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善逸は、雷魔法の使い手が多く住む村で育った。
雷魔法は、攻撃に特化したもの、もしくは魔法道具に使用されるものばかりである為、その殆どの適正者が、魔法騎士となるか、魔法技師になるかのどちらかしかいなかった。
回復魔法を使えない為、得意な人間を娶る場合が多く、隣村の桃の神の血筋を引く一族から多くの人間が嫁いだという。
善逸の母もまた桃の村から嫁いだうちの一人だ。
だから、善逸の村には桃の一族から贈られた回復力と浄化の力を併せ持つ魔法の桃の木が何本も植えられていた。
しかし、その木も、村も…どこにもない。
“逃げろ!魔王の一派が攻めてきた!”
善逸へと向かって叫ばれた声に、けれど幼い子どもだった彼は咄嗟に動くことができなかった。
その間に、善逸へ逃げろと言ってくれた村人は、魔狼の吐く炎に呑まれてしまう。
善逸が気付いた時には、もう村は壊滅寸前だった。
善逸が無事だったのは、郊外の森へと出掛けていたからだ。
“何…これ…”
善逸は目の前の光景が信じられなかった。
満月の下、焼け落ちた家々、事切れた村の人々、そして焼け落ちた桃の木。
地面に落ちた焼け焦げた桃の実を、獣の黒い足が踏み潰す。
そんな地獄絵図へと変貌した村を、赤い瞳の魔狼達が蹂躙する。
“あ…”
いつの間にか、自分を取り囲む魔狼の群れ。
唸り声を上げる彼らが、善逸目掛けて一斉に襲いかかった。
アオオオォォン!
しかし、突如上がった遠吠えに、狼達は急に動きを止める。
善逸が振り返ると、そこにはこちらへと掛けてくる、白銀色の子狼の姿。
その姿に善逸は青ざめ、声をあげる。
“逃げろ!こっちに来るな!”
先程まで自分と一緒にいた存在に、善逸は逃げろと手を振る。
その後ろに、忍び寄る黒い影。
善逸は自分の背後に迫る牙の存在に気付いていなかった。
ガブリ!
“やめろー!!!”
自分ではない、誰かの声。
その声が誰だったのか、今でもわからない。
ただ、わかるのは……その声の主が、自分を案じる音を響かせていたということだけだった。
“善逸、死ぬな!”
その声を聞いたのを最後に、善逸の意識はそこで途切れた。
その日、善逸は家族も、故郷も、普通の生活も、全て失ったのだった。
雷狼のBEAST 第四話 豊穣蔡と牙のネックレス
―――それから十年。
晩秋の冷たい風が、鳴神の本拠地を吹き抜ける。
今日もまた、善逸は夢を見る。
焼け焦げた桃の実。
白銀の子狼。
そして、あの声―――
夢の中で、その声が再び木霊する。
“死ぬな!”
「っ…!」
ハッと目を開けると、上着だけを身につけている状態で、執務室の机に突っ伏していた。
汗で濡れたシャツが、胸の痣を冷たく濡らしている。
「大丈夫か?」
善逸に覆い被さる宇髄が心配そうに顔を覗き込んでくる。
どうやら、奥に熱い奔流を叩きつけられた衝撃で意識が飛んでいたらしい。
「ン……大丈夫」
「また昔の夢か?」
「……うん」
そっと、顔を伝う汗を拭ってくれる宇髄に、善逸は目を伏せる。
眠るのは好きじゃない。
夢をみてしまうから。
どうせなら楽しい夢ならよかったのだが、悲しいことに善逸がみる夢の殆どが、あの悪夢なのだ。
あの夢をみる度に、過去に失ったものへの絶望と、自分一人だけが生き残ったという罪悪感で、胸が押し潰されそうになる。
それが、善逸にはどうしようもなく辛いことだった。
「宇髄さん……お願い…」
先程の悪夢を忘れたくて、そして再び沸き起こる欲望をどうにかしたくて、潤んだ瞳で背後にいる宇髄を見上げた。
同時に、善逸の淫らで熱い粘膜が、彼の浅ましい欲望を体現するかのように、胎内にいる宇髄を締め付ける。
善逸の誘いに、宇髄はフッと笑った。
「ああ、いいぜ。いくらでも付き合ってやる」
そう言うや否や、宇髄が中断していた腰の動きを再開した。
そして、いつものように淫らで爛れた時間が過ぎていく。
パン!パン!パン!
