変身物ー10_誠と武蔵坊

  黒い山が疾っていた。

  赤い眼を光らせ、涎を垂らして、小さな獲物を追う。

  「はぁはぁはぁ」

  獲物は誠だった。

  青年は後ろを振り向きながら必死に逃げ続ける。

  顔は恐怖で引きつり、汗に塗れている。

  「あっ」

  体制を崩し転んでしまう。

  黒い山はあっという間に誠を取り囲み、叫びとも喜びともわからない奇声を上げ襲いかかってくる。

  「だめっ!」

  蒼い彗星が降ってきた。

  黒い山を切り裂いて、それは誠へ向かって真っ直ぐに疾る。

  蒼白い光が長く尾を引いて青年の胸を貫いた。

  力が湧いてくる。勇気が溢れてくる。蒼い風が身体中から吹き上がる。

  「誠様。起きてください」

  車の揺れと鳥の鳴き声。木々の隙間から零れ落ちる陽の光。新緑の海底のような木立を抜けてジープは農道を走っていく。

  「んっ、着いたのか?」

  男が助手席で眼を覚ます。

  歳の頃は三十ほどか、力強い眉に眼光は鋭く。黒々と日に焼けている。法衣の下は修行によって鍛えられた逞しい筋肉が隠れている。

  車を運転している男も、同じように日に焼け、筋肉質の腕がハンドルを巧みに操る。

  「まもなくです。なので、そろそろ僧正の身体から出ていただけませんかね」

  「へいへい」

  厚い胸板から青白い魂魄がヒョロリと抜け出る。山でコマに助けられ、犬神として妖怪変化と戦う数奇な運命となった青年、大神誠の魂だ。

  「うーん、やっぱ魂だと変な感じがする」

  彼はいま魂だけの存在であった。元々の肉体が相棒のコマと共に、化け狸の吉兵衛に奪われてしまったのだ。

  「神域以外で魂だけの状態だと疲弊してしまいますからね。まもなく神域なのでその変な感じも無くなりますよ」

  「あっ、今から行く所も神域って所なの?」

  誠は数日前に修行として連れて行かれた神社を思い出した。そこは緑の山々に囲まれた人里離れた場所である。

  そこで誠は妖異と向き合う修行を繰り返していた。

  (なんかそれ以外もあった気がするんだよなぁ)

  誠は辛くいやらしい修行の日々を思い出しながら、他にも何かあったような気がしていたが思い出すことができない。その苦悶を横目に、僧正と呼ばれた助手席に座る男の顔がニヤリと笑う。

  誠に身体を貸していた逞しい男。この男こそ、修行中の誠をかどわかし『正凛丸』という名を与え、その幼体を弄んだ悪妖である。普段は大神につかえる使者としてその身を奉公しているが、その少年愛者の煩悩はどんな修行でも消え去らない。誠を少年に変えて犯した後、誠の記憶を封印し暗示をかけなければ思い出さないようにしていた。

  「私は永遠に誠様の依代でも構いませんぞ」

  力強く気持ち悪いことを言う。

  車内の空気がピシリと冷え込み。誠の気分は大いに沈み込む。

  「えーっとさ、ちょっと引くんだけど」

  「僧正・・・誠様が嫌がっておられるだろう」

  ため息をつきながら、二人は男をたしなめる。

  助手席の男。正確な名は僧正坊という。大神に仕える天狗である。

  同じく運転手の男も大神に仕える天狗である。名は法眼。

  彼らは肉体を奪われ魂だけの存在となった誠のために、その魂を一時的に納めるための依代を求めて、仏師の元に向かっていた。

  魂だけの誠にとって下界は毒のようなものであった。故に長時間の移動には、誠の魂が憑依できる肉の器が必要だったのだが、それに自ら立候補したのが僧正坊であった。

  「誠様に憑依していただけるのだ。その喜びは何よりも勝る。先ほどのパーキングエリアにて、下賤な私の尿意を代理で解放していただいた時など、天にも昇る心地であったぞ」

  車内の空気がさらに沈む。

  誠の魂に憑依され身体を勝手に動かされるのは、彼にとっては喜びであった。故に彼だけは依代を求め仏師の元へ向かうことを反対していた(私が誠様の生涯の依代となりましょう)のだが、誠と方眼の強い反対により渋々同行している間のみ、誠の依代になる事ができたのだ。

