変身物ー08_誠とぬりかべ

  「なっ、なんだこりゃあーーー!?」

  一週間の儀式を終え無事に溜めこんだ陰気を祓った誠は、コマの父親と共に家へと帰ってきた。

  久しぶりに元の自分に戻れるとウキウキとした気分で、青年に変身しているコマの父親にインターホンを鳴らしてもらう。

  「おうっ今開けるで」と男臭い声で応対し、ドスドスと玄関のドアを開けて出てきたのは、驚くほどの巨漢であった。短く刈り込んだ坊主頭、脂肪でパンパンに膨らんだ丸顔、Tシャツのイラストが歪むほど膨れた胸と腹、短パンの裾からはその巨体をささえる丸太のような脚。

  数瞬、この大男が誰なのか誠にはわからなかった。しかし、すぐにわかった。己の魂が囁くのだ『これは俺の肉体だ』と。

  「ふー、今度は西の男色家か……誠様はよほど奇縁に恵まれている様だ」

  誠の霊体の後ろに立っていた青年が、疲れたように空を見上げた。

  「おうっ、久しぶりやなぁ藤太」

  大男、誠の身体に憑依した化け狸の『吉兵衛』は気さくにコマの父親に話しかけ「まぁ上がれ」と家に招き入れた。

  「兄ちゃんの友達?」

  「あら、すぐにおやつを用意するわね」

  不思議な事に誠の家族は、大男を誠と認識して生活していた。

  「な、なんで?」

  「わいの妖術でちょいっとな」

  戸惑う誠の霊体に微笑むと、吉兵衛は誠の部屋の扉を開けた。

  「うわっ、なんだこりゃあ?」

  誠の部屋は一変していた。

  所狭しと張られた力士のポスター。沢山のプロテイン。お菓子の山。汗に塗れたシャツや短パンの山。そして何より……

  「すげぇ、イカくせぇんだけど……」

  「なははっ、流石は大神はんやな。鼻は良いようや」

  吉兵衛がどこからか葉っぱを取り出し、ふっと息を吹きかけると風が吹き、その濁った雄臭が綺麗に消え去った。

  「もう少しまともな事に誠様の霊力を使えんのか?」

  「ええやんか。久しぶりの肉体なんやさかい」

  「お前は最近まで西の若い陰陽師をたぶらかして、好き方だいヤっていると聞いていたが?」

  「あははー、せやったかな? ちゃんとヒーロー活動もしてるんやで許してーな」

  「問答無用!」

  コマの父親の変身が解け、狼人に瞬時に変わり咆哮を上げた。

  瞬間、誠の霊体を掴み、吉兵衛の太った身体に投げ入れた。

  「うわぁ!」

  「んほぉ!」

  一つの肉体に二つの魂が混ざり合う。しかし、言霊によって合身したわけではない。魂は反発し合い、結果的に肉体の正当な所有者である誠の魂が定着し、吉兵衛は押し出されてしまった。

  「やった! 俺、身体がある! んっ? なんか……くっせえ! 臭えよ俺の身体っ!」

  喜びもつかの間、己の太った身体から漂う匂いに思わず鼻をつまむ。

  鼻をつまんでも、汗と垢、そして濃厚な雄の臭いは内側から漂ってくる。

  「酷いやっちゃなあ。わいの何処が臭いねん。コマちゃんやって、気に入ってくれてんのやで?」

  「そ、そうだ? コマは?」

  「そこに居ますよ」

  示されたのはベッドの上にある茶色いクッションだった。

  「コマ、出てきなさい」

  父親の言葉に観念したのか、クッションから緑の葉っぱが一枚落ちると、クッションは子だぬきへと姿を変えた。そのあどけない表情と、微かに香る慣れ親しんだ懐かしい匂いに、誠もその存在が誰なのか気づいた。

  「こ、コマなのか? どうしてタヌキに……?」

  「へへっ、ちょっと色々あって……」

  「いやいやいや、俺の身体の事もそうだけど、しっかり全部説明してもらうからなっ!」

  「…………はぁい」

  [newpage]

  「……という訳や」

  コマと吉兵衛は、誠と別れた後のことを全て話した。

  包み隠さず、あんなこともこんなこともである。

  「お、お前ら……俺の身体で……しかもジムまで……!」

  「そない怒らんといてぇな。あの子らも無理な減量せんで、いまはたらふく食って、たっぷり寝て、幸せそうに相撲を楽しんでるさかい。ワイは今まで気づかへんかった幸せの形を教えてあげただけやで」