「はぁっ…あぁっ!……んぅっ!」
だらしなく口を開け、まるで雌犬のように善逸が喘ぐ。
彼の口から漏れる矯声。
その声に合わせ、粘着質な水音が鳴神の執務室に響き渡る。
「んぁ…ハッ…ぅ…あ!」
「……っ…ぜん…」
腕に力が入らない善逸の腰を宇髄が支える。
いつもなら、書類が置かれた隊長席の机。
だが、今そこには何もなく、代わりにその机の主であるはずの善逸が手を付き、熱い吐息がよく磨かれた机を白く曇らせた。
そんな彼に覆い被さるように、副官の宇髄が下半身をピッタリと密着させ、更に激しくイイところを突いている。
「ハッ…相変わらず、隊長の中は温かいな…」
「あっ!...やぁ…ン!」
するりと何も身につけていない太ももを撫でられるだけで、甘ったるい声を漏らしてしまう。
それくらい、宇髄を受け入れることになれてしまったのだ。
おそらく、善逸の体で宇髄が触れたことのない場所など、もうないだろう。
そんなことを思っているうちに、視界が点滅し、胎内が収縮し始める。
「ひぅっ…アッ!…うずい…さ…うず…さ…!」
「……っ…ぜん…出すぞっ…!」
「~~~っ!」
胎内に感じる熱い迸りに、ブルブルと身を震わせる。
同時に吐き出された彼の白濁は、宇髄の大きな手が受け止めた。
「ハッ…ハッ…」
荒い息を吐きながら、ぐったりと机に寝そべる善逸。
そんな善逸の中から宇髄が自身を引き抜いた。
「んぅ…ふ…」
それだけで身悶え、感じてしまう体。
そんな自身の体をどこか情けなく思いながらも、善逸はされるがままに宇髄に抱かれ、浴室へと向かったのであった。
あれから、二ヶ月近い月日が流れた。
一時的とはいえ発情が治まったこともあり、善逸の隊長降格の話は消えた。
善逸が復帰した日、彼の帰りを待っていた同期の伊之助と、鳴神の部下達はそれはもう喜んだ。
泣いて喜ぶ部下達。
伊之助も珍しく、体は平気か?と聞いてきた。
そんな彼らに、善逸がもう大丈夫であること、そして長い間休んでしまったことを詫びると、伊之助は涙を堪えるように体を震わせ、部下達は更に号泣した。
お前らが泣きわめいてどうするんだと苦笑する宇髄と、善逸の顔を見たら安心したという、伊之助と部下達。
そのやり取りに、善逸は涙を浮かべ、それこそ泣きわめきながら、一同に抱きつき、その直後鼻水をつけるなと伊之助に投げ倒されたのであった。
それからは、表向きはこれまでと変わらない日常が過ぎているようにみえる。
しかし、その裏では善逸の生活は一変した。
一度は止まった発情であったが、元々繁殖を目的としたこの痣は、ふとした瞬間に発情を引き起こしてしまうのだ。
戦闘中に起こらないよう、胡蝶姉妹の魔法が発情を抑えてくれているが、それも不完全なもの。
あまり発情を抑えると、再びあの蔦が出てきてしまう。
その為、今まで以上に宇髄にそばにいてもらう必要があるのだ。
彼に、抱いてもらう為にーーー
その事実が善逸を苦悩させた。
以前までは、信頼する相棒、そして気の置けない友人というだった。
けれど、今のこの関係は、明らかに相棒や友人の枠を超えている。
(もう、前みたいな関係には戻れないんだろうな…)
今宵もまた、ベッドの上で宇髄に胎内を突かれながら、善逸は人知れず内省する。
ここは、鳴神の宿舎にある善逸の私室。
二人は風呂場で汗を流した後、あれだけ激しく求め合ったにも関わらず、こうして宿舎に戻り、一糸纏わぬ姿となって、再び獣のように貪り合っていた。
