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雷狼のBEAST 第八話 仕立てられた罠

  それは、凍えるほどに青白い月が出る夜だった。

  シャラ──

  星屑のように煌めく、細く長い銀糸が宙を這い、何かを縫い上げていく。

  まるで運命を仕立てるように。

  青年はそれを眺めながら、凍りついた表情で拳を握り締めた。

  爪が掌に食い込み、血が滲んでも気づかない。

  「……ずいぶん、楽しそうにしてるじゃないか、兄さん」

  先程、水面越しに見た光景を思い出す。

  水面に映ったあの光景が、頭から離れない。

  店内の温かい灯り。

  笑い声。

  そして、曲がりなりにも神の一族の出身でありながら、あのような低俗な種族の者達と馴れ合い、囲まれていた兄。

  さらに、金髪の人間の隣で、愛おしそうに微笑み、尻尾を振る始末。

  幸せそうで、気持ち悪かった。

  一族が滅びかかっているというのに……

  同じ血が途絶えようとしているというのに──

  仮にも、一族の後継であった者が、たった一匹の雌に、心を奪われている。

  正直、虫酸が走った。

  どうやら、自らが生み出した雌に懸想しているようだが、とんだ愚行だ。

  恋だの、愛だの…そんな形のないものでは一族は増やせない。

  「せっかく、兄さんが用意してくれた、一族好みの極上の雌だ……有効活用させて貰うよ」

  青年の唇が、歪んだ笑みを浮かべる。

  青白い炎が、聖窟の闇を照らす。

  「あの兄さんをあそこまで狂わせたんだ。さぞかし、イイ苗床なんだろう…我が主もお喜びになる」

  巨大な石像の瞳が、紅く燃えた。

  「あの金髪の雌には、我が一族の悲願、一族再興を実現する為の礎になってもらうよ。光栄だろ?死ぬまで孕み続けられるのだから」

  青年はゆっくりと、舌なめずりしながら呟いた。

  その瞬間、聖窟の壁に、無数の裂傷が走った。

  まるで、誰かが泣き叫んでいるような、歪んだ傷跡だった。

  雷狼のBEAST 第八話 仕立てられた罠

  それは、蛇猫亭での出来事から三日後のことだった。

  「……ハァ……ハァ……」

  「ったく、お前ってやつは……」

  宇髄がベッドの端に腰掛け、汗で額に張り付いた善逸の金髪を撫でる。

  「何で隠そうとした?発情は我慢してどうにかできるものじゃねぇだろ?」

  呆れたような宇髄の声に、善逸は堪らずに、ベッドに顔を埋める。

  宇髄の過去を知ってから、満月の夜を除いて、発情は減っていた。

  しかし、宇髄への恋心を自覚した瞬間、彼を意識してしまい、その結果善逸は不必要に彼を避けてしまっていた。

  宇髄が近づいたり、声をかけようとしただけで挙動不審になり、逃亡する始末。

  そんな善逸に対し、遂に痺れを切らした宇髄が気配なく近づき、耳元で囁いたのが発端だった。

  “逃げんな。こっちは話したいことがあんだよ”

  ただでさえ耳が良いのに、低くて甘い声を吐息混じりで直に吹き込まれたものだから、腰にキてしまい、それが引き金となり、発情してしまったのである。

  あまりの羞恥に、初めは発情を隠そうとした。

  しかし、宇髄にバレないはずもなく、強引に彼の部屋に連れて行かれ、宇髄の香りがするベッドの上で甘く、深く、彼に抱かれ、善逸はあられもない喘ぎ声をあげながら、幾度も吐精した。

  抱かれた余韻がなかなか抜けず、体が仄かに火照り、熱を孕んだ吐息が、まだ部屋に残っている。

  シーツは乱れ、首筋には真新しい唇の跡が赤く浮かんでいた。

  善逸の蜜壺は、すっかり宇髄の形を覚えており、未だに彼が胎内にいるかのような錯覚さえ覚えている。

  好きになった相手によって、オンナにされた自身の体。

  その事実に、善逸は羞恥以上の多幸感を抱くと同時に、それとは相反する絶望を抱いていた。

  (部屋に戻らなきゃ…)

  「どこ行くんだよ?」

  起き上がろうとする善逸に、宇髄が苛立たしげな声をあげる。

  そんな彼に対し、善逸もまた淡々と返した。

  「部屋に帰る……ナカ、綺麗にしないと…」

  宇髄は、ただ発情する自分に付き合ってくれているだけだ。

  そこには、友情以外の感情はない。

  (勘違いするな。この気持ちは絶対報われない。だから、墓場まで持っていく)

