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ブチと號鐘(サンプル)

  [chapter:~これまでのあらすじ~]

  人間が遥か昔に滅び、〝伝説上の化け物〟に過ぎなくなった世界、《楽土》。そこでは大小様々な国家が覇権を巡って争いを続けていた。

  目下、最も活発な動きを見せているのはその〝伝説上の化け物〟を――人間の子供を旗頭に掲げる『[[rb:顎 > あぎと]]の国』。〈赤子〉こと[[rb:赫 > かく]]王子は最大の敵である『左目の国』の将軍の一人:[[rb:墨雲 > すみぐも]]を離反させた上、今一人の将軍:[[rb:雷花 > らいか]]の首を取らせるなど目覚ましい戦果を挙げていた。

  墨雲の離反と雷花の死が国内に動揺をもたらす中、『左目』の下士官であるハイエナ獣人の青年:ブチは、虎獣人(?)の大男:[[rb:號鐘 > ごうしょう]]と面識を持つ。

  一方、雷花の首と〝もう一つ〟を手土産に意気揚々と凱旋した墨雲たち。しかし本来ならば人間の生存に適していない《楽土》の環境下で、赫は健康を害しつつあった……。

  [newpage]

  [chapter:~用語~]

  【《楽土》】

  この物語の舞台。人間が「火」を発明してからと言うもの、獣人は長い間被支配者層に甘んじていたが、とある英雄が後述のアニマを発見したことをきっかけに反旗を翻した。全面戦争に発展した末、細菌兵器〈RED〉を持ち出した人間側がほぼ自滅するような形で壊滅。嘗て「火」を発明した人間側の英雄の末裔もまた生きながらにして八つ裂きにされ、その血肉はそれぞれの種族の代表者へと分け与えられたと言う。

  《楽土》とは初代の王となったその獣人側の英雄が付けた新たなる国の名であり、新たなる世界そのものの名であったが、彼の死後間もなく無数に分裂し、今なお再統一は果たされていない。現在も存続している王家は、その遥かな昔に人間の血肉を喰らった者の子孫とされており、彼らが統治する国の名もそれにちなんで『左目』や『鼻』、『顎』など人体の各部位の名称を冠している。

  【アニマ】

  普段は肉体や精神と言う檻に囚われている魂本来の力を解き放つ御業。基本術と固有術の二種類に大別される。狭義では、後者の固有術のみを指す。

  偽りの「火」(=科学文明)に惑わされ、魂が衰弱し切ってしまった人間には扱えないとされている。

  高位の術者であれば他者のアニマを感知することも可能だが、個々人によって得意不得意が分かれることに加え、墨雲を始め、己の気配を隠す術に長けている者もいるので過信は禁物。

  【基本術】

  火や水など、いくつかの系統に分類・体系化されたもの。各種族や個々人によって向き不向きは存在するが、然るべき教育を受け、訓練を重ねれば誰でも使えるようになる、字義通り基本的な術。

  「ごく小さな火を点す」「ナイフの切れ味を鋭くする」など、市井の人々も日常生活で有効活用している。

  【固有術】

  各自の〝魂のかたち〟に基づくもの。こちらもいくつかの系統に分類されており、それと一致する基本術への適性が高くなるが、分類が困難なものも珍しくない。

  基本術とは比較にならない威力や代替不可能な性質を有するが、こちらは教育や訓練を経ても発現には至らない者が多数を占める。また基本術に比べると体力・気力面での消耗が激しい。

  便宜上固有と呼称されてはいるものの、『左目』王家の〝流体操作〟のように、血筋によって代々受け継がれるものも存在する。

  【術士】

  狭義のアニマ、すなわち固有術を発現させ、意のままに操ることができるようになった者。術士同士の戦闘は固有術を主軸に、適宜補助的に基本術を用いるのがセオリー。しかし高位の術士の場合、基本術ですら十分な殺傷力を得られる。

  【〈RED〉】

  今となっては人間同様、もはやおとぎ話の中の存在と化している細菌兵器。空気感染し、病状が進行すると表皮に真っ赤な斑点が現れるのがその名の由来。

  [newpage]

  [chapter:~登場人物~]

  (※年齢は人間に換算した場合の、おおよそのもの)

  【ブチ】

  『左目の国』の下士官の一人。二十代前半のハイエナ。趣味は男漁り、好きなタイプは色んな意味で「強い男」。オツムはあまりよろしくない。いつもヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべており、およそ正規の軍人には見えない。

  率いるのもゴロツキや追い剥ぎの寄せ集め同然の部隊で、統率力など皆無のために毎回損耗が激しく、兵員の補充を余儀なくさせられている。無類の男好き&尻軽であるブチがつまみ食いした端から意図的に死に追いやっていると言う噂もちらほら。

  《楽土》、とりわけ『左目』に於いてハイエナ獣人は禿鷹鳥人ら共々、いわゆる屍肉漁りの代表として古くから差別と偏見に晒されてきており、完全実力主義を掲げる〈[[rb:端倪 > たんげい]]〉が玉座に就いて久しい今でも、その意識は根強く人々の間に残存している。

  貧民窟で幼少期から身体を売って生活していたが、〈端倪〉王にその素質を見出された。本人は至ってお気楽な性格でそんな生まれや育ちを今でも全く気に病んでいないが、この先も重用され続けるほど己に才覚がないことは馬鹿なりに理解しているため、寿退役を目論んでいる。

  ファザコンのケがあり、〈端倪〉に対しても喜んで夜伽を務めていた。

  ブチと言うのは通称に過ぎず、本名は自分でも知らない。実はその名や毛皮の斑点に反してブチハイエナではないようだが……?

  【號鐘】

  『左目』にふらりと現れた旅人。三十代前半の虎獣人――の割には縞模様が薄い上に、図体も妙に大きい。名前に反してボソボソとした喋り方。理知的で落ち着いた物腰で、旅慣れているためか知識も豊富。

  対象にくしゃみや咳、しゃっくり等を惹き起こさせる「お粗末」なアニマを宿しているようだが……?

  【[[rb:潮 > うしお]]】

  アラフォーの巨漢の[[rb:鯱 > しゃち]]獣人。かつては悪名高き海賊団の棟梁として、『顎』の跡目争いに乗じて近海を荒らし回っていたが、「若」こと赫に一目惚れ。今では一の子分を自称し、何とか求婚を受け入れてもらうために馬車馬のように働いているが、残念ながら(?)目下その恋は実りそうもない。自他を〝液状化〟するアニマを持つ。

  嫉妬深く、独占欲の強い性格。とりわけ赫から直々に勧誘された墨雲のことは一方的にライバル視し、事あるごとに突っかかる。

  【墨雲】

  二十代後半の黒豹。寡黙で少々陰気だが、傑出した武人。『左目』の将軍の一人だったが、潮に敗北し『顎』の捕虜に。その後、如何なる心境の変化からか赫からの勧誘を受け入れ、配下の一人となった。

  本来は『左目』の属国にされた『右足』王家に連なる者で、祖国を丸ごと人質に取られたも同然の形で、〈端倪〉のために働かされていた。おまけに夜伽まで強制されていた一方、純粋に己の実力と言うものを評価してくれていた〈端倪〉に対する感情は複雑。

  肉体を極細の糸状に解きほぐすアニマや己の気配を隠す術に長けていることを始め奇襲・暗殺向きの能力なのだが、本人は武人らしくないとして恥じている。

  〈端倪〉に仕えている間は立場上慎んでいたが、案外皮肉屋で口が悪い。潮の嫌味も華麗に受け流すが、彼自身は潮のことをそれなりに認めている。

  【〈[[rb:韜晦 > とうかい]]〉王】

  アラフィフの海竜。碧の実父で、異種族である赫のことも当たり前のように実子として扱っている。妻の忘れ形見且つ生まれつき身体が弱い赫のことを溺愛している一方、既に立派に成人してくれた碧に対しては、いまいち接し方が分からないらしい。

  体格に秀で顔立ちも威厳に満ちているのだが、実は争い事が大の苦手で優柔不断な性格。敵将の首級など見せられようものなら卒倒しかねない。生まれてくるべき世界と時代を完全に間違えた人。

  己が王の器でないことは自覚しており、内政も外政も陣頭指揮も、現在息子たちに任せきりの体たらく。《楽土》統一にはこれっぽっちも興味がなく、ただ二人の息子が仲良く、幸せに暮らしてくれることを願っている。

  その性格に反してと言うべきか反映してと言うべきか、〝濃度〟を操作する極めて稀少且つ強力なアニマを宿している。

  【[[rb:碧 > へき]]】

  二十代前半の海竜。〈韜晦〉の長子。第一王子の立場にありながら、戦場に於いては自ら先陣を切って槍を振るう生粋の武人。〝酸性度〟を操作するなかなか凶悪なアニマを持つが、本人はあまり積極的には使いたがらない。

  勇猛果敢で誇り高い性格だが、だからと言って向こう見ずで好戦的ではなく、むしろ現実的で冷徹な判断を下すタイプ。しかし母親の命と引き換えに生まれてきた〝弟〟のこととなるとつい、冷静さを失ってしまうらしい。

  父親のことは彼なりに慕い、支えようとしているのだが、肝心の相手の頭が完全にお花畑なせいで気苦労が絶えない。

  赫のことは未だに弟として認めず信用もしていないのだが、父親ともども一度肉体関係を持ってしまって以来、余計につっけんどんな態度を取るようになった。

  武人肌兼己のアニマを嫌っている者同士、墨雲とは気が合うようだ。

  【赫】

  人間の子供。通称〈赤子〉。『顎』の第二王子としてその存在が明かされたのは比較的近年のことだが、既に多くの戦果を挙げたことで敵からは〝伝説上の化け物〟として恐れられ、自国民からは神の使いや化身として半ば崇拝されている。

  年少ながら頭脳明晰で軍師的な立場を担っているが、身体能力は貧弱そのものでアニマも宿していない。にも係わらず敢えて最前線に赴くのは自軍(と言うより碧)からの信頼を勝ち取るためと言う意味合いもあるのだが、父親は毎回生きた心地がしないらしい。

  父親や兄の前では健気な姿を見せているが、それは二人に甘えたくて猫を被っているだけ。潮に対するぞんざいな扱いから分かる通り、実際にはかなりの毒舌家で、碧以上に冷徹な判断力の持ち主。

  彼が《楽土》の統一を目指しているのは、たった一人、父親のため。平和になった世界で、絵本作家になると言う夢を叶えさせてやりたいがため。自分が長く生きられないであろう事実を自覚しているからこそ、事の成就を焦っているのである。

  ――しかしながら、仮にその夢が永遠に叶わなくなった時。彼は一体どうするのだろうか……?

