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夢を見た。
どこか、懐かしい夢だった。
笹百合の咲く丘で、花を摘む金髪の少女。
すると、近寄ってくる足音に、少女は振り返る。
“また来たの?”
独特の眉を寄せ、相手を寝目つける。
けれど、少女の頬は僅かに赤かった。
すると、顔こそ見えないが、白銀の髪に、上質な羽織を纏った美丈夫の口角が上がる。
“言っただろ?俺は諦めが悪いんだ”
“………”
“どうすれば、お前を嫁にできる?”
美丈夫の問いに、少女は背を向ける。
“言ったでしょ?私は人間。あなたは神。種族も立場も違うわ”
“種族?馬鹿言え。この国の人間は皆神の末裔だろうが。現にお前も桃の神の一族だろ?”
“……そうだとしても、あなたは大いなる神の一族で、しかも次期当主。私は桃神様にお仕えする一介の神子に過ぎない。立場が違うから”
そう言って、自らの神に捧げる笹百合を抱いて立ち去ろうとする少女。
しかし、その影に何かが覆い被さった。
パサッと音を立てて、笹百合の花が落ちる。
美丈夫が少女を押し倒し、組み敷いたのだ。
“お前はいつもそうだ。種族だの立場だの…お前の気持ちは微塵も言わねえよな?”
“………”
“お前の気持ちはどうなんだ?”
美丈夫の問いに、野に咲く笹百合が風に吹かれて揺れる。
強引だけど真っ直ぐな求愛に、気付けば少女は口を開いていた。
“……言ったってしょうがないじゃない”
“あ?”
“言ったってしょうがないじゃない!私じゃアンタの子ども産めないんだよ?実際、反対されてるでしょ?!”
“………”
“どんなにアンタに惹かれても、どうせ引き裂かれるもの!それなら、好きって伝えないほうがいい!このまま何も言わないで、私の気持ちなんてなかったことにしたほうが...!”
“好きなんだな?俺のこと”
“へ?”
ポカンとした顔を浮かべる少女の前で、美丈夫はニヤリと笑う。
その悪役のような顔に、彼女はゾクッと身を震わせた。
“この俺を誰だと思ってる?そんなこと、お前に惚れた時点でとっくに対策済だ”
“………え…?”
“俺としては、跡取りだの何だのどうでもいいが、確かにお前との子は欲しいからな”
“ちょ、ちょっと…?”
“桃神にはちゃんと話す。お前のとこの神子を嫁にくれってな”
“ねぇ、話を…!”
“だから、安心して嫁いで来い”
“待ってってば!話を…ンン!?”
少女の唇は、美丈夫によって塞がれる。
その後、バチーン!と乾いた音が笹百合の丘に響いたのであった。
雷狼のBEAST 第七話 恋人達の日
「おい、宇髄」
「なんだ?伊黒」
「………貴様、支払いはできるのだろうな?」
魔法騎士達の憩いの場:蛇猫亭。
カウンターに座り、空になった重箱を突きつける宇髄に、店の店主であり料理人の伊黒小芭内はこめかみを痙攣させている。
「安心しろ。減給は解除されたからな。それと、熱燗とうまき、鰻の肝焼きも追加な」
「天丼重五杯食っておいて、まだ食う気か?」
「うるせぇな、任務の後は腹が減るんだよ。つーか、お前のとこの嫁だってそれ以上食ってるだろうが」
「やだ、もう~宇髄さんたら!」
「褒めてねぇよ」
そう言って、蜜璃に空になった重箱を渡す宇髄に、伊黒はネチネチと文句を言いながら彼女を伴って厨房へと戻っていく。
その光景に、隣の席に座る魔法騎士団第六番隊、通称:瑞風の隊長、不死川実弥が呆れたように口を挟んだ。
「お前…羽目外し過ぎだろ。減給中どんだけ伊黒に世話になったと思ってんだ?」
「確かに、伊黒がここで飯食わせてくれなかったら俺痩せてたわ~もう暫くはモヤシも豆苗も見たくねぇな」
そう言いながら、先に運ばれてきた熱燗を飲む宇髄の逆隣で、うな重を食べる善逸が突っ込んだ。
「アンタ、もう悲鳴嶼さん達に迷惑かけたらダメだよ?」
減給になった原因は、自分にもあるので少し控えめに注意する。