  「はぁ、妖怪ってこんな奴らばっかりなのかよ」

  「申し訳ありません。せめて僧正が車の免許を持っておれば、私に憑依いただけたのですが」

  「ふんっ、汚い年寄りと一緒にこのような狭い空間になど居られるか。しかもあ奴らの物言いよ。」

  僧正は過去に人間社会に紛れ込み、運転免許を取ろうとしたのだが、いかんせん彼の大人嫌いが災いし、教習所を数日で辞めてしまった。

  共に通った方眼は、無事に免許を取得し今では大型トラックや大型特殊車両も運転できる。

  「もういいよ。とりあえず、俺に依代ってのがあれば帰りはそれに憑依して帰れば良いんだろ? そんで身体とコマが見つかるまでそれで生活すると」

  「はい。誠様の身体とコマ様を奪って逃げた化け狸は我々の方で探索中でございます。誠様はそれまでの間、依代を得ていただき、そして修行していただきます」

  「げっ、また修行? 勘弁してよ」

  「何をおっしゃるのか。肉体を醜い姿に変えられていたといえ、本来の大神ならあのような化け狸になど負けることなどありません。大神としての力をもっと磨いていただかないと」

  方眼の瞳がキラキラと輝く。

  彼は修行が好きであった。肉体をいじめ抜くのも、誰かの修行相手になるのも好きだった。

  なので、数週間前の誠の修行の際、誠が退治してきた妖怪変化となって、もう一人の天狗仲間であるヤタを犯すのを、方眼は羨ましく思っていたのだ。自分もあのような修行でめちゃくちゃに犯されたい。

  方眼もまたある種の悪妖であった。

  「このドMめ。誠様が引かれておるだろうが」

  「ショタコンに言われたくないわ。貴様の方こそ誠様に距離を取られておるのがわからんのか」

  二人の天狗の間に火花が散り始める。

  「と、とにかくさっ。依代をもらいに行こうぜ」

  慌てて誠が仲裁に入ると、二人は誠に笑顔を向け、山道へと視線を戻した。

  (マジで妖怪って変態しかいねえな。コマはよくあんなまともに育ったなあ)

  木々の隙間から見える青空に、コマの姿を思い浮かべ、誠は仏師の元へと向かう。

  「よく来たなぁ」

  山頂近くの森の中、茅葺き屋根の古民家で豪快な老人が三人を出迎えた。

  身の丈は150センチほどと小さいが、横に分厚い体躯は岩石のように存在感がある。

  「須佐様。ご無沙汰しております」

  天狗二人は頭を下げて深く礼を返す。

  この仏師、名を須佐という。常世を捨て自ら掘り上げた依代に憑依し、現世で仏師をしている仙人のような存在である。

  「お前さんが噂の人間か」

  「あっ、よろしくお願いします」

  魂だけの誠だが、心の中では頭を下げているつもりで挨拶をする。

  強面だが好々爺らしい柔らかな笑みをたたえ、じっと誠を見つめる。

  (なんだか不思議な瞳だな)