  [newpage]

  [chapter:  第六話 ブチと號鐘]

  ▼1

  「おい、聞いたか? [[rb:墨雲 > すみぐも]]将軍が生きてたって」

  「ああ。〈赤子〉率いる『[[rb:顎 > あぎと]]』軍との交戦後、もう一ヶ月も行方知れずだったってのにな」

  「『顎』に寝返ったってマジかよ? あんなクソ真面目で忠誠心の強い御方が、何でまた、よりにもよって〝伝説上の化け物〟のトコなんかに」

  「おまけに、[[rb:雷花 > らいか]]将軍を討ち取ったのは他ならぬ墨雲様だって話だぜ?」

  「まさか。こうして俺たちを動揺させるための、『顎』軍による流言飛語じゃないのか」

  「でも雷花様が戦死したのは事実だぜ? 実際に戦場で墨雲様の姿を見た仲間だっているし……」

  「だからって、その墨雲将軍が本物とは限らんだろう。単に別人が化けてただけかも知れんし、仮に本物だったとしても、誰かに操られてるのかも」

  「それが例の〈赤子〉のアニマってわけか」

  「いや、人間にゃあアニマは扱えねぇ筈じゃなかったか?」

  「そもそも墨雲将軍は、うちの属国にされた『右足』王家の縁者だろ? 陛下に見込まれて一軍を与えられてたとは言え、国を丸ごと人質に取られてるようなモンだったわけだから。色々積もり積もったモンがあったんじゃねぇの?」

  「だからこそ、離反などできるわけがない」

  「オレ、あの人とは戦いたくねーなぁ……」

  ここは『左目の国』の首都。まだ太陽も傾いていない時間帯だと言うのに、表通りの酒場は同国の正規兵や傭兵たちで大賑わいだったが、彼らの話題はほとんどそれら二点に集約されていた。すなわち墨雲の生存と、雷花の死。

  情報の真偽やその解釈を巡って[[rb:喧々諤々 > けんけんがくがく]]、盃を片手に口角泡を飛ばす議論が戦わされる中。たった一人、その輪に加わらないでいる者がいた。片隅のテーブルの上に両腕を組み、顎を乗せているハイエナ獣人の若者。通称をブチと言う。本名は――彼自身も、知らない。ハイエナらしく大きな丸っこい耳を油断なくピクピクと動かし、案外つぶらで愛らしい焦げ茶色の瞳を上目遣いにして店内の男たちを注意深く観察してはいるものの、刹那的・享楽的な彼にしては珍しく物思いに沈んでしまっているようだった。

  (そっか~。雷花の奴、ホントに死んじまったんだ……)

  絶賛[[rb:番 > つが]]い募集中だった象獣人の一見愚鈍そうだった小さな目や、あんまりスローペースすぎて嫌味ったらしく聞こえていた喋り方などを思い出し、感傷に浸るブチ。彼自身は当時別の戦場に部隊長として派遣されており、その場面を直接目撃したわけではない。生前、雷花と個人的に親しかったわけでもない。

  ――しかし援軍に馳せ参じてくれた『鼻の国』の重騎兵の一人と自分がお楽しみをしていた間に、相手が結局独り身のまま命を落としてしまったのかと考えると何ともやるせない気分になるのだった。

  (明日は我が身、か……。やっぱ早いトコ誰かイイ男見つけて、寿退役目指すべきかな~)

  援軍を率いていた白熊の将軍を――〈鳳仙花〉の異名を取る巨漢の逞しい裸身を思い出し、にへらぁ……と垂れ目をいっそう垂れさせ、口の端から舌をはみ出させるブチ。生憎先約があるとかで誘いに乗ってはくれなかったが、年齢も地位も遥かに下の自分に対して礼を尽くしてくれたし、聞きしに勝る術士であった。敵兵を鎧袖一触、片っ端から惨死させていったその雄姿をまぶたの裏に再生するだけで、危うく気を遣りそうになってしまう。

  ――そう、ブチの好みは何よりもまず「強い男」なのである。

  (……けど、さすがに陛下には敵わないかな~? 〝空気穴〟を開けるあのアニマ、陛下の〝流体操作〟とは相性最悪の筈だし……)

  今度は〈[[rb:端倪 > たんげい]]〉王との出会いの場面を、続いて初めてその巨根に貫かれた時のことを芋蔓式に鮮明に回想するうち、ブチの顔は一段とだらしなく緩み、ヘラヘラと軽薄な笑みを一杯に湛えた。幼少期から雄を咥え込み続けた結果、すっかり第二の性器と化してしまった尻が疼き、ジュン……と潤いを帯びてくる。ブチが無意識的にソコへ片手を伸ばしそうになった矢先、

  「――てめぇ、さっきから何をニヤニヤしてやがんだ!?」

  ダァン! と荒々しい音を立てて盃をテーブルに叩き付けると、一人の猪獣人が椅子を蹴って立ち上がった。既に相当酔いが回っているのか若干呂律が怪しく、毛皮越しにも顔が真っ赤に染まっているのが分かる。店内が水を打ったように静まり返った。

  ――その怒声にブチは白昼夢から目を覚ましたものの、その余韻で未だにぼんやりとしていた。ようやく先方がこちらをまっすぐ睨み付けていることに気付くとテーブルから顎を上げ、

  「……へ? ひょっとしておいらのこと? この顔は生まれつきって言うか、今ちょっとスケベな気分になってたって言うか……」

  「雷花様が討ち死にしたってことは要するに、将軍の――それも陛下の側近の座が一つ空いたってこと。陛下に媚びを売る絶好の機会だと思って、独りほくそ笑んでやがったんだろ。この薄汚ぇ屍肉漁りが! ヒック」

  唇を濡らす酒を、握り拳で乱暴に拭う猪。どこかで見た顔だと思えば、古参の傭兵隊長だ。一部隊を預かる身と言う意味では階級的には同等だが、ブチはこれでも一応正規の軍人である。

  「いや、確かにたった今、陛下のチンチンしゃぶりたいな~とは思ってたけどさ? おいら的にはいつでも喜んでと言うか、雷花が死のうが死ぬまいが関係ないって言うか……」

  「『関係ない』だと!? おまけに名誉の戦死を遂げた将軍様を呼び捨てになんぞしやがって、少しは敬意を払えよ敬意を! ヒック」

  「そうだ! 『鼻』からの援軍が到着するまで完璧に無為無策で、部下が犬死していく様をそうしてヘラヘラ笑いながら見物してやがったお前とは違う!」

  「ゴロツキだろうが追い剥ぎだろうが来る者は拒まず、ヤりたいだけヤって、飽きたら戦場でわざと見殺しにするって噂は本当だったみたいだな。この[[rb:売女 > ばいた]]が!」

  周囲の者も次々に猪の傭兵隊長へと同調し、墨雲の生存と雷花の死を巡る議論の場は、ブチを吊るし上げる場に早変わりしてしまった。男たちのあまりの剣幕に、根っからの楽天家であるブチもさすがに席から立ち上がって数歩後ろに[[rb:退 > しりぞ]]いたが、口元には相変わらずヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、

  「それはほら、〈鳳仙花〉のダンナが強すぎておいらの出る幕がなかったって言うか、あそこまで細切れにされちまったら、いくらおいらのアニマでも〝再利用〟は難しかったって言うか?」

  ソフトモヒカン状の[[rb:鬣 > たてがみ]]を困ったようにボリボリと掻くと、ブチは猪獣人の血走った両目を見つめ、垂れ目をいっそう人懐っこく垂れさせてみせた。

  「……でも、しょ~がないじゃん? あんたらだって立身出世を夢見て、おいらみたいな奴でさえ取り立ててもらえるこの国に遥々やってきたんだろ? 雷花ほどの術士でもアニマの相性次第じゃあっさり[[rb:殺 > ヤ]]られる、そう言う厳しい世界だって覚悟した上で……さ?」

  「こいつ……!」

  (それとも覚悟してなかったの?)と言う含みを持たせたブチの言葉に激昂し、胸ぐらに掴みかかってくる猪。それでもなおブチは軽薄な笑みを引っ込めず、

  「『名誉の戦死』も結構。死んじまったらおしまい、とも言わない。けど、おいらが陛下に命じられたのは、[[rb:生き延びる > ・・・・・]]こと。どんな戦争からも飢餓からも、疫病からも。