すると、宇髄はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「どうだろうな?また、同じことするかもな~」
「はっ!?アンタなに言って…!」
「隊長がまたド派手にうまい唐揚げを食べさせてくれるなら、品行方正にするぜ?」
片肘を付き、意味深に笑う宇髄。
その表情に、善逸は真っ赤な顔で固まった。
すると、不死川の隣に座る魔法騎士団第三番隊、通称:水鏡の副隊長兼隊長代理、富岡義勇が鮭大根を口にしながら、珍しく口を開く。
「そんなにうまい唐揚げがあるのか?伊黒の作る物よりうまいものなら、是非とも食してみたい」
「富岡……貴様、表に出ろ」
「私は、小芭内さんが作ったお料理、全部大好きよ」
新妻の言葉に花を咲かせる店主。
その横で宇髄が不敵に笑った。
「悪いな、富岡。そこは特別な店でな。店主の気紛れでしか開かないんだわ」
そう言って、意味深に笑う宇髄が善逸を見る。
真っ赤になって、わなわなと肩を震わせる善逸に、不死川と伊黒夫妻は察したらしく、男性達は呆れたような顔をし、一方の蜜璃はきゃ~と悲鳴を上げ、宇髄さん胃袋を掴まれたのねと騒いだ。
もっとも、富岡はわからなかったらしく、部下の差し入れにしようとしてたのに...と残念がっていたがーーー
「こんばんは!」
「失礼する!」
蛇猫亭の扉が開くと同時に、快活で大きな声が店内に響く。
善逸の親友にして魔法騎士団第五番隊:燿天の隊長、副隊長が揃って入店したのだ。
「いらっしゃい、炭治郎くん!煉獄さん!」
蜜璃がぱっと顔を輝かせる。
「二人とも、今日は何にする?」
「うむ!鯛の塩焼き定食を貰おう!飯はさつま芋ご飯で頼む!そして、単品で鶏の唐揚げも頼む!」
「俺は鶏の唐揚げ定食、味噌汁大盛りで!」
二人が席に着くなり、炭治郎の鼻がひくひく動いた。
「……あれ?善逸、どうした?そんな羞恥と怒りの匂いをさせて」
物凄い形相で親友を睨み付ける善逸が、ゆっくりと怨念ののこもった声で口を開いた。
「炭治郎……わざとか?何でこのタイミングで唐揚げなんて頼むんだよ?」
プルプルと震える善逸に、当人の炭治郎はにこやかに答えた。
「煉獄さんと唐揚げの話をしたら、無性に食べたくなったんだ。善逸、宇髄さんに唐揚げを作ってあげたんだろ?」
ピキッ
善逸のこめかみに青筋が浮かぶ。
鬼の形相の善逸と、ニコニコと人の良い笑顔を浮かべる炭治郎。
そんな二人のやり取り見て、狐の獣人である煉獄が尻尾をフサフサと揺らし、豪快に笑った。
「うむ、俺も聞いたぞ!君の作る唐揚げは絶品らしいな!宇髄から耳にタコができるほど自慢されたぞ!」
ブチッ
血管が切れる音に、けれど煉獄は気付かない。
「まあ、竈門隊長の作る料理も一級品だがな!」
そう豪語する煉獄の話は、残念ながら善逸の耳には届いていなかった。
怨嗟の目で睨みつける善逸に、うまきと肝焼きを受け取った宇髄がスッと目をそらす。
「おい、副官どの」
視線だけで問い詰めると、観念した宇髄が照れ臭そうに頬を掻いた。
「いや、まあ…あれだ。嬉しくてな。それで、つい…」
「それで、じゃねぇわ!!!このオオバカクソ狼!!!」
「こら、善逸!そんな大声を出したら…」
「うるせぇよ!このデコパチ天然ヤロウ!お前も敵だ!」
そのまま、店を飛び出してしまう善逸。
「あれ?善逸、一体どうしたんだ!?」
炭治郎が慌てて立ち上がり、後を追う。
善逸はそのまま表通りをしばらく走り……やがて、街灯に手を付き、火照った顔を冷ますように、深い息を吐いた。
「……ほんと、何なんだよ…」
耳まで真っ赤な顔で、ポツリと呟く。
唐揚げは、ただ減給中の彼が苦労していたので、作っただけだ。
何てことはない、母と桑島の祖父がよく作ってくれた、思い出の味を──
それなのに、あんなに喜ぶなんて……
『めっちゃ、うまい。善逸…ありがとな』
「っ!」
屈託のない笑顔を思い出し、頭から湯気が沸きそうになる。
自らの反応に、善逸は頭を抱えた。
(いやいやいや!オレ何やってんの!?何で宇髄さんの顔思い出しただけでドキドキしてんだよ!)
