犬の気持ち 小話

  ほんのりイザ武な人間×獣人パロのみっち愛され

  強めの幻覚と妄想を混ぜ合わせた作品

  Xで呟いていたネタを元に書き下ろした超短編集

  JUNE BRIDE FES 2024で出した本です

  WEB用に編集してあります

  最後の世界線から並行世界に移動してる

  みーんな仲良く会社立ち上げて社畜してるよ

  獣人は今のところみっちのみ

  以下の要素を含みます

  ◇武道のみ獣人・幼児化

  ◆中身は大人だけど精神は身体に引っ張られがち

  ◇~4月末までの季節感で纏めてます

  表紙絵はフレンズの星姫すぴか(スピノ)さんが描いてくれました!

  [[jumpuri:users/2516283 > https://www.pixiv.net/users/2516283]]

  今までのにコメント・スタンプやいいねにタグなどなどありがとうございます

  フォローもありがとうございます

  著作権は放棄してないんで無断転載とか止めてくだせぇ

  [newpage]

  01水族館での幕間

  「わん! わん!(あ! あれ!)」

  「どうしたタケミチ」

  少し遅めの昼食を食べ終わり園内を散策していると、竜胆が肩車してやっていた武道が小さく鳴いた。

  肩車されている武道が指さしたのは、園内で有名なカワウソを模したぬいぐるみのくじ。ハズレはなく、金を払えば確実に一体は貰えるというものだ。

  「へー……こんなんあるんだな。つか1番上の賞でっか……車じゃねぇと持って帰れなくね?」

  肩車から武道を下ろし、自分の腕に乗せてぬいぐるみがよく見えるようにしてやる。 チラリと武道を盗み見るとキラキラした瞳をしていた。

  「……やりてぇの?」

  「わん!(やりてぇ!)」

  思わず声をかけると、そのキラキラと宝石のように光る瞳が竜胆を見つめる。瞳の中には期待が込められていた。

  そんな瞳に勝てる者はいるのだろうか……いや、いない。

  「……しゃあねぇなぁ」

  武道の瞳に負けた竜胆。しょうがないと言いながらも口からは笑みが隠しきれていない。

  ついでに記念に引いてオソロもいいんじゃね? と竜胆も引くことにした。

  券売機でくじを二回分買い、一枚を武道に渡すと隣にしゃがみ込んで引き方を説明する。

  竜胆のこんな面倒見がいいとこ初めて見るんだけど……! と蘭は楽しそうに見守り、イザナと鶴蝶はそんな蘭に呆れつつも武道から見線は外さない。

  二人はそんな外野を気にせず、竜胆はくじについてわかりやすく説明してやり、武道もふんふんと頷いている。

  「じゃあタケミチからな、こっから手ェ突っ込んでくじ引くんだぞ」

  流石にくじが舞い散っている機械は、武道よりも大きいので手が入れられない。

  そのため竜胆が武道を抱えやり、取りやすいようにしてやった。

  武道が無事にくじを取れるとサッと竜胆もくじを一枚掴む。互いにくじを手に、せーのの声で開いた。

  「下位賞か……タケミチはどうだった?」

  「わん! きゃん!(見て! 2番目!)」

  「上から2番目……すっげぇなタケミチ!」

  スッと竜胆が手を出すとウキウキとハイタッチ。

  武道からくじを預かり、景品前にいるスタッフに渡す。

  自分が当てた一番小さいぬいぐるみを脇に抱えて、武道の当てた二等賞のぬいぐるみも引き取る。

  竜胆でもそこそこ大きい。武道と比べたらほぼサイズが変わらないように見える。

  「オレでもでけーけど……タケミチ大丈夫か?」

  「わん!」

  しゃがみ込んで手渡すと小さい両手で必死にぬいぐるみを抱く。ほぼぬいぐるみで埋まる武道。これでは歩くこともままならないだろう。

  「ぬいぐるみとほぼ同じサイズ……ぶふっ!」

  すかさずポケットから取り出した携帯でカシャカシャと写真を撮る。

  興奮してイザナに見せに行こうとする武道だが、ぬいぐるみで埋もれているためなかなか上手く動けない。見かねたイザナ達は武道へと近寄ってやる。

  「わん! わんわん! きゅーん!!(見て! オレとほぼ同じサイズ! でっけー!!)」

  「……埋もれてんじゃねぇか」

  「よかったなタケミチ!」

  和気藹々としている三人を横目に、蘭は竜胆へと近寄る。嬉しそうに見ている弟に、蘭もどこか楽しげだ。

  「ウケるー! ちっこいのが同じサイズのぬいぐるみ持ってるとか」

  「それが可愛いんじゃね?」

  イザナと鶴蝶に自慢していたかと思った武道はくるりと振り向き竜胆の方を向く。

  相変わらずぬいぐるみに埋もれているが、ぬいぐるみの横からひょこりと嬉しそうな顔をしている。

  「きゅーん! わん!(ありがとー! 大事にする!)」

  「ありがとう、だってさ」

  「……やっぱ獣人いいなぁ」

  後日、竜胆の部屋には似合わないが、可愛らしい小さなカワウソぬいぐるみ。

  それが棚の上に写真と共に飾られるようになったのは言うまでもない。

  ────────────────────

  02寒い冬の日

  急激に気温が下がったある寒い日のこと。

  窓の外では雪がチラついている。積もる程ではないがそれほど外は寒いのだろう。

  ソファーに座りながらコーヒーを飲んでいるイザナは大きめのブランケットも装備し、暖かそうに休息を取っている。

  イザナがまったりとしているとリビングに入ってきたのは鶴蝶。キョロキョロと辺りを見渡したり、時折テーブル下を覗いては首を傾げている。

  「タケミチ〜?」

  どうやら武道を探していたようだ。

  「どうした」

  「タケミチ知らないか? 探してるんだがどこにもいなくてな」

  「ん……」

  「ん?」

  自分の腹あたりを指差すイザナ。よく見るとこんもりと膨れているブランケット。さっきから微動だにしないイザナにもしやと思う。

  「……もしかして」

  「見るか?」

  チラリとブランケットを捲ると黒い犬耳が見えた。

  顔は伏せてるためよく見えないが、ぴるぴると耳が動いているのがわかる。

  「ん゛っ!!」

  「寒ィからって入ってきた」

  伏せてごめん寝している姿に悶えればいいのか、すんなり入れてやるイザナに悶えればいいのか、二人が好きな鶴蝶は途端に情緒不安定になる。

  「犬って寒ィの平気だと思ったんだが……獣人は違うんだな」

  「ゔん゛……そうだな……」

  そうじゃない。武道はイザナが好きだから一緒に居たいんだと思うぞと伝えたいが、上手く言葉を伝えられない。もどかしいこの思い。

  「ん?」

  さっきまで伏せて寝ていた武道がモゾモゾと動く。うるさくしすぎたか? と思うが、どうやら頭まで身体全部がブランケットに包まれていたから暑いらしい。

  モゾモゾとする動きは止まらず、徐々に身体がせり上がってくる。

  「きゅー……ん」

  寝言だろうか、時折鳴き声を漏らす。

  頭だけブランケットから出ると一旦動きは止まり、寝心地のいい場所を探すようにイザナの腹あたりに頭をぐりぐりと擦り付けたか……と思うとまた寝た。

  一連の動作を見守っていた二人。いつの間に鶴蝶の手には携帯が握られている。

  「……録ったか?」

  「……バッチリだ」

  部屋の中では武道のぷすぷすといった寝息のような音が静かに響く。そんな寒い冬の日。

  ────────────────────

  03お絵かきタイム

  「〜♪」

  「タケミチは楽しそうに何やってんだ?」

  「なんか絵が描きたい気分らしいぞ」

  お気に入りのスペースで横になりながら何かを描いている武道。イザナ達の方には尻を向けて伏せているため、揺れる尻尾しか見えない。

  揺れる尻尾に合わせて音程の外れた鼻歌を歌っている。

  「……あの音程外れてる鼻歌は?」

  「……無意識みたいだから言わないでおこう」

  本人は楽しそうにしている。無闇に水を差さなくてもいいだろうと、そのまま武道を見守り続ける。

  「わんっ!(できたっ!)」

  暫くして、一声鳴いて立ち上がるとそのままイザナと鶴蝶の元へと駆け寄ってくる。

  手には今まで何かを描いていた紙も持っている。

  「わんわん!(見て下さいっス!)」

  差し出された紙に描かれていたのはおそらくイザナ? と思われる白い物体と鶴蝶? と思われる傷がある物体。

  そこは自分達だと何とかわかる。ある意味特徴は掴んでいる。チラチラこちらを見ながら描いていたのはこのためだろう。

  ……が、その二人の間に黒い物体がいるが何かわからない。

  (なんだ……コレ)

