十九話『捨て駒』

  「狩人が遠征だって」

  

  街は狩人の遠征の話題で満ちていた。

  それもそのはず。かの『大量発生』から八年。

  それから八年の間、狩人達は結界の中から出ることはなく、他国との交流が絶たれていた状態だった。

  大量発生の被害で狩人が壊滅状態にあることは市井にも知れ渡っていた。もう復興することすら不可能だと思っている者も多かった。

  しかし、遠征の御触れが出たということは、狩人達が力を取り戻し、再び世界とつながる機会を得ることができるようになったということだ。

  その事実に国民の心は湧き上がっていた。

  そして、それだけの大きなニュースは善人だけでなく悪人にも等しく知れ渡る訳で。

  「こんなあからさまな誘いに乗ってくれるかどうか…。」

  ウルフ達に荷車を引かせて、結界の外へと向かうリオン達、新米狩人一向。

  ガタガタと揺れる道を、ウルフ達は何事もなく力強く走って引いていく。

  ーー時は丁度一週間ほど前まで遡る。

  レンがヤケクソ主人公宣言をした次の日の朝。レンはしっかりリオンに(いろいろ)怒られて、同部屋のライと一緒にネガティブシンキングをしていた。

  

  部屋から誰も出てこないことを不審に思ったレリオンが、心配になって部屋をのぞいたところ、その現場は凄まじく、おもしろとてもじゃないがヒトに見せられない様子だったそうなので、ここには記さないこととする。

  さて、そんな呪いの現場が発生している最中、リオンは頭を悩ませていた。

  

  「……というわけなのだよ。」

  「そう。」

  頭を抱えながら、リオンは目の前の人物にレンから伝えられた話、そしてライやノットの話を伝える。

  

  その人物は、木の幹でできた椅子に腰をかけグイッとコーヒーを一杯飲み干す。そして左腕で口元を拭うと、空っぽになったコップをリオンに突き出して、

  「はい、おかわりちょうだい。」

  「はいはい…。」

  差し出されたコップを受け取り、ため息混じりに返事をする。台所に行って、まだ出来立てホヤホヤの熱いコーヒーを注ぎ込む。

  「サクラ、火傷してないのかい?未だに熱々なんだけど…」

  「知ってた?どんなに熱いものでもね、喉元過ぎれば忘れ去るんだよ。」

  「ハァ…。」

  その答えになってない返答に、再び大きなため息をついて自分の分と合わせて、両手にコーヒーを持って再び席へと戻る。

  手を伸ばしてコップを催促するサクラに熱々のコーヒーを渡して、机を挟んで正面に座る。

  コップを受け取ったサクラは、それに口をつけたと思ったら「あちっ」と小さく跳ねてコップを机に置いた。

  さっきと何も変わらないのに、何で今度は熱さを感じるのだろうか。

  「ノットがねぇ……そう。」

  長く伸ばした黒髪を人差し指でクルクル回しながら退屈そうに呟く。しかし、その声は冷ややかで、そして視線さえも何かを貫くかのように鋭かった。

  「話を聞いてたのか。」

  「当たり前でしょう、可愛い教え子がやられたなんて聞きたくもなかったよ。」

  サクラのぬいぐるみを持つ手に力が入るのが分かる。顔には出さないが、それだけサクラにとっては許せないことなのだ。

  サクラはレイヴンやノット、レン達狩人訓練生の座楽の講師だ。そして、リオンと合わせて魔法の実技指導者でもある。

  そして何よりーー仲間の犠牲を許容しない。

  「…申し訳ない。」

  「いいよ、別にリオンが謝ることじゃない。私の教え方が甘かったんだよ。やっぱり魔力の制限なんて、させるもんじゃない。」

  「………。」

  サクラは、怒りをともした黒目を閉じ、フーッと長く息を吐く。それと同時に持っているぬいぐるみを掴む手の力も弱まっていき、両手で大事そうに抱えてそして暫くの沈黙の後、黒目にわずかな光が灯る。