  細くなった瞳の奥、黒よりも深い場所から覗かれているように感じる。けっして嫌な気持ちではない。どこか知っていて安心する気持ちになる。

  「なかなか難儀な相じゃなぁ。うちの依代が合えば良いのじゃが」

  はるか遠くを見通すように、須佐は呟くと茅葺き屋根の古民家へと入っていく。後から天狗達も着いていき、誠もまた青白い魂を震わせて家の中に入っていく。

  「うわっ、何だよこれ・・・」

  家の中、隠された扉を開き地下へと続く梯子を降りると広い空間にたどり着く。そこは巨大な鍾乳洞なのか、ぽっかりと広がる暗い穴の先はよく見えない。

  老人が呪を唱えると、辺りの松明に一斉に火が灯り、鍾乳洞全体が明るく照らされた。

  暗闇が光であらわになると、そこには無数の人間が綺麗に立ち並んでいた。

  「うわっ」

  「人形じゃよ、落ち着きなさい」

  大きさも年齢も性別もバラバラな人形達。

  それらは生きているように肌には艶や皺があり、髪も体毛も生えている。

  その瞳は宝石のように虚空を見つめ、その性器は果実のように潤いを湛えている。

  「本当に人形なのかよ」

  「ああ、樹齢百年を超えた屋久杉を掘り上げて、霊力で練った特殊な土と翡翠の粉で擦り上げた人形じゃ」

  そう言って、須佐は近場にあった少年の人形を掴み上げる。

  見た目は全く人間に見えるが、老人はそれをグニャリと曲げ、人では到底できないような丸まった姿勢に変える。

  「うわっ、何だか気味が悪いな」

  「ほっほっほっ、ワシらが丹精込めて作ったもんなんじゃ。もうちっとばかし言葉には気をつけてほしいのう」

  「あ、すみません」

  老人は人形を元に戻すと、鍾乳洞を奥に進む。整列した人形達はまるで命令を待つ兵士達のようにじっと虚空を見つめている。

  三人と誠の魂は、黙って奥へと進んでいく。

  「何の音だ?」

  進む道の向こうから、カーンカーンと小気味よく木を削る音が聞こえ始める。

  「ワシの弟子じゃ」

  老人はそれ以上は何も言わず、ただひたすらに前を進んでいく。

  音は次第に大きくなり、ついに人形達の向こう側に大きな背中が見えた。

  (でっか。人間か?)

