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狼隠密クロ

  「……ん、着いたか…さっさと済ませる…か…」

  エレベーターの壁に寄りかかっていたのは黒と銀の毛並みを漆黒のコートで包んだ狼、クロは気だるげな眼のままさっさとエレベーターを降りるが、

  エレベーターから広がるのは真っ黒に近いクロとは対照的に色鮮やかでファンシーな町だった。

  「…………なんだよ、お菓子の国、とでも言うつもりか?ふざけやがって……」

  周囲からも甘い香りがクロの鼻をくすぐり、苛立たしげに眼を細めながらクロはクッキーのような道を風の様に駆け抜ける、

  コートの袖に隠されてはいるが、既に両手にはワイヤー付きのナイフが仕込まれ、何処に敵が隠れていようがすぐに始末出来る体制でいた。

  そんなクロの前に一枚の大きな掲示板が立っている、其処にはチョコで字を書いたような可愛らしい文字で

  『このふろあのどこかにえれべーたーがあるよ!さがしてみよう!』

  と書かれていた。

  「このフロアにエレベーターがあるなんて当たり前だろうが……ん?」

  クロは掲示板に書かれた言葉を一応読んでいたが、掲示板の隅に矢印がついているのに気付く、クロが掲示板の裏に回って見ると

  『追申、この町は全てお菓子で作られています、嘘だと思うならこの字を舐めろ』

  と同じ様にチョコのような文字が書かれていた。

  「……嘘だろ……いや嘘…まさか…?」

  クロはナイフをしまうと、掲示板に書かれていた文字を指で撫でる、柔らかな肉球にチョコを撫でるような感触、そして肉球には文字だった物、恐る恐る一舐め、

  瞬間、口の中には甘く、それでいてほんのりとほろ苦い味わいがいっぱいに広がった。

  「わっ!おいしいっ!!…ってダメだ、まだ仕事の最中だろ……」

  気だるげな眼を見開いて鋭い表情だったクロの顔がパァッと明るくなり、尻尾がパタパタと揺れる、しかしすぐに頭を振る、

  掲示板の文字がチョコだと言うのは嘘ではないようだが、それはつまり、クロが今いる町にある物は香りだけでなく、本当に全てがお菓子で出来ているのかもしれない。

  そう思うとクロの鼻が感じる香りは尚更に強くなったように感じ、スンスンとクロの鼻が辺りの匂いを嗅いでしまう。

  「…ダ、ダメだ……まだ仕事の途中なんだ…今は…我慢しないと…」

  ブンブンと頭を振り、コートの襟をクイッと持ち上げて鼻まで覆いながら町の家々を調べ始める、

  しかし扉を開くと、家の中からは芳醇なジャムやフルーツ、クリーム等の甘い香りが溢れ、

  その香りを嗅ぐとクロはゾクゾク…ッと身体を震わせてしまう、そしてすぐに扉を閉めると次の家へと調査を繰り返すが、

  どの家を見ても何のヒントも無い、そのくせ甘いお菓子の香りばかりがクロの周りに溢れ、コートで覆っていたクロのマズルからはポタポタと涎が垂れていた。

  「う、うぅ…み、見つからない…やっぱりあの城…?でもこの道以外に行くところなんて…」

  降りてから駆け抜けた道に立ち並ぶ家には目印を付けたがエレベーターはなく、ふわふわしたワッフルのような屋根に飛び乗ると遠くにぼんやりと城が見えた、

  だがその城へいく道はなく、更にはワッフルの屋根からは甘いシロップなどの香りが一際強く、屋根伝いに走るのは耐えられないのだ。

  「な、何とかして仕事を終わらせないと…でも……うぅ…」

  クッキーで出来た道を行ったり来たり、同じ場所をうろうろしていると段々クロの足元からも仄かな香りが立ち昇ってくる、周りにある物は確かにお菓子だろう、