  「……ごめん、落ち着いた」

  「そうか」

  

  「ノットくんも、命に別状はないんでしょう?」

  「アリィにはそう聞いているが…」

  傷は深いし、血も多く出ているから完治するのに時間はかかるが、またちゃんと動けるようになる、というのがアリィの診断結果だった。

  それを裏付けるように、ノットの振る舞いは若干弱々しいものの、いつものそれとほとんど変わらないものだ。たまにいつも通り動こうとして『に゛ゃ゛』と小さな悲鳴をあげているが、

  「なら、大丈夫でしょう。彼女の診断で、それは彼女自身の治癒技術込みでの話だろうし。」

  「そこは疑ってないのだが……流石に見てられないのだよ…。」

  やはり教え子達の大怪我となると、アリィの診断の正確さよりも心配がきてしまう。アリィに対して失礼なことだと思いながらも、この気持ちは抑えられるものじゃない。

  「それで、亡霊鉱山よね。使えるなら使えばいいんじゃないかな?」

  「軽く言ってくれるね、真偽も確かじゃないというのに。」

  亡霊鉱山ーー長い間未開だったその地に、レンが潜り込んだという話。それも初めてではなく、何度も定期的に訪れていたというのだ。

  それだけでも十分訳がわからないのに、それに加えて魔導士狩りとそこで接触し、ついでに再会の約束までしてるというのだ。

  「それに危険すぎる、レンは何度も登ったことがあると言っていたが…」

  「なら、それに頼ればいいじゃない。」

  「だとしてもッーー!」

  大声と共に、机を叩いて立ち上がる。その突然のリオンの動きに、サクラは少し驚いた様子だった。

  それでも相手はノットを下したという確固たる事実がある。それがあるうちは、助けの手を出せない亡霊鉱山で一人で戦わせるなんて、そんな判断下せない。

  「……レンでは、力不足だろう。」

  それは、レンを一番近くで鍛えてきたリオンだからわかることだ。誰よりも努力家で、誰よりも真剣に訓練に取り組んでくれている。

  だからこそ、ハッキリと見えるレンの力量。

  

  「だったら、リオン。君が鍛えてあげればいいじゃないか。」

  「は?」

  サクラが当たり前だろ、とでも言いたげにあごをつきだす。そして少し冷めたコーヒーををゆらゆらと揺らし、

  「ノットくんは、レンくんといい勝負をすると言っていたんでしょう?なら、いい勝負から勝だけを教えてあげればいい。」

  「簡単に言ってくれるね」

  「どちらにせよ、亡霊鉱山に逃げられたらリオンでも、もちろん私でも手がつけられない。ライくんならもしかするかもだが、流石にそれは軽率がすぎる。」

  そもそも山に入れないリオンはダメ。サクラはサクラでまだ外せない仕事が残っているため、山に入れない以前の問題。

  

  そしてまだ可能性のありそうなライだが、山全体を凍りつかせかねない、かつその脅威が敵に知れ渡っているライを置くのもよろしく無い。

  どちらにせよ、レンを最前線に置くしか無い。

  口を両手で多い、ほかの可能性を思案するも、結局亡霊鉱山をどうにかしないといけない問題が発生する。

  

  「厄介なことしてくれたものだよ。ほんと。」

  レンの行動あれこれが、全てレンへと繋がる。不満げな顔のリオンに、コーヒーを飲み干したサクラが黒目を暗く染めて、笑みをうかべて指を差す。

  「さて、話は終わりだリオン。舞台の幕引き、私が考えてあげよう。」

  

  ーーそして時は今、結界の外に向けて歩を進めている。

  ウルフ達に引きつられどんどん向かうは結界の外、無秩序な領域だ。作戦結構に至って尚、リオンはまだスッキリとしない心模様だった。

  リオンの懸念点は主に二つ。

  そもそも、敵が策略にハマりに来るかどうか。

  魔道士狩りを追っていたはずの狩人が、突然その任務を放棄して狩人の本部を空にするなど誰がどう見てもおかしいし、怪しさ満点だ。

  

