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それは、宇髄が善逸の副官として、組んで間もない頃だった。
“なあ、隊長さんよ。そんな離れてないでこっちに来いよ”
“お断り申し上げる!”
“………あっそ”
木の後ろに隠れ、善逸がシャーと猫のように威嚇する。
この頃、善逸は宇髄に近づくことすらできなかった。
部隊の訓練や任務では常に一定の距離を保っていたし、報告などのやり取りで宇髄が近づけば、脱兎の如く逃げて距離をとる。
今も、こうやって距離を取る善逸に、宇髄はやれやれと肩を竦めた。
“そうやって、距離とるのはいいけどよ…さっきから全く進めてないよな?”
“うっ…し、しょうがないじゃん!この子達が…”
そうやって、足元を見下ろすと、そこにはたくさんの魑魅魍魎の精霊達。
精霊は金髪が好きだというが、ここまで懐かれては悪い気はしないものの、前に進めない。
“流星群が見たいって言ったのは誰だろうな?”
善逸が育った村の人間は、星や花など、ロマンティックなものが好きだった。
祖父曰く、雷属性の魔力を持つ人間はロマンティストなのだという。
善逸も、例外なく、それらのものが大好きだった。
だから、三十年に一度の流星群がどうしても見たかった。
“見たいとは言った。でも、アンタについて来てとは頼んでない!”
“宿舎を無断で抜け出そうとした隊長を見逃せってか?”
圧のある笑顔で返され、言葉に詰まった。
確かに、魔法騎士団の七番隊隊長が宿舎のルールを破り、夜中に抜け出すなど、あまりにも間抜けである。
“ほら、お前らもいい加減離れろ”
宇髄は善逸にくっつく精霊達を追い払うと、善逸の前に背を向け、腰を下ろした。
“えっ?なに…”
“背負ってやる。特別になーーー足、痛むんだろ?”
“な…んで、そのこと…”
“見てればわかる。ソイツらも心配してるしな”
その言葉に、先程足に群がっていた精霊達を見下ろす。
“オラ、とっとと来い”
“ひぇっ、ちょっと…!”
腕を引かれ、強引に背負われると、そのまま物凄い早さで林の中を駆け抜ける。
あまりの早さに、宇髄が着いたぞと足を止めた頃には、善逸は失神しかけていた。
“おい、これくらいでへたばるなよ”
“自分のスピード考えろ…”
“普段、それ以上のスピード出してんのはどこの誰だよ。それよりも、ほれ。上を見てみろ”
“わあ…”
降り注ぐ流星に、善逸が感嘆の声を漏らす。
“きれい…これが見たかったんだよ”
“ここは、俺様だけの特別な場所でな。派手に綺麗なのは流星だけじゃないぜ?下も見てみろ”
“わあっ!”
下を見ると、そこには薄桃色の百合がそよそよと揺れていた。
甘く清廉な香りが、鼻腔を擽る。
“これ、笹百合?こんなにたくさん…きれい”
“だろ?この場所は俺とお前だけの秘密な”
そう言って善逸を下ろし、悪戯っぽく笑う宇髄に、いつの間にか距離感を忘れて笑い返していた。
二人は腰を下ろし、しばしの間笹百合の丘で星空の天体ショーを見上げる。
“……何で、わかったの?オレが足を挫いたこと”
“そりゃ、任務で部下を庇った上官の動きは観察するさ”
“オレは別に庇ってなんか…”
“嘘つけ。副官の選定試験でも俺を庇って一緒に洞窟に閉じ込められたり、さりげなく獣人に差別的な貴族の矢面に立ってくれてるくせに”
ピクッ
肩を震わせる善逸に、宇髄は星空から善逸に視線を移し、なあと声をかける。
“お前が狼が苦手なのは知ってる。けどよ、お前がいい奴なのも俺は知ってんだわ…だからよ”
地面に置かれた善逸の手に自らの手を重ね、宇髄が言葉を続ける。
“わざと俺に嫌われようとするな。俺は自分の意志でお前の副官を希望したんだから”
“………アンタが思ってるほど、オレは大層な人間じゃないよ。それでもオレの隣にいたいの?”
“ったりめぇだろ。こっちはお前の隣が欲しくてここまで来たんだからよ”
真剣な宇髄の音に、善逸は初めて彼の目を見上げた。
正直、この深紅の瞳はまだ怖い。
けれど、少しだけ信じてもみたい。
“……善逸”
“ん?”