この二ヶ月でわかったことがいくつかある。
それは、毎夜宇髄に抱かれていれば、日中に発情することが極端に減ること。
そして、満月の日は逆に発情が強くなることだった。
だから、この関係が始まってからは、毎夜のように宇髄を部屋に招き入れ、肌を重ねていた。
流石に、満月の日は宿舎にいると獣人の騎士達を狂わせてしまう恐れがあるため、癒聖院の離れには籠るが、そこでも宇髄とひたすら絡み合うのは変わらない。
そんな日々に、善逸は悩んでいた。
このまま、自分は魔法騎士を続けていいのか。
そして、ずっと宇髄に頼ってばかりでいいのか、とーーー
「考え事とは余裕だな」
「んぁっ!」
イイところを擦られ、ビクリと身を震わせる。
その反応に、宇髄は口角をあげると、善逸の足を抱え込み、より深く奥を突き始めた。
「んぅ…ぁ…くぅ…ン!」
“あぁ、どうかしている。オレは…”
自分は男なのにーーー
目の前にいる相手も男だし、何なら大嫌いイケメンであり、そして恐怖の対象でしかない狼なのにーーー
それなのに、今こうして女性のように股を開き、貫かれ、注がれる悦びに打ち震えている。
最早、与えられる快楽を享受し、ただ突き上げられ、揺さぶられる存在に成り果ててしまう中、善逸は朦朧とした意識の中で、ふと夢の続きを思い出す。
どうして、善逸はあの時生き残れた?
“死ぬな!”と言った声の主は?
あの白銀の子狼は、その後どうなった?
「っ……!」
ぎゅっーーー
「ぜん?」
脳裏を過る記憶に堪らずにすがり付くと、宇髄が気遣うように声をかける。
けれど、やめて欲しくはない。
寧ろ、何も考えられなくなるくらい、激しくして欲しい。
「もっと…!」
「………」
善逸の願いに、けれど宇髄は何も言わず、深く激しく、善逸を突き上げる。
そんな宇髄の心遣いに申し訳なさと感謝の念を抱きながら、善逸は宇髄の首に腕を回し、ぎゅっと目を瞑り、涙を堪えた。
(俺は…生きてるだけで、誰かを傷つけてる…)
自分を助けようとした人は炎に包まれ、命を落とした。
育ててくれた祖父は、自分を引き取った為に、村を出る羽目になった。
義兄の獪岳が財力に固執するようになったのも、自分と一緒に暮らしてからだった。
あの時、自分へと駆けつけてきた子狼の消息もわからない。
そして、今こうして魔法騎士団の相棒であるはずの宇髄に、このような爛れた行為を強要している。
善逸は心の中で自分を責めながら、宇髄の太い首に腕を回し、快楽に身を委ねたのであった。
「………キツくないか?」
「うん、流石に腰は痛いけど…」
情事を終え、気だるい雰囲気の中、二人シーツの上で横たわる。
善逸は宇髄の腕に頭を預け、ふと彼の名を呼んだ。
「宇髄さん」
「ん?」
「オレ…やっぱり隊長を…魔法騎士団を辞めたほうがいいんじゃないかな?」
「あ?」
「オレ、こんな体になっちゃったし…もし、宇髄さんが隊長が嫌なら他の誰かをーーー」
「駄目に決まってんだろ」
怒ったように強く言い切る宇髄に、善逸が顔をあげる。
「でも…オレ、明らかに宇髄さんに頼りすぎてるよ。こんなの隊長とは言えない。それにずっとこの関係を続けるわけにはいかないでしょ?これじゃ、宇髄さんも彼女とか作れないじゃ…」
「構わねぇよ。お前が彼女になってくれるなら」
「はっ!?」
思いもよらない言葉に、善逸がすっとんきょうな声をあげる。
この男は、今何と言った?