  それにシアルドにも魔導書、魔術書を保管してある。

  魔導士狩りを放置して、そこを手放しするということは、もう『盗んでください』と言っているようなものだ。

  何かあると疑って然るべきで、この餌に釣られてくれない可能性の方が高い。

  そして二つ目の懸念点ーーこちらの方が、リオンにとっては重大だ。

  狩人訓練生を、一時的に結界の外へ向かわせるということ。形だけだが、結界の外に出るということは彼らを死地へ放り出すということだ。

  もちろん彼らは戦う術を備えているし、結果外での訓練も、実際にモンスターを倒す訓練もしている。

  

  しかし訓練と実戦はもちろん違う。

  訓練と違って、外で起こるのは予定通りのあらすじではなく、予想外のアクシデントだけ。

  一度判断を間違えたら、その後に待っているのは死だ。訓練と同じように、いつでも守ってやれる保証などない。

  死が常に付き纏う、それが結界の外に出るということだ。

  「ーーーーー。」

  結界が近づいてきて、嫌でも体に力が入ってしまう。自分が死ぬのは別にいい。もう、何度だって死にかけてきた。仲間もたくさん見殺しにしてきた。

  だが、教え子達はまだ九歳〜十六歳の子どもだ。いずれ狩人として一人で仕事をしてもらうようになるが、それでも、自分の手の届く範囲では誰も死なせたくない。

  ノットが大怪我をして帰ってきた時、正直すごく動揺した。レイヴンが取り乱してくれたから、かえって落ち着くことができたが、実際その現場に一人だったら、みっともなく取り乱していたことだろう。

  久々に、狩人という仕事の厳しさを見せつけられた。

  狩人は個人戦ではなく団体戦だ。レイヴンにも同じことを言った。そしてそれを深く再認識した。誰かが死んだらーー誰かを死なせてしまった時点でリオンの負けだ。

  「駄目だね……これじゃあ八年前と何も変わらない。」

  あの時役に立てなかった自分とは違う。

  遠い記憶の中で、血も残らず散っていった仲間たちがいた。その時リオンは何もできず、ただ見ているだけだった。

  だが今はもう、誰よりも狩人たるべき存在へとなったのだ。

  頬を叩いて、スイッチを切り替える。不安は結構。だがそれ以上に、今はこの子達を守れーー

  今一度、全員の顔を見渡す。

  ツバキ、アルメリ、ラフィール、テレシム、ケイセイ、ティノア、シナノ、レリオン、ラルクーー

  全員が自慢の教え子達だ。ちゃんと狩人として花開く前に、蕾を落とすわけには行かない。それに、全員をそんなやわに育てた覚えもないーー。

  「もうすぐ結界の外に出る。結界から出たらーー」

  「警戒、そして身の安全の確保ね、大丈夫分かってる。」

  そう返したのは、猫のティノアだった。赤い目を自信で満たしてリオンへと返す。

  それは、他の狩人達も同じだった。

  自身がある、しかしそれは慢心とは違う。自分にできること、できないこと。それを知って、それでいて自信に満ちた顔をしている。

  そんな狩人達の顔を見て、リオンも緑色の瞳をキリッと引き締めて、結界の外を見据える。

  「結界を出るーー!みんな、最後まで気を抜くな!」

  車を引くウルフ達に指示を出し、狩人達へ号令をかける。結界の外に屯る脅威へとーー。

  そうして、仲間を引き連れて久々にリオンはーー狩人は遠征の名の下に結界の外へと向かったのだった。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「…ハァ…ついてねぇ…。」

  呆れるほど快晴な空模様とは打って変わって、気分はどんよりと沈んでいる。

  元から分かっていたことだが、こうもあからさまに捨て駒扱いされるとは思わなかった。

  