  (ゴミ袋……じゃねェよな)

  ジッと見つめたまま黙り込む二人に、不思議そうな顔をする武道。

  勢いよく振られてた尻尾も勢いがだんだんなくなる。

  (なんか言った方がいいよな)

  とりあえず、何を言わなければとわかる部分を伝えようとする鶴蝶。

  「あー……コレはオレとイザナだよな?」

  「わんっ!(そう!)」

  どうやら当たったらしい。

  武道の目は輝き、ゆっくりになっていた尻尾の勢いも戻ってくる。

  だがこの間の黒いのがわからない。もしかして武道にしか見えていない何かだろうか。

  よく猫など宙を見つめているよな……と頭を過るが、だが獣人だしとその可能性を否定する。

  「あー……この間のは……」

  何とか言おうとするが、間違えたら確実に悲しそうな顔になることは想像しやすい。

  眼の前には目を輝かせて続きを待っている武道。詰んだ。

  「……」

  続きの言葉が出てこない鶴蝶に無言で視線を送りつつも、またも勢いがなくなる尻尾。

  心なしか目もどことなく悲しそうに見え焦る鶴蝶。

  焦れば焦るほど何も思い浮かばない。

  「……オマエだろ」

  「えっ?」

  今まで黙ってジッと絵を見ていたイザナがポツリと呟く。

  その言葉に今までの比ではないくらい動く尻尾。

  「自分描くならもっとわかりやすくしろよな」

  「わふ? きゅーん……(そうかな? わかりすいと思うんスけど……)」

  わしわしと武道を撫でながら絵をずっと眺め続けるイザナ。

  改めて見てみると確かによく見れば耳っぽいのと尻尾っぽいのが生えている。

  いや、それならせめて人型っぽく描いて耳と尻尾を生やしてくれと思うが、相手は幼児。

  察せなかったオレが悪いか……とイザナに戯れている武道を見つめるしかない鶴蝶だった。

  後日、その絵はキチンと額縁に入れられて玄関に飾られるようになる。

  それで話は終わり……とはならなかった。

  (ジッ……)

  部屋の壁から覗くようにだったり、お気に入りのスペースにいる武道から、ジッと訴えるような視線が送られるようになった。

  「……悪かった。答えられなかったオレが悪かったからその目は止めてくれ」

  うまく答えられなかった鶴蝶は、少しの間武道から悲しそうな目を向けられて心を抉られているのだった。

  ────────────────────

  04名前の呼び方

  「タケミチ呼んでみ?」

  「オレらの名前くらいすぐ呼べるだろ?」

  武道を囲んでいるのは灰谷兄弟。またもイザナ宅にアポなし突撃。今日は武道に名前を呼ばせようとしているらしい。

  人間と獣人で舌の長さが違うのか、武道は長く喋ることができない。油断すると舌っ足らずになるし噛みまくる。

  そのため、ゆっくり話すか単語を減らして喋るということをしていた。

  そして何故か〝ん〟を発することが下手くそ。うまく言えないため、人の名前を呼ぶ時に苦労していた。

  喋れるようになったことは進歩しているが、以前の人間だった時のように話せないのは少しストレスが溜まる。

  それでも嬉しそうに聞いてくれるイザナや鶴蝶がいるから、話すことはそこまで苦ではなかった。

  「蘭くんって言ってみろよ」

  「竜胆くんでいいぞ」

  話すことは苦ではないが、まだ苦手なことに変わりはない。だがそんなことは気にせずに名前呼びを強要してくる灰谷兄弟。

  どうやら東卍や黒龍の面々よりも先に名前呼びをされたいらしい。

  「……必死か?」

  「そんな強要しなくてもいいんじゃないか?」

  「大将と鶴蝶は呼ばれてるんだからいいじゃん」

  「二人は普段から一緒にいるからすぐ呼ばれるのは仕方ねェとして、天竺の中では早めに呼ばれてェじゃん?」

  「じゃんじゃんうるせェな……」

  今のところ初めて呼んだのはイザナの名前、次に呼んだのは鶴蝶。

  蘭の言う通り、共に過ごす時間が長いし面倒を見ているのは二人だから不満はない。

  だがこれが東卍と黒龍を含め、関係者となると話は別だ。イザナ、鶴蝶と続いているのでその次も呼ばれるのは天竺だろうと珍しく張り切っている。

  そのためイザナの予定も気にせずに突撃しているわけで。

  「ほら、タケミチ」

  再度催促されてオロオロとイザナへと顔を向ける。呆れた顔でさっさと呼んでやれと言われたので、改めて灰谷兄弟へと顔を向けた。

  さて、ここで思い出して欲しい。武道が〝ん〟をうまく発音できないということを。

  「らんく! りんく!」

  「……オレ、順位になった?」

  「そんなら兄貴、オレなんてゲームキャラだけど?」

  思わずポカン顔になる二人。なかなか見られない顔にイザナはクツクツと笑っているし、鶴蝶も笑いを耐えてるが少し震えている。

  「タケミチィ〜? 頑張って〝ん〟まで言ってみ?」

  「らんく!」

  武道も必死なため、何とか最後まで言おうとするが音にならない。

  竜胆も再度呼ぶように催促するが、呼ばれるのは変わらずゲーム主人公のままだ。

  「呼ばれるの嬉しいけど、流石にこれはちょっとな……」

  「ごめちゃい」

  「んー……タケミチ、蘭ちゃんって呼んでみ?」

  「らんちゃ?」

  「そっちのがマシか……竜ちゃんって呼べるか?」

  「りんちゃ?」

  さっきよりかはまだマシかとちゃんづけで妥協する。

  六本木のカリスマ兄弟とも呼ばれ、不良界隈でも一目置かれているあの灰谷兄弟が、幼子に対して妥協している姿はなかなか愉快なものだとイザナは笑う。

  「ハッ! オメェらもタケミチには形無しだなァ」

  「ま、タケミチだしねェ」

  「オマエも誇れよ? あの灰谷兄弟が妥協してやってるんだぜ?」

  何とも丸くなったものだと思うが、それもそれでいい変化だ。

  ────────────────────

  05バレンタインデー(二月十四日)

  珍しく九井ではなく三ツ谷に預けられた日。テレビを大人しく見ていると、世間一般では明日がバレンタインということに気づいた。

  (日頃のお礼に渡したら喜んでもらえっかな……)

  横では三ツ谷が机に向かって本を読んでいる。仕事なら何かデザイン画を描いていたりミシンを使っていたりするので、今なら大丈夫だと判断する。

  「みちゅやく!」

  勢いあまって噛んだ。滑舌ゆるゆるの口が憎い。感情が高ぶるとそれに比例して滑舌も甘くなるのは変わらない。

  くるりと武道の方に顔を向ける三ツ谷の顔は笑っている。武道は顔を赤くしながらテレビを小さい手でペチペチと叩く。

  「どうしたタケミっち」

  「ん!」

  「バレンタインか……もうそんな時期か、バレンタインがどうしたんだ?」

  「つくる!」

  「作りたいのか?」

  「ん!!」

  そうか……と手を口にあてて考える素振りを見せる。急に勢いのまま言ってしまったが駄目であったろうかと不安になる。耳を伏せながら三ツ谷を見つめる。

  「チョコ……クッキー……意外性でマカロン……」

  いや、そんなことはなかった。どうやら真剣に考えてくれているようだ。伏せていた耳もピンと持ち上がる。

  「……誰にあげたいんだ?」

  「イザナく! カクちゃ!」

  「……いっぱい作って他にもやらないか? 黒川くんと鶴蝶にはラッピング豪華にして、メッセージカード付けるとかして」

  「やる!」

  「よし! なら膳は急げだな」

  他にも作ってやらないかという発言は主にマイキーを指していた。ここでやらなければ癇癪起こすのが目に見えている。そしてその被害が自分や周りに訪れることも……。

  また、三ツ谷も欲しい気持ちがあったため、それは本人だけの秘密だ。

  三ツ谷の頭の中で、瞬時に予定が組み立てられたらしい。幸いにも午前中。材料を誰かに頼んでアトリエに持ってきてもらうように誰かに電話をかけていた。

  ◇◆◇

  「急に呼び出されたと思ったら……」

  「どらけぇく!」

  「待ってたぜ、ドラケン」

  昼食を食べ終わった頃、アトリエを訪れたのはたまたま仕事休みだったドラケン。

  先ほど三ツ谷がかけていた電話相手はドラケンで、彼に材料を買って持ってくるように頼んだらしい。

  普段エマの買い物に付き添ったりしているのである程度は慣れているが、流石にバレンタイン前に製菓コーナーを訪れるのは恥ずかしかったらしい。グチグチと三ツ谷に文句を言っている。