  「うるせぇー!!」

  「ほぎゃあー!」

  誠の怒りに当てられて、吉兵衛の霊体が遠くに吹き飛んでいった。

  「おおっ、人間時でも霊力の操作が出来ましたな」

  「うわー、誠凄いよっ!」

  「ううっ、あんまりうれしくねえ……というかこの身体って戻るんっすかね?」

  「残念ながら……誠様の肉体とコマの魂はあの妖怪狸の眷属となっています。なまなかな事では元に戻る事はできませぬ」

  「そんなっ! せっかく元の身体に戻れたのに、このデブな身体で生活しろって言うんですか?」

  「……はい。さらに残念なお話なのですが、誠様はしばらく力士として暮らしてもらう必要があります」

  「へっ?なんで?」

  「実はあの狸めですが、齢千年を生きる大妖怪でして。その妖術を無理に解こうとすると、術にかかった人間を狂わせてしまうのです。なのでご家族やご友人を守るには、術の解呪方法が見つかるまで、力士として生活をお願いします」

  「う、ウソだろ……?」

  絶望のあまり両手を見つめる誠。その指先を握りしめてもかつてのような握り拳ではなく、クリームパンのように丸々とした見た目にしかならない。

  全身を覆う脂肪の重さがずっしりと増えたように感じた。

  「なぁに心配めさるな。すぐに解呪方法を調べて戻ってきます。コマよ。それまで誠様をよろしく頼んだぞ」

  そう言って、コマの父親はそそくさと部屋を出て山へと帰っていった。

  「僕がタヌキになっちゃってるのは良いのかなぁ?」

  去りゆく父親を見送りながら、少しホッとしたのと、どこか淋しさを感じるコマであった。

  [newpage]

  悪逆無道有為転変

  人為及ばぬ定めなら酔わねば損踊らねば損よ

  [newpage]

  じゅぷっ

  じゅぷりっ

  じゅぼっ

  白き泥の如き粘液が垂れる滑った穴。

  その穴に幼い陰茎を抜き差しする少年。

  その部屋は異質であった。

  少年は全裸であり、その四方は白い泥の壁に囲まれていた。

  ただ一点、まるでオメコのように穴が開いており、そこに少年は陰茎を挿入していたのだ。

  その幼い裸体も白い泥を全身に浴び、頭や顔も真っ白になっているが、そんなことは意に介していない。ただ目の前の柔らかく湿った穴に陰茎を差し込んで、そこから生まれる痺れるような未知の刺激に心を震わせている。

  「ぁぁん」

  少年は小さく喘ぐとその形を崩し始めた。

  どろり

  とぉろぉーり

  少年の四方を囲む壁と同じ。白い泥となって溶け落ちていく。

  そして壁の穴に白い精液を放つと、完全に白い泥壁に混ざってしまった。

  少年が居なくなると、その部屋の天井が開き、男が落ちてきた。

  「いててっ何だってんだ?」

  逞しい男だった。

  工事現場や土木作業がよく似合う、プンっときつい汗の臭いが漂ってきそうな毛深い筋肉の塊のような男。

  彼もまた一糸まとわぬ姿で、四方を白い泥壁に囲まれた空間に現れた。

  「なんだこりゃあ?」

  男が壁に手を触れた。白い泥が生きているかのように男の手にまとわりつく。

  「うおっ! なんっ…………うひっ」

  白い泥に触れると男の顔から理性の光が失われた。

  小さく笑うと腰を落としてケツアナを引くつかせる。まるで大便でもするかのように構えたそこに床からせり上がった白い泥がねじ込まれた。

  「んほおおおぉぉ」

  背筋を快感が走り抜け、男の矮小な脳を揺らした。その揺れは男の太短い陰茎を一瞬で勃起させ、その亀頭の先端を外気に晒す。

  そこへ狙いすましたように白い泥の雫が落ちた。

  「おぉぉぉぉっ!」

  鈴口に入り込んだそれは男に絶頂をもたらした。

  男の人生で経験した事の無い快楽。射精。極楽。それを感じながら白い泥となって溶けていった。

  よく見れば白い泥壁には沢山の人間が蠢いていた。

  快楽によって不定形に。ザーメンになってしまった彼らは己を刺激する硬い肉を求めていた。白い泥壁の中で互いのザーメンを啜り合いながら、彼らは獲物が通りかかるのを待つ。