  それは野生の熊のような巨体であった。

  松明に照らされた作業場で、諸肌を脱いで上半身を晒し、玉のような汗と蒸気を曇らせて、一心不乱にノミを振るっている。

  「武蔵坊。お待ちかねの客人じゃぞ」

  須佐が声をかけると、巨体はノミを置いて誠達に振り向いた。

  「誠様、お待ちしておりました」

  深々と頭を下げる坊主頭の強面男。その名を武蔵坊という。熊のような巨体なれど、歳はまだ十八。誠と二つしか違わない。

  「アレはどうした? 出しておけというたじゃろ?」

  孫に尋ねるような優しい声であったが、その老人の言葉にはどこか叱責が混じっていた。

  「申し訳ありませんお師匠様。やはりあのようなものを誠様の依代にすることはできませぬ。どうかお師匠様の作品を依代にしてくだされ」

  額を地につけるほど深々と土下座をする武蔵坊。その姿は岩石のようで固い決意が感じられる。

  「仕方ないのぉ。無駄じゃと思うがこの中から好きな物を選びなさい」

  「この中って?」

  「この洞窟の中のもの全てじゃ」

  「これ全部かよ」

  鍾乳洞に並ぶ無数の人形達。

  老若男女、無表情な依代達はその虚空の瞳で誠達を見つめていた。

  「誠様っ! こちらは如何ですか?」

  僧正が持ってきたのは、もはや何体目になるかわからない。少年を模した人形であった。

  しかも、今回はどこにいたのか金髪碧眼のロシア人の子供である。

  「いや、だから何度も言ってるだろ。俺は高校生だからもうちょっと年上の感じで」

  「僧正。誠様を困らせるな。さあ、こちらは如何でしょうか?」

  方眼が持ってきたのは、毛深く太い工事現場のオッさんのような人形であった。

  「いや、だから。それだと年齢が上すぎるし」

  「ホッホッホッ、ならこれはどうじゃ」

  須佐が持ってきたのは、筋肉質の若者の人形であった。高校生と言われればそう見える。

  「あっ、いいじゃん。こいつにしよっかな・・・ちょっと待てコイツの股間・・・」

  その若者の股間、標準的なチンポに隠れた裏側に尻穴とは違う。穴が空いていた。

  「チッ、気づいてしもうたか」

  「何だよこれ? えっ、もしかしてこれって」

  「ホッホッホッ、ワシの作品の中でも中々の作品じゃぞ。男女一対の人形じゃ。男の快感も女の喜びも味わえるぞ」

  老人の指先で広げられたそこは柔らかく湿っていた。男が一度でも性器をねじ込めば、離れがたくなるだろう名器である。

  「そんな人形使えるかよっ!」

  「何じゃあ、フタナリでは不満か? 乳首開発済み、真珠入りチンポ。そうじゃ二本持ちもあるぞ」

  「全部、嫌に決まってるだろっ!」

  「それじゃあ、どれが良いんじゃ?」

  須佐の問いかけに誠は動きを止める。

  いならぶ人形達、先程から自分の依代を探し続けてはいるが、どれもこれも決めることができない。

  「う、うーん。じゃあこれかなぁ」

  誠は人形の中から一体を選ぶ。

  筋肉質な好青年。短く刈り込んだ髪と太い眉毛は意志の強さを感じる。元の誠の雰囲気とよく似ていた。

  「では、その人形にするんじゃな?」

  三人は誠を見つめた。実はいくたびが繰り返されたやりとりである。

  「いや・・・、やっぱやめとく」

  誠は恥ずかしそうにそう言って、フヨフヨとまた別の人形を検分し始めた。

  「何がいけないのでしょうか」

  方眼は遠くまで人形を探して浮遊する誠を見ながら呟く。

  「迷っておるのじゃろう。仮宿とはいえ、己の形を決めなければならぬのじゃ」

  「己の形ですか」

  十六歳の魂は、人形達の中を飛び回りながら、己の依代を探し続けた。

  繰り返し悩むその姿を仏師である武蔵坊は静かに見つめていた。

  「はぁー、だめだ。決まんねえ」

  鍾乳洞の奥。人形達の整列が途切れ、仏師達も寄りつかない奥地。須佐に息抜きでもしてこいと言われて、教えられたその場所は光苔に照らされて、夜空の星々を飲み込んだように輝いていた。