  別に嫌なわけでは無い。仕事に好き嫌いはない。

  ただ、もっと労いの言葉とか、気遣いが欲しかったなと思わないでもない。

  どこからどう見ても罠でしかない場所に単騎突入させられるのだから本当にたまったもんじゃない。

  「ま、他の奴らがいたところで邪魔だけどさ。」

  不法侵入なんて、大人数でやるものでもない。

  特に、今回の目的はあくまでシアルド内にある魔導書の回収だけだ。別に狩人本部を制圧しろ、というわけではない。今までの『狩人達を削れ』という命令とは違って、戦力もいらないし、目立たない単独の方がやりやすい。

  入って盗って逃げるだけなら、一人で十分。大人数で入って変に痕跡を残す方がよくない。

  ボス曰く、魔導書は保管されている場所によって扱っている魔術の系列がしっかりと分けられているようで、それぞれの場所から一冊抜き取れればそこでどのような魔術が研究されているのかが分かるそうな。

  ヴァンは魔術にも魔法にも精通しているわけではないのでなんの話かさっぱりだが、まあそういうことらしい。

  とにかく、シアルドに保管されている魔導書を一冊、記述されているものならどれでもいいらしいので、適当に掻っ攫うことにする。

  「ほんじゃま、行くか。」

  潜入経路は事前にある程度決めておいた。

  何やら、シアルド内には植物園なるものがあるらしくて、そこの排水が直接下水道につながっているらしい。

  国の最高の防衛機関なのにこんなにガバガバセキュリティで大丈夫なのか、コソ泥の身ではあるが心配になる。そしてこの国で暮らす一員としても心配になる。

  そんな心配は杞憂に終わらず、本当にすんなりと何の障害もなく下水道から建物内へと侵入できるのだから、この機関に国を任せておいていいものかと本気で心配になってしまう。

  「まぁ、そもそもこんなドブくさい道通るなんて、オイラたち以外が選ぶわけないけど。」

  何が流れてようが下水道は下水道だ。

  誰が清掃してるわけでもなく、基本的に手付かずで臭いが酷い。」

  「植物園の排水はフレグランスの香り〜みたいな、そんなんあるわけないか…。」

  そんな軽口を言いながら、ヴァンの潜入は続く。

  植物園に繋がってるとはいえ、流れてるものに生活排水があるわけで。こんなところ常人、否、別種族なら通ろうなんて思わないだろう。

  特に鼻がいい犬系の種族なんて、自殺ものだろう。聞いたところ、直接脳をトゲで刺されているような感覚に襲われるらしい。

  と、いうより鼠族がこの異臭になれている、というのが事実だ。迫害の歴史から今日に至るまで、鼠は長い間、地下街に幽閉されていた。

  地下街というのは薄暗いところで、勿論表沙汰にはならないので治安なんてあってないような場所だ。

  家はあるが、壁が薄い。

  家はあるが、ドアがない。

  家はあるが、窓はない。

  家はあるが、安全なんて保障されてない。

  奪い合い、殺し合い、騙し合い、そんな国の汚い部分が押し込まれているのが地下街だ。

  汚い部分を地下街に押し込めて、表面上は平和でキレイな国を保っている。

  そして、地下街には下水道が通っているためもちろん臭いも最低だ。

  最悪、最低で満ちている。

  そして、それが明るい『外』で覆い隠されている。誰も影には目もくれない。たまに影が目に入ったら、全力で目を逸らすか徹底的に排除しようとする。

  それがこの国ーー群青王国『ラピスラズリ』の本性だ。

  