  「で? なんで菓子の材料買ってこいなんて言ったんだよ」

  武道が足に戯れついているのをあやしながら三ツ谷に問いかける。三ツ谷はドラケンが買ってきた袋の中を見て、材料も足りることを確認するとエプロンをドラケンに渡す。

  「?」

  「ほら、タケミっちも」

  「あい!」

  いつの間に用意していたのか幼児用のエプロンを武道にも渡す。この男、もしかしたら虎視眈々と前々から用意していたのかもしれない。真相は闇の中。

  「だから三ツ谷……理由を言え」

  「タケミっちが作りてェんだと」

  「……バレンタイン?」

  「そ、だからオレらで手伝ってやろうってな」

  「……だったら最初からそう言え」

  ハァ……と呆れ顔をするが可愛い子の頼み。仕方ないといった姿を見せているが、武道の頭を撫でる手は優しかった。

  ◇◆◇

  料理に手慣れている三ツ谷がいるとはいえ、簡単な男料理しか作ったことがないドラケンと不器用な武道で作るのはてんやわんやした。

  それでも何とかクッキーとマカロンの両方を用意することができたのは三ツ谷のお陰。ほぼ三ツ谷作とは言ってはいけない。愛が籠っていればいいのだ。

  「タケミっち、黒川くんと鶴蝶にあげるクッキーとマカロンに何か描かないか?」

  「かく?」

  「メッセージでも似顔絵でも描いたら喜ぶと思うぞ」

  「やる!」

  三ツ谷から渡されたチョコペンを片手に一生懸命絵を描いていく。描きづらそうだがどうやらイザナと鶴蝶の似顔絵を描こうとしているようだ。

  出来上がった似顔絵は少し歪んでいるが、似顔絵に見えなくはない。特徴はよく捉えている。

  あとはメッセージカードとラッピングして完成だ。

  「できた!」

  「やったなタケミっち」

  「喜んでくれるといいな」

  二人にも褒められ頬を染めながら嬉しそうにする姿は大変可愛らしい。

  バレンタインは明日だが、イザナと鶴蝶は明日も外での仕事があると聞いているので今日の夜に渡すようだ。

  夜になる前にイザナと鶴蝶が迎えに来て、三ツ谷のアトリエを後にした。

  バレンタインのお菓子でイザナと鶴蝶に渡す以外のものは、三ツ谷とドラケンからみんなに渡してくれるそうだ。そのことについては事前にイザナに相談済みのため問題ない。

  愚弟が騒ぐとうるさいからというのと、その他大勢と同じ菓子を配るならまぁいい……と許可を得ている。

  武道が作ったお菓子は誰にも持たせず、しっかりと手に持って家に帰宅。ご飯を食べ終わり武道自ら袋からラッピングされた菓子を取り出す。

  「イザナく! あい!」

  「ありがとな」

  「あい、カクちゃ」

  「……ありがと、タケミチ」

  冷静さを装っているが優しげな目をするイザナに、袋を渡されただけで涙ぐんでいる鶴蝶。対比するような表情だが考えていることは一緒だ。

  袋を開ける前に携帯で写真を撮り、中を開くとメッセージカードとお菓子が入っている。メッセージカードは拙い文字で〝いつもありがとう〟と書かれていた。菓子にも似顔絵だろう絵が特徴を捉えてよく描かれている。

  鶴蝶はそれを見た瞬間、涙腺崩壊した。そのまま勢いで武道を抱きしめる。気持ちはウチの子大きくなって! といったところだろう。

  「タケミチィー!」

  「? カクちゃ〜!」

  抱きしめられている武道はよく分かっていないようで、ただ抱きしめ返しているだけのようだが……。

  イザナは一旦袋をテーブルに置くと軽く鶴蝶を蹴った。いつもより加減はされているので、ある意味配慮はされている。

  「すまんイザナ」

  「今日は許してやる、タケミチ」

  「なぁに?」

  蹴りで鶴蝶を退けさせたイザナは武道と同じ高さになるようにしゃがみ込む。

  ん……という一言を発しながら手を広げると慣れたように武道はその腕の中に飛び込む。

  そのままサッと抱き上げると苦しくない程度に力を入れて抱きしめた。トクトクと小さな心音が聞こえる。首筋に犬耳が触れるのが少しこそばゆい。

  「ありがとな、大事に食う……タケミチ」

  「どしたの?」

  「ホワイトデーは楽しみにしとけ」

  「わん!」

  預けられる先が三ツ谷だったこと、急遽だが双龍を巻き込んで作ったお菓子だったが、その日は大成功に終わったのだった。

  しかし後日、双龍の二人によって手渡された武道からのバレンタインに、感涙を流す者やホワイトデーのお返しをどう盛大にするのかと考えているものが多数いるのを、イザナの腕の中にいる武道は、今はまだ知らない。

  ────────────────────

  06猫になっちゃった!?(二月二十二日)

  「み゛ー!!」

  ある日の朝、寝室で寝かしていた武道の悲鳴が部屋へと響き渡る。只事ではないと思い、朝食を作りにきた鶴蝶と共に部屋へと飛び込んだ。

  寝室に飛び込むも武道の姿は見当たらない……と思いきや、布団がこんもりと盛り上がっている。どうやら布団の中に潜り込んでいるらしい。プルプルと布団が小刻みに震えている。

  「タケミチ! どうし……!」

  イザナが勢いよく布団を捲る。そこには黒い犬耳……ではなく、黒い猫耳を生やした武道。尻尾も犬ではなく猫の細長い尻尾が生えている。

  「みっ! みっ! み゛ー!!」

  「タケミチ……なのか? 犬じゃなく猫になってる……?」

  イザナの後ろから鶴蝶が覗き込む。どうやらイザナの幻覚ではなく、鶴蝶にも武道が猫になっているように見えるらしい。

  「人語はどうした? 喋れないのか?」

  「みゃっ、みぃ……み゛ぅうぅぅ(なんで、どうして……喋れねぇえぇぇ)」

  「……鳴き声しか出なくなってるな」

  ペタペタと武道を触るが、猫になったのと喋れるようになった人語がまた喋れなくなった以外に不調はなさそうだ。熱もなく健康そうである。

  触れ終わるとぺしゃりと崩れるように武道はベッドの上でごめん寝状態になった。余程ショックらしい。

  「クッソ……」

  「イザナ、犬もいいが猫もいいな……」

  犬の時もよくごめん寝をしていたが、猫もまた可愛いと二人は携帯を取り出し、ひたすら写真を撮っている。何が原因かは不明だが、今しかない瞬間を撮るしかない。

  「みゃう! にぃ!!(撮らないで! 原因探って!!)」

  懸命に訴えるも鳴き声しか出ない武道。イザナは一旦写真を撮るのを止めると、スッと手を差し出し、武道の顎下に添えられる。

  「に? みゃあぁぁ……(ん? やべえぇぇ)」

  「……ゴロゴロいってる」

  「まんま猫だな」

  次にイザナの手は武道の尻尾の付け根辺りに添えられ、軽くポンポンと叩いてやると同じように嬉しそうに鳴く。

  鶴蝶もそっと手を武道へと差し伸べ、猫にとって気持ちいいと思われる箇所を撫でてやった。

  暫くの時間、武道が撫でられ疲れるまでひたすら構ったイザナと鶴蝶。ハァハァと息を荒らげながらベッドで伸びている武道。

  思わず夢中で撫でてしまったが、どうして猫の獣人になってしまったのか未だに原因は不明である。

  「どうするイザナ」

  「今日一日様子見で、明日も戻らなければ医者に行くか……」

  今日すぐに行くのもありだが、こんな奇天烈なことあまり公にはできない。

  だがそのままにするのも不安なため、期限を決めて今日は様子見とすることにした。

  その後もちょいちょい武道を弄り倒した二人。その日の夜0時ちょうど過ぎ、日にちも二十三日になった瞬間、武道は煙に包まれたかと思うと犬耳と尻尾をつけたいつもの武道に戻っていた。

  結局原因は不明。証拠はイザナと鶴蝶の携帯に入っている写真だけという不思議な一日となった。

  「タケミチおは……どうしたんだ?」

  「今朝からこんなだ……拗ねてやがる」

  これでその話は終わったかと思いきや、次の日になると散々二人に弄られた武道は朝からご機嫌斜め。

  イザナと鶴蝶は朝から武道の機嫌を取るのに苦労することになる。

  ────────────────────

  07可愛いから仕方ない?