頭を抱え、歩道であることを忘れてのたうち回る善逸を、通行人が奇妙なものを見たような視線を送り、そそくさと通り過ぎる。
それさえ、気にする余裕もなく、頭を抱えながら汚い雄叫びを叫ぶ善逸に、炭治郎がやっと追いついた。
「こら、善逸!道の真ん中で不振な行動を取るんじゃない!」
そう言って、善逸の首根っこを掴み、強制的に起こす。
炭治郎の言葉に、善逸はジトッと恨みがましい視線を送った。
「誰のせいでこうなったと思ってんだ、このデコパチヤロウ!」
そのまま、ガブガブと炭治郎の頭を齧り始める善逸に、炭治郎は思わず悲鳴を上げた。
「いたたた!善逸、落ち着けって!」
「うるせぇ!人を笑い者にしやがって!オレをからかって楽しかったか?なあ?!」
「いたたた!何でそうなるんだ!」
そういうやり取りがあった後、二人はぜぇ、はぁ…と荒い息を繰り返し、地面に倒れていた。
無駄な攻防戦に、炭治郎が顎の汗を拭い、身を起こす。
「善逸、蛇猫亭に戻ろう?」
「………」
「宇髄さん、待ってるぞ?」
炭治郎の言葉に、善逸は腕で顔を覆った。
僅かに震えている友人に、炭治郎が声をかける。
「…………どうしたんだ、善逸?」
腕で顔を覆ったまま、善逸は小さく首を振る。震えが、止まらない。
(戻りたくない)
正直、どんな顔で宇髄の元に帰れば良いのかわからない。でも、彼がいない隣は──寒い。
(……戻りたい、宇髄さんの所へ)
胸の奥が、ズキンと痛んだ。
宇髄の声が、頭の中で何度も繰り返される。
『めっちゃ、うまい。善逸…ありがとな』
あのときの笑顔が、眩しすぎて、愛おしくて……
(──ああ、もうダメだ)
顔を覆う手が拳を作る。
(俺は、宇髄さんのこと……)
気付きたくなかった。
でも、もう……この気持ちを、偽ることはできない。
それくらい、自分は宇髄のことを──
(宇髄さんのことが……好きなんだ)
そう認めた瞬間、雷みたいに、ビリッと全身を走る衝撃。
顔を覆っていた腕が、ゆっくりと落ちる。
月明かりに滲んだ善逸の瞳は、自分でも認めたくなかった熱を宿していた。
「………うそすぎない…?」
掠れた声が、夜の街に溶ける。
「善逸…?」
「………こんな気持ち……知りたくなかった…」
「…………」
静かに涙を流す善逸に、炭治郎はただ静かに、震える友人の肩に手を置いたのだった。
一方の宇髄はというと…──
バタン──
蛇猫亭の扉が閉まる音がして、善逸の姿が消えた。
店内が一瞬、静寂に包まれる。
「先ほどの唐揚げの話は、我妻の手作りだったのか?」
富岡が、ようやく合点がいったという風に呟く。
「うむ!熱い男は逃げ足も速いな!!」
大笑いする煉獄の横で、宇髄は空になった熱燗の徳利をテーブルに置いて、ため息を吐いた。
「……ったく、逃げんのが早すぎんだろ。あっ、次はウイスキーをくれ」
先程食べ終えたうまきと肝焼きの皿を返す宇髄に、不死川が隣で肘をつきながら、チラリと宇髄を見た。
「おい、宇髄」
「なんだよ」
「お前……まだ気持ち、伝えてねぇのか?」
「っ!?」
ゴホッ!ゴホッ!
不死川の何気ない一撃に、思わずウイスキーをむせる宇髄。
すると、蜜璃が慌てて背中を撫で、鏑丸がおしぼりを渡す。
その姿に、煉獄は珍しいものでも見たかのように、耳をピクピクさせた。
「宇髄でも動揺するのだな!」
「うるせぇ!不死川が変なこと言うからだろうが!」
真っ赤な顔で立ち上がり、大声を出す宇髄に、伊黒がポツリと言った。
「まだ言ってなかったのか?いい加減、告白しろ」
「な、伊黒まで何言って!?」
「宇髄は我妻が好きなのか?」
きょとんとした表情で、富岡が問う。
その言葉が決定打となり、宇髄はテーブルに顔を突っ伏してしまった。
その横で、『よもや!気付いていなかったのか?!』と煉獄の大声が耳をつく。
「宇髄さん、大丈夫?」
蜜璃が心配そうに声をかける。
返事をするように尻尾を振ると、猫の本能からたまを取り始めた。
おい、と苛立たしげに声を出す宇髄。
その姿に、伊黒が鼻をならした。
「フン、日頃から他人を弄っていた罰だ。わかったなら、さっさと告白しろ」
伊黒の言葉に、けれど宇髄は黙ったままだった。
皆、首を傾げる。
いつもの彼なら「誰よりも派手に告ってやるよ!」って返しそうな気がするのだが...