  妖怪ぬりかべ。

  夜道で人間の歩行を阻み。己の体内へと取り込み、その肉体の一部とする怪異である。

  男が居なくなると、また部屋の天井が開き、男が落ちてきた。

  「どすこぉぉぉいい!」

  それは巨大なタヌキであった。

  真っ赤な褌で桜島大根のような陰茎とスイカのような睾丸を隠し、丸々と太った身体に法被を着て、ねじり鉢巻きを巻いて見栄を切る。

  誠とコマの新たな変身フォームである。

  「なんでやねん!なんでタヌキやねん!」

  (しょうがないじゃない。僕たちタヌキの眷属になってるんだから)

  「ワイの心はまだ眷属ちゃうわ! 喋りもおかしなっとるし! もういややー!」

  (文句は後で聞いてあげるから、いまはみんなを助けないと、早くしないと皆エッチな汁になっちゃうよ!)

  「わかっとるっ!」

  誠は大きな腹を手で叩いて気合を入れると、その丸太のように太い足を持ち上げて大きく四股を踏んだ。

  「よいしょおおぉ!」

  ずどんっ

  地を揺るがす振動がそこから生まれた。

  「もういっちょや!」

  どしんっ

  振動と共に清らかな霊力が白い泥壁に伝わっていく。

  『んおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ』

  部屋が叫んだ。

  地の底から無数の亡者が泣くように、白い泥を震わせて泣いている。

  それは解放への喜びか、快楽への悲しみか。

  壁に取り込まれザーメンになった無数の男達が咽び泣くのである。

  「啼くな泣くなっ! こないイカ臭い狭い部屋より、もっと気持ちええとこいきや」

  大きく息を吸い込んで、その掌に神気を集めていく。

  黄金色の輝きが白い泥に塗りこめられた人たちを照らし出す。

  「金剛掌天檄!」

  力強い突っ張りが壁に打ち込まれた。

  それは白い泥壁に亀裂を入れ、四方の壁全てに伝播する。

  『うおおおおおおおおおおんんん』

  断末魔の叫びと共に空間が割れた。

  そこは錆びれたシャッター街。人気のないそこに迷い込んだ哀れな男達は、妖怪ぬりかべによって異次元に囚われていたのだ。

  道路には囚われていた全裸の男達が、高いびきをかいて寝ていた。あの少年も逞しい男も、無事に道端で眠りこけている。

  「ふぅ、えらいぎょーさん捕まってたんやな」

  (誠! まだぬりかべさんの反応があるよ!)

  「なんやて!? どこや?」

  (あそこっ!)

  コマの指し示した方向に拳ほどの白い泥の塊が落ちていた。そしてそれを跨ぐように現れた霊魂。妖怪だぬき吉兵衛である。

  「コマちゃーん、おっちゃんとも遊んでえな」

  そう言って、吉兵衛は妖怪ぬりかべに触れると、その白い泥の中に自らの霊魂を埋没させていく。

  「わしみたいな霊魂は、肉の器がないと遊びづらくてな。ちょうどええのんが顕現しとったから使わせてもろたわ」

  「なんやてっ? ほならこの失踪騒ぎの原因はお前だったんか!?」

  「せやでぇ。しかし、誠ちゃんもすっかりタヌキに染まったなぁ。どうやそろそろワシの眷属になりとうなったやろ?」

  「アホぬかせっ!誰が眷属になるかいっ!」

  「そんなら、実力行使やな」

  吉兵衛は完全に白い泥に溶け切った。

  それはゼリーのように震えると、その体積を増していく。

  「ぬあはっはっはっはっ、妖怪たぬりかべって参上てかっ」

  それは二階建ての一軒家ほどに膨らむと吉兵衛の姿に変わった。その肌は白い泥がうねりドロドロと溶けながら周囲を飲み込み始める。

  「くっさぁっ! なんちゅう臭いや!」

  その白い泥からは、濃厚な雄の臭いが漂っていた。コマを魅了しタヌキの眷属へと貶めた。あの臭いである。

  (ああぁ、この臭い……僕またおかしくなっちゃう……)

  「コマ? どしたんや? うわっ!!」

  バチンと音を立てて、誠の霊体がコマト合体した肉体から弾き飛ばされた。

  「コマちゃーん、おっちゃんと気持ちええ事しよな~」

  「うん……吉兵衛おじちゃんと気持ち良い事したい……」

  (コマー! しっかりしてくれー!)