  「いいじゃんタケミチ〜♡」

  イザナの部屋には語尾にハートが付きそうなほど上機嫌の蘭、その後ろに気まずそうな竜胆。そして着せ替え人形にさせられている武道が居た。

  いつものように突撃してきた灰谷兄弟。先程までイザナも居たが、電話が鳴ったため席を外している。

  どうやらその間に武道を着せ替え人形のように着替えさせていたが、格好がどう見ても女児服を着させられている。

  「この間、大将の妹が女の格好させたって言ってたじゃん? どうしても見たくてさ〜」

  どうやらエマとヒナと共に出かけた際に着せられた女児服。事件はあったもののシレッと服は買われており、いつの間にか武道用の衣装部屋に追加されていたらしい。その服を目聡く蘭が見つけたようだ。

  上機嫌に武道の髪を弄る蘭に対して、竜胆はそんな兄を止められなかったことに気まずそうしている。

  「兄ちゃん……大将にバレたら……」

  「馬鹿だな竜胆、こんな可愛いタケミチ見たら怒りなんて吹っ飛ぶだろ?」

  ジッと武道を見る。確かに可愛い……可愛いが、武道は無事でも自分達は無事じゃない未来しか見えない。複雑な気持ちだ。

  「りんちゃ?」

  複雑な顔をしている竜胆が気になり、とてとてと竜胆に近寄る武道。

  「可愛いんだけど、そうじゃねぇんだよなぁ……」

  足元に来た武道を抱き上げるのはもう癖のようなもの。イザナからどんな制裁を受けるのか怖い気持ちもある。

  だが結局、女の子の格好してようが、いつもの格好だろうが、気に入ってる子には弱い竜胆とそれを見るのが楽しい蘭。自由人な兄を持つと弟は苦労するものだ。

  ガチャリと扉が開く音がしてイザナが戻って来た。

  「戻っ……た」

  武道の格好を見て固まるイザナ。終わったと悟る竜胆。気にせずイザナにニコニコ話しかける蘭に、状況がよくわかっていない武道……カオスここに極まる。

  「大将の妹がこういう格好させてたって聞いて、大将見てねェだろうしどうかな〜って」

  サッと竜胆から武道を奪い、イザナに見せる蘭。

  武道は諦めなのか悟っているのかわからない表情でイザナを見つめ、イザナもイザナで黙って見つめ返す。部屋に沈黙が落ちる。先に声を発したは沈黙に耐えられなかった武道だった。

  「イザナく……」

  「……程々にしとけよ」

  セーフ! 心の中で竜胆は思わずガッツポーズを取る。どうやらギリギリボコられる運命を回避したらしい。

  「オッケー! そしたら他にもあるから着るぞタケミチ」

  「ミ゛ッ!」

  「こうなった兄ちゃん止められないから……ごめんな」

  こうして武道を着せ替えさせたい面子に、灰谷兄弟が加わったある日の話。

  ────────────────────

  08バースデー 望月莞爾編(三月九日)

  イザナの部屋ではなく、鶴蝶の部屋に集まった天竺の面々。テーブルにはパーティーで食べるような食事。テーブルの横ではニコニコと笑っている獣人の幼子。

  何かあったか? と考えていると、とたとたと望月に近寄る武道。手を後ろに何かを隠しているようだ。

  「もちく! あい!」

  小さな手から手渡されたのは、これまた小さく握られたラップに包まれたおにぎり。中からはとうもろこしが覗いている。

  「オレにか?」

  「あい! どーじょ!」

  しゃがんで受け取ろうと片手を出すと、他にも持っていたのか次々と望月の手に乗せていく。

  「まだあるのか?」

  「ある!」

  「誕生日プレゼントだそうだぞ」

  キッチンで準備していた鶴蝶が補足で説明する。

  「モッチーはとうもろこしが好きだから、とうもろこし入りのおにぎり作るんだって朝から握ったんだ」

  ソファーで寛いでいた斑目と灰谷兄弟が納得したと呟く。

  「なるほどなー」

  「そういや今日モッチーの誕生日じゃん」

  「だからこんなに豪勢なんか」

  「オマエら、ちょっとは……いや、いい」

  ダラダラしているくらいならと声をかけようとしたが、逆に仕事が増やされると思い留まる武藤。賢明な判断である。

  そしていつの間にか望月は片手から両手をお椀のようにし、武道から運ばれるおにぎりを置く器と化している。おにぎり一つは小さいが、何せ数が多い。

  だからと言って止める言葉を出そうにも、武道は必死なため気づいていない。

  「タケミチ、そこまでにしろ」

  止めてくれたのは我らが王様。流石にやり過ぎと判断したらしい。

  「まだ、あるよ?」

  「見てみろ」

  「あっ……!」

  こんもりと小さく山になっているおにぎり。どうやら乗せるのが楽しく気がついていなかったらしい。

  「ごめちゃい」

  しょんぼりと明らかに耳も尻尾もヘタるとなけなしの良心が痛む。いや、望月は何も悪くないのだが……。

  「凹むなよ、全部食うっての」

  「!」

  ピクリと耳と尻尾が反応する。わかりやすい。

  「これくらい朝飯前だわ!」

  ニカリと望月が笑うのに比例して、耳も元気に立ち上がり、尻尾も元気に左右に振られる。

  ちょっとチョロすぎね? 外出たら攫われるレベルだな。野生どんどん消えてんじゃん、と外野は好き勝手話している。

  そんなことはイザナも鶴蝶もわかっているし、何なら頭を抱えるレベルだ。

  外野が騒がしいことは気にせずに望月へと機嫌良さげに笑う武道。

  「もちく! おめっと!」

  「……おう! ありがとな」

  その後、他の料理も準備が終わりパーティーが始まるのだが、作るのを張り切った武道がさらに大量のおにぎりを持ってきて軽く椀子そば状態になる。

  ただひたすら食べる望月とせっせと運ぶ武道に周りは笑うしかなかった。

  ────────────────────

  09ホワイトデー(三月十四日)

  冬の寒さが少し和らぎつつある今日この頃。決算期が近づき忙しい日々が更に忙しくなっているが、何とか休みを取れたイザナと鶴蝶。

  鶴蝶は室内で武道と遊んでいるが、イザナはソファーに座り何やら難しそうな顔をしていた。

  「今日はずっと朝から考えごとか?」

  武道との遊びも一旦休憩にすることにした鶴蝶が問う。共に遊んでいた武道はハーハー言いながら、飲み物を飲もうとしているようだ。

  室内で幼子に息切れさせるほどの遊びとは? なんて思ったが、それよりもイザナの頭の中は別件を占めていた。

  「近いだろ……ホワイトデー」

  「そうだな! 先月のタケミチには驚かされたな」

  「オマエ、何やる?」

  「オレか? オレはタケミチの好物をいっぱい作ってやろうかと思ってるが……」

  「そうか……」

  イザナは先月のバレンタインデーに貰えたお返しをずっと考えているのだが、良い物が思いつかない。期待していろと言ったからには武道の好む物を送りたかった。

  だがこの幼子は基本ワガママを言わない。中身は成人を過ぎた大人だから仕方ないが、それはイザナの範疇外。

  あまり欲を言わない武道に、イザナはどうしたものかとジッと武道を見つめながら考えていた。

  息切れも治まって飲み物を飲んだ武道はどうやら昼寝をするらしい。以前水族館に行き、竜胆と共に購入したぬいぐるみを両手で抱えて、窓から光が入るところが最近のお気に入りスポットらしい。

  ぬいぐるみを両手で抱きしめてもぞもぞとうごいていたが、それもやがてなくなりすぴすぴと鼻息が聞こえてきた。

  「……秒で寝たな」

  「そんなに疲れさせたか?」

  「獣人を息切れさせるから相当だろ」

  「気をつける」

  鶴蝶はその場を離れたかと思うと程なくして戻って来た。手には大きめのブランケット、武道にかけてやるらしい。

  「あ」

  「なんか思いついたか?」

  武道が眠ったため比較的小さめな声で会話する。イザナは陣取っていたソファーから立ち上がるとコートを手に取っていた。

  「少し出かける、タケミチのことは頼んだ」

  「あぁ……わかった」

  そのままスタスタとやや足早に玄関へと向かったイザナ。

  部屋にはすぴすぴと寝続ける幼子とポカンとした顔で立つ鶴蝶がいた。

  ◇◆◇

  ホワイトデー当日。武道がバレンタインのお菓子を会社の面々にあげたため、そのお返しが大量に来るという予想もあるが、前回のバレンタインデー当日を一緒に居られなかったこともあり、その日は仕事を休みにしていた。