  ――あんたらは陛下に関して、思い違いをしてる。あの御方の掲げる完全実力主義を、『弱肉強食』と勘違いしてる……」

  「この、[[rb:賤民 > せんみん]]風情がっ……!」

  猪が拳を振りかざした、まさにその瞬間。酒場の扉に下がっていた鈴がガランガランと鳴り響いたかと思うと、扉の隙間から差し込んだ巨大な影がブチと猪とを覆った。

  頭をぶつけないよう背を丸め、のっそりと入ってきたのは旅装の大男。砂埃まみれの粗末な外套を羽織って頭巾を目深にかぶり、肩に袋を担いでいる。頭巾から覗く顔立ちは虎獣人そのものだが、元々大柄な者が多い種族と言うことを加味しても異様に背が高い一方で、その体色も代名詞と言うべき縞模様も妙に薄い。

  ――落ち着き払った琥珀色の瞳で、ブチと猪とを一瞥する大男。しかし酔っ払い同士の揉め事など酒場では日常茶飯事だと判断したのか、彼らの真横を大股に通り過ぎると、

  「失敬。少々、道を尋ねたいのだが……」

  カウンターに寄りかかり、その向こう側で盃を磨いていた店主に向かって話しかける。見た目に反してボソボソと囁くような口調だったが、酔っ払いたちと係わり合いになりたくないがため、敢えて声量を絞っているわけではないらしい。

  「はいはい! 道案内ならこのおいらにお任せを!」

  大男の外套の裾からは縞模様の太く長い尻尾がはみ出、木の床すれすれで曲がっている。さぞかしアッチも太くて長いのだろうと妄想を逞しくしたブチはほとんど条件反射的に、

  「お兄さん旅の人? どこ出身? 『左目』には観光で? 独り? 宿がまだ決まってないならおいらの部屋来ない? 今ちょっとチンチンしゃぶりたい気分でさ――」

  「てんめぇ……!」

  胸ぐらを掴まれたまま背中を思いっ切りのけ反らせて首をねじ曲げ、大男を質問攻めにするブチ。当然ながらそんな言動は猪の怒りを買い、そのまま床に叩き付けられる。ブチの頭が、カウンターで立ち飲みをしていた客の脚にぶつかった。

  「あっ、こら、テメェ! 酒がこぼれちまったじゃねぇか、どうしてくれんだ!? ヒック」

  「男なら見境なしってか、正真正銘の色狂いだな、ヒック!」

  「もう悪評が広まりすぎて、事情を知らねぇよそ[[rb:者 > もん]]しか相手してくれなくなったんだろうよ! ヒック」

  殴り合いでも勃発するのを酒の肴に期待しているのか、口々に[[rb:囃 > はや]]し立てる酔っ払いたち。しかし、それでもヘラヘラ笑い続けているブチの様子を些か不気味に感じはじめたのか、誰からともなく全員口を閉ざした――ものの。酔いのせいか笑いの余韻か、しゃっくりが停まらないようだ。

  「ヒック。そんなに口が淋しいなら――」

  まるで彼らを逆に嘲り、蔑んでいるかのようなブチの笑みに、余計に神経を逆撫でされたのか。再び己の口元を握り拳で乱暴に拭うと、猪は近くのテーブルから空の酒瓶を取り上げた。それを片手にブチに馬乗りになると、だらしなく半開きになっていた相手の口に瓶の先を突っ込んで、

  「代わりにこれでもしゃぶってやがれ、この淫売が! ヒック。ヒック。ひ――ゲホッ!? ゴホッ。ガハッ……!?」

  酔いと怒りに任せて喉の奥まで押し込んでやろうとした酒瓶を思わず取り落とすと、両手で己の口を覆い、繰り返し激しく咳込む猪。恐る恐る自分の手のひらを眺めるが、特に吐血等は見られない。酒の飲み過ぎと怒鳴り過ぎで痛めたのかと思って喉を押さえると、その周辺の筋肉が激しく痙攣していることが分かった。

  「ゲホッ、ゲホゲホッ! なっ……何だ、急に……!? おい、このハイエナ野郎! まさかてめぇ、変な病気でも持って――ゴホッ、かっ、ガハアッ……!?」

  「出よう」

  (陛下のチンチンはこんな瓶よりずっとデカいんだけどなー)などとズレたことを考えつつも、猪に生じた異変をきょとんとして眺めるブチ。そんな彼を助け起こすと、旅装の大男はそう言って彼を外へと促した。ブチの手を引き、足早にその場から立ち去る。

  大男の先導に従いつつも、酒場を何度も振り返るブチ。その方角からは未だに大勢のくしゃみや咳、しゃっくりの音が聞こえてくる。

  「あれ、ひょっとしてお兄さんの仕業? くしゃみや咳や、しゃっくりをさせるアニマ?」

  「お粗末ながら、な」

  特に誰も追ってくる気配はないが、ひとまず路地裏に身を隠す二人。こんな所に連れ込まれては根っからの男好きのブチとしてはすぐさま相手の足元にひざまずくなり、壁に両手をついて尻を突き出すなりしたくなってしまうのだが、

  「おかげで助かったぜ。おいらのアニマ、ああ言う場面じゃあ全っ然役に立たないからさ~。えーっと――チンチンデカそうなお兄さん?」

  「[[rb:號鐘 > ごうしょう]]」

  「へー。そう言う小難しい名前で、しかも虎獣人ってことは『右足』出身? 実はいいトコのお坊ちゃんだったりする?

  ――あ、おいらのことはブチって呼んで」

  號鐘と名乗った大男は改めてこのハイエナ獣人の人相風体を観察すると[[rb:訝 > いぶか]]しげに、

  「……だが、お前は[[rb:ブチハイエナではない > ・・・・・・・・・・]]だろう?」

  「確かめてみる?」

  意味ありげに微笑んでみせると片肌脱ぎ、散々いじったりいじられたりして真っ黒になった乳首や、案外がっしりした肩を露出してみせるブチ。その背中側には確かに焦げ茶色の模様が複数見受けられるものの、それらがブチハイエナの斑点とは明らかに形状が異なること。更に言えば後天的に生じたものであることが、旅慣れて知識も豊富な號鐘にはひと目で分かったようだった。

  ――当初は単にガタイが良くてアッチも強そうだからと言う理由だけでコナをかけたブチだったが、俄然この大男に興味が湧いてきた彼はにへらぁ……と相好を崩すと、

  「こんなトコで立ち話も何だし、おいらの部屋来ない? これでもこの国の性器、もとい正規の軍人だから割といい部屋使わせてもらってんだよね~。そこならおいらが本当は何ハイエナなのか、カラダの隅々まで調べさせてあげられるし――助けてもらったお礼だってしたいし?」

  「……」

  そっと號鐘に身を寄せると、相手の股間をまさぐるブチ。ソコが見掛け倒しなどではなく実際に体格に恥じないボリュームを誇っている事実を揉みながら確かめると、早くも自分の菊門から漏れ出してきた熱い腸液が太腿の裏を伝い落ちてくるのが分かった。(フル勃起したら陛下よりデカくなるかも……)と思うとそれ以上我慢できず、尻をモジモジさせながら熱っぽい目で相手を見上げる。

  「……ついでに、道案内もしてくれるか?」

  「もっちろん!」

  そうと決まれば善は急げ、とばかりに今度は逆に號鐘の手を引くと、ブチは足取りも軽く反対側の通りへと抜けた。風にあおられた拍子に號鐘の頭巾が脱げ、やはり虎獣人にしてはいやに薄い体色や縞模様が露わになる。ただでさえ身長・体格に秀でている上、『左目』ではまず見かけない種族と言うこともあって道行く者たちからは注目の的。しかしブチはそれをいいことに早くもカップル気取りで號鐘の逞しい腕にしがみつき、頬擦りをしたのだった。……

  [newpage]

  ▼2

  「♪沖つ白波、浜の[[rb:真砂 > まさご]]に寄せては返すゥ~」

  「……」

  所変わって『顎の国』。上機嫌で舟歌を口ずさんでいるのは巨漢の[[rb:鯱 > しゃち]]獣人。白黒二色に染め分けられた己が肉体美を見せびらかすかのように下帯一丁で、網模様の羽織に袖を通しただけの姿。片腕に桶を抱え、もう片手で肩に大きな[[rb:頭陀 > ずだ]]袋を担いでいる。音を意思伝達手段の一つにする種族だけあって、武骨で粗野な見た目に反してなかなかの美声だ。元悪名高き海賊団の頭領にして、現在は『顎』の水軍を預かっている[[rb:潮 > うしお]]である。

  「♪だけどおいらは海賊だからァ~[[rb:攫 > さら]]った獲物は帰さねェ~」

  「……」

  その斜め後ろを無言で、影のように歩んでいるのは比較的細身ながら、鍛え抜かれた体躯の豹獣人。こちらは白黒二色ではなく耳の端から尻尾の先まで漆黒に染め抜かれており、このような真っ昼間では本当に何者かの影だけが歩き回っている風に見える。伏し目がちにした瞳は緑と金が混ざり合った複雑な色合いを有していたが、むっつりとした表情はもちろんその両目からも感情は読み取りづらい。彼こそ酒場で話題になっていた元『左目』の将にして、現在は『顎』軍の一員となっている墨雲その人である。

