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▼1
「せやっ!」
また一人『鼻の国』の敵兵を串刺しにすると、[[rb:碧 > へき]]は相手の胸に片足を押し当てて体重をかけ、己の身の丈の倍は長さのある槍を引き抜いた。その隙に背後から斬りかかってきたもう一人の狼獣人の喉をしなやかな尻尾で切り裂くと、その勢いで半回転して三人目の、山羊獣人の胸を貫く。その名の通り、海のような紺碧の鱗に点々と返り血が飛び散った。
「……」
縦長の瞳孔でギロリと睨むと、残る敵兵は武器を構えたまま[[rb:気圧 > けお]]されたように後ずさりした。ゆえに[[rb:陸 > おか]]の上ならば[[rb:与 > くみ]]し易し、と侮ったのが運の尽きだと碧は思う。彼等海竜族は確かに水中での生活に適応しているが、基本は肺呼吸だし、動体視力に優れている。何より長時間深海に潜ったり氷の海を泳ぎ続けたり出来るスタミナに、生半可な陸の生き物が敵うはずもないのだ。いかに『鼻』の兵が山岳地帯で足腰と肺を鍛えられた、精強ぞろいとは言え。
その背中に翼は無く、代わりに一枚一枚が金属板のように発達した背びれが立ち並んでいる。体高と同じだけの長さはある尻尾に、指の間に水かきのある頑強な四肢。剣も矢も平気で弾き返す背中側の青い鱗に比べれば腹側の白い鱗は柔らかいため、胸当てだけは着用している。
――頑丈な下顎と、上向きに突き出した牙。そして、頭にそびえる稲妻形の2本の角。唯でさえ武骨な顔立ちを、真一文字に引き結んだ口と闘志に燃える金色の瞳がいっそう厳めしく見せている。
「命が惜しくば[[rb:退 > ひ]]け! 我こそは『[[rb:顎 > あぎと]]』の〈[[rb:韜晦 > とうかい]]〉王が嫡男、碧[[rb:也 > なり]]!」
『顎の国』は[[rb:嘗 > かつ]]て内海から大陸沿岸部、南東諸島にかけて広い領土を誇っていた。しかし先王の死後、二人の王子による跡目争いが勃発し、国は『上顎』と『下顎』の二つに分裂。周辺諸国はそれぞれに肩入れすると見せかけて国土の一部を実質的に植民地化したり、国内に自分達の手勢を送り込んだりして、着実に双方の国力を削り取っていった。
十年近くにも及ぶ内乱で国は疲弊、王家の威信は失墜し、人心は離れて行くばかり。取り分け、自身はこの期に及んでも実兄と争うことに消極的で、弱腰外交を続けている『下顎』の〈韜晦〉王に対しては諸侯からも不満が集中した。その二つ名にしても、「気弱で優柔不断な性格も無為無策っぷりも、実は全て巧妙な演技なのではないか」と言う完全な皮肉からつけられたものである。
一方、他国と通じた者達にとってはこれ程扱い易い「お飾り」もいない。いずれ『上顎』やその背後にいる国に滅ぼされるか、万が一統一を果たせた所で丸ごと[[rb:併呑 > へいどん]]されるだけ。いっそ既に元服を終え、武人としての[[rb:誉 > ほま]]れも高い一子:碧に譲位させた方が良いのでは……と旧臣達までもが囁き交わすようになった頃――〝それ〟は彼等の前に姿を現したのだった。
「……碧、只今帰還致しました。敵将は――」
首桶の蓋を開け、半ば腐敗したその中身を示してみせると、長大な尻尾を持て余すように、居心地悪げに玉座に腰かけていた〈韜晦〉王がそれだけでもう卒倒しそうになるのが見えた。
――年を経たせいか、元は息子とよく似た色合いであっただろう鱗は、背中側はほとんど黒に近い藍色に、腹側はクリーム色に濃くなり、角は複雑に枝分かれし、口元には長いヒゲが生え、下顎はさらに頑丈に発達している。節くれ立った四肢に曲がりくねった爪。体格だけなら碧より一回りも二回りも大きく、顔立ち自体も威厳を感じさせる物なのだが、碧と同じ金色の瞳は妙にオドオドとして、全く覇気が感じられない。
「ほんの小手調べだったので御座いましょう。《アニマ》を使うまでも無い、他愛もない敵で御座いました。兵の損害も数える程です」
「さ……さようか。大義であった」
生首を直視しないまま侍従長に片づけさせると、〈韜晦〉王はヒゲをしごきながら、
「し……しかしだな。大した数でないことは最初から分かっていた訳であるし、何もそなたが直々に出向き、陣頭に立たずとも」
「……畏れながら陛下、私とて武人の端くれ。一番槍を果たし、大将首を討ち取る役目を他人に譲るのは口惜しく存じます」