  だから、

  「ボスの狙いがちょっとは楽しみだったりするんだよなぁ。」

  いやいや言いながらも、ホイホイとその命に応える。それだけの価値が、本当にそれが叶うのならそんな理不尽な命令も気にならない。

  そんな風に楽しみを作って、今日も楽しく影の仕事を遂行するのだ。

  「……楽しくはねぇか…。」

  やっぱ少し気にする。

  →→→→→→→→→→→→→→→

  潜入、進行、そして目的地。

  建物内部は思った以上に単純な構造だった。おかげで、すぐに蔵を見つけることができた。

  「……まさか本当に誰もいないとは…」

  植物園を出て、蔵を探して歩くこと数十分、気配を感じることなくここまで来てしまった。

  出張った狩人の数は十一人だったか。本当にそれだけだったのか、シアルド内はもぬけの殻だった。

  多少の戦闘は想定していたので少々拍子抜けである。

  というか、ヴァンの中で狩人の株価が世界恐慌で大暴落である。

  わざわざ魔導書を盗まなくても、この事実を公にするだけで狩人という組織への不信感と反感を簡単に買うことができてしまうだろう。なんだこの組織。

  「……さて…ちょいちょいっと…」

  慣れた手つきで蔵に施されている印をささっと解いて、開錠。

  他の魔導書を奪った時もそうだったが、厳重な管理と謳っておきながらこの開けやすさはいかがなものかと思う。

  といっても簡単に解けるのはボスの魔術への見聞の深さあってのことだろうが。

  「そのボスが、何を求めてらっしゃるんかね…。」

  どこから知ったのか、魔導書の蔵の印を解く方法を知ってたり、術式を解いたり、古の技術を発掘したり。逆に何を今更知りたがっているのだろうか。

  扉を開けていざ蔵の中へーー。

  蔵の中は小さな図書室のようななっていて、大量の本、魔導書が詰まった本棚が並んでいた。

  そして真ん中には魔法陣のようなものが施された祭壇のようなものが立っていた。

  

  祭壇の上には燭台と、

  「う……っわ、趣味わっる……」

  何か赤いものがついたダガーと、腹の部分が斜めに裂かれたぬいぐるみのようなものが置いてあった。

  裂かれたぬいぐるみのワタにはこれまた血のような赤が滲んでいた。

  

  知識がないヴァンでも一眼で理解できる。完全に触れてはいけないヤバいやつである。

  ほんとになんなのか、この組織。

  「……どれでもいいんだよな…。」

  魔法陣を踏むのは何か嫌な予感がするので、部屋を入ってすぐ近くの本棚から目についたものを一冊拝借。

  そこそこ厚みのある緑色の表紙の魔導書。

  中身を見て本当に魔導書かどうか確かめたいところだが、生憎中身を読むことはボスに禁じられている。

  そもそも魔導書というのは、本の形をとっているが中身は知識や歴史ではなく、術式の詠唱だ。

  何かの拍子に術式が発動してしまっては魔術、魔導に精通していないヴァンには対処のしようがない。

  ので、中身が空でないことに賭けて適当な、そこそこ厚みのある本を腰に巻いたポーチに突っ込み、さっさと蔵から出ていく。

  「よぉ、鼠。迷子かよ。」

  蔵から出てすぐ、いつか、どこかで知った声が聞こえた。

  「迷子ってんなら案内するぜ。」

  声の方に振り返り、声の主の正体を見る。

  

  無いと思っていた再会に、胸が高鳴るのがわかる。

  今回の任務、ヴァンは気が進むものではなかった。どう考えても罠だし、ただただ捨て石にされているのが明らかだからだ。

  