  「依代ねぇ」

  あれから一日中、誠は人形達を間を飛び回った。須佐達の勧めてくるそれぞれの性癖が丸わかりの人形を回避して、己の形を求める。

  最初は何でもいいはずだった。身体があれば学校にもジムにも通える。多少は人相が変わるけど、それ以上に肉体があることの自由の方が勝っていた。

  「うーん、どいつもこいつも俺じゃねえんだよな」

  だが、いざ無数の人形を前にすると、どれもこれもが合っていない気がする。自分の魂が人形に入ることを拒否しているような気さえする。

  「ショタコン天狗に憑依した時はそこまで気にならなかったんだけどなぁ」

  僧正は誠の魂に別の名前を与え、潜在意識を操作していた。なので僧正に憑依することへの違和感や拒絶反応を抑える事ができた。

  しかし、それら呪術的な補助がないと憑依という行為は、己を居心地の悪い空間に閉じ込めるような物なのだ。

  「はぁ、やっぱ俺の身体が良いなぁ」

  化け狸に奪われた身体を思い、気持ちはさらに重くなっていく。

  「ひっ、助けて」

  そこに誰かの声が聞こえた。誠の場所よりもさらに鍾乳洞の奥、光苔さえ生えていない暗闇から声がしたのだ。

  誠はその小さな声に向かって無意識に飛び出していた。たとえ己が無力な魂だけの存在でも、その声の主を助けようと動き出す、誠という青年はそういう男であった。

  青白い燐光を走らせ、誠の魂は暗闇を進む。

  遠くに松明の灯りが見えた。

  赤い炎に照らされて、先程まで一緒にいた武蔵坊が鎧武者の霊に襲われているのがわかった。

  鎧武者の霊の手には怪しく光る刀が握られ、その鋭い刃がいままさに武蔵坊に振り下ろされる瞬間であった。

  「うおおぉぉぉ!」

  誠は無我夢中で飛び込んだ。

  何か考えがあったわけではない。自分が魂であることすら忘れて、目の前の命を助けようとした。

  その心が奇跡を生んだ。

  閃光のような光とともに、蒼い風が霊を吹き飛ばしたのだ。霊は風に塵じりになり、その姿形は消滅してしまう。

  脅威は去ったかのように見えた。

  「うがっぐおおおぉぉぉ!」

  暗闇を震わせ野太い咆哮が響き渡る。

  野生の熊が目覚めたようなその声は、武蔵坊から発せられていた。

  「ぐがぁ!」

  涎を撒き散らし、その巨躯が震える。よく見ればその手や顔から産毛が生え始め、草のように広がっていく。

  体毛が広がると同時に、その岩石のような肉体も内側から膨れ上がっていく。

  骨や筋肉が肥大化しているのだ。

  「くおおっ!」

  着ていた法衣が紙切れのように弾け飛んだ。肉体は既に山小屋ほどに肥大し、鬼のような筋肉の塊が熱気とともに体毛をはやし、その形を人から狼へと変えていく。

  「ウオォォォォン!」

  巨大な狼人の雄叫びは鍾乳洞の闇の隅々まで轟いた。見上げるように大きな蒼い狼人、それは誠の魂と武蔵坊が合体した姿であった。

  「な、何じゃあこりゃ?」

  野太い声で狼人は驚き、己の姿を確認する。

  フサフサの毛皮に、はち切れんばかりの筋肉。そして心の中に誰かがいる感覚。

  「憑依しちまったのか?」

  それはコマと合体している感覚と同じであった。

  「誠様ですか? どうしてこんな事を?」

  誠の、いや狼人になった武蔵坊の口が誠の意思とは別に話しかけてきた。魂と肉体は一体になってはいたが、心が上手く繋がらず、武蔵坊から会話を試みたのであろう。

  「え、いや俺にもわかんなくて。ただあんたを助けたくてそれで」

  「なるほど、咄嗟に私を守ろうと憑依してくださったのですね。ありがとうございます」

  「お礼はいいよ。それより何で襲われてたんだ?」

  「前世からの因果ですかね・・・。よくある事なのですが息抜きをしていた隙をつかれてしまいました」

  「よくある事なのか・・・大丈夫なのかよ」

  「ええ、今はもう大丈夫です。なので、憑依を解除していただけませんか。誠様に憑依していただくのは畏れ多くて」

  「別にそんな気にしなくても。それじゃ、解除するぜ」

  誠が気合いを込めて息を吐く。

  盛り上がった胸筋の獣毛が揺れた。

  誠が気合いを込めて全身に力を込める。

  筋肉の塊が膨れあがり刻まれた陰影が深くなる。

  誠が気合いを込めて両手を天に向かって突き上げる。

  静まりかえった鍾乳洞に冷たい風が流れた。

  いくら気合を入れようが、いくら力を込めようが、彼らの憑依は解除されない。

  「なんか解除できないみたいだ・・・」

  申し訳なさそうに頭を垂れる狼人。その胸中にある武蔵坊はただ茫然と己の視界にうつるマズルを見つめることしかできなかった。

  「ふぅむ、勢いで憑依したせいで魂と肉体がこんがらがっておるなぁ」

  ほの明るい鍾乳洞の中、正座をした山小屋ほどある狼人の周りをぐるぐると観察しながら、須佐は呟いた。

  「元に戻れそうでしょうか」