  タヌキに変身した肉体はコマの意思をくみ取って、吉兵衛のドロドロの身体に近付いていく。

  「ほれぇ、ここにお入りぃ」

  吉兵衛だぬきは、巨大な一物をコマの前にどすんっを置くと、その包皮をめくり鈴口を露出させた。巨大化した鈴口はタヌキの巣穴のようにぱっくりと穴を開けている。

  熱に浮かされるようにコマはそこへ頭を突っ込んだ。

  そのまま力士のように肥満化している身体を、その鈴口にねじ込んでいく。

  「おほぉぉ、積極的やなぁ! コマちゃんどんどん奥に入ってこいやぁ」

  (コ、コマー!)

  誠の叫びもむなしく、上半身は既にチンポの中に入りこんでいた。いま赤い褌に包まれていた巨大なイチモツと金玉が飲み込まれると、タヌキ型に浮き上がった肉瘤がズルズルと陰茎の奥、精巣に向かって移動していく。

  「んんんっっっ!」

  (嘘だろ! コマ!コマァー!)

  肉瘤が完全に吉兵衛の股間に消えてしまった。

  「あぁぁ……コマちゃんのおぼこい魂がワイの中に混ざってくるの感じるわぁ……でも、今日はそういう遊びやないねん。化け術秘儀『金冠玉蝕』」

  吉兵衛が巨大な手で印を結び、その両手の白い泥を己の一物に突っ込んだ。 ぶしゅりと辺りに泥が飛び散り、ボロボロの商店街を汚す。

  しかし、そんなことはお構いなしに、吉兵衛は粘土でもこねるように己の一物をこね回して何かを形作っていく。

  それは巨大な包茎マラがむくむくと立ち上がり、巨大なこけしの形になるとその頭頂部、つまり亀頭の部分を丹念に慎重に整形していく。

  (お、おい。その顔って……)

  「でけたでっ!」

  鼻息荒く、己の制作物である股間を誠に向かってアピールする。

  その一物の亀頭には紛れもないコマの顔があった。悪趣味な調度品のようにちょうど鈴口の部分がコマの口になり、亀頭の膨らんだ肉の部分には皺のような目がある。毛に当るような部分は見えないが、白い泥で形作られたその亀頭は紛れもなくコマであった。

  「う、うぅぅん」

  亀頭からコマの呻きと共に、その目が開いた。幼い子供の丸く愛らしい瞳がキョロキョロと周りを見回して、己の身に何が起こったのかわからずに戸惑っている。

  「僕どうなってるの? か、身体が動かせないよぉ!」

  「落ち着いてなコマちゃん。ほれ、ワシの感覚に繋がるんや」

  「あっ、な、なにこれ……僕、おじちゃんのおチンチンになってるの……?」

  「せやでぇ、おっちゃんと気持ち良くなろなぁ」

  ドロドロの巨大な手が、吉兵衛の一物になったコマを握って上下にしごき始めた。それは二人で行う自慰行為、互いの感覚が混ざり合い、快感が増していく。

  「ぎ、ぎもぢっ。げほっ、えほっ、いぃぃ」

  「あぁ~、おっちゃんもコマちゃんチンポ気持ち良すぎてすぐイキそうやぁ」

  ぐじゅぐじゅぐちゅぐちゅ

  巨大な手はその速度を速めていく。

  速さに比例して快感は高まり、陰茎になったコマの口からは吉兵衛の先走りが壊れた蛇口のように流れ、吹き出る。

  「あああぁぁぁ、ぼくもおおおお!」

  「あかーん!ワイもいくでぇぇーーーー!!」

  どびゅるるるううううううううううううううううううううぅぅぅぅ!!!

  ぼしゅうううぅぅぅぅぅぅぅ!!

  それは間欠泉のようにコマの口から吹き上がった。

  吉兵衛とコマの黄味がかったドロドロのザーメンがバケツをひっくり返したかのように辺りをベトベトに汚していく。

  やがてそれも白い泥へと変わり、そこから濃い雄の臭いを放ち始めた。

  (くっそぉ! 臭えもんまき散らしやがって! コマを返せよ!)

  「おやぁ? あんさん、この臭いの中でまだ正気を保ってられるんか? へんやなぁ、ちょっと調べさせてな」

  吉兵衛は白い泥を誠の霊体に向かって飛ばした。その泥は誠の霊的構造にまとわりつき、中に閉じ込めてしまう。

  (くせぇ! 離せよ!)

  「んー? あんた、もう誰かに強力な支配をうけとるなぁ。藤吉?の訳ないし。こらぁ、あれやなワイと同じ性欲ドロドロの奴の呪いやなぁ」

  吉兵衛はひょいと誠の入った泥を掴むと、先ほど己の一物にしたようにコネコネとこね始めた。

  (わわわっ! あたまがおかしくなるぅぅ!?)