  しかし、そんな中でもヴァンがこの任務を引き受けた理由があった。

  「ヤァ、王様。生憎だけど、迷子じゃないよ。お手を煩わせるのもアレですし、オイラのことは無視してもいいですのよ?」

  声の主は獅子ーー赤く燃える瞳を宿して、ヴァンを燃やし尽くさんとした、あの瞳。

  無いと思っていたその再会に、ヴァンの心は高揚していた。

  「まぁまぁ、遠慮すんなって。俺が丁寧に案内してやるからさ、地下牢なんてどうよ。」

  「うっわ、センスねェ。迷子の子供がいたら優しくお家までエスコートするものでしょ。」

  「お前が迷子の子供だってんならエスコートしてやるよ。」

  「マイゴダヨー。」

  「…………。」

  「………。」

  互いにこれ以上言うことが無くなって黙り込む。どっちが先に動くのか、どっちがどこに動くのか。

  それだけに意識を集中させる。

  「返せよ、盗人。」

  一歩踏み出し、先程までの軽薄な雰囲気から一転し、張り詰めた空気が一気に訪れる。

  瞳に明確な闘志が宿り、赤い瞳が熱に燃える。

  先に動いたのは、長髪の獅子だった。

  「ヤダよ、オイラにだって生活があるんだ。」

  燃える赤い瞳に対して、それを打ち消すような青い瞳を向ける

  レイヴンが前に出た分だけ、ヴァンが一歩下がる。

  また一歩、また一歩、ジリジリと近づいてくるレイヴンに合わせてヴァンもまた一歩一歩下がる。

  そして、十字路へと差し掛かる。四方八方。前方はレイヴンが塞いでいるが、ヴァンはどこへでも逃げれる状態だ。

  しかし、レイヴンが姿勢を低くし腰の剣へと手をかける。

  

  「へぇ……」

  「………。」

  どこへでも逃げ出せるこの状況。しかし、ヴァンの頭に、素直に逃げるという発想はなかった。

  懐へと手を入れて、いつでも短剣を抜けるように柄を握る。

  互いが互いの姿を、目の中心から離さない。どちらかが動けば、それを合図に戦いが始まる。互いに武を交えたのは一度だけ。しかし、互いが互いに負けた経験と記憶を持っているという何ともおかしな状態。

  油断しない、油断した方が負ける。

  互いに緊張が走り、息をするのも忘れるほど静止した時が流れーー

  腰に刺していたレイヴンの剣が、金属音を短く鳴らすーーー

  「……なッ!?」

  互いに剣を抜いて、剣戟が始まるーー誰もがそう思っただろうその瞬間、突然ヴァンの道を塞ぐように、左右、そして奥の道へと繋がる道に水が流れ始めた。

  

  それはもう、滝の如く。

  「デェいッ!」

  張り詰めた緊張の糸を絶ったのは、レイヴンでもヴァンでもなく、突然湧き出した大量の水だった。

  突然意識の外側に訪れた変化に思わずレイヴンから目を離してしまった。

  その隙をレイヴンは見逃さず、低音で唸り全速で距離を詰める。

  「ッヒヒ、甘いッ!」

  レイヴンが迫るより速く胸から剣を取り出して、滝の元で短く掲げる。

  するとその刀身が淡く青く光出す。それと同時にヴァンの周囲を囲う滝の勢いが弱まった。

  「じゃあね、王様ッ!」

  淡く光った刀身を、レイヴンの体を縦に切り裂くように振り下ろし、弱まった滝の中を突っ切って逃げ出した。

  そして刃の軌跡が生み出した水の刃は、レイヴンを目指して進んでいく。

  「負けねぇッ!」

  ヴァンが刀身を振り下ろしたとほぼ同時にレイヴンは左手で顔を覆い、右腕から火球を発射した。

  発射された火球は水の刃と相打ちし、爆発を起こして水蒸気を発生させた。

  突然の水蒸気の発生に、視界が埋まり思わずギョッとして足が止まってしまう。

  「ケホッケホッ…くっそ……あぁ、もうめんどくせぇなぁ!」

  小規模の爆発を起こし、爆風で水蒸気を晴らしながらヴァンの跡を追い走り出す。

  レイヴンが足を止めた間にヴァンは遠くへと走っていき、窓の外へと飛び出した。

  

  「おっかないなぁ……うわッと、」

  爆発音を響かせる獅子から逃げ出して安心したのも束の間、今度は走るヴァンの脇を鋭い水圧が突き抜けた。

  そして上の階、その窓からイラついた声と共に白い塊が小さな刃を持って振ってくる。

  「ったく、やりずらいったらありゃしない!何なのよあんた!」

  文句を言いながら、鋭く短い刃を体重ごとヴァンへと突き立てる。

  「アンタこそ誰だよ!知らねェって!いらん文句つけてくんな」

  