一通りの訓練は施されているであろうが、生まれてこの方一度も戦場に立ったことがない父王をジロリと見上げると、
「御存じの通り、『鼻の国』は『左目』と友好関係に御座います。あまり徹底的に叩き潰した結果、あの〈[[rb:端倪 > たんげい]]〉王と手を結ばれては厄介ですので――我が国の威信を知らしめつつ、『今回は単なる小手調べ』と向こうを納得させておくには、私が出るのが一番良い[[rb:塩梅 > あんばい]]かと」
「う……うむ。成程のう。我が息子ながらその戦略眼、見事である」
この場には『顎』の重臣達も大勢居並んでいると言うのに、息子の不遜な物言いを叱責しようともしない父王に碧は改めて失望する。そのお人よしと言うか、何とも頼りない性格のせいで内乱を招いたと言うのに、未だに学習していないのだ。この調子ではせっかく一つにまとまった上下の『顎』もまた分裂してしまうのでは――と碧が内心危ぶんでいると、
「伝令! 伝令!」
[[rb:蜥蜴 > とかげ]]族の若者が玉座の間に駆け込んできて、簡易な報告を読み上げた。旧『下顎』領における『左目』軍との戦闘は我が軍の勝利。指揮官を失った敵軍は総崩れとなり、潰走した模様……。
「それで、[[rb:赫 > かく]]は!? 無事なのであろうな!?」
玉座から腰を浮かし、気が気でないように問いかける〈韜晦〉王。見苦しいにも程があると思いつつも、碧は何も言わずにその場に控えていた。伝令が二の句を継ぐ前に、
「ここに……」
玉座の間の片隅から声が聞こえたかと思うと、そこにはいつの間にかローブ姿の小柄な人影がたたずんでいた。フードを脱ぐと、「異形」の顔が露わになる。
鱗で覆われておらず、毛も一部にしか生えていない、赤味を帯びた滑らかな肌。瞬膜を持たず、平たい顔の正面側に並んでいる両目。縦長ではなく丸い瞳孔。柔らかな赤い唇。それぞ[[rb:正 > まさ]]しく、とっくの昔に滅んだはずの人間の――『伝説上の化け物』の姿だった。
「赫、只今戻りました。[[rb:お父様 > ・・・]]……」
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▼3
その夜。〈韜晦〉王は益々強まってきた雨の音を聞きながら、浴室で日課の半身浴をしていた。浴室とは言っても、元々そこに存在していた小さな湖の周りを石造りの高い壁と天井で囲った、ほとんど離宮のような建物である。
――彼等海竜族は分厚い鱗で直射日光や乾燥にも強く、頑強な骨格のおかげで陸上でもその体重を支えられるとは言え、やはり水の中が一番リラックスできるのだ。交尾も出産も、そして排泄も。この湖は地下で海と繋がっているため、塩分濃度は海水とほとんど同じ。水温も昼夜・四季を通してほぼ一定と言う、彼のお気に入りの場所だった。
「……」
彼が今真剣な表情で読みふけっているのは防水加工の施された、子供向けの絵本。嘗てこの世界には人間と獣人の二つの種族が存在したこと。しかし《火》を発明した人間は圧政を敷き、獣人を被支配者層へと[[rb:貶 > おとし]]めたこと。長い苦難と屈辱の歴史の末、或る獣人の英雄が《アニマ》を――普段は肉体や精神と言う檻に囚われている、魂本来の力を解放する[[rb:業 > わざ]]を発見したこと。そして邪知暴虐の『化け物』を一匹残らず討ち滅ぼし、地上に《楽土》を築いたことを簡潔に、しかし人間への恨みやある種の畏怖の念を込めて綴った、この世界では知らぬ者のない物語である。
獣人の英雄が死に、《楽土》が体の各部位を名に冠する幾つもの国に分かれて相争うようになってから、長い、長い時が経った。最早人間は子供向けの絵本に出て来る『伝説上の化け物』でしかなくなり、学者の中にはその実在性を疑問視する者さえ現れた。
――当時の獣人達が憎しみから人間の墓を一つ残らず掘り起し、骨を粉みじんにして海に捨てたとの言い伝えは、人間の化石が見つからない事実への苦しい言い訳に過ぎないと。《火》の文明に頼り切り、魂が衰弱していたがゆえに人間にはアニマを扱えなかったと言うのも、その生まれ変わりが存在しない事実を受けての後付け設定なのだと。
「……」
王は難しい顔でページをめくる。幼い頃、母親から寝物語にこの絵本を読み聞かせられた時、彼は『伝説上の化け物』が恐ろしくて、忌まわしくて仕方がなかった。魂がないのに生きて動いているなんて、この世の存在ではないと思った。