  「あんさんと泥を繋げとんねん。これからあんさんをオナホにでもして、快感で呪いを吹き飛ばしたるわ」

  (や、やめろぉーー!!)

  その時であった、天から高速で投げられた錫杖が、吉兵衛のドロドロ腕を切り裂いた。

  「おろろ?」

  握られていた誠の霊体が入った泥がポロリと手から零れ落ちる。

  それを風と共に拾い上げ、筋肉の盛り上がった胸に抱く男。

  「大丈夫か?」

  (あ、あんたは……!? えーっと誰だっけ……)

  その男は天狗であった。

  誠が修行から逃げ出した時、山で出会い誠に呪をかけた張本人である。呪いによって誠はその時の記憶が封印されている。しかし、どこか頭の片隅で彼に警告する自分と、彼の胸に抱かれ安堵する自分がいた。

  「私は、コマ殿の父親。藤太殿の使いです。さあ、私の肉体をお使いください」

  (えっ、肉体を使うって……どういう?)

  「『正凛丸』おいで」

  天狗がそう囁くと誠の内側から喜びがあふれ、そこから先は何も考えられなくなった。ただ目の前の男の胸に飛び込んでいけばいい。盲目的に誠は天狗に憑依した。

  「ぬうぅぅ」

  たちまち天狗の衣服は内側から弾け飛び、肥大化した筋肉と獣毛があらわになる。

  天狗の羽を広げ、犬のように遠吠えをすれば、顔も狼に変わった。

  瞬きする間に、大翼を広げた狼獣人という奇妙な姿が、巨大な吉兵衛とコマとなった卑猥な一物を見下ろしていた。

  「ふぅぅ……やぁ『正凛丸』また拙僧とひとつになれたなぁ」

  「なんやぁ、あんたが誠ちゃんに呪いをかけた奴か。まさか天狗とはなぁ。ワイも人のこといえんけど、衆道もほどほどにしときや」

  「これも拙僧の修行と偉大なるお山のためだ。刹那的に交わり快楽にふける行為ではない」

  「生きてんやから、そないな事も必要だと思うがねぇ」

  話し合いながら二人の霊力は高まっていく。

  彼らは、『誠』と『コマ』が欲しいのである。

  人と獣が合わさる。生きた霊的特異点。その鍵を。

  「コマ様を返してもらうぞ……」

  「そない無理なこと、わかってるや……ろっ!」

  ブオンと空気を押し分けて、巨大かした吉兵衛の張り手が天狗を襲う。手だけではない。体中から泥を飛ばし、天狗の周囲全て空間に散弾銃のようにまき散らして、逃げ場をなくす。

  「ふんっ」

  天狗がその手を地面に向けると、巨大な樹木が地面を割って現れる。それは一瞬で盾のように天狗を包み込むと、吉兵衛の張り手を受け止めた。

  「次はこちらの番だ」

  樹木がそのまま吉兵衛の手に絡みつき、その白い泥の中に入り込んでいく。

  「ありゃ、相剋か。こらぁ分が悪い」

  樹木は白い泥から水分と栄養を吸収して、より太くより強く吉兵衛の身体に根を張る。

  「これやから、修験者や陰陽師は面倒なんよ。しゃーない、今夜の遊びはここまでや」

  巨大な吉兵衛ダヌキが風船のように膨らんでいく。イチモツになったコマも同じように膨らんで、それは巨大なバルーンのように空気でパンパンになって空に浮かぶ。

  「ほいじゃ、またな」

  パァン!

  吉兵衛の身体がはじけ飛んだ。それは凄まじい風を巻き起こして、街中に広がっていく。

  「ぬぅ、逃げたかっ」

  白い泥すら風に吹き飛び、シャッター街には眠りこけた行方不明者だけしか残っていなかった。

  吉兵衛もコマも何処かに消えてしまった。

  「見事に何の痕跡も残さずに消えてしもうたか……。仕方ない、私もしばらく下界で暮らし、あやつの出方をうかがうしかないな……。なぁ『正凛丸』」

  厭らしく微笑む天狗の内側で、眠り続ける誠の魂が少し震えた。

  こうして誠は今度は天狗との奇妙な共同生活を始める。

  行方をくらませた、コマと吉兵衛も共同生活が始まる。

  一つだった物が、二つに分かれ、また別の物と交わる。

  はたして彼らはまた一つとなりえるのか、それとも分かたれ続けるのか。

  その答えは蒼い風だけが知っている。