「おい、どうした?」
不死川が伊黒から食後のおはぎを受け取りながら声をかける。
「宇髄、君らしくないな。いつもの派手さはどうした?」
蜜璃からさつま芋ご飯と鯛の塩焼き定食、そして唐揚げを受け取りながら、宇髄に視線を向けた。
友人達の視線に、宇髄はようやく顔を上げた。
その頬は、珍しく赤い。
「………それができたら苦労しねぇよ」
「「「何?」」」
珍しく口ごもる宇髄に、煉獄、不死川、伊黒の三人が目を丸くした。
実際、こんな姿の彼は三人とも見たことがない。
「……ダセェよな。俺がこんなビビってんのも」
指でグラスをくるくる回しながら、俯く。
耳も垂れ下がり、妙に小さく見える。
「男同士を気にしてるのであれば…」
「んなもん、気にする俺じゃねぇ」
「人間と獣人の立場を気にしてるのか?」
「お前ら夫婦がそれ言うか?」
「じゃあ、何だ。後ろめたいことでもあんのか?」
その言葉に、再び走る沈黙。
気まずい雰囲気に、すると蜜璃がオレンジが飾られたカクテルを持ってきた。
グラスに注がれた色鮮やかな黄色が、善逸の髪を思い出させる。
「おい、頼んでねぇぞ」
「私からのサービス。はい、スクリュードライバー」
そう言って、グラスを宇髄の前に置き、優しく微笑む
「ねぇ宇髄さん」
「ん?」
「私ね、思うの。…『後ろめたい気持ち』って、好きだからこそ生まれるものなんだよ」
宇髄の耳がピクリと動いた。
「私もね、昔……すごく後ろめたい気持ちになったことがあるの。小芭内さんを見ていると『私みたいな子が、こんなに素敵な人を好きでいいのかな』って……怖くて、逃げたくて、でも逃げたらもっと怖くて」
蜜璃が目を伏せ、自嘲気味に笑う。
「でもね、逃げないで伝えたとき……小芭内さんは、すごく嬉しそうに泣いてくれたの。そして、『こんな俺を君が選んでくれるなら』って言われた時、私思ったの。小芭内さんも、怖かったんだって」
蜜璃は微笑んで、少しだけ涙を浮かべながら、言葉を続けた。
「後ろめたい気持ちを抱えたまま告白するのって、すごく勇気がいるわ。でも……それって、すごく素敵な気持ちだと思わない?だって、『この人を傷つけたくない』って、『この人を幸せにしたい』って、そんな一番大事な気持ちの裏返しなんだもの」
厨房からやってきた伊黒が黙って蜜璃の手を握った。
蜜璃は最愛の夫に笑いかけ、そして宇髄に笑いかけた。
「だから、伝えてあげて。宇髄さんなら、きっと一番派手に、でも一番優しく、気持ちを伝えることができるわ」
「甘露寺…」
「私、応援してる」
どこまでも優しくて強い笑顔に、宇髄はフッと笑った。
そして、目の前にある、心を奪われている相手の色をしたスクリュードライバーを、一気に飲み干す。
「ありがとな、甘露寺。お前のおかげで吹っ切れたわ」
「おい、一応言っておくが蜜璃はもう…」
「わかってるって。癖だよ癖」
伊黒に言い返す宇髄に、蜜璃はそうだと手を叩く。
「ねえ、宇髄さん。どうせ告白するなら、恋人達の日に誘っちゃえばどう?」
「……恋人達の日?」
顔を上げる宇髄に、全員がそれは良いと同意する。
「恋人達の日は、確か異国から来た風習だったな?」
「何でも、恋人と結婚できない戦士達を哀れんだ異国の僧侶が、彼らのために結婚式をあげた。その僧侶が処刑された日だと聞いた」
「何だ、それは!物騒な話だ!」
首を傾げる不死川、富岡、煉獄の三人に、唯一の体験者である伊黒が説明する。
「確かに、起源はそれだが、恋人達の祝福の日であることは変わらない。我が国では、薔薇、マーガレット、そして相手をイメージした花の三種を送って、相手を誘うのだ」
「そして、誘いを受け入れた人は、相手の気持ちを受けるって意味で、その人とホットチョコレートを飲むの。もちろん、お菓子のチョコレートを食べても構わないわ」
二人の説明に、宇髄は思案する。
(善逸をイメージした花か……じゃあ、あれだな)