――そう。あの時も兄上は、怖くて眠れない自分のことを「意気地のない奴だ」と言っていたっけ……。
「お父様……」
今は亡き兄との思い出に浸っていた彼は、そう声をかけられるまで全く相手の気配に気づかず、驚いて湖中に絵本を取り落としそうになった。出入口の方に目を向けると、かがり火に照らされて小さな人影がたたずんでいる。ゆったりとしたローブと、目深にかぶったフードのせいで素顔どころか体格さえはっきりとしないが、声を聞くまでもなく、その服装だけでそれが誰だか彼には分かった。とっさにサイドテーブルに絵本を伏せて置くと、
「お……おお、赫か。いかが致した」
『顎の国』は全体的に温暖湿潤な気候であり、鱗を持つ種族が大半を占める関係上、たとえ王の御前であろうが露出度の高い服装をしている者が多く、またそれが特に不躾だともされていない。さすがに[[rb:潮 > うしお]]のように、褌一丁で王宮内を闊歩するのは碧達には眉をひそめられているが。
――その中にあって、こんな風に素肌を隠している赫は[[rb:却 > かえ]]って目立ち、どこか神秘的な雰囲気さえ漂わせていた。足に何か履いているのも赫くらいのものだろう。
「せっかくの読書をお邪魔してしまい、申し訳御座いません。唯……」
留め具を外すとローブがその細い両肩から滑り落ちて、足元で単なる布の塊となった。革のサンダルを脱いでしまうと、赫はもう一糸まとわぬ裸体である。
「久しぶりに、お父様と湯[[rb:浴 > あ]]みがしたくて……」
「……うむ。おいで」
だからこそ、こうして目の前で裸になられても王はさして動揺しなかった。ましてや海竜族の親と仔ならば水中で裸の付き合いをするのが当然と言う風に、まだ生まれて十年も経っていない[[rb:愛 > まな]]息子を手招きする。
――赫は湖の反対側のほとりに慎重につま先を下ろし、念入りに身を清めた上で父王の方へと泳いで行った。片腕を伸ばすと、相手を自分の腹の上に抱き上げてやる〈韜晦〉王。赫は父親の胸にぴったりと身を寄せ、そこを覆うクリーム色の鱗に指先を這わせている。
「何を、御覧になっていたのですか?」
「ああ、いや……」
言葉を濁す彼だったが、表紙を見ただけで、それがあの有名な絵本であることは赫にもすぐ分かっただろう。どこか悲しげに目を伏せた息子を抱き直すと、彼はもう片手でそっと頭を撫でてやりながら、
「……碧の申したことは気に病むな。長い間、あれに対してまでそなたの存在を隠していた余にも責があるのだ」
政略結婚で一緒になった仲だったが、気弱で優柔不断な夫を若い頃から陰になり[[rb:日向 > ひなた]]になり支えてくれた[[rb:后 > きさき]]。彼女が第二子を身ごもったのは、『顎の国』が上下に分かれて間もない頃だった。海竜族は卵胎生のはずが、月が満ちてもなぜか体内で卵が孵化する兆候がなく、懐妊から十月十日後――彼女が難産の末に産み落としたのは赤裸の、およそ海竜族の仔には見えない生き物だった。
駆け付けた彼が目にしたのは、唯でさえ体力を消耗していた所にそんな『化け物』を見せつけられ、狂い死にした最愛の后の遺骸と、それを取り囲んで嘆き悲しむ侍女達。そして[[rb:産湯 > うぶゆ]]を使わせることも毛布でくるむこともしてもらえずに[[rb:産褥 > さんじょく]]の片隅にうずくまり、母親の血にまみれたまま力なく泣き声を上げている人間の〝赤子〟の姿だった。
最早子供向けの絵本に出て来る『伝説上の化け物』と化していたとは言え、人間に対する憎しみや恐怖心は彼等竜人にも根強く受け継がれて来ている。王家に突然そんな存在が生まれたとなれば、凶事の予兆であるとして臣民が恐れおののくのはもちろん、『上顎』や他国に付け込まれる隙を作ってしまうに違いない。いかに世間知らずでお人よしの〈韜晦〉王とて、その程度のことは理解していた。
『おお……よしよし。お父様ならここにいるぞ』
しかし彼が生まれてはじめて見た人間は、角も鱗も毛皮も、牙も鉤爪も尻尾も持たない、ひ弱で頼りない生き物だった。誕生直後から目が開いており、歯も生え揃い、這いずることも泳ぐことも出来る海竜族の仔と違って、自分一人では何も出来ないちっぽけな存在。
――彼はマントで息子をくるむと、血を綺麗に湯で洗い落してやった。血に染まっていただけかと思いきや、下手に触れれば破れてしまいそうなその肌は〝赤子〟と言う、人間の子供だけに用いられる単語通りに血の色を赤く透かしている。