“オレの名前はお前じゃない。だから、隊長って言いたくない時は善逸って呼んでよーーー宇髄さん”
善逸もまた初めてちゃんと彼の名前を呼ぶ。
そのことに、驚いたように目を見開く宇髄が再び口を開く。
“……いいのか?”
“呼びたくないなら、別にいい”
そう言って、プイッとそっぽを向く善逸。
その姿に宇髄は笑った。
“ハハ、やっぱりうちの隊長はド派手に可愛いな!”
“はあ?アンタ世界がどう見えてんの!?オレが可愛いわけないじゃろがい!”
噛みつく善逸に、けれど宇髄は声をあげて笑った。
そして、ようやく笑いが落ち着いた頃、嬉しそうに目を細める。
“じゃあ、改めてよろしくなーーー善逸”
“……うん”
何故だか、気恥ずかしくなり、俯く善逸。
そんな二人を笹百合だけが見守っていたのであった。
雷狼のBEAST 第五話 牙の鳴く記憶(前編)
「………」
善逸は、一人宿舎のベッドで横になっていた。
光のない瞳からは涙が流れ、シーツを濡らしていく。
“ぜん!”
「っ!」
頭の中で再生される声に、善逸は布団を深く被り、声を殺して泣いたのだった。
豊穣祭の夜から、二週間ーーー
あれから、宇髄とは話していない。
話を聞いて欲しい。
何度もそう言ってくる宇髄に、けれど善逸はどうしても聞くことができず、遂に宇髄が一週間前から体調不良を理由に休んでしまった。
だから、今は善逸が一人で鳴神を率いている。
(何でだろ…前も一人で部隊を率いていたことがあったのに…今は凄く疲れる。それに…)
そっと、自らの胸に触れる。
あんなに苛んでいた発情が、あの日を境にピタリと止んだのだ。
それは、喜ばしいことなのに…代わりに、胸にポッカリと穴が空いたように空虚だ。
チリッーーー
体を動かすと、首にかかる牙のネックレスが音を立てる。
縋るように、ぎゅっとネックレスを握った。
これがあると、何故だか安心できるから。
最初は、捨ててしまおうかと思った。
実際、獪岳から取り上げられそうになった。
けれど、どうしても手放すことができなかった。
これを手放したら、宇髄との縁が切れてしまう気がしたから。
それくらい、善逸の中で宇髄の存在は大きなものとなっていたのだ。
本当は、話を聞かなければと思ってる。
信じたいとも、思ってるーーー
彼がずっと自分に対して誠実であったことは、自らの耳の力がなくともわかっていたから。
けれど、痣持ちと言われ、蔑まれ、罵倒され、馬鹿にされ生きてきた記憶の棘が、どうしても宇髄と向き合うことを拒む。
“善逸…ごめんな…”
休む前に、扉越しに聞いた宇髄の寂しそうな声を思い出す。
途端に、ズキッと痛む胸。
自らを苛む罪悪感に、善逸が布団の中でぎゅっと目を瞑った時だった。
バン!!!
「紋逸!蛇猫亭に行くぞ!」
伊之助の声に、善逸は布団から飛び起きた。
「うわっ!?伊之助!?ノックくらいしろよ!」
「うるせー!俺は腹が減ってんだ!早く支度しろ!」
ズカズカ入ってきた伊之助の後ろから、炭治郎がそっと顔を覗かせる。
「善逸……顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「……うん、平気」
「とても、そうは見えないぞ。食事もまともにとってないんじゃないのか?」
心配する炭治郎に、善逸は苦笑する。
「ごめん、二人とも。オレ今食欲ないんだ。オレのことはいいから二人で…」
「駄目だ!食欲がないなら尚更蛇猫亭に行くべきだ!」
炭治郎がムン!と鼻を鳴らすと、善逸の布団を思いきりひっぺがした。
そして、伊之助とともに善逸の両腕を抱える。
「皆でご飯を食べたら、きっと顔色も良くなるぞ」
「オラ、とっとと行くぞ!弱味噌が!」
「ちょっ!お前ら!離せよ!ってか、せめて着替えさせてー!」
洋食屋:蛇猫亭。
魔法騎士達の癒しの場でもあるここは、洋食に限らず、頼めばどんな料理も出てくる。
以前は、元魔法騎士団の団長の一人だった伊黒小芭内が相棒の使い魔である蛇の鏑丸とともに切り盛りしていた。
だが、今は違う。
「お待たせしました~!蛇猫亭特製プリンアラモードスペシャルで~す!」
猫の獣人:甘露寺蜜璃がにこやかに接客する。