「彼女なら、お前がなればいいだろ?実際こういうコトしちゃってるし」
「んぁ!?」
尻を撫でられ、慣れた体がビクンと跳ねた。
真っ赤な顔で口をパクパクさせる善逸に、宇髄はニヤリと笑う。
「イイねぇ。その表情。ド派手にそそる。ってな訳で、俺の嫁になれ。善逸」
「何で彼女から嫁に代わってんだよ!そして、いい加減尻を揉むのやめろ!」
からかう宇髄に、善逸は彼の腕から抜け出し、シーツにくるまった。
サナギのようにシーツの中に籠城する善逸に、宇髄がおーいと声をかける。
「出てこい。隊長どの」
「………」
「つーか、お前がシーツを全部とっちまって寒いんだけど。俺も中に入れてくんない?」
「~~~」
堪らずに、ごそっとシーツから顔を出すと、そのままシーツが上へと舞い、体を引き寄せられた。
パサッと効率よくシーツが二人の上に落ちる。
「は~あったけぇ…」
「……オレは湯タンポか」
「俺様専用のな」
むくれる善逸の頬っぺたをつつき、宇髄が笑う。
しばらく拗ねたようにそっぽを向いていた善逸だったが、拗ねることが馬鹿馬鹿しくなり、宇髄の顔を見上げ、苦笑した。
笑う善逸に、宇髄がフッと微笑む、
「善逸、鳴神の隊長はお前だけだ。発情しようが何だろうが関係ない。だから、これからも俺達を率いてくれ」
「オレ、泣き虫で臆病だよ?それでもいい?」
「何を今更。お前の泣き虫は鳴神の面子なら全員知ってるだろ?」
「そうだけどさ…」
「善逸」
宇髄の真顔に、思わず押し黙る。
ただ名前を呼ばれただけなのに、彼の言葉には言うことを聞いてしまうような力強さがあった。
宇髄がスッと善逸の頬に触れる。
「生きてるだけで傷つけるなんて、そんな馬鹿げたことは絶対ないから安心しろ」
「え……」
「だから、生きていることを悔やむな。お前の為に命や時間をかけてくれた存在の為にもな」
「………!」
「そうじゃなきゃ、そいつらも浮かばれねぇよ」
宇髄の言葉に、善逸の瞳から涙が溢れ、こぼれ墜ちた。
同時に、胸が温かくなり、それと連動するように黒百合の痣が淡く光る。
「相変わらず、泣き虫だな」
嗚咽を漏らす善逸の涙を拭い、宇髄が笑う。
そんな彼に対し、善逸は泣きながらも嬉しそうに笑った。
「……宇髄さん、ありがとう」
「……おう」
善逸の感謝に、宇髄がようやく安心したように微笑んだのであった。
魔法騎士団の聖峰・裏参道
山頂に産屋敷家直轄の藤襲大社が鎮座し、中腹には九つの魔法騎士団それぞれの守護神社が灯籠で結ばれている。
普段は灯り一つない聖域も、今夜は豊穣祭で煌めき、囃子の音が聞こえてくる。
夜空には、美しい黄金色の三日月。
これから、花火も打ち上げるのだから、祭りにはお誂え向きだ。
「任務は祭りの警備って言われてたはずだけど……」
淡香色の着物姿の善逸が頬を膨らませる。
「結局、宇髄さんと二人きりじゃん」
山頂にある大社から、太鼓の音がドンドンと響いた。
今宵は、豊穣祭。
魔法騎士団の創設者の家系であり、事実上のトップでもある産屋敷家が主催する祭りだった。
秋に獲れた食物への感謝と、これから厳しい冬を乗り越える為に祈りを捧げる貴重な神事である。
だというのに、善逸は宇髄と二人であり、しかも騎士服ではなく、着物姿だ。
元々、真面目なほうではないが、こうも堂々とサボるのは、臆病者なので気が引けるのである。
「文句あるか?」
同じく赤紫色の着物を纏った宇髄がニヤリと笑う。
「それとも期待してんのか?やらしいね~隊長は」
そう言って、背後から腕を回し、善逸の首筋に熱い息を吹きかける。
「んっ……だ、だめだって……ここ、外……!」
リップ音を響かせ、首筋やうなじに吸い付く宇髄を咎めるが、それが本気でないことは本人にもよく伝わっているらしくーーー
「あ……」
着物の合わせ目から手を入れられ、胸の頂を指で弄られる。