  そして予想通り、朝からプレゼントの数々の対応に追われていた……鶴蝶が。

  次々と送られるお返し。武道は目を白黒させている。

  「アイツら、ここぞとばかりに貢ぎやがって……」

  お菓子やおもちゃ、衣類などが次々と届く。だがイザナの物はまだ届いていない。

  昼になり、鶴蝶が武道のために用意した特別な昼食を食べて暫くした頃、やっとイザナの物が届いた。

  鶴蝶一人で抱えるには大きい荷物を何とか部屋に運び込む。

  「コレはイザナのか?」

  「正確にはタケミチに」

  「おれ?」

  「タケミチだとでけぇから開けるな?」

  「あい!」

  ガサガサと箱を開ける鶴蝶をイザナの足に引っついて見ていた武道は、楽しみだと言わんばかりに尻尾を振っている。尻尾だけでなく、顔からでもわかるほど楽しみにしているのが筒抜けだが。

  箱の中から出てきたのは、武道ならすっぽりと収まりそうなふかふかの小さめなソファー。イザナの足から離れて、小さな手でその柔らかさを楽しんでいる。

  「鶴蝶、それをあそこに置け」

  イザナが指差したのは武道が最近お気に入りのスポット。なるほどな……と納得し、ソファーを抱えてソっとイザナがよく座るソファーから見えるように設置する。

  ついでにお気に入りのぬいぐるみとブランケットも設置すれば、簡易的な武道だけのテリトリーの完成だ。

  設置が完了するといち早くそこに駆け寄る武道。ドキドキしながらソファーに乗るとどうやらお気に召したようだ。

  「気に入ったか?」

  「ありあと! イザナく!」

  「ありがとな、言えてねェぞ」

  「ありがと!」

  小さく笑いながら指摘してやるとムキになって再度言いなおしてくる。武道への贈り物が成功したホワイトデーだった。

  後日、ホワイトデーにと九井に現金を突きつけられ半泣きな武道が見られたり、休みの日には窓辺で遊ぶイザナと武道が見られるようになって、鶴蝶の写真を撮る回数が増えたのは言うまでもない。

  [newpage]

  10バースデー 斑目獅音編(三月二十一日) ※ぱずりべ内容有り

  「ったく、誕生日ってなると前にやられたパイ投げ思い出すんだよな……アレ考えたの灰谷共だろ」

  「サプライズは必要だろ?」

  「今年はそんなこと流石にやれねェだろ」

  「タケミチもいるしな」

  三月二十一日、その日は斑目獅音の誕生日。

  前回、天竺の面子が集まった際に斑目の誕生日が近いという話題が出て、それを聞いた武道が誕生日祝いをやりたい! と言ったため、鶴蝶宅で誕生日祝いをすることになった。

  そのため主役の斑目・灰谷兄弟・望月・武藤は鶴蝶宅へと向かっている。イザナ宅によく突撃する灰谷兄弟の案内で無事に到着し、チャイムを鳴らす。

  「おつかれー連れてきたぞ」

  「いらっしゃい、イザナ達も来てる」

  扉を開けてエプロンを付けて出迎える鶴蝶。その姿は鶴蝶が女なら最高のシチュエーションなのに……なんて頭を過る面々。

  リビングではソファーに座り、武道を携帯で撮っているイザナ。鶴蝶とお揃いのエプロン付けて準備を手伝ってる武道の姿があった。

  「しおちゃ!」

  嬉しそうにこちらに気づいた武道の手にはパイ。

  斑目の誕生日祝いに、何故か毎回クリームたっぷりのパイが用意されている。恐らくそれだろう。祝われるのは嬉しいが……少し苦い顔をするのは許して欲しい。

  「オー……タケミチは手伝いか?」

  「そう!」

  いつものように、武道に目線を合わせてしゃがみ込む。ちょうど高さは武道と同じくらいか少し上。そんな斑目にパイを持ったまま駆け寄る武道。何かを持って駆け寄るのは危ないと鶴蝶が止めようとした時だった。

  長いからとエプロンの紐を前で止めていたのが仇となった。見事に紐を踏み、前のめりで転ぶ武道。

  このままでは武道が危ないと同じく前のめりで武道を受け止める斑目。しっかりと武道を抱きしめて転ぶのを防ぐが、顔に見事にパイを食らう。

  もはや約束された未来というか見事なピタゴラスイッチ。

  「しお、しおちゃ……ごめちゃい……」

  「……何となく想像はしてたわ」

  やらかした……! と泣く寸前で謝る幼子に、流石に怒れないのでそのまま武道の頭を撫でてやる。

  そして武道の心境よりも見事なピタゴラスイッチに二人の後ろで唖然としたり、爆笑してる面々。爆笑しているのは主に灰谷兄弟。

  「やっべー! 見事に漫画みてェ!!」

  「そんなこと普通やれるか!?」

  「……まぁタケミチだしなぁ」

  「いつかはやると思ったが、まさか今か……」

  爆笑し続ける灰谷を黙らせるために王の蹴りが炸裂し、笑うのを止めさせる。早めに黙ればよかったものの、なかなか学ばない。

  未だクリームにまみれながら武道を宥める斑目へと近寄る。

  「獅音……とりあえず洗え。着替えは鶴蝶のでも借りて着替えてこい」

  「……そうする」

  「しおちゃ……」

  幸いにも武道は汚れなかったため、クリームが付かないようイザナに渡して洗面所に向かった。

  まさか数年ぶりに、しかもイザナや自分達が大事にしている幼子からやられるとは思わなかった。数年前ならば、確実にキレ散らかしていたと言える。

  丸くなったな……なんて思いながら浴室の扉を開けた。

  浴室で髪や顔についたクリームを落として、サッパリして戻って来ると一番でかいソファーでごめん寝してる武道。

  横には相変わらず座っているイザナ、周りの小さいソファーに座る望月と武藤。

  灰谷兄弟はカーペットの上で正座させられている。どうやら爆笑していた仕置きらしい。

  「タケミチはどうしたんだ?」

  「獅音にぶちまけたのを反省してるんだと」

  人数分の飲み物を持ってきた鶴蝶が獅音の疑問に答える。武道なりの反省の態度らしい。

  「しおちゃ……ごめちゃい」

  「わざとじゃねェんなら怒ってねェよ。あ~……それより祝ってくれねぇのか?」

  「……!」

  わざとではないことはわかっている。それよりも自ら祝いたいとイザナに言ってくれたことも、鶴蝶経由で聞いている。

  ガバリと勢いよく起き上がり、そのまま勢いを緩めずに斑目の足に抱きつく武道。

  脛に当たって痛かったが、風呂に入る前に見た泣き顔を見るよりは溢れるような笑顔の方がいいと我慢する。

  「しおちゃ! おめっと!」

  「オウ、ありがとな」

  そんな誕生日の一幕。尚、灰谷兄弟は足が痺れて立てなくなる姿を、逆に全員から爆笑されたことも記しておく。

  ────────────────────

  11柴の日(四月八日)

