一
仲須田和夫。
専門は油絵。書籍の表紙のほか、個展や、個人依頼をこなすベテラン画家。作風は変幻自在で、美人画から、抽象画まで何でもこなす。しかし、個展やギャラリーでは、直前に担当した書籍の表紙を思わせる絵を多く発表する、サービス精神旺盛な画家。画風のない画家、とも呼ばれる。
独創性がないのとはまた異なる。どちらかというと、独創性を切り替えている。観客aには作品群aを、観客bには作品群bを、という感じで、求められるテイストを注意深く嗅ぎ分けて差し出すことに長けている。正太郎さんを見ていれば、芸術家がどれだけ強いエゴを持っているかが分かるし、それを平気な顔をして切り替える仲須田さんがどれだけ商業的に完成された芸術家ということも分かった。酒好きで気の良さそうなおじさんといった風情の中高年の裏で、どれほどの強固な自我が渦巻いているのか、あるいは自我を切り売りしてきたのか、俺には想像もつかない。
人生を賭けた正太郎さんが敗北した戦場を、仲須田さんは軽々と——あくまで芸術を介さない俺の見立てだが——勝利している。そのこと自体が、果たして彼の傷にどのような影響を与えるか、俺は想像できない。普通に考えれば、悪影響しかないのだが、それを自分から呼び込むというのはどういう心理の表れなのだろう。
それに。
あの目だ。
俺が仲須田さんに触られているとき、正太郎さんは、獲物を見定めるあの目をした。見つけた獲物を捉えるあの鋭い瞳。そしてそこには欲情の熾火があった。ように思う。寝たふりをする一瞬前だったし、暗かったし、すぐに目を閉じてしまったから、本当かどうかは疑わしいけれど。
男が好きな男たちのある一派は、友愛の表れとしてセックスをするということは知っている(他の男や女については俺は寡聞にして知らない)。でも俺はその考え方を採用していないし、今はとりあえず、セックスは正太郎さんとしかしたくない。俺の不満足よりも、こちらに向けてくれている感情に対するある種のマナーとして、そのスタンスはまだ持っておきたい。
だから仲須田さんを受け入れることはしなかった。俺は仲須田さんの手を外して、正太郎さんの方に身体を寄せた。彼の細い身体に背中を付けて、拒む姿勢を出すと、仲須田さんはそれ以上押しては来なかった。その夜はそれで終わった。
仮に、俺を寝取ろうとするにはあまりに直情的なやり方だったし、古い友人であるはずの正太郎さんのことを無下にしすぎているような気もする。あの年になると友人は貴重なはずで、同じ業界の相手とやりあうことは考えにくい。それに、あの夜が明けた後、仲須田さんは俺と連絡先を交換しようとはしなかった。寝取るというには手が早く、追いが足りないように思う。酔っていただけでちょっと間違えちゃった、という筋書きが一番穏当なはずだ。
突飛な案としては、性欲が収まってきた正太郎さんが、まだ旺盛な仲須田さんに、俺を譲渡しようとしているという説も考えられないでもない。正太郎さんの情交に対するスタンスは、快楽を得ることよりも、むしろ与えることに向いている。肛門で射精することよりも、前立腺をペニスで刺激することへのこだわりがあると言い換えてもいい。思い上がりでなければ、俺を犯すことそのものではなく、俺を絶頂させることに重きをおいている節があった。もしかしたらそこに正太郎さんなりの男のプライドがあったのかもしれない。それが完遂できなくなった今、俺を満足させるために仲須田さんに近づけている?