思い描いた花に、宇髄が口角を上げる。
「そうね!今年はちょうど満月だし、来週の土曜日だからちょうど良いわ。その日に告白したなら、きっと忘れられない思い出になるはずよ!」
蜜璃は両手を合わせ、目をキラキラさせる。
「ド派手な宇髄さんが、こんな地味~に怯えてるなんて、似合わないわよ?」
その一言に、宇髄の目がキラッと光った。
「そうだな。こんな地味にヘタレてるのは、派手じゃねぇ」
そう言って、ニヤリと笑う。
いつもの悪役顔のド派手な笑顔に、一同が安堵の息を漏らす。
「ありがとな、お前ら。背中押してもらっちまって」
そして、カウンターにドンと手を置いて、宣言する。
「恋人達の日。善逸をド派手に誘ってやる。逃げ場なんざ作らねぇ」
伊黒が呆れたようにため息を吐く。
「今度は逃がすなよ?あと、支払いはちゃんとしろ」
「任せとけ!今回は俺が全員奢る!」
いつもの様子に、不死川が呆れたようにため息を吐いた。
「……ま、頑張れよ。ド派手な色男らしくな」
すると、カランと蛇猫亭の扉が開いた。
炭治郎に連れられ、ムスッとした善逸が帰ってくる。
「すみません、やっと連れ戻しました!」
「……アンタ同伴じゃないと外出できないから帰れないんだよ。支払いもまだだし…」
むくれる善逸に、炭治郎がまあまあと宥める。
すると、蜜璃が湯気の立つお茶とお汁粉を持ってきた。
「善逸くん、外は寒かったでしょ?これで温まって」
「わ~い!ありがとうございます」
途端にデレッとした表情で席に座り、お汁粉を食べる善逸。
その横で、宇髄はフッと笑う。
(やっぱ、見ていて飽きねぇな)
「宇髄は我妻を見る時は、優しい顔になるのだな。我妻も真っ直ぐに宇髄の隣に座った。本当に仲が良いのだな」
「「っ!?」」
途端に、真っ赤な顔で固まる二人。
その光景に、全員が爆笑した。
「ハハハハ!本当に見ていて微笑ましいな!」
「きゃあっ!善逸くんったら耳まで赤くなってる、可愛い!」
騒ぐ狐と猫の二人に、爆弾発言を投下した富岡は申し訳なさそうに口を開いた。
「俺は、何か悪いことを言っただろうか?」
戸惑う富岡の肩に、不死川がポンと手を置いた。
「安心しろ、富岡。ファインプレイだったぜ?」
「はい!義勇さんは何も悪いことは言っていないです!」
「そうか…」
ぐっと親指を立てる不死川と、キラキラと輝く瞳で笑う炭治郎に、富岡が安堵の笑みを漏らす。
その横では、善逸と宇髄が必死に言い訳していた。
「違うから!この席のほうが蜜璃さんとよくお話できるからであって!」
「ほう?我妻…貴様、俺の妻に色目を使うとは、死ぬ覚悟はできているのだろうな?」
「安心しろ、伊黒。これは社交辞令だ。それに、善逸はもう俺なしじゃ生きられない体に…」
「わ~!アンタ、バカなの!?こんなとこでセクハラぶっ込むな!!!」
「俺は事実しか言ってないぜ?ほらよ、甘酒。注文してやったぜ」
「……ありがと……」
善逸が俯きながらも、宇髄から甘酒を受け取る。
その姿に、またもや煉獄と蜜璃が騒ぎ出す。
「やはり、君達は仲が良い!実に良いことだ!」
「きゃ~本当に仲良し~!」
「だから、違うって~!!!」
善逸の絶叫に、伊黒が呆れながらも、そっと善逸にデザートの柚子シャーベットを出してやる。
店内は温かい灯りと笑顔で満ちている。
その空気に、善逸と宇髄は幸せそうに頬を緩ませたのだった。
その光景を、水面越しに見ている者がいるとも知らずに…
ピチャン………
聖窟を満たす泉に、上弦の月が揺れている。
水面を覗き込むように、紅い瞳が一つ。
静かに、蛇猫亭の明かりを見つめている。
「………」
──その人物は、なにも言わない。
ただ、じっと見ているだけ。
すると、唐突に紅い目が細められた。
次の瞬間、水面が小さく波紋を広げ──
やがて、紅い目は消えた。
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