  「そういやタケミチは柴犬の獣人だよな?」

  ソファーでイザナに構って欲しいと言わんばかりに、はしゃいでいる武道を見ながら鶴蝶が呟く。

  「純血かはわかんねェけどな、黒柴らしい」

  「柴犬についてあんま知らねぇが……どんな性格かイザナは知ってるか?」

  「……知らねェ」

  二人の目線は武道へ。二人分の視線を貰うが、会話を聞いていなかったのか首を傾げている。

  「調べてみるか」

  片手で武道をあやしつつ、もう片手で柴犬について調べるイザナ。その姿はどこか手慣れている。

  鶴蝶も黙って待っているよりかは……と自分の携帯で柴犬について調べ始めた。

  ◇◆◇

  「コイツは……」

  「うーん……」

  イザナと鶴蝶は二人して武道を覗き込みながら唸る。

  何せ当てはまるところもあれば当てはまらないところもあり、本当に柴犬かと疑い始めている。

  「まず柴犬はキツネ顔とタヌキ顔があるらしい」

  「タケミチはどっちだ?」

  「キツ……いやタヌ……どっちだ?」

  キツネにもタヌキにも見える不思議。耳だけ見ればキツネ寄りかと思うが、顔つきはタヌキも連想される。

  「キツネ寄りなタヌキだな」

  「柴犬が消えた」

  「……!」

  イザナがそう結論付けるが、肝心の柴犬要素はどこへ? 心做しか武道もショックを受けている。

  「身体は筋肉質、毛は固め……らしい」

  「筋肉……?」

  「ひどぃ!」

  上から下へ視線を巡らせた後、首を傾げてどこにもないなという副音声を含みながら言葉を発するイザナに流石に抗議の声が上がる。

  慰めるように武道の頭を鶴蝶が撫でるが、髪の毛はふわふわしていて固めなところはない。

  「耳や尻尾は柴犬なんだよな……」

  そのまま無心にふにふにと耳を触る。耳はピンッと立っており、健康状態は良好だ。

  「次」

  「あぁ、性格は勇敢で警戒心が強く、我慢強い性格。自立心が強くベタベタされるのが嫌い、そんなところが頑固に感じられる……と」

  「なんだそれ」

  二人して武道の性格を思い返してみる。勇敢で警戒心が強いのは何となく当てはまる。

  初めて出会った時、自分で判断して施設を抜け出し、足を怪我しないように注意も払っていた。怪我は多少していたものの、鳴くことなく我慢しているくらいだ。

  しかし、自立心なんてものはまだ幼いから芽生えてないとして、ベタベタされるのが嫌い? 身内にはすぐに尻尾振って駆け寄ってる武道が? と再度首を傾げる。武道もちょっと複雑そうな顔をしている。

  「……続きがあるな、忠誠心も強く主人に甘えるが、それ以外には警戒して吠えるケースも……ある……?」

  「タケミチに当てはまんねェな」

  「えー」

  「オマエ、警戒して吠えたことなんて片手で足りる回数もないだろ」

  「……あ!」

  しゃがみ込んで武道と目線を合わせながらわしゃわしゃ頭を撫でてやる。

  たったそれだけでキャッキャッと嬉しそうに笑うのだから、本当に柴犬の獣人なんだろうかと思ってしまう。

  「……タケミチ、実はタヌキとかねぇよな?」

  「ちあうよ! ……ちあうよ?」

  「なんで本人が自信ねェんだよ」

  ちなみにタヌキの性格は控えめな性格であどけなく甘えん坊。最近だと野生とは……?と言われるタヌキがSNSで流れていたのも記憶に新しい。

  武道は見た目柴犬、中身タヌキだろうか……と鶴蝶の頭を過る。

  「ま、柴犬だろうがタヌキだろうが、タケミチはタケミチだな」

  「うー……」

  「不満そうだな?」

  「そうか、せっかくタケミチにプリンを用意したがいらないか」

  「ぷり!」

  このままからかっていると武道が拗ねてしまい、暫く会話してくれなくなりそうだったため、すかさずおやつで釣る作戦に出る。

  子供舌になり甘いものを好むようになったのと、食事管理している鶴蝶が甘やかしてくれるのでここぞとばかりに飛びつく。

  そういうところが柴犬の性格とかけ離れているんだよな……とイザナに少し呆れた目で見られていることには気づかず、今日も変わらず尻尾を振って上機嫌に鶴蝶の元へ駆けていくのであった。

  ────────────────────

  12野生について

  ジッと携帯を見ている鶴蝶。時折、画面と武道を見比べているように見える。

  どうやら先程話していた柴犬についての話から、派生して出たタヌキについて気になったようで、携帯で調べていたらしい。

  「さっきからチラチラ見てっけど、どうした?」

  「いや……これに既視感あってな」

  鶴蝶がイザナに見せたのは、たぬきの野生忘れてるエピソードがいっぱい載っているページ。見れば見る程、自分達が面倒を見ている幼子を連想させる。

  「これ……タケミチについてか?」

  「イザナもそう思うよな……」

  二人の視線の先に武道。プリンも食べ終わり、いつものスペースで寛いでいるかと思いきや、なんか仰向けになってジタバタしている。

  「……何やってんだアレ」

  変な具合に嵌ってしまったのか、起き上がろうとしているのにうまく起き上がれないらしい。ジタバタと短い手足で足掻いているが抜け出せない。

  身体を横に転がせばいいのでは? と思うが、パニックになっているのかそこまで考えが回らないようだ。

  「イザナく……! カクちゃ……!」

  遂には半泣きになってしまった。きゅーんきゅーんと悲しげな鳴き声が室内に響く。

  「ったく」

  流石に見かねたのか武道へと近づきヒョイと持ち上げてやる。口では呆れたように言うものの、武道の背中を擦る手は優しい。

  武道の顔は涙でべしゃべしゃになりながらも、小さな手はしっかりとイザナの服を握っている。ピスピス小さく鳴いている武道に、鶴蝶はソッとハンカチをあててやった。

  「……たぬきと、一緒」

  「下手したらそれ以下。そこまで野生死んでんのかよタケミチ……」

  今は室内だからいいものの、外で目を離したら一気に危険に晒されるのではないかと不安になる二人。

  ついこの間も攫われて、オークションにもかけられていた。いつまた同じようなことに遭遇するかもしれない。

  「……トレーニングさせるか?」

  「タケミチにオマエのトレーニングは無理だろ」

  「目ェ離さねぇようにしねぇと……」

  「そうだな……」

  鶴蝶式トレーニングは武道には無理だろうと即判断される。

  鍛えるのが無理ならば自分達がしっかり見てやらないと……と武道を見下ろす。

  未だに目は赤く、ピスピス鳴いている。だがイザナと鶴蝶を見ると、にこりと花が飛ぶように笑う。

  守らねば、このか弱き命。

  なんて言葉が二人の頭に過った。

  ────────────────────

  13尻尾を追いかける

  「……」

  「どうしたんだイザナ、ジッとタケミチを見て」

  「いや……何してんだと思ってな」

  イザナの視線の先には武道。

  珍しく一緒に遊んでいないのだなと思い声をかけたが、イザナは武道に寄る気配はなく、ただソファーに座りジッと武道を見つめている。

  そんな武道は周りの視線など気にせずに、ずっとその場でぐるぐると回っていた。

  途中で止まり、キョロキョロと辺りを見渡し首を傾げるような仕草をするも、また同じ動作をさっきから繰り返している。

  「アレって……ふ、ふふっ」

  「どうした急に笑って」

  鶴蝶はその仕草が何をしているのか気づき、笑いが溢れる。未だに武道の行動がわからないイザナは少し不機嫌そうだ。

  「タケミチの目線、見てみろよ……理由がわかるぞ」

  鶴蝶に言われた通り武道の目を見る。よくよく観察すると武道の目線は尻尾を追いかけているようだ。

  どうやらチラチラと視界に入る尻尾が気になり追いかけているらしい。

  普通の犬がやる行動を獣人でもやるのかと思うと笑いがこみ上げてくる。

  「ん゛……!」

  「必死に……尻尾追いかけてるんだ……」

  イザナから変な声が漏れた。

  鶴蝶は小刻みに震えながら携帯の動画ボタンを押す。時折二人の声が漏れ入るが、必死に回り続けている武道がただ可愛い。

  「……いつまで続くと思う」

  「指摘しないと永遠と、続くんじゃないか……ふふっ。止まる気配がないもんな」

  暫くすると、動画を録る前からずっと回っていたため、流石によたよたし始めた。いつか転びそうなため、声をかけてやることにする。

  「そろそろ止めてやるか……」

  「だな、転びそうだ」

  「タケミチ!」

  「! わん!」

  イザナの一声でぐるぐると回るのを止めて駆け寄る武道。少しふらついているが転ぶほどではなさそうだ。

  鶴蝶はただ静かにその様子を録画し続けている。

  「なんでぐるぐると回ってんだ?」

  「ふあふあ!」

  「ふわふわ? 尻尾のことか?」

  どうやら予想通り、自分の尻尾を追いかけていたらしい。

  だが自分の尻尾のため永遠に追いつけないのでその場で回り続けていたわけだが……。

  鶴蝶の指摘にハッとした顔をした武道。

  「しっぽ!?」

  「……気づいて、なかったのかよ」

  「駄目だ、腹痛い」

  さっきまで耐えていたが、武道の笑顔での報告から、ふわふわの正体が自分の尻尾だったことに驚いた顔に一瞬で変わったのがツボに入ったらしい。

  笑いで震える大人二人と顔を真っ赤にして蹲る武道がその場にできあがった。

  ────────────────────

  14武道と動画配信

  今日は珍しく武道を預かっている春千夜と千壽。

  しかし二人は配信者、リスナーのために今日も生放送している。武道は大人しく画面に映らない場所から配信の様子を見ているが、口悪く言いつつも楽しそうに配信する二人に、にこにこと笑みがこぼれる。幸せで楽しそうで何よりだ。