  「♪可愛いあんこの尻ぺたを、岩も砕けよと打ち付けてェ~肉[[rb:銛 > もり]]抜き差し百万遍ン~波頭が白く砕けた後はァ~波を枕に高いびきィ~」

  「……そんな低俗な歌ばかり歌っているから、[[rb:赫 > かく]]殿下の不興を買うのではないか?」

  「はぁ!? どこの誰が嫌われてるって!? オレ様こそは若の一の子分――」

  「『自称』が抜けているぞ。

  ――殿下がお前を重用していること自体は事実かも知れんが、それは単に利用価値があるから。個人的な好悪とは切り離して考えるべき問題だ。ましてやお前のように[[rb:一方的 > ・・・]]に好意を寄せてきている者ほど、扱いやすい相手はいないわけだからな」

  「うるせぇ! オレと若との絆がテメェみてぇな新参者に――それも[[rb:敵国 > よそ]]から寝返ってきた輩になんぞ分かってたまるかってんだ!」

  王宮の門前でぴたりと足を止めると、憤然として墨雲を振り返り、睨み据える潮。墨雲もかなりの長身とは言え、潮に比べると頭二つ分は低い。

  「そう言うテメェこそケツに『利用価値』があるから〈端倪〉王に生かされて、お稚児さんにしてもらってたんだろうが。あの助平ジジイに種付けされまくるうち、価値観まですっかり『左目』に染められちまいやがったのか?」

  「……ただ、お前たちの関係性が危なっかしく見えただけだ。このままではいずれ、肝心要のところで致命的な齟齬を来たすのではないかとな。

  ――お前の側こそ、殿下から直々に引き抜かれたからと言って、事あるごとに俺に突っかかるのはよせ」

  「はぁ!? 誰がテメェに嫉妬してるって!? テメェの方こそ王家の血筋だからって、海賊上がりのオレ様のことを見下しやがって。どうせ若があの助平ジジイをブッ殺して天下取ったら、そのおこぼれに[[rb:与 > あずか]]って『右足』を再興した挙句、どさくさに紛れてテメェ自身が王位に就く腹なんだろ。勝ち馬に乗ってばっかのキン抜き野郎が!」

  彼我の身長差や体格差を物ともせずに淡々と、眉一本動かさずに続ける墨雲。直情的で血の気が多い潮との性格的な相性は[[rb:最悪 > ・・]]と評しても過言ではなく、潮の手下たちが固唾を飲んで見守る中、一触即発の状態に陥る両者であったが――そこに、伝令役として一足先に王宮に出向いていた手下の一人が、泡を喰った様子で戻ってきた。

  「大変です親分! 若様の、ご容態が……!」

  『こんな所で遊んでいらっしゃる間にぃ、あなたの大事な人間のご容態が急変してぇ……。あっけな~く死んじゃうかも知れませんよぉ……?』

  そんな雷花の台詞が脳裏をよぎったのか、血相を変える潮。腕に抱えていた桶も肩に担いでいた頭陀袋もその場にほっぽり出すと、壁も段差も〝液状化〟させて突っ切り、文字通り一直線に、最短距離で赫の居場所を目指す。その雷花の首級が入っている桶は墨雲が難なく受けとめたものの、頭陀袋はそのまま石畳へと叩き付けられた。

  「ぶげっ!?」

  袋からくぐもった悲鳴が響く。中でもぞもぞと何かが蠢いたかと思うと、僅かに緩んだ袋の口から、焼け爛れた狼の耳が片方覗いた。潮の手下たちに代わりにその袋を運ぶよう命じると、墨雲もまた潮の後を追ったのであった。……

  [newpage]

  ▼3

  「赫、赫! ああ、一体どうすれば……!」

  ここは『顎』の王宮の一角。かつて人間たちが細菌兵器〈RED〉を研究・開発していた施設の遺構を移築してきた場所である。

  ――そこで〝我が子〟を胸に抱き、オロオロしているのは海竜族の竜人。『顎』の国王たる〈[[rb:韜晦 > とうかい]]〉だ。複雑に枝分かれした角と言いほとんど黒に近い藍色の鱗と言い長大な尻尾と言い、国王にふさわしい威厳を備えた風貌であるが、その厳めしい顔立ちは今にも泣き出しそうに情けなく歪んでしまっている。

  その逞しい腕にぐったりと身を[[rb:委 > ゆだ]]ね、苦しげに胸を上下させているのは黒髪の人間の子供。彼こそが〈赤子〉あるいは〝伝説上の化け物〟と呼ばれている、第二王子の赫である。ここ《楽土》の環境は当然ながら人類の生存には適していないため、普段はこの遺構内の、厳重に隔離された一角で寝起きしているのだが――珍しく朝から一度も顔を見せに来なかったので、心配した王がこうして訪ねてきたところ、既にこの有様だったのである。

  「殿様! 酸素を『濃縮』してくだせぇ!」

  向かいの壁からいきなり顔を出すなり、叫ぶ潮。見た目に反して気の弱い〈韜晦〉は思わず腰を抜かしてしまいそうになったが、その意味を理解すると直ちに指示に従い、手のひらをそっと我が子の口元に近付ける。

  ――これこそが〈韜晦〉王のアニマ。気体や液体の濃度を操作する稀少な能力。その気になれば標的を瞬時に窒息死、あるいは中毒死させることも可能なのだが、弱気で優柔不断、何より争い事を嫌う彼の性格では無理な相談である。

  「うう……。けほっ、こほっ。お父、様……」

  「おお、赫! 気が付いてくれたか! よしよし、お父様ならここにいるぞ。

  ――どうだ、少し楽にはなったか? もっと吸わせてほしければ遠慮なく申すのだぞ」

  やがて赫はうっすらと目を開くと、か細い声で父を呼んだ。生きた心地がしなかった〈韜晦〉王は我が子をひしと抱き寄せると、人目も憚らず頬擦りし、目尻に涙まで浮かべながら神に感謝する。

  ――そうは言っても目下この国で、「神」の使いや化身として熱狂的なまでに崇められているのは他ならぬ赫自身。みだりに人前に姿を現さないのはその神秘性を保持する意味合いもあるとは言え、単純に己の健康を危険に晒さないためでもあるのだ。

  「若! オレだ、今帰ったぜ! 喜んでくれ、『左目』の将を一匹討ち取った! それに、若に手土産が――」

  潮もひとまず胸を撫で下ろすと、己の土手っ腹に片腕を突っ込み、そこから一対の象牙を引きずり出す。咲き乱れる花にも似た、複雑な紋様に飾られたそれらの品ならば赫も喜んで受け取ってくれるかも知れないと思い、己自身の肉体の一部を〝液状化〟して、後生大事に持ち帰ってきたのだ。

  ――先端を鼻の穴に突っ込む勢いで象牙をこちらに押し付けてくる(自称)一の子分を、赫は如何にも鬱陶しそうに真っ黒な瞳で見つめ返すと、

  「――で? 肝心の首級はどこだ」

  「へっ……?」

  さすがに首級それ自体や「もう一つ」の手土産は己の体内に入れる気にはならなかったので、抱えたり担いだりしてきたのだが――と答えようとして、ようやく自分が[[rb:手ぶら > ・・・]]であることを思い出す潮。そこに遅れて到着した墨雲が[[rb:恭 > うやうや]]しくひざまずき、

  「それならば、こちらに。

  ――敵将とは言え、かつては[[rb:轡 > くつわ]]を並べた相手。なるべく見苦しきことなきよう、血を洗い清めた上で塩漬けにしてござります。勝手な行動を、どうかお許しくださりませ」

  「ご苦労。のちほど確認する」

  「しっ、塩漬け……」

  幼年ながら、一国の王子たるにふさわしい態度で以て今一人の配下へと応じる赫。しかしそんな第二子に対し、〈韜晦〉王は桶の中身を想像しただけで卒倒寸前になってしまう。赫の身を案じるからこそ大切な首桶を放り出してまで駆け付けた潮としては当然面白くなく、墨雲を押しのけるようにして間に割って入ると、

  「そうだ、聞いてくだせぇよ若! 実はもう一つ手土産があるんでさぁ! 敵軍の陣地で[[rb:見 > め]]っけたんですが――」

  「殿下は未だご体調が優れぬご様子。そう間近で騒ぎ立てるものではないぞ」

  墨雲はこうべを垂れたまま、

  「そちらの[[rb:捕虜 > ・・]]に関しては、ひとまず地下牢に運ばせておきました。お手隙の際に、どうかご確認のほどよろしくお願い申し上げます」

  「分かった。もう下がってよいぞ」

  「あっこらテメェ、墨雲! 生かして捕虜にすべきだって言ったのはこのオレ様なのに! まるでテメェ自身の手柄みてぇに――」

  「……すまぬ、潮。見ての通り、赫はまことに体調が優れぬのだ。今は静かに休ませてやりたい故――」

  基本的に自己主張と言うものが苦手な〈韜晦〉王にまでそんな風に苦言を呈されてしまったことを受け、潮はむっつりと口を[[rb:噤 > つぐ]]むと、怒りと嫉妬に燃える瞳で墨雲を睨み据える。

  ――しかし当の墨雲は涼しい顔で今の主君たちに向かって一礼すると、首桶を抱えて下がっていった。それを見届けた〈韜晦〉王もまたいそいそと、我が子を寝室まで運んでやろうとする。

  赫にぞっこん惚れ抜いている潮としては付きっ切りで看病するのは当然として、何なら添い寝だってして差し上げるつもりでその後に付き従おうとする。きっと赫はいつも通り、けんもほろろに「ついてくるな」と命じることだろう。そんなつれない態度にも最近は却って興奮するようになってしまった潮としては、早くも期待に尻尾を床にビタビタ打ち付けはじめたのだが……。