ちなみに、甘露寺は旧姓であり、今の姓は伊黒。
そう、ここの店主の新妻である。
彼女がお嫁に来てから、蛇猫亭はスイーツのメニューが格段に増えた。
そして、接客もかなり良くなったと評判である。
「わあ~!甘露寺さん、ありがとう!」
「オイ、もう蜜璃は甘露寺じゃないぞ?あの蛇のオッサンと番ったからな」
「きゃー!もう隊長ったら!恥ずかしい!」
そう。
実は彼女は伊之助率いる八番隊:瑞獣の副官なのだ。
しかし、寿退職の予定なので、次の副官が決まり、引き継ぐまでは籍だけを置いている状態である。
「ほら、炭治郎くんも善逸くんも。いっぱい食べてね」
「はい、ありがとうございます!」
炭治郎が目を輝かせて皿を受けとる。
その横で、伊之助はもうガツガツとハンバーグを頬張っていた。
しかし、善逸は目の前のプリンアラモードを、ぼんやり見つめるだけ。
「……食べよう、善逸」
炭治郎がスプーンを差し出し、炭治郎が優しく微笑む。
テーブルには、他にもオムライスや豚汁、グラタン、カレーといった様々なメニューが並んでいた。
善逸が食べられるよう、炭治郎が配慮してくれたのだ。
善逸はスプーンを受け取ったものの、それでも料理に手をつけない。
すると、伊之助がエビフライを頬張り、唐突に口を開いた。
「お前、祭りの神と何かあっただろ?」
「っ!」
善逸のスプーンがカチャリと音を立てる。
強張る善逸の隣で、伊之助は口をもぐもぐさせながら、オムライスに手を伸ばす。
「善逸……俺たち、友達だろ?」
「…………」
「俺たちじゃ、力になれないか?」
その一言で、善逸の涙がまた溢れた。
「……ごめん」
俯き、ポロポロと涙を流す善逸に、伊之助がケッと顔をしかめる。
「お前、ずっとそればっかだよな」
「…………」
「だいたい、お前はいつもそうだ。普段はどうでもいいことで泣きわめいてくっついてくるくせに、肝心なことは話さねぇ」
伊之助がプリンを一口食べ、スプーンを突きつける。
「そんなに俺たちが信用できねぇのか?」
「違う!そんなんじゃ……」
「じゃあ何だよ!」
伊之助の剣幕に、善逸は言葉を詰まらせる。
言えるわけない。
二人に話すということは、自分が痣持ちであることをバラすことになるのだから。
「……怖いんだよ…」
「あっ!?」
「お前らに嫌われるのが怖いから話せないんだよ!友達だから!」
善逸の叫びに、途端に静まり返る店内。
一方、伊之助だけはほわほわとした雰囲気を醸し出していた。
どうやら、友達と言われて嬉しくなったらしい。
「……善逸」
炭治郎がそっと近づいて、善逸の肩に手を置いた。
「何だよ、炭治郎。お前まで説教するのか?」
いじけたような声に、けれど彼は静かに首を振る。
「しないよ。それに話したくないなら、無理には聞かない。だけど…これだけは言わせてくれ」
「…………」
「……宇髄さんも、怖かったんじゃないのかな?善逸が俺たちに嫌われたくないみたいに…」
「え……」
「そばを離れたのも……たぶん善逸にこれ以上辛い思いをさせたくなかったんだと思う。善逸が辛そうなのは、俺たちにもよく伝わってきたから」
「……っ…」
その優しい声に、善逸の涙がポロポロとプリンに落ちた。
「だから…」
「炭治郎!」
「わっ!」
親友に抱きつき、泣きじゃくる善逸。
ひっぺがそうとする伊之助を制し、炭治郎が善逸の頭を撫でる。
親友の腕の中で、善逸は暫くの間泣き続けたのであった。
「落ち着いたか?」
泣き疲れた善逸を、炭治郎が優しく抱きしめる。
伊之助が立ち上がり、善逸の頭をポンポンと叩いた。
「ったく、弱味噌が」
「……ありがとう、二人とも」
すると、目の前ににゅっと鏑丸が顔を出した。
頭の上にはティッシュの箱。
どうやら、使えということらしい。
「ありがと」
善逸が鼻をすすりながら呟く。
すると、蜜璃が温かなココアにマシュマロを添えて運んできた。
「はい、これサービス。よかったら飲んで、落ち着くから」
「ありがとうございます」
「……あんまり、思い詰めたらダメだよ?」
下がっていく蜜璃に頭を下げる。
ココアを飲み、ホッと息を吐く善逸。
その様子を見て、炭治郎が微笑む。
