり、レンにとって主人公っぽいヒトが近くにいるってことか。」

  「ほぇ?」

  「いや、だってそうだろ?登場人物ってことは何かしら役割があるってことじゃん。」

  「…おー、確かにそうかも…しれない。そうだね、うん。」

  納得するしかない意見を飛ばされて少し驚いた。

  確かに、登場人物である以上自分は物語的にも何かしらの重大な役割を持っているわけで。

  「レンって欲張らないんだなぁ。オイラだったらそいつから主役の座奪い取ってやんのになぁ。」

  「どうやって?」

  「そりゃあ……」

  答えが出ないまま数秒ヴァンは黙ってしまった。無理もない。レンにも分からん。

  「まあさ、主役になりきればいいんじゃねぇの?」

  「そうかしら。」

  「そうだよ、確かめようなんて無ぇんだからさ。自分が主役だー!って思ってれば勝手に状況が動いてくれるさ。」

  「そんなもんかな。」

  「そんなもんだろ。レンの主役の物語、そしたらオイラも出てくるだろ?」

  「主役奪いにこない?大丈夫?」

  「それはオマエの演じ方次第じゃね?」

  「むー。それはそうね…。」

  「脇役なんかで我慢してんじゃねぇよ、世界はオイラを中心に回ってるんだぜ?まだまだこれからだろ。」

  人差し指をぐるぐると回して、世界を回すヴァン。

  確かに、主役に徹して演技するのも面白いかもしれない。

  まあしかし、それはそれとして

  「主人公を支えるポジションも、結構美味しくない?」

  と、レンはそう思ったのだった。

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  「次はまた七日後……かな、来れるとしたら、多分その辺。」

  「了解。んじゃ、またその時に会おうぜ、レン先生。」

  そう約束して、山を降りるヴァンを見送る。

  前のように滑り降りるのではなく、木の上を伝って降りてみると言って、木によじ登ると振り返って、

  「じゃあな、レン。次会う時はちょっとは主役らしい顔しろよ?」

  と、彼なりのエールを送って去っていった。

  ヴァンの影が見えなくなったあたりでそのままレンも山を降りて、狩人本部ーーシアルドへと向かった。

  「レイヴンいる?」

  山から降りて、レンはそのままシアルドに帰り、レイヴンと話すために救護室に訪れていた。

  「…いない。」

  レイヴンが寝ているはずのベッドは布団が雑に放り出されていて、寝ていたであろうあとは見られるが本人はそこにいなかった。

  そのままぐるっと周囲を見回すも、保健技師のアリィも救護室にはいなかった。

  「どこ行ったんだろう…」

  誰の気配も感じず、そのまま自室に帰ろうとした時、ベッドの一つがカーテンで覆われているのに気づいた。

  「…誰かいるのかな。」

  あまりよろしく無いと思いつつも、そのベッドへ向かいそのカーテンを少し覗く。

  「な、っあぁ」

  思わず変な声が出て、そのまま勢いでカーテンを全部開けてしまった。

  カーテンを覗いた先に待っていたのは、真っ赤な血を含んだ包帯だった。

  そして、その包帯を施されているのは、我らが最強の剣使いーーノットであった。

  「…え、え、……え?」

  突然飛び込んできたノットのその弱々しい姿に声が出なかった。

  いつも軽快にぴょんぴょん飛び回りながら、みんなを圧倒するノットが、そんな姿を忘れてこうしてぐったりと倒れている。

  「…し、死んで無い…よね…?」

  包帯が巻いてある以上、おそらく処置は施されているのだろうがこうして大量の血の跡と、力が入っていない様子を見ると、死んでいるのでは無いかと疑ってしまう。

  「……えと…ど、どうしよう…」

  軽い気持ちでカーテンをめくってしまったことを後悔してしまう。

  気が動転して、何かしなくてはいけないのではないか、という思考で脳が埋め尽くされる。

  こういう時、何をすれば良かったか……たしか、肩を叩いて名前を呼んで意識の確認をーー

  「………う、ああ…」

  慌てふためいたところに、意味を持たない声が発せられて、途端に頭のわちゃわちゃが治る。

  「…あ……レンくん…?おはよぉ〜」

  意味を持たない発声から、目を覚ましたノットがレンの姿を見ると、いつもの調子で、ただやや掠れた声でそう言った。

  「え…と、おはよう?」

  「うーん、おはよぉ。」

  目を覚ましたかと思えば、体の状態とは打って変わっていつも通りの様子を見せるノット。

  やはりというか、見るからに明らかだがそれでも掠れた声やらゆるーい口調だったりがその弱々しさを強調しているようですごく目に悪い。

  ゆるーい口調はいつも通りだが。

  「…そうだ、アリィ先生呼んでこなきゃ。」

  「待って。」

  アリィを呼ぶため部屋を出ようとしてノットに背中を向けると、服の裾を掴まれ止められた。

  そのまま踵を返してノットの方を見ると、ノットは小さく微笑んで

  「ちょっとだけ…ちょっとだけそばにいてほしいにゃ〜なんて……」

  と、らしくないことを言われた。

  多分、本当はすぐにアリィを呼ぶべきなのだろう。

  が、しかし額に汗を流して、こんなに健気に微笑まれてお願いされては、どうにも断りづらいもので。

  そして何より、普段とても強いヒトがこうして誰かに甘えようとしていて、それが自分であることがちょっと嬉しく思う。

  「いいよ。水持ってくるからちょっとだけ待ってて。」

  「ありがとねぇ。レンくん。」

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  水道近くにあったコップを軽く濯いで水を入れ、ノットに渡すとノットはそれを少しずつチビチビと飲んで、