『そうだな……うむ。今日からそなたの名は「赫」だ。我が后が命と引き換えに産み落とした大事な仔だ。余が二人分の愛情をもって、そなたを立派に育て上げてやるからな』
彼がマズルの先を頬にちょんと触れさせると、赫はそれにこたえるように片手を伸ばしてきた。
――それはこの気弱で優柔不断な男が生涯ではじめて、そしてたった一度だけ、自分一人の意志で物事を決断した瞬間だった。
ひとまず情勢が安定するか、せめて赫が自力で歩けるようになるまでその存在を隠しておくことに決めた彼だったが、人間の子育ては苦労の連続だった。ちょっと転んだだけで怪我をするし水に溺れそうになるし虫に刺されただけで皮膚が大きく腫れ上がるし、原因不明の熱を出す。一才を過ぎてもよちよち歩きで、ちゃんとした文章を話せない。幾ら古文書を読み漁っても分からないことだらけで、「今度こそ駄目かも知れない」と思ったことは数知れなかった。
だからこそ、赫がはじめて自分のことを「お父様」と、舌足らずながらも呼んでくれた時の感動はひとしおだった。元々が利発で学究心旺盛なたちだったのか、六才になる頃には赫は共通語も竜語も読み書き・会話共にマスターし、王族にふさわしい立ち居振舞いも教養も身につけた。
――もうどこに出しても恥ずかしくないと思った〈韜晦〉王は、満を持して赫を第二王子として『下顎』の重臣達に、そして碧に御披露目したのだが……。
「お父様……?」
「……いや、すまぬ」
いつの間にか長々と物思いにふけってしまっていた彼だったが、赫が顎ヒゲをまさぐってきたことで我に返った。手のひらで水をすくって肩からかけてやると、赫は目をつぶって胸に頬を寄せてくる。
「だからどうか、碧のことを恨まないでやってくれ。あれは我が兄に似て気性は激しいが、情に[[rb:篤 > あつ]]い男ゆえ……」
「まさか、恨んで等おりませぬ。人間か竜人かと言う以前に、私の戦の采配は、兄上のような生粋の武人には許し難いもので御座いましょうし……」
赫は父王から顔を背けると、
「ですが、伯父上のことは――あの御方がお父様を長い間苦しめたことに関してだけは。今も、どうしても許せません……」
だからもうその名は口にしてほしくない、と言いたげにうなだれる。王はそんな愛息子の体を抱き直すと、
「……いや、それも元を[[rb:糺 > ただ]]せば余に責があるのだ。自分が王の器でないことは子供の頃から理解していた。兄が王位を継いだのちは、補佐は碧に任せておき、自分はどこかに隠遁して――子供向けの絵本でも描こうかと考えておったのだ。それが余の、長年の夢であったがゆえ……」
しかし本人のそんな願いとは裏腹に、重臣の半数は彼を『下顎』の国王へと祭り上げた。それは彼個人の資質を見込んでと言うよりも、気弱で優柔不断なこちらの方が[[rb:傀儡 > かいらい]]にし易いと判断した結果だったのだろう。
――同じ企みを抱いた周辺諸国もそれに加わり、とうとう跡目争いに発展。内乱は十年もの長きに及び、ついには漁夫の利を狙って『舌の国』が大軍を率いて攻め込んできたことで、『顎の国』は上下共に滅亡を免れないかと思われたのだが……。
「まだ幼いそなたに余の尻拭いをさせてしまい、本当に心苦しく思っておる……」
存亡の機に際し、国を一つにまとめ上げたのは他ならぬこの赫だった。『上顎』王とその一派を容赦なく処刑したのも。第二王子として御披露目した当初こそ、〈韜晦〉王は気が狂ったのではと公言する者も少なくなかったが――連戦連勝を重ねた結果、今や『顎』の臣民はこの幼き王子を神意を告げる者、いや神の化身として熱狂的に崇めており、潮を始めとして赫のためなら命を惜しまぬ兵も大勢集っている。
「どうか、そんなお顔をなさらないで下さいませ」
赫は父王のマズルに片手をそっと添え、その臆病だが優しい瞳を見上げると、
「私はこんな形でしか、お父様に御恩をお返しすることが出来ないのです。『伝説上の化け物』を[[rb:匿 > かくま]]い、限りない愛情をもってここまで育て上げて下さった御恩を」
「恩などと。親が我が仔を慈しむのは自然の[[rb:理 > ことわり]]であろう?」
しかし赫は悲しげに、
「私はきっと、お父様より長くは生きられないでしょう。古文書によれば、人間の寿命は長くても百年前後だそうですから。