「善逸……お館様に相談してみたらどうだ?きっと、答えが見つかると思う」
伊之助が頷く。
「そうだな。俺の勘だがあの人は全部知ってるぜ」
確かに、そうだと思った。
宇髄は、魔法騎士になる前は産屋敷家で世話になっていたと聞いた。
今のお館様…産屋敷耀哉とは幼馴染みなのである。
だから、今回も帰ったのは、産屋敷家にである。
善逸は牙ネックレスを握りしめ、ゆっくり立ち上がる。
「……行ってみる」
「ちょっと待ってよ」
伊之助の制止に、善逸だけでなく、炭治郎も首をかしげる。
「どうしたんだ?伊之助」
「先に飯食ってからのほうがいいんじゃねぇか?蛇のオッサン、こっち睨んでるぞ」
「「あ……」」
厨房からじっと視線を向けてくる伊黒に、善逸は大人しく席に座る。
ここの店は、お残し厳禁なのだ。
特に、新妻の料理はーーー
なお、おみやにはできるが、流石にプリンアラモードは持って帰れない。
「……食べるか」
「……そうだな」
善逸は炭治郎と二人いただきます!と手を合わせると、自分達が注文した料理を平らげていくのであった。
産屋敷邸の客間。
善逸は、刀を置き、正座をしていた。
そして、上座に座るこの屋敷の当主に、深々と頭を垂れる。
「お館様。突然の訪問、御許し頂きありがとうございます」
「構わないよ。善逸…君がここに来ることは、察していたからね」
にこやかに対応するこの人物こそ、産屋敷家の現当主:産屋敷耀哉その人である。
魔法騎士団が、陰陽師や退魔師と呼ばれていた頃から、この組織を纏めてきた一族の当主は、全ての魔法騎士に尊敬されていた。
「天元のことだろう?」
「はい…」
「私でよければ、力になるよ。けれど、その前に、善逸の考えを聞かせて貰えないかな?」
落ち着く声に、善逸の緊張が解けていく。
気付けば、心の内を彼に吐露していた。
「……オレは、宇髄さんを信じたい。その為に、話を聞かなければと思っています。ですが…」
「同時に、信じることが怖い。そうなんだね?」
「……はい」
善逸は、目を伏せ、痣持ちとして生きてきた過去を振り返る。
「……今まで、ずっと痣持ちという理由だけで、白い目を向けられて生きてきました。オレだけならともかく、祖父や義兄にもたくさん迷惑をかけた」
「彼等は、迷惑だなんて思ってないよ?」
「そうだとしても…オレは…」
膝の上でギュッと拳を握りしめる善逸に、耀哉は寄り添うように声をかけた。
「そうだね、無理もない。痣を刻まれた者は皆呪われし者と見なされ、恐れられ、蔑まれる。特に君は人が良い。これまで、人に裏切られ、傷付いてきただろう?」
耀哉の言葉に、再び涙が零れそうになる。
「それでも、己の信念を通したい。それが君の強さだ。善逸」
「はい」
「私がこれから話すことは、天元の過去の一部だけだ。もし、それを聞いて君が天元を信じたいと思えるなら、後はちゃんと彼から聞くんだよ。いいね?」
「ーーーはい」
耀哉の言葉に、善逸は顔を上げ、頷いた。
自分は、宇髄を信じたい。
けれど、今のままでは自分の弱さに負けて向き合えない。
善逸の覚悟に、耀哉がスッと立ち上がる。
「場所を替えようか」
耀哉に促され、善逸は外の庭園に降りた。
「すっかり、寒くなったね」
「お館様、お召し物は…」
「大丈夫だよ。善逸は本当にいい子だ」
産屋敷邸の敷地は広大で、庭園だけでもかなり広い。
冷たい空気が肌を刺す中、二人は池にかかる橋を渡り、冬の植物が咲く庭の一角にたどり着く。
外には見事な山茶花の木があり、赤やピンク、白の花が、各々見頃を迎えている。
「今年も綺麗に咲いてくれたね」
山茶花の木々を見上げ、耀哉が微笑む。
善逸は、そんな彼から少し距離を取り、控える。
「私が天元と出逢ったのは、ちょうどこのくらいの時期だったんだ」
「……」
「山茶花の下で倒れている傷だらけの子狼を見つけて、屋敷に連れて帰った。それが天元だった」
「………」
「驚いたよ、私も父上に言われるまで神狼だと気付かなかったからね」
「そんなことがあるんですか?」
神職として、先祖代々、神々や精霊と対話してきた産屋敷一族は、誰よりも彼等のことを熟知している。
気付かないことなどあるわけがなかった。