  「潮」

  「……! おっ、おう!」

  「[[rb:碧 > へき]]お兄様がご帰還あそばされたら――『内密の話がある』と、お伝えしてくれ」

  「……? おっ、おう……」

  (半ば強引に)赫に仕えるようになってからこの方、初めての命令に戸惑う潮。碧王子は〈韜晦〉王の長子、すなわち赫にとっては異種族ながら〝兄〟に当たる。武術がからっきしの上、臆病で非好戦的な父親とは対照的に《楽土》屈指の槍の名手として名高く、正々堂々とした戦を好む武人肌。潮&墨雲とは別ルートで『左目』領に攻め込んでいたが、そちらの部隊はあくまで陽動役。その役目を果たした今は既に、こちらに帰還中と言う連絡が届いている。

  だが赫の側はともかく、碧の側はこの〝弟〟に対して当初から敵意を剥き出しにしている。従っていくら「内密の話」と言われても素直に応じてはくれないのでは……と懸念する潮。しかし赫はそれを見越したように、

  「『戦略上、極めて重大な相談事だ』と」

  「おっ……おう。分かった……」

  確かにそこまで断言されてしまっては、第一王子としての責任感の強い碧はたとえ嫌々ながらでも従わざるを得ないだろう。改めてこの〈赤子〉の人心掌握術に恐れ入る潮であったが、彼がそうして情報を整理している間に、〈韜晦〉王の後ろ姿は遠く離れてしまった。その腕の中で赫が身じろぎし、相手の鼻先に接吻する様子をその場から[[rb:反響定位 > エコーロケーション]]で把握する潮。

  父親として〝我が子〟に無償の愛を注ぐ王。そんな海竜に父親に対する以上の愛情を寄せ、その夢を叶えるためにこそ《楽土》統一を果たそうとしている赫。自分と赫より、彼らの関係性の方がよほど危なっかしく、遅かれ早かれ致命的な齟齬を来たしうるものではなかろうか。

  ――墨雲の台詞を思い返すと、潮は半ば嫉妬も交えつつ、そんな風に内心で愚痴をこぼす。

  「本当に若に惚れてんのは……嫁御になってほしいと真剣に願ってんのは。この、オレなのに……」

  半勃ちになった肉銛の穂先がひとりでに縦割れから露出してくると、下帯の前袋を盛り上げる。潮はそれを片手で揉みながら、切なげなため息をつく。しかしさすがに体調が優れない相手に夜這いをかけ、しつこく口説くほど非常識ではないので渋々ながら尾びれを返した。先程の鬱憤晴らしも兼ねて、墨雲の野郎に「力の差」ってモンをもう一回、カラダに叩き込んでやるか。それとも――

  「あの捕虜の様子でも、見に行くか……」

  ついでに握り飯の一つや二つ持って行ってやろう。どうせ「あんな姿」じゃあ、自力で飯も食えねぇだろうし。

  ――元海賊の頭領だけあって案外面倒見のいい潮は内心でそう続けると、手のひらに付着した先走りの汁を羽織になすり付けつつ、まずは[[rb:厨 > くりや]]へと足を向けたのだった。……

  [newpage]

  ▼5

  「――それで? 『戦略上、極めて重要な相談事』とは一体何だ」

  開口一番、つっけんどんに尋ねてくる海竜族の青年。万一それが取るに足らない内容であったり、あるいはこうして自分を呼び出すための口実に過ぎなかったりした場合は覚悟しておけ、と言いたげに憤然と腕を組んでいる。

  実の父子だけあって〈韜晦〉王とは顔立ちも身体つきもそっくりだが、その名の通り、背中側の鱗は海を思わせる紺碧色。常にオドオドとして覇気と言うものが全く感じられない父親のそれと異なって、その[[rb:金色 > こんじき]]の瞳はまっすぐに、威圧的なまでに相手を睨み据えている。

  帰還後、潮から伝言を受け取って直接この隔離区画まで足を運んだため、碧はまだ戦装束を解きもしていなかった。今回はあくまで陽動役だったので、交戦時間を引き延ばすために手加減し敵将も敢えて見逃してやったものの、それでも数多くの敵兵を串刺しにしてやってきた後なので気が昂ぶっている。

  ――そうでなくとも碧はこの、己の弟を騙り父親を[[rb:誑 > たぶら]]かした〝化け物〟に対し、並々ならぬ[[rb:敵愾心 > てきがいしん]]を抱いているのだから。

  「お兄様。よくぞ、ご無事で……」

  「兄と呼ぶなと、申し渡すのはこれでもう何度目だ? おぞましくて鱗が逆立つ」

  体調を崩して臥せっていると聞かされた通り、赫は寝台に横向きにぐったりと横たわっている。口元まですっぽりシーツをかぶり、ふかふかの枕から頭を起こすこともできない様子だ。そんな〝弟〟の弱った姿を見るとさしもの碧も惻隠の情を催したが、だからと言って態度を軟化させるつもりはなく、殊更に冷たく厳しい態度を示す。

  ――早く用件を切り出さないとこのまま帰ってしまうと理解したのか、赫は僅かに身じろぎして碧の目を見上げると、

  「お兄様は……〈RED〉のことを、ご存じ、でしょうか……?」

  「知らぬ道理がないであろう。貴様ら人間が、まさにこの施設で研究・開発していた悪魔の兵器のことを……!」

  さも忌々しげに吐き捨てると、殺気立った視線を室内に走らせる碧。それは獣人との全面戦争に於いて愚かにも人類が持ち出し、一時は彼ら竜人を含む異種族たちを絶滅の淵に立たせるも、結局は人類自身に破滅をもたらしたもの。

  ――当然ながらそれは碧自身が生まれるより遥か昔の出来事であり、もはや人間の存在と同様〝おとぎ話〟と化しているが、それ故に得体の知れない暗い影をこの《楽土》に落とし続けているのだ。

  「お父様の、濃度を操るアニマであれば……大気中、あるいは飛沫中の〈RED〉を『希釈』することができます。急場は、しのげることでしょう。

  ――でも、それはあくまで薄めるだけ。決して『ゼロ』にはできない関係上……きっといつかは、感染、してしまう」

  「……だろうな」

  「だからこそ、お兄様のお力が必要……なのです。この遺構で発見した、当時の研究員たちの覚書を……ようやく、解読できました。〈RED〉の細胞壁や細胞膜は、[[rb:強塩基性 > ・・・・]]に弱いのだと。

  ――だから、お兄様でしたら。単なる時間稼ぎではなく完全に、〈RED〉を殺菌できる筈……」

  「……」

  平静を装いつつも、縦長の瞳孔を僅かに見開く碧。確かに彼のアニマは液体の〝酸性度〟を操作するもの。従って強酸性のみならず強塩基性にも変化させられるのは赫の指摘した通りなのだが、その事実は彼本人しか把握していない筈だったのだ。元々彼はアニマなどに頼らず槍一本で戦うことを良しとしていたし、やむなく用いる場合でも強酸性に変化させるだけで十分すぎるくらいだったのだから。その気になれば標的を即死だってさせられるのに敢えて封印している辺り、やはりあの父親の血を引いているのでは……と常々複雑な心境になっていたのはさて措き、

  「今もこの《楽土》のどこかに、〈RED〉がしぶとく生き残っていて。貴様と言う〝伝説上の化け物〟同様、いつ何どき甦り、我らに対して再び牙を剥くか分からない、と?

  ――確かに細菌兵器それ自体は『戦略』レベルの存在かも知れんが、そんな根拠の乏しい話を聞かせるためにわざわざこの俺を呼び付けたのか? 貴様は」

  「私の杞憂であれば、それで、構わないのですが……。いざと言う時はどうか、お兄様が、お父様を……護って差し上げて、ください。たとえ強塩基性でも破壊できない代物に〈RED〉が変異していた場合でも……この遺構の隔壁を閉じれば、お二方、だけでも……」

  「民を見殺しにしてでも生き残れと?」

  「私のことも、見捨てていただいて結構ですので……」

  「……」

  たった数年前にその存在を知らされたばかりの〝弟〟の顔を、再びじっと見下ろす碧。竜族たる彼の目には如何にも脆く柔らかそうに映る、鱗も何も生えていない皮膚。多少熱があるのか、あるいは独り思い詰めているせいか、それはほんのり汗ばんでピンク色に上気している。瞬膜を持たない代わりにまつ毛の生えたまぶたが微かに震えて、弱々しく碧の顔を見上げてきた。顔の正面に並んだその両目も、丸い瞳孔も、そしてピンク色の粘膜が露出した唇も。とうてい、自分と血の繋がりがあるとは思えない。

  「……覚えておこう」

  碧はほんの少しだけ声を和らげると、相手の身体に障らぬよう、早々に話を切り上げて立ち去ろうとする。しかし赫は苦労して寝台から身を起こすと、その背中に向けて[[rb:掠 > かす]]れ声で、

  「お兄様。私……『左目』の将を、一匹、討ち取りましてございます」

  「既に報告は受けている。しかしとどめを刺したのは墨雲で、その状況まで持ち込んだのは潮。貴様はその場に居もしなかったであろう」

  「あの二人は……私の、手駒」

  「ならば貴様自身の手柄も同然と? この俺に『よくやった』とでも言わせたいのか。

  ――[[rb:己惚 > うぬぼ]]れるなよ、忌まわしい化け物めが。そこまでして俺から信頼を勝ち取りたくば、手ずから雑兵の一匹でも討ち取ってみせるんだな」

  そちらに背を向けたまま、先刻以上に冷たく厳しい語調で吐き捨てる碧。「まぁ、貴様のような虚弱体質の子供には土台無理な相談だろうが」と暗黙裡にその続きを語り、大股に歩み去ろうとする彼であったが――その時、短い悲鳴とともに何かが床にぶつかる物音が響いた。すわ曲者かと反射的に身構えて振り返る碧だったが、そこに見えたのは寝台からシーツごと滑り落ちた赫の姿。どうやら彼を引き留めようとして、誤って転落したらしい。