しかしそんなことあるのだろうか。正太郎さんも仲須田さんも、俺より倍以上も生きてきた大人だ。俺はあの二人の思惑を読み取ろうとしても、うまく解釈ができない。どれだけ信頼しようが、情を注ごうが、俺と正太郎さんの間にある半世紀に迫るほどの時間は、推測では埋められない。
ほとんど無理やり、あの夜のことを「保留」にラベリングして、俺はなかったことのように過ごすことに決めることにした。過度な脂質と糖分を避け、適週に数度のジムに通い、適切な運動をして太らないように気を付けながら、正太郎さんの作った料理を食べて生活を送ることにする。甲斐犬の性質として、筋肉はもともとつきやすいから体型のキープや筋肉の増強は他人よりは容易だ。
目をつぶればないのと同じで、見なかったふりをして流してしまえばよいはずだ。それが日常の守り方だった。勝負に出ないこと。賭博のテーブルにつかないこと。丁と半、どちらも決めずに沈黙すること。投げられたサイコロの目を見ないこと。それが俺の処世術だった。そして俺は正太郎さんとの生活を固持することに決めていた。
そうやってやり過ごすうちに、仲須田さんの個展は開始され、正太郎さんの帰宅は遅くなり、そして最終日を迎えることになる。ここまでが俺の想定していた幕引きだった。しかし、一つ見落としていることがあった。俺が敬愛する正太郎さんはもちろん、仲須田さんも確実に、表現と市場に勝負をかけて生きてきた老練の勝負師でもあるのだ。結果はともかくとしても。
個展の最終日前日の夜、珍しく正太郎さんの方から、画廊に来てみないか、と声がかかった。
鶏肉と野菜の炒め物とを平らげて、二杯目のビールを開けながら、俺はわざとらしく見えないように首を傾げた。この流れだと、どう考えていても、仲須田さんが噛んでいるようにしか見えない。
「珍しいですね、個展に俺を呼ぶなんて」
「うむ」
反応を見るための返しに、彼は軽くうなずいた。こちらの会話の意図をすでに読まれているかもしれない。わざとらしくない演技ほどわざとらしいものはないから。正太郎さんがちろりと自分の唇の酒を舌で舐め取って続ける。
「仲須田から打ち上げに誘われている。そのついでだ。もちろん絵だけ見て、気が乗らなければその場で帰っても構わない」
ついで、と正太郎さんは言うが、俺が目当てなのは明らかだ。
いったいこの二人は何を狙っているのだろう。
積極的に行く理由はない。しかし、
「仲須田さんの絵は売れた?」
「ああ。一般向けはほとんど売約済みで、ディープめな方は半分ほど。まあかなり良い売り上げだろう」
あの商談のとき、正太郎さんは売れるというある種の確信を得たはずで、だからそれは不思議ではない。
一般向けはおそらく、サービスで描かれた絵だろう。書籍の表紙に使われたものや、そこから派生した連作のような、幸福な気持ちになることを意図された明るくて暖かな作品群。
ディープめな方は、あのつかみどころのない作品たちだろう。不安にさせるような暗くて冷たい色彩の、鑑賞者を突き放すような図像。おそらくは趣味に近い領域で産まれてきた絵画たち。
俺はどちらかというと、仲須田さんの作品群のなかでは後者に類する絵画が好きだった。厳つくて人好きのする男と、彼の脳内から流れてくる暗い絵たちとのギャップに、語弊を恐れずに言うなら惹かれていると言っていい。そこからあの夜のことも合わさって、勝手に推測させられる彼のアンバランスさ、加害性、屈折が、妙に引っかかっている。
そして、仲須田さんと正太郎さんを一緒にさせたくない、というひらめきのような気持ちもあって、俺は結局彼の個展に行くことにした。だが仕事が終ってからなので、ほとんど撤収作業直前にお邪魔することになる。
「あの、俺それ入ってもいいんですか」
「構わない。運がよければ絵も見られるはずだ」