  申し訳なさそうに狼人は首を垂れて、ぐるぐる回る老人を見つめ続ける。遠くから見つめる二匹の天狗も何千年も生きている老人の診断を、固唾を飲んで見守っていた。

  「ふーむ、なんとかなるが・・・ちと依代を持ってくる」

  そう言うと、老人は闇の中へと歩いていった。

  「依代で何とかなるんですかね?」

  「さあな。ただ須佐様のことだ。何かお考えがあるのだろう」

  闇の向こうに消えた老人を、巨体な狼人は不安に見つめ続けることしかできなかった。

  しばらくして闇の向こうから声が聞こえた。

  「またせたな」

  老人はその小さな身体で、依代を抱えて戻ってきた。その依代は程よく筋肉がついた青年の肉体である。先程の整列していた人形達と特に大きな違いはなさそうであった。

  「あっ!」

  しかし、その依代を見て巨大な狼人はつい叫んでしまった。

  誠も武蔵坊も同時にである。

  「何で俺がいるんだよ!」

  須佐が運んできた依代は、誠の姿とそっくり同じであった。

  顔はもちろん、身体の大きさ、ほくろの位置、そしてもちろんそのペニスでさえ。

  何もかも、高校生の誠と同一であった。

  「お師匠様なぜこれを!」

  狼人は顔を真っ赤にして慌てた。須佐から誠の肉体を奪おうとその大きな手を伸ばすが、ひょいと老人に避けられる。

  「ふんっ、もうちょっとマシな所に隠せと春画を見つけた時にも教えたであろう」

  老人は誠の肉体を横たえると、何処からか香を取り出し、燭台で火をつける。

  辺りには甘い匂いが立ち込め、紫色の煙が怪しくたなびき始めた。

  「さて、これから行うのは魂移しの儀じゃ。武蔵坊よ、やり方はわかっておるな」

  「は、はい・・・」

  「よろしい。では我々は離れておる。まぁ存分に楽しむとよい」

  老人はムフフと笑うと天狗二人を連れて、その場を離れていった。僧正は誠様から離れたくないと抵抗したが、須佐に睨まれると渋々と離れていった。

  「おい、なんで俺の身体がここにあるんだよ?」

  「それはその・・・」

  誠は武蔵坊に問いかける。はたから見ればそれは狼人の独り言のように見えた。

  「これは誠様のお身体ではありません。・・・その、私が作った人形なのです」

  「人形?」

  誠は鍾乳洞の中に無言で整列していたあの人形たちを思い出す。あれら人間にしか見えない精巧な人形たちのことを考えれば、確かに誠そっくりの人形を作ることも可能であろう。

  「で、でもよ。俺のアソコまでおんなじなんだけどよ・・・」

  確かにそっくりに作れるだろうが、誠の人形は普段見えない隠している恥部までも精巧に再現されていた。ミカンのように形の良い陰嚢。少し皮のかぶったウィンナーのような陰茎。

  「そ、それは・・・」

  武蔵坊は言い淀んだ。その股間の一物はいつのまにかバキバキに勃起している。

  「うわっ、なんで大きくなってんだよ!」

  「ち、違います! これは香のせいなのです!」

  「香って、この匂いのせいなのか?」

  周囲に立ち込める甘い匂い。それは巨大な狼人の性欲を刺激して、一物を固くそそり立たせていた。巨体に見合ったその一物は丸太のような大きさである。

  その先端の鈴口からはすでに我慢汁があふれ、ビクビクと痙攣する。

  「はぁはぁ、魂移しの儀は性交によって魂を人形に移します。その・・・、なので・・・、この肉体で誠様の人形と交わう必要がありまして・・・」

  武蔵坊の息が荒い。獣の口からよだれが滴り落ち、興奮しているのがわかる。

  「ってことは・・・。無理だって俺が、俺を犯すなんてそんな!」

  「なればこそ、お師匠様は淫欲の香を焚いていったのです。我々が躊躇しないように」

  狼人の巨大な手が寝そべる誠の人形をそっと抱きかかえる。

  「うわっ! ちょっと待てって、くそっ!」

  誠は抵抗しようとするが、言葉を発するだけでその肉体の制御を奪うような事はしなかった。誠自身も抗いようのない興奮を狼人の肉体から感じ、その意思は性欲に流されはじめていた。ただ、山での修行の成果が少しはあったのかまだその意思は抵抗することができてはいた。

  「誠様・・・」

  武蔵坊は小さく呟くと、いとおしそうに誠の人形に口づけをした。太く大きな舌がその中に入り込み。そしてまるで果物をなめるように、誠の顔を蹂躙していく。

  (んっ、なんだよっ、これぇ)

  誠は自分の顔を舐める行為に興奮していた。愛しさや性欲が流れ込んでくる。どうやらそれは武蔵坊が原因のようであった。

  (はぁはぁ、誠様。誠様)

  武蔵坊の興奮はさらに勢いを増していく。

  顔を舐めるだけでは飽き足らず、その首筋を、胸を、腹を、そしてペニスを舐めていく。

  (んんっ、やべぇって、俺が俺を犯してる)

  武蔵坊の興奮と己の肉体を犯すという行為が誠の中で繋がっていく。それは自己愛なのか、それとも武蔵坊にのまれたのか。誠は次第に己を犯すことへの抵抗感がなくなり、ただその興奮に身を任せはじめる。