  「……」

  それまではシーツに覆われていた赫の裸身に、じっと目を据える碧。やはり鱗を持たず、毛皮で守られてもいないその素肌は顔の皮膚以上に薄く柔らかく、滑らかに見える。現に、ちょっと床にぶつけただけなのにその腕や脇腹がたちまち赤味を帯びてくるのが分かった。金属並みの硬度を誇る背中側の鱗はもちろん、比較的柔らかな腹側のそれでも生半可な刃物を通さない彼ら海竜族とはやはり、似ても似つかない存在だと再確認する。

  「うっ。うう……」

  ぶつけた箇所を庇うように身を縮めて顔を伏せると、さめざめと涙を流しはじめる赫。それは決して打撲の痛みからではなく、どんなにこの国のために策を献じ現実に戦果を挙げ続けても〝弟〟として認めてもらえない胸の痛みから来るものだとは、碧にも容易に理解できた。しかし――

  「……お次は、情に訴える作戦か? 如何にも貴様の考え付きそうなことだな。

  ――だがそれしきの、手傷とも呼べぬ手傷で大袈裟に騒ぎ立てる弟を、俺は持った覚えなどない!」

  武人肌の彼には完全に逆効果だったと知らしめるかの如く憤然と、竜の鉤爪を打ち鳴らしてその場を後にする碧。自室までまっすぐ戻ると扉を後ろ手に閉め、閂をかける。扉を背にしたまま、未だ激情が冷めやらぬように肩を怒らせて胸を弾ませ、金色の瞳をぎらぎら輝かせる彼であったが――やがてふと、忌々しげに己の股間を見下ろす。

  「くっ……!」

  革を金属板で補強した腰巻の、一部が不自然に盛り上がっている。彼がもぎ取るようにしてその装備を解いて床に落とすと、ほぼ完全に勃起して縦割れから露出した彼の肉槍が勢いよく跳ね上がった。細長い円錐の頂点からは既に夥しい先走りの汁が分泌され、青黒い血管のうねくるその表面をべっとりと濡らしている。

  「違う。これは、ただ――」

  陽動役だったとは言え、それなりに規模の大きかった戦の後で心身ともに昂ぶっているだけ。武人にはよくあることだ。この大事な時期に、色事にかまけている暇などなかったせい。

  ――そんな風にあれこれと己自身に言い訳をしつつも、碧は心の底では理解していた。自分が事もあろうにあの人間に、〝弟〟を騙る化け物に[[rb:欲情 > ・・]]してしまっている事実を。

  「違う! 俺、は――」

  (後略)

  [newpage]

  ▼6

  「……タテガミハイエナ、だな」

  「いや、マジでそこを確かめるとは」

  翌朝、『左目』首都の兵舎の一室。お互いのありとあらゆる体液にまみれ、もはやボロ雑巾と化しているシーツでブチは下半身を覆い、ぐったりとうつ伏せになって顎を枕に乗せていた。そうしていると背中の鬣や斑点がよく見える。

  あれから小休憩や夕食を挟んでまた四~五発種付けされ、さすがに男好きで知られるブチも精根尽き果て、ほとんど気を失うようにして眠りに落ちてしまったのだ。未明に號鐘が一足先に起き出し、身支度を始めたのは分かっていたが、久方ぶりに満ち足りたこの感覚を満喫したくて、声もかけずに二度寝した。

  ――今までこの部屋に連れ込んできた行きずりのお相手たちと同様、てっきりそのまま立ち去るものと思いきや、なぜか號鐘は戻ってきた。朝早くから一っ風呂浴びてきたのか夕べの情事の名残など全く見当たらないのはいいとして、塵や砂埃にまみれたあの旅装の代わりに、『左目』の将官用の軍服……しかも式典用の物を着用して、軍帽まで被っている。ブチは寝ぼけ眼をぱちくりしつつ、

  「つ~か何? その、妙に畏まった格好。お祭りの仮装行列でもあるの?」

  「何って、お前に道案内してもらう約束だっただろう」

  まさか夕べの激しい情事のせいで頭から吹き飛んでしまったわけでもあるまい……と言いたげに、逆に不思議そうに問い返してくる號鐘。相変わらず顔立ちや体格には似合わないボソボソした喋り方だ。一体どこから調達してきたのか知らないが、一般的な虎獣人より二回りは大柄な彼に合うサイズの物は見つからなかったらしく、上着の前ははだけているしズボンは一番上のボタンを留められていないし、どちらも裾がつんつるてんだ。そのおかげで胸板の分厚さや股間の膨らみ具合が強調されており、ブチは改めて惚れ惚れと相手の姿を見上げる。あのくたびれた旅装も野性的でセクシーだったが、これはこれでそそられるものが……と早くも舌なめずりをしつつ、

  「あ~、そう言やそんな約束もしてたっけ。ちょっと待ってて。さすがのおいらもまだ、足腰が――」

  夕べの激しい情事の名残に加え、軍服姿の相手を見て性懲りもなく尻を疼かせてしまっていたブチは汚れてくしゃくしゃになったシーツを剥ぎ取ると、億劫そうに身を起こした。そうして腰をひねった拍子に菊門から冷えて半ば固まった號鐘の子種がブチュブチュと押し出されてきて、少し勿体ない気がしてしまう。

  ――ブチは鋭い牙を覗かせて大あくびをすると、

  「お兄さんひょっとして、外地から帰ってきたばっかの高級将校だったりする? 道が分かんないのは十数年ぶりのご帰国だからで、あのみすぼらしい格好も、疑われずに敵国を経由するためのカモフラージュ。しかもこのタイミングとなると、『顎』軍に雷花が討たれた件に関して、〈端倪〉王陛下から直々に呼び戻された感じ?」

  「……」

  「――なぁ~んちゃって。お兄さん、喋り方も立ち居振舞いも全然軍人っぽくないもんね。いやまぁ、それを言うならおいらだってそうなんだけどさ? ただ、しばらくここに滞在するならまた会えないかな~って」

  「……十数年ぶりの里帰りなのは、その通りだ」

  こちらも将官用の外套を肩に羽織る號鐘だったが、やはり丈が足りていない。やっとのことで起き出したブチはまだ眠たげに目をこすりつつも、適当に身支度をした。彼も一応下士官用の軍服を支給されてはいるのだが、正直自分には似合わないと思っているので完全に箪笥の肥やしと化している。

  ――號鐘に続いていそいそと自室を出ると、鍵もかけずに兵舎を後にするブチ。眠気が冷めてくると今度は空腹を覚えたが、付属の食堂は味付けが好みではないし何より他の兵士たちが彼の同席を嫌がるので、道すがら出店で二人分の軽食を買って號鐘にも渡す。號鐘は短く礼を述べてそれを受け取ると、何の躊躇いもなくもそもそと頬張りはじめた。

  ハイエナ獣人や禿鷹鳥人と言ったいわゆる屍肉漁りは、この《楽土》に於いて賤民扱いされている。とりわけこの『左目』に於いては、完全実力主義を標榜する〈端倪〉の半世紀に及ぶ治世を経てもなお、国民の間にはその種の差別意識が根強く残存しているのだ。従って昨日の酒場に於けるような扱いを受けてもブチ自身は大して気にも留めていないのだが、

  「へー、この国のひとだったんだ? おいらに対して普通に接してくれるし、てっきり『右足』出身かと」

  「母は、そちらの生まれだが」

  「んじゃ、墨雲将軍のことも知ってる? 同じく陛下直々に『見初められた』口とは言え、おいら、生憎面識がなくってさぁ。それがまさか陛下を裏切って『顎』の――人間の側に回ったとなると、俄然興味が湧いてきて」

  「……一応、[[rb:遠縁 > ・・]]に当たる筈だ」

  「へっ?」

  食べかけの軽食を片手に、ぽかんと口を開けて相手の顔を見上げるブチ。しかし號鐘は相変わらずボソボソした口調で、彼に王宮までの道案内を乞うてくる。そんなもの、敢えて尋ねるまでもなく行く手に聳え立っているのだが、

  「正門から入るのは初めてなんだ。あれから十数年も経てば、当時顔なじみだった警備の兵や召使いたちも、まだ残っているかどうか分からんし……。俺自身、こんなに図体がデカくなってしまったからな。

  ――だが、お前のような直臣に偶然出会えて助かった。俺が身の証を立て損ねた時は、お前が代わりに陛下に進言してくれ」

  「えっ? えっ?」

  例の古ぼけた守り袋から二枚貝の片割れと、如何にも高価そうな、しかし今の彼の指にはとうてい嵌まりそうもない指輪を取り出してみせる號鐘。宝石の底に透けて見えるその台座には『左目』王家の紋章が刻まれている。

  ――その紋章を一瞥しただけで、警備の兵は畏まって號鐘を王宮内へと案内した。むしろブチのような男がその隣にいることの方が不思議と言った面持ちである。

  訳も分からぬまま、號鐘ともども謁見の間に通されるブチ。獲物の左目周辺だけを継ぎ[[rb:接 > は]]ぎ合わせた、悪趣味な毛皮。それを敷いた玉座には、既に老境に差しかかった獅子獣人が悠然と腰掛けている。號鐘が王の御前に恭しくひざまずいてこうべを垂れるのを見たブチは、慌てて自分もそれに倣う。

  老いて肉や皮のたるんだ口元に、〈端倪〉は満足げに薄い笑みを浮かべた。

  「よくぞ戻った。我が――息子よ」

  [newpage]

  ▼7

  (前略)

  〈韜晦〉王は他国からの書状らしき巻物を広げ、その内容を碧たちに読み聞かせている最中らしい。しかしふとそこから目を上げて潮の存在に気が付くと、驚きのあまり危うく玉座から転げ落ちそうになる。

  「……ひえっ!?