かさついてきたとは言っても、まだ十分に柔らかな毛並みの尻尾を揺らして、正太郎さんはうなずいた。伏せられた睫毛の向こうで、その瞳はどんな色をしているのだろう。
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二
駅からすぐ近く、歩いて十分しないほどの距離にその画廊はあった。
デパートの片隅。店舗のフロアではなく、建物が同じ名だけで、入り口も隔離されていた。
画廊の経営は基本的に赤字を垂れ流すもの、という側面があるので、他の本職で成功している者が文化資本の保持という目的で経営されることが多い。正太郎さんの勤める画廊も例に漏れず、オーナーはずっと昔に正太郎さんの絵を買った実業家だった。不動産とかコンサルとか、想像もつかないほど成功し、金が金を生む流れにその実業家はいた。そして池の鯉を愛でる風流人のように、オーナーは利益のいくらかを文化へ寄贈していた。
彼が正太郎さんを拾い、画商としての才能を振るわせているのだ。俺が正太郎さんのメンタルをわずかばかりでも支えることができたとするなら、オーナーは正太郎さんの社会生活を支えたといえるだろう。
画家としてのキャリアはズタボロだった、と正太郎さんは酒を飲みすぎると決まってこぼす。しかし、画家として芽が出ず、表現をやめていく芸術家は枚挙にいとまがない中で、一応芸術に関わる業務に関わり、とりあえずの成功を収めている。幸福なキャリアの終着点のように見える。正太郎さんのような終わり方は、勝負のテーブルに着かず、成功も失敗もせずヌルく人生を終えることを目標に置いている俺では手に入れられないだろう。
望んだ場では芽が出ず、望まない場で一流になることは、手放しに喜んでいいことなのだろうか、と思わなくもないけれど。しかし、言っても仕方ない、そういうものだし、でむりやり現実を飲み込んでやりくりしていくしかない。
仕事が終わって電車に乗り、画廊に到着する。夜の空気はまだ少し肌寒いが、スーツの上に薄手のコートだけで十分なほどだ。手袋もマフラーもいらない。
準備中、の札がかけられた画廊に入る。靴底を、分厚い絨毯が柔らかく受け止める。客は誰一人おらず、落ち着いた照明と深紅の絨毯が敷き詰められた店内に、正太郎さんだけが立っていた。ぴんと立った闇色の耳をぴこんとやって、こちらに身体を向けた。
「思ったより早かったな。ちょうど作業が全部終わったところだ」
「片付けは? 邪魔にならなきゃいいんですけど」
「大まかなことは終わった。あとは週明けだな」
正太郎さんは仕事着で、やや疲れた顔をしている。富裕層を相手にする仕事なので、ほとんど正装である。白いカッターシャツに、三つ揃えのスーツ、良く磨かれた革靴。細く長身な体型の老黒狼にかっちりした服装はよく似合っていた。使い古してつるつるのコートに、社会人若手が手に取れるレベルのスーツが場違いなようで気まずい気持ちになる。靴底の下の絨毯の感触も、空間の敷居の高さに一役買っていた。
カウンターを過ぎて、画廊のなかに入る。俺はごくりと唾を飲み込む。気おくれを見透かしたように、正太郎さんは薄く微笑すると、俺の手を取った。白い手袋に覆われた、細く骨ばった老いた男の手の平が、空中の見えないくぼみに差し出すような無理のない力加減の所作で、俺を部屋の中心に導いた。
「誰もいないんだ、そう緊張しなくていい」
「そう言われても……」
俺の暮らす世界とは階層が違う。どうしても、どぎまぎというか、ぴりぴりというか、身構えてしまうのだ。落ち着いた照明や、豪華そうな室内の意匠が、自分を異分子のように思わせる。だが、正太郎さんが手を握ると、緊張がほどけていくような気がした。