それだけで、無意識に腰が揺れてしまう。
蕩けた表情の善逸の耳に、低くて色気のある声が囁いた。
「誰も来ねぇよ。見ろ」
指差す先——祭り広場は数百メートル下。
祭りの開始を知らせる花火が盛大に上がり始めた。
花火がバンバン上がるたび、善逸の金髪が橙色に染まる。
「でも……発情、しちゃう……」
「知ってる。だから、今夜は特別警護だ」
「ひゃうっ!」
宇髄の指が胸の頂で円を描く。
善逸は淡香色の着物の裾をギュッと掴み、必死に襲いくる快楽に耐える。
「そんなっ…ひぁ…っ!……こ…な…こと、され…たら…ン……欲しく、なっちゃうよ…!」
「誰を?」
顎を捕まれ、強制的に背後を向かせられる。
僅かに揺れている深紅の瞳がそこにあった。
彼の瞳に、目を潤ませ、悩ましげな表情を浮かべる自分が映っている。
何だか気恥ずかしくなり、頬を染めたまま目だけを逸らす。
「それは…」
「ぜん」
呼ばれた愛称と、唇にかかる熱い吐息に、頭の芯が痺れ、何も考えられない。
気付けば、考えるより先に口を開いていた。
「……うずい…さん…」
「ん?」
「うずい、さんが…………欲し…っ…」
震える声でそう告げると、宇髄は善逸の敏感な耳に唇を寄せた。
「俺が欲しいのか?」
「……ン…」
「他の男でもお前を満たせるけど?」
「ヤダ!他の誰かなんてヤダ!」
気付けば、そう叫んでいた。
確かに、発情し男を欲しがる体になってしまったが、それでも善逸には意志がある。
触れられたいのは、抱かれて嬉しいのは、全て宇髄だからであってーーー
(!?……オレ…今…)
自分の考えに、善逸は目を見開いて固まった。
これでは、まるで……自分は宇髄のことをーーー
「そうか……よかった…」
不意に、ホッとしたような声が耳元で囁かれた。
すると、先程から善逸の体を愛撫していた感触が消える。
「…ぁ……」
去っていく心地のよい手に、思わず落胆の声が漏れた。
その事実に、自己嫌悪に陥る善逸の横で、宇髄が懐から小さな革袋を取り出す。
「その言葉が聞けて安心した。善逸……これ、受け取ってくれないか?」
そう言って、宇髄が皮袋があるものを取り出す。
中から現れたのは、白銀の牙と革紐でできたネックレス。
宇髄の瞳を思わせる深紅の魔鉱石が花火に照らされ、煌めいている。
「これは?」
「俺の牙だ。知り合いに頼んで、特別に加工してもらった」
宇髄が善逸の首にネックレスをかけ、ちゅっと首筋に口づける。
「狼の牙が昔から魔除けに使われているのは、魔法騎士なら知っているよな?これがあれば、その痣も大人しくなると思うぜ?」
彼の言葉通り、ネックレスをかけられた瞬間、苛み始めていた痣の発情が引いていくのがわかった。
善逸は振り返り、宇髄を見上げる。
「待ってよ。狼の牙は凄く貴重なものだろ?」
「安心しろ、俺は獣人で神だからすぐ生えた」
「そうじゃなくて!」
はぐらかす宇髄に、善逸が声をあげる。
「どうして、そんな貴重で大切なもの、オレにくれるのさ」
「………」
「宇髄さん、前に言ったよね?オレのせいだって…それ、どういう意味?」
その間にも花火はどんどん打ち上がり、灯籠の灯りが二人の淡香色と梅紫色の着物を照らす。
「宇髄さんがここまでオレを支えてくれる理由は何?オレ、そこまで宇髄さんによくして貰う理由が思いつかなーーー」
「お前に命を救われた。そう言えば納得するか?」
思いもよらない言葉に、善逸は耳を疑う。
「は?」
「俺は十年前、お前に命を救われている」
「……えっ…いや、待ってよ。オレ、宇髄さんと…そんな昔に会った記憶ない…」
戸惑う善逸に、宇髄はフッと笑った。
「俺は十年前、怪我をしていたところをお前に助けられた子狼だ」
その瞬間、宇髄の深紅の瞳と、最後に見た子狼の瞳の記憶が重なる。
“死ぬな!”