  ――なっ、何だ潮、そなたであったか。心の臓に悪いぞ。王宮内でまで[[rb:隠形 > おんぎょう]]の術を遣わずとも……」

  「ああ、どうもすいやせん殿様。すっかり習い性になっちまってて……。んで、その書状は?」

  その場に居合わせた者たちが冷たい視線を向けてくる中、ざばりと〝上陸〟して巨体を丸め、彼なりに畏まってみせる潮。墨雲はともかく、王や碧の不興まで買ってしまうのはなるべく避けたかった。何と言っても、ゆくゆくは自分の義父や義兄になる相手なわけだし。

  ――〈韜晦〉王は威儀を正すと、先程身を縮めた拍子にくしゃくしゃにしてしまった書状を広げつつ、

  「う……うむ。実は〈端倪〉王の直筆でのう。『右足』の王族、並びに、その――墨雲の親類縁者の、[[rb:公開処刑 > ・・・・]]の日取りが決まったそうだ」

  潮率いる『顎』軍との交戦後、墨雲は『左目』本国では生死不明と言う扱いになっていた。従って、彼らと言う実質的な人質の処遇もひとまずは[[rb:保留 > ・・]]になっていたようだが……。先日墨雲が『顎』軍の一員として雷花を討ったことでその生存と同時に、〈端倪〉に対する叛逆が明々白々になったと言うわけだ。

  「それが何だってんです。ンなこと、この野郎も覚悟の上でこっち側についたんですぜ。むしろ今の殿様や、他の王位継承権者どもにまとめて消えてもらえば自分にお鉢が回ってくるんですから、こいつとしちゃあ万々歳。――だろ?」

  敵愾心を隠そうともせず、皮肉たっぷりに墨雲に同意を求めてみせる潮。しかし墨雲は〈韜晦〉王に対して片膝をついてこうべを垂れた姿勢のまま、耳をぴくりとも動かさない。

  ――その発想はなかったのか、例によって本気でショックを受けている様子の父親に対し、碧は発言の許可を求めると、

  「潮の見解はさて措き……私もこたびの大規模処刑に関してはむしろ、我が[[rb:方 > かた]]に益があるかと存じます。もはや祖国自体が永遠に失われるとなれば、『右足』の民の間に反『左目』感情が高まるは必定。無論墨雲の〝裏切り〟を非難する者も現れるでしょうが、真に民を裏切っていたのは、己の保身に走って属国と言う立場に甘んじていた現『右足』王たち。

  ――ましてや、先だって潮の持ち帰ってきた情報が確かならば、現『右足』王は王位を簒奪したも同然にございます故」

  誰よりも毛皮が黒く美しい者こそが王位を継ぐべき、それが『右足の国』に於ける伝統。墨雲が有力な次期国王と見なされていたのもそれが理由の一つであるのだが、何と現『右足』王は国民からの支持を得たいがあまり、夜な夜な染料入りの風呂に浸かっているらしい。その一大スキャンダルが知れ渡ればむしろ、墨雲を慕う者たちが『顎』に味方してくれるのではないか……と碧は言いたいのである。同席していた他の重臣たちも碧の見解に同意を示す。

  ――しかし予想通りと評すべきか、その手の戦略は父親の理解の外に在るらしく、

  「そなたらは、一体何を申しておるのだ!? 今はまだ、処刑の日取りが決まったと申すのみ。彼らは[[rb:生きて > ・・・]]おるのだぞ!? それをあたかも、既に何もかも終わってしまったかの如く……!」

  せっかく皺を伸ばした書状を両手の間で再びくしゃくしゃにし、筋骨逞しい巨体を震わせる〈韜晦〉王。造作だけは威厳に満ちたその顔が小さな子供のように歪み、書状にぽたぽたと涙が滴る。

  ――未だに声を震わせつつも王は再び威儀を正し、

  「……書状には、続きがある。いやしくも王族の処刑ともなれば、盛大なる宴を催すことで、せめてもの[[rb:餞別 > はなむけ]]にしたい所存。ついては貴国の第一王子:碧殿下、並びに第二王子:赫殿下にも是非ともご臨席を賜りたく……と」

  「悪趣味極まりない上に、見え透いた[[rb:罠 > ・]]にございますな。墨雲が親類縁者を助けるため、秘かに我らに同行すると踏んでいるのでございましょう」

  「もしこいつが来なくても、あわよくば碧様や若を暗殺してやろうと、えり抜きの術士を揃えてやがるに違いありやせん。そんぐれぇ、殿様にだってお分かりでしょう。

  ――まさか、たとえお二人のお命を危険に晒してでもこいつの親類縁者を救ってくれと、おっしゃるわきゃありませんよね?」

  「そ、それは……」

  如何に頭がお花畑でも、さすがにそれはハイリスク・ローリターンだと理解できているのだろう。申し訳なさげに墨雲を見やる〈韜晦〉王だったが、この事態の中心人物はやはりこうべを垂れたまま一言も発しない。今の己の主君は『右足』王でも〈端倪〉でもなく他ならぬ〈韜晦〉であるのだから、彼の命令に従うのみ……と言いたげな殊勝な態度である。

  ――しかし優柔不断な〈韜晦〉がどうしても「彼らのことは見捨てる」とも「何が何でも助けてやってくれ」とも言えずに悲痛な顔をする中、

  「私が……参ります」

  病み上がりの赫がふらりと、謁見の間に現れた。

  [newpage]

  ▼8

  (前略)

  〈韜晦〉王は玉座に座り直すと、複雑な表情で息子二人を眺めつつ、

  「……分かった。二人揃って出席すると、返事を出してよいのだな。

  ――だが、どうかくれぐれも気を付けてくれ。そなたらに万一のことがあれば、余は……」

  「どうか大船に乗ったつもりでいてくだせぇ、殿様! この潮が供を務めるからには、若にも碧様にも指一本触れさせやしませんぜ!」

  力こぶを作り、ここぞとばかりに(墨雲よりずっと)頼りになるところをアピールしてみせる潮。「ですんで、無事に帰還した暁にはどうか若をオレの嫁御に……」と言質を取っておきたいところだったが、心配性の〈韜晦〉王は、

  「ともあれ、そなたも出席すると申すのであれば尚更、今はゆっくり身体を休めておかねばなるまい。

  ――潮」

  「合点承知!」

  赫を両腕で抱き上げると、頬擦りさえしかねない上機嫌で尾を翻す潮。この幸せなひと時をなるべく長く堪能するため、敢えてアニマは用いずに自分の足で赫の寝所へと向かう。

  ――のはいいのだが、なぜか墨雲までついてきたのに気付くと露骨に迷惑そうにそちらを睨む。しかし相手は事もなげに、

  「……今の俺は赫殿下の一私兵なのだと、申したのはお前自身だろう」

  「だからって、護衛はオレ様一人で十分なんだっつうの! ひとの言葉を逆手に取りやがって、本当性格悪ぃなテメェ!?」

  「構わない。ちょうど、他にも尋ねておきたいことがあったからな」

  赫本人にそう言われてしまうと、潮は黙って引き下がるしかない。(せっかくの二人きりの時間が……)と恨めしげに墨雲に視線を送りつつも、隔離区画の分厚い扉の前まで相手を先導する。

  赫の矮躯を片腕で抱え直すと、扉の一部を〝液状化〟させてもう片腕を突っ込み、自分たちが通れるだけの穴を拡げてみせる潮。これも〈RED〉の研究施設の遺構から移築してきた物の一つで、ちょっとやそっとでは破壊できないくらい頑丈にできている上、赫か〈韜晦〉王、あるいは碧にしかロックを解除できないよう生体認証式になっているのだが、彼のようなアニマ持ちにとっては無意味である。

  ――潮たちに続いてその穴をくぐりつつ、扉の構造を内部から観察する墨雲。己の肉体をどんなに細く解きほぐしても通過は不可能だろう……と結論付けた彼がまだ穴を抜け切らないうちに潮が術を解いたせいで、元通り塞がろうとした扉に危うく尻尾を挟まれそうになる。

  「ふん」

  せめてもの仕返しのつもりなのか頭頂部の穴から短く息を噴き出すと、潮はさっさと先に進んだ。隔離区画内に足を踏み入れるのはこれが初めてである墨雲が、興味深げに周囲を見回しながらその後を追う。

  やがて寝所に辿り着くと、潮は慎重に赫を寝台の上に寝かせた。そのまま覆い被さりたい気持ちをぐっと堪えて、至って紳士的に相手の背中にふかふかのクッションを宛がい、胸元までシーツを引き上げてやる。

  ――父親を心配させないようかなり無理をしていたのか、赫はひと安心した風にクッションにもたれかかって両目を閉じた。潮が水差しの中身をグラスに注いで口元に持って行ってやると、目を閉じたままちびちびと喉を潤す。

  「墨雲」

  「はっ」

  「『右足』が『左目』の属国となったのは、今から十年ほど前だったな?