ゆっくりと息を吐いて、正太郎さんから手を離して周りを見回してみる。外からは確認できない十畳ほどの正方形の部屋だ。前後左右の壁にずらりと絵が並んでいる。そのどれもが仲須田さんの作品だった。絵の下にかけられている題名の書かれた白いカードには、丸いシールが貼られている。色は赤と青の二種類。全ての絵ではなく、いくつかはシールの貼られていないものもある。
「あのシールは何ですか?」
「絵の販売状況だよ。赤は売約済み。梱包して送るか、画廊で後日受け取り。青は交渉中で、より高い値段で買ってくれる相手か、本当に必要な相手に売る。シールがないものは販売中」
「本当に必要な相手?」
「どう言おうか——この作品の持ち主にはこの相手でなければ、という切実な客がいるんだ。一目惚れとはまた違うんだが」
「ふうん……ありがとう」
よく全体を眺めてみる。入口に対面する壁と左右は売れ筋の作品で、入り口側、つまり俺の背後には、暗い作品群が配置されている。入ってきた客たちは、最初に明るい作品群を目にして足を踏み込み、そして視線を巡らせて、背後の暗い絵とまみえる。視線を投げかける自分が、絵の瞳たちから視線を投げかけられていることに気付かされる構成。
暗い絵のモチーフは、一貫して瞳だ。そして穴。
ポートフォリオで見たぐらつく構図の作品のほかにも、破れ目から鈍色の同心円——おそらく形象化された瞳だ——が覗くもの。地面に掘られた暗い穴を覗き込み、涙を流す瞳。瞼を透かして何かを見据える瞳。棒状の影から半分だけ漏れ出したような瞳。
油彩の重厚なタッチで瞳と穴のモチーフが執拗に反復を繰り返す。それらは強固な意志を持って、振り向くまでの俺の後ろに降り立っていたように思える。乱暴に、俺の着ている服を通し、毛皮を通し、血肉も骨も通して、俺の本質を暴こうとしている瞳のように思える。そういう気迫があるように思える。
「絵というものは本来一方的な形式なんだ。私が描いたものを君が見るとき、作品は君の視線に無防備にさらされて、君の解釈
によって作品が成立する。そういう一方的な装置なんだよ」
昔、まだ絵を描いていたころの正太郎さんは、バイト終わりの会食で美術の講義をすることがあった。
絵画——すなわちモノと鑑賞者の関係は視線に集約されるのだと。
意志を持たないモノは俺の視線を拒むことができず、無意志であるために解釈を誘発させ、独立した個別の意味ではなく、俺の中で別の意味を背負わされることになる。作品は俺という一つの論理構造に見られた瞬間に絡めとられ、その作品は俺の中で実体とは別の顔を持つことを強制される。それがどれだけ現実の作品と似ていても、同じ意味を持つことはない。
俺はさっき、鈍色の同心円を「形象化された瞳」と表現した。でもそれは仲須田さんがそう教えたからじゃない。キャプションにも同心円の意味など書いていない。作者の意図を知らないまま、俺がそう感じたからだ。正太郎さんの瞳の色だったから。作者が作品に意図した意味ではなく、俺という論理構造を通すことで、鈍色の同心円は瞳だという意味が与えられたのだ。そして作品は意志を持たないモノであるために、俺の解釈を逃れることはできない。
これが作品が成立するメカニズムである。
ただ見ること、それだけによって作品と鑑賞者は関係を結ぶ。
その暴力的で淫らな関係。
見なくては鑑賞者にとって作品は存在しえないし、触れてしまえば作品と鑑賞者の垣根を壊してしまう。正太郎さんの選ぶ形式は、指でも舌でも鼻でも耳でもなく、ただ眼球でもって、作品を鑑賞することを要請する。それによって作品は視神経を走る波と化して、絵画として鑑賞者の脳裏に火花を打ち上げるだろう。それは何かをひと時照らすかもしれないし、何も照らさず虚空に散るだけかもしれないけれど。