――そしてきっと、子孫を残すことも叶いますまい」
自分と相手の、余りにも異なる肉体を見比べて、
「一代限りの儚い命であるならば、私はそれを――他ならぬ、お父様の御為に燃やし尽くしたいのです……」
「赫……!」
感極まった〈韜晦〉王は、逞しい両腕でひしと我が仔を抱きしめた。あの時の決断に後悔はないが、その為に息子を却って過酷な、そして血にまみれた運命に導いてしまったのだと思うと、我が身の不甲斐なさが今さらながらに身にしみた。赫の頭に鼻先を軽く押し当てながら、やはり『顎の国』は兄が継ぐべきだったのだ……とうじうじ悲嘆に暮れていると、
「お父様……」
それまで黙って身を任せていた赫が、潤んだ瞳で父王を見上げた。赫が下半身を蠢かすと、彼の小指の鉤爪よりも小さいが、石のように硬くなった器官が下腹に触れるのを〈韜晦〉王は感じた。
「赫よ、余はそなたのことが可愛い。そなたの望みとあらば何なりと叶えてやりたく思う。されど、我等は実の父子同士で……」
海竜族とは似ても似つかない生殖器を目にしながらも「実の父子」と呼んでくれる相手に感謝しつつも、赫は気持ちを抑えられずに、
「私が、お父様の愛する方を奪ってしまった訳ですから――どうか、せめてもの償いを」
「いや、しかし」
赫が縋りつくような目で見上げてくる。所詮は一代限りの儚い命なのだと言っていたのを思い出すと、押されると弱い性格が[[rb:仇 > あだ]]となり、彼はそれ以上強く拒むことが出来なかった。
頑丈に発達した下顎を両手で捧げ持つようにすると、赫は父王の口元に繰り返し接吻した。〈韜晦〉王はまだ決心がつかずに上下の顎を固く引き結んでいたが、息子が上向きに突き出した牙を舐めてくると口を開け、僅かな隙間から舌先を覗かせた。それと自分の舌先とをくすぐり合わせながら、赫は鱗で覆われた父の分厚い胸板を右手でまさぐる。
――普段のオドオドした態度のせいであまりそんな印象を受けないが、王は生まれつき体格に恵まれており、竜人としては中年に達した今も、二の腕など赫の胴体とほとんど変わらない太さがあった。
「……」
父王の瞳を見つめながら舌を絡ませ、互いの唾液を混ぜ合わせて吊り橋を作ってみせてから、赫は自分の体を下方にズラした。王もまたそれに応じて両脚と尻尾を伸ばし、下半身を軽く水に浮かせると、赫の胴体とほとんど同じ長さのスリットがその目の前に露わになった。
「では……御無礼致します、お父様」
まだ完全に閉じており、腹筋の起伏や鱗に隠れて目立たないその器官に頬ずりすると、赫はそのフチに何度も手や指での愛撫と、接吻を繰り返した。まずは向かって右側を上から下へと、お次は左側を下から上へと。それが終わると隙間に舌先を差し込み、軽くこじ開けるようにしながら右側のフチをなぞり、また反対側を。
――その間〈韜晦〉王は黙って我が仔を眺めていたが、やがてそのスリットは水以外の湿り気と熱気を帯びてきて、フチが硬く盛り上がってきた。
「むう……」
薄く開いた王の口から熱い吐息が漏れる。赫はにじみ出て来た先走りの汁をスリットに塗りつけながら、自分の右手と前腕全体に行き渡らせ、父親の目を見上げつつ、細い指を一本ずつ隙間に差し込んで行った。指が五本とも入ると手首まで沈め、拳を握ったりまた開いたりして、熱く潤い、ぬめりを帯びたスリットの中をかき回す。
「うう……。く、うむ……」
〈韜晦〉王が両目の瞬膜をしばたたかせ、首を僅かにのけ反らせる。后のことを心から愛しており、その生前から一人も妾を作ることがなかったのはもちろん、既に世継ぎが二人もいる以上その死後も後妻を迎える気など全く起こらなかった彼は、まだ男盛りの肉体をこの十年持て余していた。その后の忘れ形見とこんな[[rb:爛 > ただ]]れた関係になってしまった事実に自己嫌悪に陥る一方、彼はその背徳感がもたらす性的興奮を禁じ得ないのだった。
「嬉しい、お父様……」
赫は父親のスリットを両腕で軽く押し開くようにすると、次から次へと湧き出てくるその粘液に全身をひたした。頭からつま先までそれにべっとりと濡れながら、唇のように硬く盛り上がったフチに頬ずりし、賛美するように接吻を繰り返す。
――父親のこの器官に比べると、普段から体外に露出している自分自身の陰茎や、皮に包まれて垂れ下がっている一対の精巣の何と醜いことか。自分にそう言う技術があれば、下腹を切開して埋め込む手術でもするのに……と赫は今でも真剣に考えていた。そうすれば、せめてその場所だけでも息子らしくなれるのにと。