  フォルスなら着ている服を口に巻いて飛んでいっただろうし、リオンならそもそも迷いに迷って、結果何時も通りに大暴れするだろう、

  アルマは一旦ジャンプするなりして、その後は飛んでいくなり、家を斬り潰して進むくらい出来るだろう。

  しかしクロにはどうしようもない、何時ものように屋根伝いに行こうとしても甘い香りにクラクラしてしまい、今でも葛藤しているのだ。

  「……しょうがない、そう、しょうがないよね、仕事の為だものね…終わったら少し頑張ればいいんだよね…うん、そうだよ、そう……食べちゃってもいいよね」

  ブツブツと呟いたのは、葛藤から生まれた逃避、その一番簡単な結果。

  クロは一軒の家に眼を付けた、それは僅かな間しか見えなかったが城に近付くには一番近い家、ふらふらと悩むように歩いていたが、クッキーの扉から溢れた香りは、クロの悩みを隠してしまう。

  「あむっ…おいしいっ!むぐむぐ、はぐっ…」

  家の壁もクッキーで出来ており、ナイフで切るとふわふわしたシフォンケーキの層が現れる、クロはナイフで切った壁を捨てるのではなく、自分の口へ運ぶとそのままむしゃむしゃと食べ始めた、

  クッキーもシフォンケーキも口の中で至福の甘さがいっぱいに広がり、クロの眼は子供のようにキラキラと輝き、尻尾もパタパタと子犬のように嬉しげに揺れている。

  時々口直しにジャムやフルーツなどを摘みながら暫く食べ進んでいると、シフォンケーキの層からクッキーの壁が見えてきた。

  「んむ…やっと見えてきた…って、嘘…」

  壁に穴を開けると、其処には似たような部屋、それも迷路のように部屋が繋がっており、外に出るわけでは無さそうだ。

  「うぅ…これが迷路だったら大変だな…あ、無理に食べるより切ってあければいいかも…?」

  クロは漆黒のコートをパタパタと叩くと口周りのクリームなどを拭いながら次の部屋に出て、その壁をナイフで切り分けて外そうとするが、

  不思議な事に切り分けた壁が段々と再生しているのだ、自分が通ってきた穴も埋まっているのではないかと思い振り返ると、その穴はまだ空いたまま。

  「えっと…これってもしかして、食べながら進むって事…?」

  クロの考えは当たっていると考えておかしくは無いだろう、このお菓子の迷宮を突破する為には食べて進むしかない、

  目的地は遠いし、もしかしたら道を間違えて進むかも知れない、しかしクロの口の中には甘い味がはっきりと残る、

  その味はクロが長い間耐え、そして堪えていた味、隠密の技能を主体としたクロにとって甘い物の脂肪は控えなければならないと言われ続けた。

  「……此処から出る為には食べないと行けないんだから、うん、俺は悪くない…絶対に悪くない…」

  クロは呟く、呪文のように、そしてクロは眼の前の壁に手を振れ、そのまま剥ぐ様に食べ始めた、むしゃり、がぶりと壁を齧り、その部屋の中にあった皿に盛られたシュークリームも口直しに食べる、バニラエッセンスの入ったカスタードクリームと生クリームの味はとても芳醇で、壁を掘り食べる口直しに更に食べてゆく。

  「あむっ、んぐっ、はぐっ、んむっ…まぅっ…」

  むしゃむしゃ、はぐはぐと壁を食べ進め、部屋の中にあるチョコレートやドライフルーツを食べつつ進んでゆくと、小さな広場に出た。

  「んぅ…あれ、此処は……?」

  周りは同じ様な壁に囲まれているが、小さな噴水のついた池にはキラキラと輝く水が、クロは口の中が甘ったるくなっていた為、少し辺りを警戒するとその池の水をゴクリと飲む。