まなざしはいつだって権力を持つ者から、権力を持たざる者への支配の表れだった。それに否やはない。でも俺は知っている。いい絵は、見られる側と見る側との共犯によってのみ編まれるものだ。ぱきっとして身体を晒すとき、正太郎さんの指はどんな鏡よりも正確無比に「俺」を平面に写し取る。
俺はいまこの瞳たちと共犯した。
そして虚構の瞳たちが放つ火花は俺の内界を確かに照らした。そこには欲望が奇妙な蛇のように横たわっていた。
仲須田さんがやってくる。
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三
グレーのセットアップに白いシャツを着た、正装をしたお洒落な中年猪という感じの仲須田に連れられて、俺たちは彼の住んでいる家を訪れることになる。正太郎さんは薄手のトレンチコートを羽織っていた。
「ずいぶんいいところに住んでいるな」
とさして羨ましい風でもなさそうに正太郎さんが夜道を歩きながら呟く。画廊から電車を乗り継いで一時間ほどの高級住宅地だ。俺と正太郎さんの先を進む仲須田さんは、歩きながら首だけをぐるりと回してこちらに顔を向けた。
「書籍を担当したら芋づる式に仕事が来たからな。土地と家に困らないだけ稼いだんだ。だいぶ頑張ったんだぜ? 一生独り者だし住む場所に悩むこともなかった」
「お前は器用に描くからな。一回跳ねればよほどでなくちゃ落ちないだろ」
「描きたいものは売れないけどな。あのテイストのがあれだけ売れたのは意外だった」
あの暗い作品たちのことだろう。
瞳の群れ。
「お前は画商としてもすっかりプロだな」
「こんなもの画商の技術じゃない。俺はコネでうまくやってるだけだよ」
「コネでもなんでも仕事に使えるものを使うのはプロさ。眼力ってのはただ作品の良しあしを見抜くだけじゃない。売れる作家を見つけるのも画商のスキルだろ」
ふん、と正太郎さんは鼻を鳴らした。
「あの並べ方は良かったな」
と仲須田さんが前に向き直って言う。こちらからは後頭部の深い茶色の毛皮が見えるばかりで、表情は分からない。
「並べ方?」
「ああ。あれは良かった。いつも売れ筋のものばかり並べてきたから、ああいう売れないものを引き立たせる見せ方は嬉しかった」
猪の、先に房の付いた細い尻尾が気まずそうに揺れている。
悪戯っぽく微笑した正太郎さんは、少し歩みを早めて仲須田さんと並ぶと、丸々とした肩を小突いた。
「うっ?」
「絵を売らせておいてこれくらいで照れるな。こっちまで気まずくなる」
「言葉と絵じゃ違うに決まってんだろ」
喋りながら、二人は俺を呼んだ訳も喋らず、俺も聞けないまま、確信に触れることなく道を歩く。ほとんど沈黙と変わらない。やがて彼の家にたどり着いた。
センサーなのだろう、ひとりでに点灯した照明が玄関を開けた仲須田さんを光で濡らす。突き出た猪の牙が、人好きのする笑みを浮かべた顔に奇妙な影を投げた。
「さあ、いらっしゃい」
お邪魔します、と玄関に靴をそろえ、廊下を進む。電灯をつけるそぶりがないのに廊下も明るく照らされる。家中に人感センサーを搭載しているのだ。
「金がかかっているな」
「つけっぱなしになるのが嫌なんだ」
半ばのドアを通り過ぎると、絵の具の匂いに混じって油の匂いがした。料理に使う油ではない。石油にも通じるむわっとした匂い。嗅ぎなれない刺激に、すん、と反射で鼻を鳴らしてしまう。照れくさそうに仲須田さんが苦笑して、頭をがりがりとかいた。
「悪いな、けっこう匂うか? 慣れちまって自分じゃ分からないんだ。換気はしたはずなんだけど」
「すみません、初めて嗅ぐ匂いだったからびっくりしただけです……。でもこれは何の匂いなんですか?」
「油だよ。テレピン油。油絵に使う絵の具はそのままだと硬いから、これで溶かして伸ばすんだ」
正太郎さんが言う。
「アトリエもあるのか」