「ああ、お父様。温かい……」
粘液にまみれた片腕を、片脚を、そして顔の半ばを父親のスリットにうずめて、うっとりと目を細める赫。顔も知らない母親の腹からなどではなく、父親のココから生まれて来られていればどんなに良かっただろうと夢想する。
――父親の熱く柔らかな粘膜に包まれる感触にまるでゆりかごの中にいるような安心感を覚え、いっそ全身すっぽり埋まって眠りにつきたいとさえ考え始める赫だったが、今は父親に気持ち良くなってもらう方が先だった。
「うおっ……。ぐっ、う、む……!」
赫が沈めた半身を泳ぐように蠢かせると父王が低くうめき、先程までよりも濃い先走りの汁がスリットの奥からあふれ出て来た。内側の粘膜が硬く腫れ上がってくるのを肌で感じ取るのと同時に、底からせり上がってきた肉塊が赫の矮躯をスリットの外へと押し出す。
――基本は円錐状だが、側面がコブのように不規則的に盛り上がった竜族の[[rb:逸物 > いちもつ]]が赫の目の前で力強く脈打ちながらその鋭さを増して行き、〈韜晦〉王の股間に雄々しくそびえ立った。
「赫……」
ゆうに自分の背丈の二倍は越える長さで、付け根近くは腕が回らない太さのその肉塔に赫は両手両足でしっかりと抱きつくと、粘液にまみれた全身を擦りつけるようにして愛撫を始めた。赤黒く充血した海綿体に頬を寄せると、ズキズキと脈打つ度に父親の心臓の鼓動が直接耳に聞こえてくるような気がして安心する。
――しかしそれだけでは物足りない赫は下半身の位置を調整すると、父親のスリットと逸物の僅かな隙間に己の勃起を挿入した。軽く腰を前後させながら両腕で肉塔をシゴき上げ、硬く張り出した裏筋を舌で舐め上げると、鋭く尖った先端からとめどなく濃い先走りの汁が流れ落ちてきては赫を頭からビショ濡れにさせた。
「くうっ……。うっ、ぐぬっ、むうっ……!」
これだけの体格差、そして肉体的構造の違いがあってはじめて可能となる行為に、至ってノーマルなプレイしか知らなかった〈韜晦〉王は戸惑いながらも、背筋がゾクゾクするような快楽を感じてしまう。
――一方で、この幼い息子が一体どこでこんなことを覚えてきたのかと父親として頭を悩ませる彼だったが、実父と交わりたい一心で赫自身が考案したのだと思うと、そのいじらしさに胸の詰まる想いだった。
(後略)
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▼4
「――成程な」
しかし猛烈な雨音を切り裂いて、その時、不気味な程に落ち着き払った声が響いた。三人共思わず行為を中断して声の主に目を向けると、かがり火を背にして立っているシルエットは海竜族のもの。
「そうやって父上を[[rb:誑 > たぶら]]かしていたのか。貴様も好き好んでそんな姿に生まれてきた訳ではなかろうし、まだほんの〝赤子〟だからと、情けをかけてやっていたものを」
「碧……!?」
プライベートな時間と空間に無断で踏み込んできた無礼を咎めるべき場面でありながら、動揺のあまり声が裏返ってしまう〈韜晦〉王。その一方、赫は恥じらう様子もなく、とうとうこの時が来てしまったかと言う風に兄の顔を眺めている。
――碧は堂々とした足取りで一歩前に進み出ると、
「……伯父上を討つ御決心を下すのは、遅きに失したと今でも思っておりますが。漁夫の利を狙った『舌の国』を逆に攻め滅ぼすに留まらず、嘗ての我が国の領土を奪い返すため、積極的に各地に兵を送るようになったことに関しましては――率直に申し上げて、俺は父上のことを見直しておりました。これまでは慎重に好機をうかがい、臥薪嘗胆の日々を送っていただけ。〈韜晦〉王と言う皮肉な二つ名はその実、まことであったのだと」
碧は腰布にマントを羽織っただけの普段着で、武器の類いも何も携帯していなかったが、武人としての一分の隙も無い身のこなしはもちろん、その淡々とした口調が却って彼の全身から剣呑な雰囲気を[[rb:醸 > かも]]し出していた。
「……だがその裏に、貴様の介入があったとすれば納得だ」
縦長の瞳孔がギロリと〝弟〟を睨み上げる。
「目的は何だ。父上をいいように操り、『顎』の国土を全盛期まで回復したその後は? 父上も俺も亡き者にし、この国を乗っ取るのか? 貴様がこの《楽土》を統一し、我等を再び支配下に置くとでも?