  刃を刃で受け、そのままいなし距離を取る。

  後方に飛び出し、手をついて着地。そしてそのまま奇襲を仕掛けてきた方を見上げて追手の姿を見る。

  

  「お、知らないと思ったけど知った顔じゃん。あん時の兎のお姉ぇさんじゃん。」

  はっきりとは覚えていないが、あの時、ノットと一緒にいた兎だ。

  先程の突然現れた滝もおそらく彼女の仕業だったのだろう。たしか、あの時ノットを置いて水を吹き出させていたはずだ。

  嫌な笑みを浮かべるヴァンに対しファンドは訝しげな顔をして、跳躍し再びヴァンへと短剣を振るう。

  「あんときゃどうも!あんたのせいで!うちの主力が!ダウンしてんのよ!」

  短剣を奮いながら、ヴァンへと文句を突きつける。

  あんなに弱ったノットを見たことがない。

  あんなに弱ったヒトを背負ったことがない。

  狩人という職を選んだ以上、死は避けられない終点の一つで、それがノットを襲ったというだけの話だとしても。

  その現場に自分が居合わせて、何もできなかったことが何より悔しい。

  その悔しさをぶつけるように、素早く剣を振るう。

  だがしかし、

  「軽いね、こんな程度でオイラにかなうとでも!」

  「あんたこそ、何で勝った気でいんのよ!」

  剣を刺し剣を弾かれ、そして相手の剣には当たらないよう忙しなく攻防が続く。今でこそ喰らいついていけるが、それでも押されているのはファンドの方であった。

  今は相手に攻め気がないから戦いになっているが、しかし、それでもファンドの素直な剣筋は殆ど見切られていた。

  自分の剣が届かないことなど、そんなのは分かっている。ノットと比べて自分は速さも技術もない。

  かといってレイヴンのように力が特別強いわけではない。ファンドの今の力では相手とただ斬り合って勝てる可能性はとても低い。

  ノットと剣で渡り合い、そして自分という枷が居て、そして不意打ちだったとしてもノットを戦闘不能まで追いやったやつだ。

  肉弾戦で勝ち目のある戦いではない。

  だから、ノットの雪辱を晴らすのは残念ながらファンドではない。

  「ほら、隙ができた。じゃあオイラはもう行くね。」

  ファンドの振り下ろした剣の根本をおもいきり押し出し、バランスが崩れた隙を逃さず、そのまま駆け出し逃げるヴァン。

  「よそ見してんじゃないわよ」

  剣の撃ち合いはあくまで剣に意識を集中させるためのただのブラフだ。本命はあらかじめ仕込んでおいた左手にある。

  剣を弾かれ、弾かれた勢いでそのまま距離を取りそして剣を全力でヴァンへと投げつける。

  投げつけた剣はヴァンの頬を掠め、そしてそのまま落ちていく。

  「アハ、あっぶな!」

  剣を投げつけられ、しかしそれは不発に終わる。

  これでファンドとの戦闘は終わりだ。獲物をわざわざ自ら手放すなど、愚の骨頂。

  このまま街へ出て、いい感じに撒いてーー

  「いっっ」

  走り出すヴァンの足を、突然強い刺激が襲う。

  そして視界がひっくり返り、ヴァンを転ばせた。

  それは、水だった。

  とんでもない圧の水。それが走るヴァンの足を押し出し、足元を狂わせたのだ。

  「流石に人体をぶち抜くのは無理ね……。」

  