  生放送も終盤になり、千壽のじゃあな〜の挨拶と共にカメラに伸ばされる手。どうやら配信は終了したようだ。

  「タケミチ、こっち来ていいぞ」

  「わん!」

  「えらいなタケミチ! 配信中鳴かなかったな!」

  春千夜と千壽に呼ばれ、画面に映らない場所から二人へと駆け寄る。それぞれに頭を撫でられ尻尾が揺れる。

  実はここで千壽が停止ボタンをうまく押せていなかったため、配信が終わらずに続いていた。

  見目麗しい有名配信者兄妹の元に飛び込んできた黒い塊。どうやら獣人の幼子が二人にじゃれついてる。

  画面先で見ていたリスナー達は混乱していた。

  『おーい、終わってないよ〜』

  『待って! 弾丸みたいになんか飛んできた!?』

  『え、めっちゃ笑顔……』

  『千ちゃんはわかるけどはるち!!』

  リスナーは大混乱してるが二人は気づいていない。それよりも美人と可愛いが戯れている光景に徐々に興奮していっていた。

  「そういやプリンあったな」

  「あの高いプリンね、めちゃくちゃうまいよなぁ」

  「ぷり……!」

  「尻尾千切れそうだぞ」

  呆れるように仕方がないヤツだなぁ……とニュアンスを含みながらも、滅多に見られない春千夜の笑顔がこれでもかと画面に映っている。

  『ぎゃあぁぁ!』

  『何ソノ笑顔』

  『意地悪くない……優しい笑み浮かべてる……てぇてぇ』

  いつもキレ散らかしているか、炎上しているイメージが強いのに、対武道への笑顔にリスナーは阿鼻叫喚。

  「取ってくるから待ってろ」

  「じゃあジブン紅茶入れよーっと!」

  画面から二人がいなくなり武道だけになる。

  二人が離れて千切れそうなくらい振られていた尻尾もピタリと止まる。その後ろ姿はどこか寂しそうに見える。

  『二人が居なくなって尻尾止まる姿に心臓痛い』

  『大好きなんだね! わかるよ!』

  『ついて行かないのエライな』

  『獣人にしては大人しい』

  始めは配信が止まっていないことにリスナーも気づいてもらおうとコメントしていたが、今は兄妹と獣人の幼子を見るのに夢中になっている。

  二人が行った方向を見つめていたかと思うと、おもむろに武道がくるりと振り向く。

  ジッとカメラを見つめていたら何かに気づいたのかジリジリとカメラに近寄ってきた。

  近づいてカメラをペタペタ触る武道にリスナー達は大興奮。

  ただ武道はカメラのランプが録画中なままなことに気づき、止めてやろうと触ったものの下手に止めるのもアレかなぁと触る程度に留めていただけだったりする。

  自分が勝手に触るよりも呼んだ方が早いと気づき、春千夜を呼ぶことにした。

  「わん! はるちよく!」

  「どうしたタケミチ、急に鳴いて……」

  カメラと武道。その組み合わせに瞬時に考えが働き、カメラが起動しっぱなしにようやく気づいた。

  ツカツカと早足でカメラに近寄ったかと思いきや、凄んだ顔で画面に近づき一言、

  「オマエらは何も見なかった……いいな」

  ホラー演出さながらの迫力を出しながら、ぶつりと配信が終わる。美人は怒ると怖いというのを画面越しで体験させられたリスナー達。

  『こっわー!!』

  『オレらのテンションの落差より激しい』

  『夢に出そう……』

  兄妹の違う一面に喜び、獣人の可愛さに悶えていたのに一気に恐怖に叩き落された。

  その後、勿論その配信はアーカイブには残らなかったし、見ていたリスナーの間でも、獣人の幼子に対して口に出すのはタブーになったとかならなかったとか……。

  ────────────────────

  15バースデー 武藤泰宏編(四月二十八日)

  「春千夜……とタケミチか?」

  「こんにちは、武藤さん」

  「むちょく」

  珍しく武藤が事務仕事で会社内に居た日。ドアがノックされると現れたのは春千夜と武道。

  この三人が揃うのも武道が言葉を喋れるようになる前以来かと思う。まだそんなに経っていないのに、獣人の幼子の成長は目を見張るものがあるなと笑みを浮かべる。

  そんな武藤を特に気にせず、いつも通り挨拶する春千夜だが、その足元に隠れるように武道が覗いていた。隠れているつもりだろうか。

  「二人がいるなんて珍しいな。で? タケミチはどうしたんだ?」

  「ほら、行け」

  「むー……」

  いつもなら挨拶のために弾丸のように近づいてくるのに、何故か春千夜の足から離れない。嫌われたのだろうかと少し心が痛む。

  何回か促されておずおずと出てきた武道は下を向いたままで、後ろ手に何かを持っているようにも見える。

  「むちょく……おめっと」

  「?」

  何に対しての〝おめでとう〟なのか見当もつかない。何か目出度いことがあっただろうか……と頭を巡らせるが、とんと思い当たるものがない。

  「武藤さん、今日アンタの誕生日でしょ」

  「……あぁ」

  そういえば……と、今日が自分の誕生日だと思い出す。ここ最近は新しく振られた仕事に追われて、日付の感覚があまりなかったことも。

  「昨日、明日は武藤さんの誕生日だって言ったら、タケミチが泣きそうな顔してプレゼント用意するんだって」

  「いっちゃ、め!」

  「タケミチがチンタラしてるからだろ」

  「むー!!」

  春千代にバラされてぷんすこ怒っているが、改めて武藤の方へ身体を向ける。下を向いていたのは恥ずかしさもあったようで、よくよく見ると頬が赤い。

  「むちょく、どーじょ」

  小さな手から渡されたのはカップケーキ。綺麗にラッピングされている。春千代も手伝ったからだろうか。思わず春千夜へと顔を向ける。

  「春千夜も一緒に作ったのか?」

  「……タケミチが、どうしてもって言うんで」

  春千夜はそっぽを向いて話しており、仕方なくといった感じだ。

  だが後日、千壽から武藤への誕生日プレゼントとして渡された動画の中で、武道と二人で同じように真剣な表情でカップケーキを作っていたのがバラされる未来がある。

  またそれに対して真っ赤になりながらキレ散らかすのはここだけの話。

  「オレもタケミチも菓子なんて作ったことないんで、あんまり期待はしないで下さい。 武藤さんの方が上手いと思いますけど」

  「いや、大事に食べさせてもらう。ありがとうな、二人共」

  斑目や望月の時のようにはしゃぐのも楽しいが、こうしてわざわざ祝いに来てくれた二人に感謝しかない。嬉しそうに目尻を下げる武藤の姿は珍しいものだった。

  ────────────────────

  16仕事は家に持ち帰らない

  休みの日の昼下がり、鶴蝶は買い物に出てるので珍しく武道と二人きりのイザナ。

  だがイザナは持ち帰った仕事を片付けるためにパソコンに向かい、武道はいつものようにお気に入りの場所で、ぬいぐるみを抱きしめながらうつ伏せで寝ている。

  静かな部屋に響くパソコンのタイプ音、それに合わせるように時計の針の音が静かに響く。いつもであれば寝息が聞こえるのに、武道からは一切聞こえないのが少し気になった。

  パソコンでの作業が終わり、ノートパソコンを閉じる。武道を見ると、先程と変わらない体勢で寝ているように見える。時たま耳がぴくぴく動いているのが少し離れていてもわかる。