  水は程好く冷たく、口の中の甘さを綺麗に洗い流してくれる、ほっとクロが一息ついていると、先程までお菓子で満腹だった腹に空腹感が生まれる。

  「この水、もしかして休憩みたいな事も出来るのかな…よし、ちょっと持って行こう…」

  とクロが持っていた水筒の中を飲み干すと、水筒にたっぷりと池の水を詰めてから他の壁へ探索を始めた。

  しかしクロは気付いていなかった、長い漆黒のコートに隠されていたクロの身体は少しづつむく、むくん…と丸みを帯び始めていた事に。

  それからもクロは壁を食べ進め、満腹になったら水を飲み、水筒が空になったら池へ戻ると汲み直し、また食べるを繰り返していた。

  「んむ…はぐっ…あれ、また壁…ん…あ、あぁっ!?」

  また壁に辿り着いてしまったクロ、食べていたブルーベリージャムの入ったパンを口に放り込みながら振り向こうとした時、

  ブツッ、バツンッという音が響き、クロの着ていたコートの腹廻りが裂け、たぷん、と大きな腹がコートから突き出してしまう。

  慌てたクロだったが、それに伴い自らの身体をまじまじと見てしまう、その身体は何処もかしこもムチムチと肉が付き、着ているコートもパツパツになっていた。

  「も、もしかして…食べすぎ…?が、我慢…でも先に進めない…」

  うろうろと肥えた身体で逡巡する、今のところ先へ進む為の道は見えておらず、探索の為には食べるしかない、

  しかし食べれば勿論肥える、今の体系でも十分問題視される事は眼に見えて明らかだ、他の三人はまだいいかもしれないが、自分の父親の事が頭に浮かび。

  「……そうじゃん、我慢しなくたっていいじゃん、私には痩せろとか言って、父さん自分だけ羊羹丸々一本齧ってるし……!」

  子供の頃から自分に厳しかった父親、隠密のリーダーとしての誇り等から娘であるクロに厳格に接していたが、クロが見ていない時にはこっそりと甘い物を食べていたのだ、

  その事を思い出したクロは次第に父親の理不尽さと、今まで殆ど食べられなかった甘味の幸福感、それらが入り混じった結論は一つだった。

  「よーし!もう我慢するのやめる!誰も見てないし!今まで我慢した分いっぱい食べる!」

  ドスン、と大きな一歩を踏みしめ、眼の前に移るお菓子の全てを只管に食べる決意を固めたクロはすぐに行動に移り始めた。

  今迄我慢し続けた欲求、それを一気に解き放つように動き出すクロは見えた城など気にせず、只管家々諸共に中にある菓子までもを貪りだした。

  バターとハチミツがたっぷり塗られた三段パンケーキ、切り分ける事などせずにがぶりと齧り付けばじゅわりと芳醇な味が口いっぱいに広がる。

  程好い甘さのタレや、粒餡と漉し餡で包まれた串団子、皿いっぱいに盛られたそれの串を太い手で五本ほどまとめて持っては口で一気に引き抜くように食べる。

  シュガーシロップで外側を軽く固めたワッフル、近くに盛られていたバニラアイスをたっぷり載せて食べれば程好い冷たさと甘さに尻尾が揺れる。

  クリスタルのような飴細工の器にたゆたう色とりどりの小さくカットされたフルーツと、真っ白な杏仁豆腐、シロップ諸共杯を飲むようにごぷごぷと飲み干した後飴も齧る。

  ギチチッ、ブツッ、ブチンッ!と、クロの胸に巻かれていたサラシが千切れ、だぷぅんっ、とクロの胸が大きく膨れて跳ねる、それでもまだクロは大きな身体をだぷん、ぶよんっと揺らし、水筒の中の水を飲み干すとワイヤーを巻いて池へ投げ込む、普段と変わらない的確な投擲で離れた場所にある池に水筒が入り、水が溜まると一気に引き戻し、クロは大きな尻と尻尾を揺らしながらさらに食べ進む。

  チョコレートとサクサクな生地でクリームを包んだエクレア、指についたクリームも勿論ペロペロと舐め取りながら平らげる。

  たぶん父が見たら涎を垂らすだろう大きな羊羹、芋や栗の羊羹も並んだそれを一本一本切らずに丸齧り。

  バケツが小さく思えるような巨大なプリンがメインのプリンアラモード、スプーンなど使わずにそのまま上のほろ苦いカラメルと共に舐めるように食べ、飴細工の皿も綺麗に食べる。