  「ーーでも、いい隙ができたぜ…!」

  転げたヴァンへ、狩人達は手を緩めない。転げて姿勢を直すより速く、獅子が獲物へと喰らいつく。

  自分の魔法の練度の低さを憂うファンドの横をレイヴンが立髪を走らせながら通り過ぎ、そのまま腰の剣を引き抜きヴァンへと襲いかかる。

  「やっべ」

  腰をそらし飛び起き、レイヴンの振りかざす剣をギリギリで受け、そのまま地面へと勢いを流し距離を取る。

  そのままレイヴンへと立ち向かい、決着をつけようと剣を構え、踏み込もうとする。

  がしかし、

  「いっ……」

  ファンドに撃たれた部分がズキズキと痛み、踏み込む足に力が入らない。

  レイヴンの後を追ってくるファンドの顔を見ると、得意げに口角を上げていた。してやったと言いたげである。

  ファンド一人だけならまだどうにかなっただろうがレイヴンがいるとなると流石に武が悪い。「はぁ」とため息をつき、懐に剣をしまい、逃げの一手へとシフトチェンジ。

  『任務以外はさせまいよ。』とボスが言っているような気がする。全て手のひらで転がされてるような気がしてムカついてくる。

  「なっ、おい!」

  あれだけやる気満々だったのに突然背を向けて走り出すヴァン。それを見てレイヴンもファンドも後を追い始める。

  ため息混じりに文句を垂れながら、木を上りそのままシアルドを囲う塀へと飛び移る。もちろん、飛び移ったタイミングで足に強い痛みがあり、苦い顔をする。

  

  「アァもう、ほんっと、ボスにゃたんまり文句言わせてもらうからなぁ!!捨て駒は捨て駒として仕事を全うしろってか。あぁあ。」

  「ゴチャゴチャとうるせぇ!逃げんな!」

  「ごめん王様、今日のところはコレで手打ちにしよッ!」

  短剣に僅かに残っていた魔力を解放して、レイヴンに向かって先より小さな水の刃が放たれる。

  当たったかどうかは別にいい。とりあえず一旦距離を取らなければいけない。

  ズキズキと痛むふくらはぎを撫でて出血がないことを確認し、そのまま狭い道を足を引き摺りながら軽く走る。

  「王様とまた遊べると思ったのになぁ…。」

  捨て駒でしかない今回の作戦に乗った理由は、レイヴンとまた戦えるかもしれない、と思ったからだ。

  だが、レイヴンとやり合う前に手負となってしまったからには致し方なし。できるなら、最初に出会ったときに全力でやり合いたかった。

  何故そうしなかったのかーー。それはーー

  →→→→→→→→→→→→→→→

  「ファンド、聞こえるかー?」

  「あっちよ。そんな速くないわね、足引きずってるわ。」

  耳を立て、聴力を働かせるファンドの後を追いかける。塀を飛び越えて逃げていった盗人。一度姿を見失ってしまったが、ファンドーー兎の聴力からしたらまだまだ追える範囲内だ。

  「腕大丈夫?」

  「あぁ、ちょっと痛むけどな…。やらかした。」

  走りながら、レイヴンの腕の調子を尋ねる。走るのに合わせて腕を振っていたレイヴンが怪我をした左腕を抱えると、そこにはうっすらと血が流れていた。

  

  「もう、何でわざわざ腕で防ぐのよ。」

  「癖だよな、リオンに怒られるなこれ。」

  「まったくもう…」

  ファンドの呆れ顔に苦笑いで返しながら、腕の傷を舐める。

  ヴァンが最後に撃った水の刃を、レイヴンは咄嗟に腕で受けてしまった。ノットの前例を目の当たりにしていたファンドの顔がとんでもない勢いで青ざめていったが、幸い傷は浅く、少々縦に長い切り傷ができた程度で済んでいた。血は出ているが。

  「心臓に悪いから早急に改善して。」

  「へいへい…。」

  適当に返事をして、狭い道へと入る。ファンドは小さいのでスルスルと抜けていけるが、体の大きいレイヴンにとっては少々狭いようで、たびたび体をぶつけていた。

  まもなく陽が傾き始める。