しかしーーー
「気付かなったよ。何故なら、天元はその時はすでに神としての力を失っていたのだから」
「えっ?」
山茶花の赤い花弁に触れ、耀哉は善逸のほうへと視線を向けた。
「神狼だと気付いたのは、我が一族に代々受け継がれる浄めの藤の鈴を使って、天元の記憶を視たからだ。彼はずっと昏睡状態で、とても話せる状態じゃなかったからね」
「っ!?」
「意識が戻った後も、機能回復の為に一年という歳月が必要だった。最初は人型になることも難しかったんだ。元々、彼等は人と同じ姿を主流にしているからね」
耀哉から紡がれる事実に、善逸は言葉が出ない。
優しい声に、けれど彼の言葉が、事実が……善逸の胸に別の棘を刺す。
「善逸。呪花の証はね、力の源の一部を相手に移植する術なんだよ」
「なっ!?」
「本来は、万全の状態で行う術を、彼は回復していない状態で行ったんだ。だから、彼は命こそ取り留めたが、代わりに神としての力を失った」
その言葉に、あの夢の光景が蘇る。
自分は、魔狼に襲われ、意識を取り戻した時は、祖父のベッドの上だった。
耀哉の話と夢の断片が、一つの真実を紡ぎ出す。
「まさか…宇髄さんが、神の力を失ったのは……」
「………」
「お館様!」
「ーーー君の推測通りだよ」
「!!!」
「君を死なせたくなくて、天元は君に自分の力の源を渡し、痣を刻んだんだ」
「ハア、ハア!」
善逸はひたすら林の中を走っていた。
宇髄に会う為にーーー
その度に、首にかかる牙のネックレスがチリッと音を立て、揺れる。
“天元は、うちの敷地の離れにいるよ。でも、この時間は林の裏にある丘に出掛けているんじゃないかな?どうやら、彼のお気に入りの場所があるらしくてね”
その場所を聞いた瞬間、揺れる笹百合と流星群を思い出す。
善逸はひたすら見覚えのある林の中を突き抜け、遂に目的の場所へとたどり着いた。
「宇髄さんっ!」
「っ!?」
あの夏、流星群を見た笹百合の丘。
今は笹百合は枯れ、代わりに冬の精霊が咲かせる雪の花が咲き誇る丘に、宇髄はそこにいた。
空を見上げ、座り込む宇髄が驚いたようにこちらを見る。
「善逸…」
久しぶりに会う宇髄の顔は、どこかやつれていた。
その周りを、雪の精霊が紡ぐ白い花弁が、二人を包み込むように舞い、まるで涙のように、お互いの体に降り注ぐ。
「ーーーごめん」
サクッ…
善逸は涙を流しながら、宇髄のいる丘を登る。
「ごめん、信じてあげられなくて…」
一歩、また一歩と登る善逸を、宇髄が見下ろしている。
「オレ、逃げた…自分が傷つくのイヤで…っ…宇髄さんのこと、傷つけたっ…!」
「………」
「宇髄さん…」
善逸が丘を登り、息も絶え絶えに宇髄の前に膝をつく。
その時、善逸の首にかかるネックレスが宇髄の前で音を立てて揺れた。
それを目にした宇髄の目が見開かれる。
「それ…」
「何?」
「ずっと、持っていてくれたのか?」
宇髄の問いに、善逸は目の前でネックレスを握り締める。
「当たり前でしょ?アンタの気持ち、溝に捨てるような真似はしないよ」
「…っ!」
善逸の言葉に、宇髄は何かを堪えるように震えていた。
一方、善逸は乱れた息を整え、何とか口を開き、彼に願う。
「今更だけど…」
「………」
「話、聞いてもいい?」
「………」
「お館様からも聞いた。でも、ちゃんと宇髄さんから話を聞きたい」
善逸の願いに、宇髄がそっと腕を伸ばす。
「話……聞いてくれんのか?」
「うん」
「じゃあ…」
善逸の背中に腕を回し、宇髄が震えた声でこう告げる。
「約束してくれ……もう…オレから、逃げたりしないって…」
「うん…」
「ネックレス…ずっと、持っていて…」
「うん…うんっ……!…もう、逃げないから。ネックレスも、ずっと大事にするからーーー教えて?宇髄さんのこと…」
「……っ」
善逸の言葉に、宇髄は涙を零しながら、骨が軋むほど、強く彼を抱きしめた。
雪の精霊が紡ぐ白い花弁が、二人を包むように舞い落ちる。
牙のネックレスが、チリッと音を立てて、キラッと光を放った。
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