  巨大な丸太のようなバウムクーヘン、チョコなどでコーティングされた物も中はふわふわの柔らかさでドンドン貪り食った。

  「んくっ…んぐっ…ぷはっ、後はもうあの城だけ…!あそこにも何かあるよね……よいしょ…っと」

  最後に残っていたドライフルーツの埋め込まれたパウンドケーキの一切れを食べたクロは水筒の水を飲み干し、城だけが残った更地を見渡し、城へ向かう、

  その前に着ていたコートは最早チョッキのように大きく膨れた腹や胸を覆う事さえ出来ず、腹が地面に触れるほどに大きく肥えていた、

  そのためクロはワイヤーを網目状になげ、大きな腹の下からグイッと持ち上げ、大きな尻をゆさゆさと揺らし、太い両腕のワイヤーで大きな腹を抱え、たっぷりと肉付いた胸と共に揺らしながらドスン、ドシン、ズシンと鈍重な足取りで城へ向かう、勿論その最中に池から水筒の水をくみながら。

  「んしょ…んしょ…どっこいしょ…つい…たぁっ!」

  ドスドスと足音を上げながら、大きな尻や胸と腹を揺らして城に入ったクロ、その眼前に聳えるは巨大なケーキ、ショートケーキやチョコレートケーキなどが段になっている。

  「へぇ、これが最後の試練って事?此処まで食べちゃったし、全部頂いちゃうから!」

  城の壁などはお菓子のように見えたが、よく見ると無機物で食べられそうにない、天辺に飴細工の箱が載っており、そのケーキの向こうにはエレベーターが、

  クロはじゅるりと舌なめずりをしながらドスドスとケーキに近付き、だぶぅんっとワイヤーで支えていた腹を下ろしながらがぶりとケーキへ飛び込むように食べ始めた。

  ほろ苦い甘さのチョコレートケーキ、しっとりと滑らかなチーズケーキ、様々なフルーツの盛られたフルーツケーキ、そしてクリームとイチゴの立派なショートケーキ。

  我慢などとうに振り切れたクロは手でケーキを掴んでもしゃもしゃと貪り、崩さないようにどすどすと巨体を揺らしながらドンドン食らいつく。

  時々水筒の水を飲めばすぐに口の中もさっぱりし、ぶくん、と腹や身体が少し肉付きながらも恐ろしい速度でケーキが削られ、遂に天辺の砂糖菓子を割り、中のスイッチを取り出す。

  「んむ…っと、これで開くんだよね、よいしょっと…お、開いた開いた」

  ぽりぽりと砂糖菓子を齧りながらスイッチを押すと、離れた場所にあるエレベーターが開く、その中はクロの丸々と肥えきった巨体も余裕そうだ。

  「それじゃ、また持ち上げて…んしょ…ふぅ、慣れちゃうと妙な感覚だなぁ…それにしても、随分と食べ過ぎちゃったみたい」

  と、ワイヤーで下腹部から胸と腹と持ち上げながらもよたよたと自分の身体を見渡す、

  細かった身体つきはどこもかしこも贅肉に溢れ、さながら黒と銀の毛並みの大型クッションとも言える、

  前に突き出た腹は補助が無ければ地面にも届きそうな程、胸はスイカどころかメロンでも足りないくらい、そして背中にも贅肉が段を作り、尻もたっぷりと付いた肉が揺れる尻尾に震えている。

  「ふぅ、ふぅ…まったく、身体が重いのは難点かなぁ……そういえばリオンがなんか補助武装がどうとか話してたような…後で聞いてみるかな…ふぅ」

  どすん、だぷんと鈍重な足取りで身体を揺さぶりながらエレベーターへ乗り込み、ワイヤーを外すとぶよぉんっと大きな腹と胸が跳ね撓み、そのままエレベーターが動き出す。

  「……あ、しまった、このまま行ったらリオンに笑われる…まぁいいか、後で〆ればいいだけだし、アルマとフォルスにダイエット手伝ってもらおう」

  肥えきった巨体をふにふにと揉みながら、クロの乗ったエレベーターは目的地へ真っ直ぐに移動するのだった……

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