  ――お前にとっては詳しく思い出したくもない出来事かも知れないが、何ぶん私の生まれる前やまだ物心もつかない頃の話故にな。この機会に確かめておきたいのだ」

  「……はい。それが何か」

  「お前はそれ以来、祖国を丸ごと人質に取られたも同然の状態で、〈端倪〉のために働かされ続けてきたわけだったが……。しかし、それ以前にも[[rb:人質 > ・・]]は存在したのではないか? 『左目』がまだ本格的に、『右足』に狙いを定めていなかった頃。ちょうど〈磨崖〉が実の甥を差し出したのと同様に、あの老獅子の犠牲に供された者が?」

  なぜ突然赫がこんな話をしはじめたのか分からないものの、興味を覚えた潮もまた墨雲に視線を注ぐ。墨雲は相変わらず陰気な表情と声色で、

  「……よくお分かりで。確かに三十年ほど前に一人、『右足』から〈端倪〉へと嫁いだ者がございます。私もその頃はまだ生まれて間もなかったので後から聞いた話ですが、何でも〈端倪〉が直々に見初め、是非とも側室にと望んだのだと。今では数も少なくなった虎族の、由緒正しい家柄の娘で……。生憎名は存じ上げませんが、絶世の美女にして、強大なアニマの持ち主であったと」

  「なるほど。如何にも〈端倪〉が欲しがりそうな相手だな」

  精力絶倫で知られる〈端倪〉王だが、穴さえあれば何でもいいわけではない。狼族の中でも飛び切りの美男子だった垂氷に対してあっさり興味を失ったように、あるいは被差別階級出身のブチを直臣として取り立てたように、「見込み」のあるなしが最重要なのだ。そして女性に関して言えば、その「見込み」とは何よりもまず「強い仔を産めるかどうか」……

  「……いや、でも虎と獅子を掛け合わせたトコで、餓鬼なんぞ出来っこねぇだろ? 同じネコ科の獣人つっても、違う種類の生き[[rb:物 > もん]]なんだからよ」

  「それが出来るのだ。牡獅子と牝虎の間に生まれた場合は『ライガー』と呼ぶそうでな。通常の獅子や虎より遥かに体格が大きい代わりに、体色や縞模様が薄く――この手の生物の定めとして、[[rb:子孫を残す能力がない > ・・・・・・・・・・]]」

  [newpage]

  ▼10

  そして、公開処刑当日。『左目』首都の中央広場は、旧『右足』領民を含む見物人で早くもごった返していた。民衆にとって一大イベントであること自体は理解できるものの、野次馬根性極まりない……としかめ面をする碧。広場の真ん中には新たに処刑台が設けられ、首切り役人用の重厚な斧が真昼の陽ざしにその刃を鈍く光らせている。

  三日足らずの船旅の末、前日の午後に現地入りした碧は『顎』の次期国王として恥じるところのない盛装に着替え、最前列に当たる貴賓席に腰かけていた。得物は式典用の、実用性に乏しい細剣のみ。仏頂面で腕を組み、尻尾は片足に絡めている。

  右隣には同じく盛装に身を包んだ赫が座っているが、覆面をした上ですっぽり頭巾を被っている。素顔を隠す意味合いは当然だが、それ以上にこうして不特定多数の獣人たちが集う中、軽い風邪を[[rb:伝染 > うつ]]させられただけでも赫にとっては命取りになりかねないのだ。

  「……こうして、二人一緒に何かの催しに参加するのは。これが初めてですね、お兄様」

  「話しかけるな。穢らわしい」

  頭巾の陰から弱々しい、しかし心底嬉しそうな声で囁きかけてくる赫。しかし碧はそちらに一瞥もくれず、腕組みしたままつっけんどんに答える。不謹慎だの何だのと苦言を呈するつもりはないが、ただでさえ見物人や他の招待客たちが彼ら二人を見比べながらひそひそ言葉を交わしている真っ最中だと言うのに、これ以上話の種を提供したくなかったのだ。

  (中略)

  (されど、〈端倪〉めは未だに姿を現さぬな。ついでに〝化け物〟をも公開処刑すると洒落込むにせよ、さすがにここまで招待客や見物人が多いと不都合が大きかろう。当てが外れたか……?)

  何事もなく終わるに越したことはないと、碧自身も理解してはいるのだが。敢えて危険を冒してまでこんな敵地のど真ん中に、それも己の忌み嫌う〝化け物〟と二人で飛び込んだ身としては些か拍子抜けしてしまう。

  しかしその時、先程からずっと感じていたアニマの持ち主が近付いてくる気配を察知し、反射的に身構える碧。その方角に素早く視線を走らせると、『左目』兵が見物人を左右に押しのける間を抜けて、ハイエナ獣人の青年がひょこひょこと独特の歩き方でやってくるのが見えた。一応式典用の軍服を慣れない様子で身に着けているが、それは明らかに下士官用の物。これから始まる見世物にはとうてい似つかわしくない、ヘラヘラとした軽薄な笑みを口元に浮かべている。

  ハイエナが後ろに引き連れているのは、合計三十余名に上る今回の処刑対象。男も女も灰色のみすぼらしいローブ姿で、両手首と両足首を太い鎖で縛られた上で数珠繋ぎにされている。鎖が重いのか己の運命に絶望しているのか、彼らの足取りはよろよろとして覚束なく、ハイエナに鎖の端を引っ張って催促されても半歩ずつ足を踏み出すのがやっとと言う具合である。

  ――『右足』の王族や墨雲の親類縁者たちに間違いないとは思うのだが、頭にすっぽり黒い袋を被せられているので個々人の見分けはつかない。早くその袋を外して恥辱や恐怖や悲哀や怨嗟や、絶望に染まった顔を見せろと見物人から野次が飛んだ。

  (……確かに、せめてもの情けとも考えにくいな。こちらも替え玉なのか? いや、墨雲をおびき寄せる作戦だったとしても敢えて替え玉を用意する必要はない……)

  警戒心を強める碧に対し、赫が小声で、

  「……お兄様。あれらの者から、アニマは感じ取れますか?」

  「ああ。一つを除いて、極めて微弱なものだがな。墨雲とは比べること自体失礼と申すものだ。よくもあのような、魂の堕落し切った輩が王族などと……」

  極めて微弱どころか、反応が一切感じ取れない相手に対して答える碧。「故に貴様のことも第二王子などとは俺は認めん」と言う含みを持たせたのが伝わったのか否か、赫もまた不測の事態に備える風に彼に身を寄せてきた。

  ――その間に、ようやく全員を処刑台の上に整列させ終えたハイエナは一息入れると、貴賓席に居並ぶ面々や広場に詰め寄せた大群衆をぐるりと見回してから、芝居がかった仕草で一礼した。

  「どうも、長らくお待たせいたしました~。おいら、このたび処刑役を仰せ付かりましたブチって言いま~す。賤民出の下士官なんかには本来任せられる筈もない大役なんですけど~、〈端倪〉王陛下から直々にご指名がありましたもんで……。いえ~い、墨雲将軍見てる~?」

  ひょうきんな身振りをしてみせるブチだったが、当然ながら招待客からも見物人からも大顰蹙を買う。こんな悪趣味な見世物に参加している時点で同罪だと考える一方で、そうは言ってもいやしくも王族を下士官風情に処刑させるのは見せしめにしてもやりすぎだと、内心で〈端倪〉を非難する碧。

  ――それはさて措き、あのブチとか言うハイエナから感じ取れるのは[[rb:死臭 > ・・]]にも等しいアニマだ。夥しい流血や飛び散った臓物など戦場で見慣れている筈の碧でさえ、思わず胸が悪くなるような……。

  (墨雲には気の毒だが、助け出す余裕はないかも知れんな……)

  胸のむかつきを堪えつつ、居住まいを正す碧。こう言った時ばかりは、アニマを持たないと同時に他人のそれも一切感知できない赫のことが羨ましくなる。

  ――ブチはしばらくその場で愛想を振り撒いてみせていたが、当初から墨雲の乱入など期待してはいなかったのか、

  「てなわけで~、皆様お待ちかね、楽しい楽しい公開処刑を早速始めたいと思うんですが~……実は! もう終わっちゃってま~す!」

  はっとして処刑台を注視する碧。赫や他の招待客もそれに倣い、見物人の間からは一斉にどよめきが起こる。しかし彼らの予想に反し、そこには未だに鎖に繋がれ、頭に袋を被せられたままの三十余人が整列している。

  ――墨雲に対する挑発と同様、単なる冗談だと解釈した人々が口々に不満を漏らし、それは徐々にざわめきとなって会場に拡がってゆく。ブチはそれに負けじと壇上で声を張り上げ、

  「だって~、『これからそこに置いてある斧で、三十人以上の首を順番に切り落としていきます!』なんて時間かかりすぎて興が冷めちまいそうだし、何よりおいらが疲れるし……。かと言っておいら、陛下と違って、複数の標的を同時に即死させられるようなアニマなんて宿してないし……」

  相変わらずヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべながら、ブチは処刑対象の一人に歩み寄る。その頭の袋に手をかけると、

  「てなわけで! [[rb:全員 > ・・]]、[[rb:殺しときました > ・・・・・・・]]!」

  それを勢いよく剥ぎ取ってみせるブチ。その陰から現れたのは『左目』の王族の一員と思しき、中年の豹獣人の男の顔。しかしその両目は既に白濁が始まっている上、毛皮にはポツポツと、豹特有の斑点に混じって真っ赤な物が――

  「潮!!!」

  (後略)

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