――それともその魂なき[[rb:虚 > うつ]]ろな胸に、もっと邪悪な企みを秘めているのか?」
「碧! そなたは、弟に向かって何と言う――」
「……俺に弟などおりませぬ、父上」
赫が碧からの非難に一言も反論しなかった上、そう言われてまた悲しげに目を伏せるのを見た王はたまりかねて、
「何を申すか。そなたと赫は、確かに血の繋がった兄弟であるぞ。我が最愛の后が腹を痛めた――」
「……仮に、弟がいたとしても。母上の腹にいる間に、この化け物に喰い殺されてしまったのでしょう」
「碧!」
「……そして父上。貴方も最早正気ではない。一国の王ともあろう御方が、このような化け物と乳繰り合うなど――虫唾が走る!」
「――若っ!」
(中略)
「お兄様……」
「殺すがいい」
一糸まとわぬ裸のまま、傍らに屈み込んで片手を差し伸べてくる赫の姿に、碧は瞬膜で両目を覆うと顔を背けた。赫が子供の腕力で軽く肩を押しただけで、その長身はぐったりと床にあお向けに倒れてしまう。赫の細指が兄の白い喉に触れたが、鉤爪を持たない赫ではそこを掻き切ることはもちろん、絞め殺すことも出来ない。
〈韜晦〉王と潮が固唾を飲んで見守る中、赫の指は兄の喉から胸、腹へと滑ると、雨にぐっしょりと濡れた腰布の中へと忍び込んだ。そのスリットに指を一本差し込むと、軽く掻き回してみる赫。その内部は雨に濡れ、戦闘で気が高ぶっていただけでは説明がつかない程に熱く潤い、確かな粘り気を赫の指へと伝えてきた。
「もしかして、お兄様――」
クチュクチュと音を立てさせながら、兄の上へと跨ってみせる赫。碧は瞬膜を尚もしっかりと閉じ、上下の顎を真一文字に引き結んで顔を背けていたが、下半身に赫の体重と体温を、そして肌の滑らかさを感じるなり、スリットの底でその逸物が頭をもたげるのが赫には分かった。
「私とお父様の情事を垣間見て――興奮、なさっていたのですか?」
「ち、違う! 断じて! 誰が、貴様のような化け物相手にっ……!」
しかし赫が片手を手首までスリットに潜り込ませ、勃ち上がりつつある逸物をやんわりと握ってみると、碧の厳めしい顔が恥辱に歪んだ。
――己の肉体のそんな恥ずべき変化を、碧は自分でも理解できない。父親のことも当然この『化け物』のことも、今まで一度も性的な目で見たことなどなかった。戦続きで色事にかまけているヒマなどなかったのは事実だが、別に欲求不満だった訳でもない。
それなのに、なぜか今夜は妙な胸騒ぎがして、日課の半身浴中のはずの父親をこっそりと訪ねてきて――偶然、決定的な場面を目撃してしまって。そのおぞましさに吐き気を催し、怒りに気が狂わんばかりになる一方で目を離すことが出来ず。気づけば、股間は痛い程に勃起してスリットから完全に露出し、腰布を突き上げていた。
有り得ない。これは何かの間違いだ。生まれてはじめて目にした父親の勃起が思いのほか雄々しく逞しく、普段のオドオドした態度とのギャップに衝撃を受けたのだとしても。ローブの下に隠されていた『化け物』の肌の白さやきめ細かさに驚かされたのだとしても。
――だからこそ、碧は激情に任せて二人に攻撃を仕掛けたのだ。それが一時の気の迷いだと、『顎の国』の秩序を乱す輩が許せないだけなのだと、証明するために。
「愛しい碧お兄様。私のような『化け物』でも、武功を積み、祖国のために尽くし続ければ――いつかはきっとお兄様も、〝弟〟と認めて下さるものと。私はそう信じて、これまで……」
「貴様はっ! 俺の弟などでは、ないっ……!」
牙を喰いしばり、憤怒の、或いは怯え切った形相で懸命に否定する碧だったが、