  「ありがとぉレンくん。助かったよ。」

  と、これまた小さく笑って見せた。

  何か悪いことをしているわけでは無いのに、その笑顔を見るのに、少し罪悪感が湧く。

  「ねぇ、何があったの…?ノットくんがこんなになるなんて…。」

  「いやぁ、ちょっと油断しちゃってさあ。魔道士狩りと戦いになったんだけどね、やられちゃったみたい。」

  「…魔道士狩り?ほんと?」

  「多分だけどね。間違いないと思うよ。」

  つまり、魔道士狩りに返り討ちにあったということだ。魔道士狩りは魔法を使えるという情報があったが、ノットを凌ぐほどの近接技術も持っているということか。

  「あ、安心してぇ。ライとファンドちゃんは無事だから……っててて、まだ無理か。」

  「わあ、ノットくん無理に動かないで!血が、なんかもう、血がわあってなってるから!」

  状態を無理に起こそうとするノットだが、相当な痛みを伴ったのだろう、一瞬にして額にとんでもない量の汗と、黄色の瞳に少しだけ涙が浮かんでいるのが見えた。

  「無理しないでよ…本当に…。」

  「無理してるつもりにゃーいよ?」

  再びコップの水をちびちびと舌で掬いながら、いつも通りの口調で話すノット。

  どこまでも、本当にどこまでも優しくて強いと思う。

  喋るだけでも痛いかもしれないのに、それでもレンが不安にならないようにできるだけいつも通りを装おうとしているのだ。

  「ところでところで、レンくん。ぼくの背中どうなってるか教えてもらってもいい?なんかすごい痛いんだけど…。」

  「それはふざけて言ってるの?なんなの?」

  「えぇ、至ってまじめなのに!!あ、待って、痛い。」

  少し大きい声を出して、傷が傷んだようだ。

  本当に、もうなんならふざけていて欲しい。なんでこんな状況にあるのに、そんなふうに振る舞えるのだろうか。

  「…包帯でぐるぐるされてるから詳しくは分からないけど、包帯越しでもわかるぐらい血が出てる…。本当に何があったの?」

  「…何があったんでしょおね…。」

  「…あぁ、もう……。」

  もう、なんとも言い難い感情が心の中をぐるぐると渦巻いている。

  なんだろう、無理に平気なふうに繕うのやめてもらってもいいですか。

  涙が出ちゃうだって男の子だもん。

  そして何より

  「家族なんだもん……そんな無理して振る舞わなくてもいいんだよ…。」

  三年間、同じ屋根の下で過ごしてきたのだ。

  だから、本当に辛い時は辛いって言って欲しいのだ。

  「……レンくん、なんで泣いてるの…?泣かないでよ、ぼくは大丈夫だよ?ほら。」

  うっすら涙を浮かべるレンにノットは軽く腕を広げて困惑の表情である。

  もう、本当に腕を動かすのすら辛そうに、プルプルと震えているのに、それのどこが大丈夫だと言うのか。

  プルプルと震えるノットの腕を、ゆっくりとおろして、ベッドの横の椅子に座る。ちらっと少し視線を上げれば、痛々しく流れた血が見える。

  少ししてから、アリィこと我らが保健技師ーーアリエイト先生が部屋に帰ってきた。

  「ノッちゃん大丈夫かしら、私がだれだかわかる?こっちの茶色いのと区別つくかしら。」

  「先生僕のこと茶色いのって呼ぶのやめてくれませんか?」

  「大丈夫だよ。アリィ先生と、茶色いのでしょ?分かるよ。」

  「そう、ならとりあえず、喋れてるし脳に異常も今のところはなさそうね。」

  「ノットくんまで茶色いの呼ばわりするの?泣いていい?」

  と、なんかコントのようなやり取りがあった後ノットが「ごめんね」と、舌を出して小さく謝罪。

  発端のアリィはノットの反応を確認した後、特に何を言うわけでもなくそのままハサミと新しい包帯を取りにいって、

  「レンくん、帰ってきたばかりで申し訳ないんだけど、リオン呼びに行ってもらってもいいかな。多分植物園の方にいると思うの。」

  「…え、あ、もう触れない方向で…、はーい。呼んできまーす。」

  なんか、もう触れてもどうにもならない気がするので茶色いのは素直にアリィの言葉に従うことにした。

  救護室から出る直前、ちらっとノットの方を振り返ると、ノットが『ありがとう』と口を動かした。