  アレは寝てねぇな……と思い静かに声をかけた。

  「タケミチ」

  呼ぶとまず耳がピクリと反応した。ちょっと面白い。

  「……タケミチ」

  もう一度声をかけると今度はパタリと尻尾が振られた。やはり起きているようだ。

  「タケミチ」

  呼ぶのは三度目、今度は左右にパタパタと尻尾が揺れる。

  「……起きてるだろ」

  少し笑いながら声をかけるとうつ伏せから顔を上げ、イザナに顔を向ける。

  だが武道の顔はどこか不満そう……というか悲しそうに見えた。

  「……どうした?」

  笑顔を予想してたから驚き、思わず椅子から立ち上がって近寄ろうとしたら、少し言いにくそうにぬいぐるみに顔を少し伏せながら話し始めたので黙って耳を傾ける。

  「おわった?」

  どうやら休みの日なのに、イザナがパソコンに向かいっぱなしだったのが気に入らなかったらしい。

  確かに最初、足元をちょろちょろして構ってほしそうにしてたな……と思い返す。

  仕事があるから大人しくしていろよ、と伝えた際も仕事で頭がいっぱいだったが、しょんぼりと耳も伏せて尻尾も元気がなくどことなく沈んでいたような気もする。

  やらかした……ただでさえ自分から主張しない武道だ。こちらが組んでやらなければならないのにと変な汗が背中を伝う。

  「終わった」

  少し声が震えてたかもしれない。平然を装うが動揺しているのが丸分かりだ。

  「そっち、いっていーい?」

  「いいぞ」

  いつも大事にしているのに、腕に抱えてたぬいぐるみを放り投げてイザナに駆け寄る。ちょっとしたいつもとは違う行動にイザナの胸が痛む。

  勢いよくソファーにぶつかって止まったかと思うと、そのままよじ登ってイザナの隣に座る。さっきまで沈んでいた瞳はキラキラと輝き、尻尾は忙しなく動いている。

  罪悪感の誤魔化しからか、武道の頭を無心で撫でくり回すイザナがいたが、それをわかる者はこの場には居なかった。

  買い物から帰宅し、部屋に入るとソファーで遠い目をしているイザナが目に入る。

  傍らには武道、きゅんきゅんご機嫌に鳴きながらイザナに引っついているのも見えた。

  うん、今日も仲良くていいな! と思いつつ、キッチンで買ってきた荷物を片付け始める。

  「なァ……」

  「ん? どうしたんだ?」

  仲良くていいなと思っていたが、イザナはどことなく声が沈んでいるように小さく呟く。

  「家に仕事は持ち帰らねェのは基本だな……」

  「? そうだな?」

  「はぁ……だよなァ」

  イザナが凹んでいるように見えるが、どうして凹んでいるか理由がわからないためそのまま答えるしかない。

  その後も小さくボヤいているイザナ。いつの間にか寝てしまった武道を膝で寝かせていつもの光景に見えるが、終始理由がわからず疑問符を浮かべる鶴蝶がいたとかいないとか。

  ────────────────────

  17どこかで見たことあるような……?

  イザナと公園を散歩中。公園では桜の花が舞っている。少し葉も見え始めているが、花見には絶好の快晴日和だ。

  公園をゆっくり歩いていると、いきなり走り出し、急にしゃがみ込んだ武道。

  何か見つけたのか? とゆっくり近寄る。

  「どうした?」

  「にゃ!」

  「……オマエ犬の獣人だよな?」

  急な猫の鳴き真似に驚くが、よく見ると武道の足元にすり寄っている猫。

  「あぁ、ノラか……ん?」

  よく見るとどっかで見たことあるようなカラーリング、首からドクロのタイループを下げている。

  長毛種っぽいが、染めてるのかつけ毛を付けているのか誰かを彷彿とさせる。眼鏡みたいな模様もあるから余計にそう思う。

  「……なんか竜胆に似てるな、コイツ」

  イザナも横に座り込んで、武道の足にすり寄っている猫を眺めていると、眼の前の草むらがガサガサと音を立てる。

  そこからひょこりと現れたのは鶴蝶によく似た猫。竜胆似の猫も鶴蝶似の猫も暴走族時代を思い出させる色合いだ。

  「カクちゃ!」

  「……に似ている猫だな」

  二匹の猫はお互いに知り合いらしく、草むらから現れたカクチョウ猫はリンドウ猫と挨拶しているように見える。

  額から目にかけて残っている傷跡やオッドアイはやはりどう見ても鶴蝶だ。

  二匹の挨拶が終わったかと思うと、すぐに武道にすり寄ってきたカクチョウ猫。リンドウ猫もすり寄り両手にはにゃんこ状態。

  「にぇこ!」

  「ねこ、な」

  武道は両手で撫でてやったり、イザナもカクチョウ猫の顎を撫でていると少し離れた所から別の猫の鳴き声。どこから聞こえてくるのかと辺りを見渡すと少し離れた場所に二匹の猫がいる。

  「……蘭とオレに似てんな」

  蘭に似た猫はリンドウ猫と同じ長毛種なのか三つ編みをしており、同じようにドクロのタイループをしている。

  イザナに似た猫は、全体的に黒いが顔周りだけ銀っぽい毛をして耳にはイザナのピアスと同じようなアクセサリーを付けている。

  ラン猫が先にこちらに近寄って来る。イザナ猫はさらにゆっくりと貫禄を出して近寄ってきた。

  ラン猫は撫でられていたリンドウ猫を首だけ振って退かすと、武道に撫でていいよと言わんばかりに目の前に座る。優しめに撫でてやると喉をグルグル鳴らす。退けられたリンドウ猫はどこか悲しげだ。

  猫でも兄貴には勝てねェのか……なんて見ていると、ゆっくり近寄っていたイザナ猫も武道達の近くに到着する。

  ゆったりと近寄ってきたイザナ猫は額でラン猫を無理やり押し退かすと、ドカリと武道の前に座った。

  「コイツ、態度でけェな……」

  盛大なブーメランをかましつつも、武道はおそるおそるイザナ猫を撫でる。喉は鳴らさないもののどこか気持ちよさそうに目を瞑っている。

  武道の撫で方が気に入ったのか暫く撫でられた後、イザナ猫は急に身体を伸ばしてきて、武道の鼻とイザナ猫の鼻がぶつかった。

  故意にぶつけたのが瞬時にわかったため、イザナの額に青筋が走る。

  「あ゛?」

  イザナの手が伸びる前にスルリと避け、距離を取るイザナ猫。

  にゃあと一声鳴くと、他の三匹もイザナ猫に駆け寄りどこかへと共に去っていった。

  「じゃーね!」

  「……油断も隙もねェな。それにしてもタケミチは油断しすぎだ」

  「?」

  サッと武道を抱き上げ、帰路につくイザナと武道。

  桜舞う季節の不思議な出会いであった。

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  18春の終わり

  春も終わり桜も散って葉が生い茂り、そろそろ大型連休に入りそうなある日。年々暑くなる日が早くなり、暑さで武道は溶けていた。

  武道だけではなく、人間であるイザナと鶴蝶も暑そうにしている。

  我慢出来ないほどではないが、熱中症になる前に早めの冷房を付けようか迷うところ。付けたら負けな気持ちになるのは何故だろうか。

  「あちィな……」

  「今日は最高気温が三十度近くなるそうだ」

  「春どこいった……」

  先日、桜を見に行った時にはようやく暖かくなってきた……と話していたばっかりなのに、五月に近づくにつれ一気に気温も上がり夏日が続く。

  元々気圧に弱いイザナだが、この暑さにも辟易していた。

  武道もいつもお気に入りの窓辺には近寄らず、イザナのいるソファーで寝転がっている。

  (暑いって口では言うものの、離れずくっついているんだな……)

  暑いと言いながらもイザナは武道に膝枕してやっているし、武道もぺったりとイザナにくっついている。離れるという選択肢が二人にはないらしい。

  だがそれを突っ込んで口に出せば蹴られること確実なので、できる鶴蝶は黙って三人分の飲み物を用意する。

  窓は開けて風が入るようにしてはいるが、水分補給は大事である。

  「今からこんなんで……夏本番どうなんだよ」

  「夏は夏で室内プールとか海とかに遊びに連れていけると思うぞ? それに気圧の変化も少ないし、頭痛もそんなにないだろ?」

  「うみ? ぷーる?」

  「水遊びも楽しいぞ、タケミチ!」

  「わん!」

  「……」

  暑いのは苦手だが、ふと水遊びにはしゃぐ武道を想像してみた。

  水族館でさえはしゃいでいたのだし、水遊びとなると尻尾を振りながら武道もはしゃぐのだろうか……それとも獣人だから水は苦手か? と一瞬思うが、風呂を気に入っている武道ならそれもねェなと頭を振る。

  なんだかんだ灰谷兄弟を筆頭に天竺の面々はもちろん、東卍や黒龍も身内で武道を楽しませようとしてくるだろう。相変わらず少し気に入らないが。

  「マ、悪くねェ……が、どうせなら海外でも行くか?」

  「おそと……!」

  「……夏は暑いが楽しいことも多いから、いっぱい楽しもうな」

  テーブルの上に置かれたグラスから、カラリと氷が溶ける音がした。

  雨の降る季節が過ぎたら夏はもうすぐ目の前だ。