  「あぁ、誠様。誠様。前世からお慕いしております」

  武蔵坊は大きな手で誠の人形の両脚を広げると、その尻肉を舌でかき分け肉穴をほぐし始める。

  (あぁ、俺の尻穴うめぇ)

  舐めるたびに柔らかくほぐされていく肉穴。それは人形だから故なのか、人の肉よりも柔らかく、そして大きく広がっていく。気が付けば狼人の太い指を3本も飲み込めるほどに広がり切ってしまった。

  「はぁはぁ、もう我慢できない」

  「ああ、俺もいれてぇ」

  どちらともなく呟くと、二人は狼人の身体を動かして、そそりたつ巨大な一物の先端をゆるみ切った肉穴につける。

  「あぁ」

  それだけで大きな喜びを感じる。愛しい人とひとつになれる。その身も心も繋がれる。

  「ぐぅぅぅあああぁぁ」

  唸り声をあげて、己の怒張した一物を挿入していく。めりめりと尻穴は広がるが人形は無表情でその凶悪な大きさを受け止める。

  「はぁぁ」

  根元まですべてが入った。それは人形の胸元までくっきりとそのふくらみが見える。

  「う、動きますっ」

  誰に向けての言葉なのか。狼人は尻尾を振りながらその腰を前後に動かし始めた。

  ボチュンボチュンと先走りが尻穴を濡らし、卑猥な音が鍾乳洞に流れる。

  狼人は小さく喘ぎ声をあげながら、物言わぬ誠の人形を犯し、その性欲を高ぶらせる。

  次第にその勢いは強く早くなっていき、重機のような力強さに変わっていく。

  「あっあっあっ」

  武蔵坊も誠もその絶頂が近い。もはや興奮に流されて躊躇も遠慮もない。誠の人形をまるでオナホのように荒々しく使い続ける。

  「い、いくっ! いくぅ!」

  遠吠えを上げて最奥に一物をぶつけた。その衝撃で鈴口からドロドロの精液が勢いよく流れだす。

  「おっおっおぉっう」

  あまりの勢いに身体が震え、雄臭い声が自然と漏れる。その身体が震えるたびに、狼人の肉体は小さくなり、獣化も解けていく。

  それに呼応するように、誠の人形がピクリと動いた。

  そそがれる大量の精液とともに誠の魂も、武蔵坊の肉体から離れ、人形の中に移り始めていた。

  「あっ、ああっ!」

  人形が喘いだ。先ほどまで犯す快感を感じていた魂が、突然犯される喜びを感じたのだ。

  「あぁっ、すげぇ、俺こんなのっ!」

  尻穴を埋め尽くすチンポとザーメンの感覚。前立腺を押しつぶされ、結腸を超えた奥まで太いチンポに刺し貫かれる喜び。

  誠の魂はその快感にたちまち人形のペニスを勃起させてしまった。

  「はぁはぁ、誠様。大丈夫ですか?」

  すっかり元の人間の姿に戻った武蔵坊。それでも巨体な彼の身体は、誠を押しつぶさないように慎重に彼を抱きかかえている。

  「あぁ、尻の感覚以外はまぁ」

  「あっ、すぐに抜きます」

  「ちょっとまってくれ」

  誠は恥ずかしそうに俯くと自分の勃起したペニスを握りこむ。

  「匂いのせいか、すげぇムラムラしてんだ・・・もうちょっと続けないか?」

  誠の中で萎えかけていた武蔵坊のチンポが再び固くなる。それは変身していた時に比べれば小さいが、人間の腕ほどもある立派な包茎チンポであった。

  「へへ、良いみたいだな」

  二人の顔が近づき、唇が重なる。武蔵坊の太い腰が重機のように動き、誠に愛情を注ぎ始める。

  「すっかり朝だなぁ」

  誠と武蔵坊の交わりは香の効果が切れても続き、二人が鍾乳洞を出た時にはすっかり朝になっていた。互いに10代という若さが一度超えてしまった一線を何度も飛び越えさせたのだ。