「――でしたら、こう言うことをしても何も問題ない訳ですよね?」
スリットから半勃ちの逸物をつかみ出すと、軽くシゴき上げる赫。尖った先端に裸の臀部を擦りつけるとその肉塊がさらに膨れ上がり、手のひらが新たに分泌されてきた粘液で濡れるのが分かった。
「離せ、このっ! 貴様のような化け物に[[rb:辱 > はずかし]]められるくらいならば、いっそ……!」
(中略)
「そなたは生まれつき体も丈夫だし、考え方など大人より余程しっかりしていたから、余が余計な口出しをするまでもないと思っておったのだが……。
――そうか。余が赫のことばかり気にかけていたせいで、そなたに寂しい想いをさせてしまっていたのだな……」
そんな我が仔二人の営みをじっと眺めていた〈韜晦〉王だったが、自分と赫との情事を垣間見、碧が性的に興奮した事実を「弟に対する嫉妬や羨望」とあらぬ方向に解釈したのか、しみじみとそう述べる。元の酸性度に戻った湖に再び半身を沈めると、赫ごと碧の体を抱え上げた。赫が父親の意図を察して兄の首に両腕を回したのを確認すると、碧の股を背後から大きく開かせて、
「ならば今宵は、父子三人水入らずと参ろうではないか。のう……?」
「なっ、何を――ふぐっ!?」
息子達の行為に触発されたのか、いつの間にか股間に勃ち上がっていたその肉塔の切っ先が碧の菊門にあてがわれたと思うが早いか、一息にその肉体を貫いた。それなりに経験豊富とは言え、そちらはまだ処女だった碧はその物理的衝撃以上に、実父に初釜を掘られると言う禁断のシチュエーション自体に精神的衝撃を受け、瞬膜をパチパチと上下させてしまう。
「がっ……!? な、うぐ、あっ……!?」
「ふふ、こうしてそなたを膝の上に抱くのはいつ以来であろうな。今宵だけは、好きなだけ父様に甘えて良いのだぞ?」
赫との行為と同様、〈韜晦〉王にとってこれはあくまで父子の触れ合いの延長線上。長く太い尻尾を持ち上げ、息子達を守るように下半身の周りにぐるりととぐろを巻かせると、まだ目を白黒させている碧に接吻しながら、背面座位でゆっくりと相手の体を上下させ始める。
――長身の碧であるが、こうして父王の膝の上に抱かれているとまだまだ子供にしか見えず、碧自身自然と童心に帰るような気持ちになってしまうが、その尻には深々と実父の巨根が突き立てられているのである。そして自分自身の膝の上には〝弟〟が乗って、己の逸物を尻に咥え込んでいる……。
「かっ、ぬぐ、ふ、あっ……! ち、父う、えっ……!」」
「ふむ、さすがは碧。事前に慣らしもしていなかったのに、余の物を半分以上飲み込んだか。よしよし、残りは少しずつ埋めて行ってやろうな」
「いいなぁ、お兄様。私なんてまだほんの先っぽしか入らないのに」
そう羨ましがりつつも赫は兄の首にしっかりと腕を回すと、その金色の瞳を真正面から覗き込みながら、対面座位で再び腰を使い始める。赫を自分の上から押しのければいいのか、父親の胸の中から逃げ出せばいいのか分からずに両腕と尻尾を宙に浮かべたまま、この悪夢のような状況で何とか正気を保とうとする碧。
――しかし自分より強く逞しいオスに完膚なきまでに打ち負かされ、征服されつつあると言う事実に武人特有の英雄崇拝的な気質を刺激され、徐々に未知の快感を覚えてきてしまう。ましてやその相手は一国の主、自分がそれまで複雑な感情を抱いていた実の父親なのだ。
(後略)
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