そして、再生される声ーーー善逸の中で、白銀の子狼と、副官の宇髄の姿が完全に重なった。
「うそでしょ?そんな…」
「………すまん」
「何で黙ってたの?言ってくれたら、オレ…!」
「ーーーそれは…」
パタタタタ!!!
チュン!
突如、勢いよく羽根の音を響かせて、一匹の雀が肩に乗る。
それは、善逸の使い魔だった。
「チュン太郎?」
使い魔の登場に、善逸が雀の思考を読み取ると、そこには隊長は全て集まれとの伝達が伝わってきた。
「ごめん、宇髄さん。呼ばれたから、ちょっと言ってくる!」
「おう…」
「後で、ちゃんと話を聞かせてよ?」
そう念押しすると、善逸は雀を追って山頂の神社へと駆け上がって行った。
それを見送る宇髄。
その後ろから、ジャリッと砂を踏む音が聞こえる。
「よう、狼野郎。随分とうちのカスを手懐けたみたいだな?」
「………」
鳥居の前に立つ善逸の義兄:獪岳。
その背中には、彼が魔法騎士として現役の頃に使っていた刀があった。
「ただの獣人じゃないことは思っていたが……やっと掴めたぜ。お前の正体をな」
敵意を向け、睨んでくる獪岳を、宇髄は鋭い目で睨み返したのであった。
「全く…炭治郎も伊之助も少しは学習しろよ!」
怒り心頭で善逸が坂道を下っていく。
何てことはない。
呼び出された原因は、この親友二人がまた成金貴族と乱闘したからである。
原因は、成金貴族の連れが一般の見学人に因縁をつけ、炭治郎がそれを庇い、抗議したからである。
それが、伊之助が加わったことにより、乱闘。
善逸を含めた隊長クラスが集められ、自体を終息させたのである。
誤解のないよう言っておくが、心優しく穏やかな気性の竈門炭治郎は、自ら喧嘩などしない。
しかし、正義感が強い上に頑固な石頭である彼は、その正直さと純粋さが災いし、時にトラブルに発展してしまうのである。
よって、成金貴族相手だと、どうしても喧嘩になってしまうので、貴族絡みの仕事は大抵善逸率いる鳴神に回されるのである。
「煉獄さんも煉獄さんだ!止めるだろ、普通!」
あの石頭の親友の副官である、狐の獣人の煉獄の顔を思い出す。
彼は炭治郎以上に正義感が強い。
よって、炭治郎に同調してしまうのだ。
それに対し、副官同士で歳も近い宇髄が止めろよと呆れ、突っ込んだのは一度や二度ではない。
「だいぶ時間がかかったな。宇髄さんはーーー」
先程まで宇髄といた鳴神の神を祀る社に辿り着くと、そこには人影が二つ。
「えっ、兄貴?」
思いもよらない人物の姿に、善逸は立ち止まり目を丸くする。
二人は善逸に気付いていないのか、険しい表情で睨みあっていた。
(こっちも喧嘩かよ…)
呆れながら、善逸が二人に声をかけようとした。
その瞬間ーーー
「お前の一族だろ?善逸の故郷を襲ったのは…」
「っ!?」
今日何度目かもわからない衝撃に、善逸は動けなくなった。
義兄は、今何と言った?