「うん。貸しアトリエは面倒だし、家の中に作っちまった」
「便利だ」
仲須田さんがうなずく。
作品の見るお作法について、俺は数度ほど正太郎さんからレクチャーを受けているが、実作はしたことがない。モデルだって鉛筆画だったから、彩色の匂いはあまり経験がない。しかし、言われてみれば正太郎さんのアトリエにも似たような匂いがあったような気がする。
廊下を過ぎると、居間。一人暮らしにはやや広いダイニング。なぜかテーブルには四客の椅子があり、ソファに大画面のテレビまである。
「意外に物があるんだな」
と正太郎さんが失礼かもしれないことを言った。正太郎さんは画材の他にはあまり物を必要としない人種だった。絵を描くのを辞めてからは、酒ばかりを買っていたし。
それにしても、よほど気安い間柄なのか、一歩間違わたら悪く思われかねない距離感だ。仲須田さんは気にしていないようだが。
「けっこう友人を呼ぶんだ。だからそれなりに大きなソファやテレビが必要になる」
キッチンの冷蔵庫からチューハイ缶や食品を出しながら、仲須田さんが答える。その響きはほんの少しだけ弁解じみた響きを帯びていた。
もしかしてこの人は寂しいのかな、と俺は思った。
俺は卒業してからも正太郎さんとの交際を続けている。だから独り身のクリスマスの寒さの記憶はずっと遠いし、一人で還暦を迎える怖さや寂しさを想像することしかできない——否、想像もできない。階段を踏み外して骨折したら? 何か重大な病気をしたら? 大きな災害が起きたら? どれだけの対応を一人でできるのだろう。
その寂しさをあの夜の理由に代入してみると、何か歪ながらもうまく説明できるような気がした。
正太郎さんがいなくなったら、俺も寂しくなるのだろうか。別れなかったとしても、たぶん俺が残される側なのだろう。心構えをしておかなくてはならないのかもしれない。
でもそれは仲須田さんに心を許す理由にはならない。
あらかじめ準備していたのだろう、仲須田さんはいくつかの料理をさらに並べ始める。明日も作業があるというので酒も一缶ずつだったが、食事自体はやはり多く、焼いた大判のステーキとサラダとパスタだ。仲須田さんと俺でほとんど平らげてしまう。正太郎さんと仲須田さんの二人は、終始和やかに会話をしている。俺はずっと距離を探りながら、会話から一歩引いていた。
食事も酒も終わってしまうと、正太郎さんは物足りなさそうな顔をしている。当然だ。一缶で酒が収まったことなどない。
「飲みたいなら近くにコンビニがあるぜ」
という仲須田さんの呆れ混じりの苦笑に、正太郎さんは鼻を鳴らして席を外した。二人だけになると、仲須田さんと一緒にテーブルを片付ける。洗うのは後でやる、と言われたので、シンクに置いて水に浸すだけだ。
仲須田さんは紅茶を入れてくれる。沸かした湯をカップに注ぎ、ティーバッグを入れ、一分。そしてそれを持って俺たちはソファに並んで座る。でも比較的適正な距離を保つ。
にやりと笑いながら仲須田さんはブランデーの小瓶を出して、紅茶に垂らした。アルコールの刺激と果実香が紅茶の香りと混ざって立ち昇る。
「あいつに酒を出したら全部飲まれちまう」
「昔から酒好きだったんですか?」
「そうだな。もともと好きだったし、何かあると酒に逃げる癖も前からあった」
「……前から?」
仲須田さんは紅茶を啜る。
「正太郎から疎遠になっていた理由を聞いていないのか」
「えっと……」
聞いていない。
というか、気にもしていない。
普通のことだと思っていた。
小中高大、全ての教育課程で俺は友人に困らなかったが、どれも卒業と同時に会わなくなった。だから疎遠になっていたと聞いていても自然なことのように思えたし、それでも古い友人と言い合える仲はすごいことだとすら。
「昔、俺はあいつの恋人を寝取ったのよ」