  誠はセックスによって固くなった肉体を解しながら、身体の調子を確認するように四肢を動かす。

  「うーん、すげぇしっくりくる。武蔵坊はすごいな、俺の身体と変わんないや」

  「・・・気持ち悪いとは思いませんか?」

  「いや、快適だけど?」

  「そ、そういう意味ではなく。誠様とそっくり同じ人形があったことについてです」

  「あぁ・・・」

  誠のペニスまで完全に再現された人形。それは誠の全ての生活を覗いていなければ到底作れるはずはないのである。

  「えーっと、もしかして俺の事ずっと覗いてたのか?」

  「・・・覗いていたといえば覗いていたということになるのでしょうが・・・私の意志ではないのです・・・」

  「どういうこと?」

  「私には生まれ持った異能がございます。それは第三の目といわれ、遠い地を見ることも、遥かな未来を見ることもできます。しかし、その異能は制御できず、突然始まるのです」

  「えーっと、つまりその異能でたまたま見えたのが、俺だったってこと?」

  「はい、その通りです」

  「なるほど、それで俺の姿を知って・・・ん? でも別に見えたからって俺の人形作らなくても良いんじゃ?」

  「そ、それは、その・・・運命といいますか・・・一目惚れといいますか・・・」

  途端にその巨体をモジモジさせ、顔を真っ赤にして俯く武蔵坊。そのしぐさと言葉に察した誠も、思わず顔を赤らめる。

  朝日に照らされて、二人はしばし沈黙する。

  その沈黙を破ったのは天狗であった。

  「誠様っ! ご無事ですか!」

  僧正が顔を真っ赤にして空を飛んでやってきた。誠と武蔵坊の間に立ちふさがるように降り立つと、武蔵坊に向けて鋭い視線を向ける。

  「おのれっ、またも拙僧から愛しい稚児を奪うか」

  錫杖を構え、いまにも殴りつけそうな勢いであった。

  「落ち着け、僧正坊」

  そこに須佐と方眼が現れた。須佐からは鋭い刃のような気が発せられている。ひとたび弟子に手を出せば須佐は黙ってはいないだろう。

  「お主は過去に囚われすぎじゃ。ワシのように元の肉体を捨ててみてはどうじゃ、存外すっきりするぞ? なんならお主好みの依代を作ってやろう」

  僧正はジッと老人を見つめると、錫杖を地に打ち付けた。

  「帰りましょう。ここには用はない」

  僧正は誠の腕を掴むと、誠の声を無視してジープへと歩き始める。

  「やれやれ、免許もないのに。誠様を連れてどう帰るのやら」

  方眼は呆れ顔でそう呟くと、須佐に深々と頭を下げる。

  「お主も苦労するのぉ」

  「いえいえ、たいした苦労ではございません。それに私は七難八苦が大好きなのです」

  「ほっほっほっ、たいした変態じゃの。ならばもう一つ苦労を与えてやろう」

  木々に囲まれた農道をジープが駆け下りていく。

  来た時よりも人数が倍になったジープは狭く、そしてよく揺れた。

  「なぁぁぁんで、こいつも一緒なんだぁぁぁああん?」

  僧正が後部座席に座り、隣の巨漢を睨んだ。

  「仕方ないだろ。誠様の依代はまだ不安定なんだ、調整役の仏師が必要なんだよ」

  運転をしながら方眼がなだめる。須佐から与えられたこの苦労に、彼の心は沸き立っていた。

  「すみません、私なんかが付いてきてしまって」

  武蔵坊はその巨体を縮こませ、手に持った旅行鞄を抱きかかえる。

  「気にすんなよ。俺は嬉しいぜ」

  助手席に座る誠が振り返って笑顔を見せる。

  「誠様・・・」

  武蔵坊はさらに身体を縮ませて、顔を真っ赤にしてうつむいた。

  「ぐぬぬーっ! おのれぇぇぇ!」

  山々に僧正の苦悶の叫びが響き渡る。その音響もどこ吹く風と方眼はジープを運転し続けた。まもなく農道は舗装された道に変わり、うっそうとした木々は畑に変わり、家々が立ち並び始める。街はもうすぐだ。

  こうして誠は、本来の肉体ではないが、己そっくりの依代と頼もしい仲間ができたのであった。