「十年前、魔王:鬼舞辻の元に下った元神族がいた。どうやら、全ての狼や犬の獣人の先祖でもある大神の直系らしいな」
「………」
「その一族は、自らの傲慢さで没落したにも関わらず、大いなる神の力を取り戻す為に、魔王側に着いた」
「………」
「その一族の名字は『宇髄』」
「………」
「お前の一族だろ!」
「だから何だ」
獪岳の追及に、けれど宇髄は睨みあっていたまま、動じない。
しかし、宇髄が否定しなかったことで、善逸は大きく動揺した。
獪岳がチッと舌打ちする。
「目的は何だ?衰退した一族の再興か?」
「興味ねぇな。そもそも、俺は十年前に一族から追放されている」
「じゃあ、何で名前がある?宇髄一族は後継者以外名前は付けないって話じゃねえか」
「人間の社会で獣人として生きていくには名前がないと不便だった。だから、そのまま使わせて貰ってる。それだけだ。お館様も同意して下さっている」
「相変わらず、甘い御方だ…」
そう言って、獪岳が刀を抜く。
その切っ先をゆっくりと宇髄に向けた。
「だったら、何で善逸に付きまとう?アイツに呪いなんざかけやがって!そのせいであのカスがどんな思いで生きてきたかお前にわかるか!?」
「っ!」
初めて宇髄が動揺したように表情を歪めた。
彼の表情の変化に善逸が青ざめる。
「呪花の証だが何だか知らねえが、野郎としての尊厳踏みにじりやがって!最初からあのカスを雌に貶めて孕ませるのが目的だったんだろ!魔力の強い奴なら強い血統が残せるだろうしな!」
「違う!俺はそんなつもりは…!」
パキッーーー
動揺した善逸が小枝を踏んでしまい、音を立ててしまう。
「ぜんっ!?」
「善逸!?」
宇髄と獪岳がようやく善逸の存在に気付く。
しかし、善逸は青ざめた表情のまま、ただ立ち尽くすだけだった。
それでも震えながら、何とか口を開く。
「今の話…何…?宇髄さんの一族がオレの故郷を焼いたとか…宇髄さんが、俺に痣を刻んだとか…」
「…………」
「……間違いだよね…?」
俯く宇髄に近寄り、その胸元を握り締める。
「ねえ、何かの間違いだよね…?獪岳の言ったことは間違ってて…宇髄さんは、神族でも何でもなくて…!」
「いい加減解れ!コイツはお前をーーー」
「黙れよ!オレは宇髄さんに聞いてるんだ!」
善逸の剣幕に、珍しく獪岳が押し黙る。
「……ねぇ、嘘だって言って…」
「……………」
「宇髄さんは……オレに痣なんて…ーーー」
「俺はーーー」
善逸の言葉を遮り、宇髄が口を開いた。
すがるように見上げる善逸に、けれど宇髄から紡がれたのは、残酷な言葉だけだった。
「俺は、お前に嘘つけねぇよ」
「っ!!!」
善逸の腕が宇髄の着物を手放した。
そのまま、ゆっくりと後ずさる善逸。
その姿に、宇髄が悲痛な表情で顔をあげ、彼の腕を掴む。
「待ってくれ!確かに俺はお前に痣を刻んだ…だが、俺はーーー」
「ごめん……ごめん、宇髄さん!」
「善逸!!!」
思いっきり宇髄の腕を振り離し、その場を逃げ出した。
「ぜん!!!」
宇髄の悲痛な叫びに胸が痛んだが、それでも今は彼の話を聞ける状況ではなかった。
善逸は、花火の鳴り響く中、ひたすら裏参道をかけ降りる。
チリッーーー
善逸の首にかかる、牙のネックレスが…彼の胸元で何かを訴えるように、音を立てて揺れたのであった。
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