  そう自分に言い聞かせ、力の入らない体に鞭をうち、何とか起き上がろうとした。

  けれど──

  「あ……」

  トロッと内股を伝う感触。

  同時に、足腰が震え、そのままへたり込んでしまった。

  真っ赤な顔で俯く善逸を見下ろし、宇髄は言う。

  「無駄だ。いつも以上に注いだからな。今晩は動けないと思うぜ?」

  その言葉と同時に、うつ伏せにされ、尻を高く持ち上げられる。

  「ちょっ…何して…!」

  「ナカを綺麗にしたいんだろ?俺がやってやる」

  「いや、自分でするからっ…あっ!」

  蜜壺の入り口を指で広げられ、思わず腰をひいてしまう。

  けれど、宇髄はそのまま柔らかくなったそこに指を挿入した。

  「ひぐ…っ…」

  太い指の感触に、いやいやと尻を動かす。

  だが、宇髄は善逸の腰を押さえ込み、そのまま指で胎内に出されたものを掻き出していく。

  「ふ…んぅ…っ…」

  「感じてんのか?やらしいな、隊長」

  ククッと喉で笑う宇髄に、けれど善逸は反論する余裕がなかった。

  宇髄の指を締めつけ、本人の意志とは裏腹に奥へと誘う胎内に、善逸の体に再び火が灯る。

  宇髄が全て掻き出した頃、善逸は真っ赤な顔で尻を高く上げ、太ももを震わせていた。

  善逸の象徴もすっかり勃ち上がり、悦びの涙を先端からだらだらと溢している。

  その姿に、宇髄は自身の唇をひと舐めすると、間髪いれず、再び彼の中に、硬くそそり立つ己の象徴を挿入した。

  「んぁっ!?」

  突然の挿入に、善逸の背中がしなる。

  同時に、善逸の理性は一瞬で焼ききれた。

  パン!パン!パン!パン!

  「ああぁっ、んんぅ!…ぅず…ぃ…さぁ…!」

  腰を掴まれたまま奥を突かれ、善逸は堪らないと言わんばかりに喘ぐ。

  もっと、といやらしく尻を動かし、宇髄自身を締め付ける善逸に、宇髄はぽつりと言った。

  「許さねぇよ。この俺から離れるなんて…」

  パン!パン!パン!パン!

  「善逸…お前はもう、俺のもんだ」

  パン!パン!パン!パン!

  「俺だけの…雌だ」

  グン!

  「んああぁっ!?」

  大きく腰をグラインドさせた瞬間、善逸の金髪が揺れる。

  奥を穿つ宇髄が注ぐ新たな欲望。

  その熱い奔流に、善逸は恍惚とした表情でそれを受け止める。

  “俺だけの…雌だ”

  (宇髄さんだけの……嬉しい…)

  本来なら、男として怒りを露にしなければならない言葉。

  それなのに、善逸はその言葉で幸せを感じている。

  そんな自分の考えに、善逸は自嘲気味に笑うと、再び動き出す最愛の雄の求愛に応えるように、胎内にいる彼自身を熱く抱き締めたのであった。

  「…………」

  「…………」

  善逸はベッドの上で目を丸くしていた。

  正直、先程まで抱かれていたので、まだ理性が戻ってこない。

  頬は蒸気し、唇は腫れ、声も掠れている。

  腰に至っては感覚もなく、ベッドから出ることさえできない。

  それでも、目の前に差し出された花束は、彼を驚かせるには十分過ぎるほどの効力を発揮していた。

  「……これ」

  赤い薔薇とマーガレット、そして鮮やかな黄金色のレンギョウ。

  差し出している宇髄を見上げると、珍しく真っ赤な顔をしている。

  「恋人達の日の、お誘いだ……善逸…これ、受け取ってくれないか?」

  そう言って、花束を差し出してくる宇髄の声は低く、甘く、どこか照れくさそうで──

  善逸は震える手でそれを受け取った。

  レンギョウの花弁が、小さく揺れる。

  「受け取ってくれたな…」

  宇髄が安堵したように微笑む。

  「…ったく、話があるって言おうとする度に逃げやがって…もう誘えないかと思っただろ」

  照れたように笑う宇髄に、善逸は目を丸くする。

  「ま、待ってよ。つい無意識に受け取ってしまったけどさ……アンタ、恋人達の日に誘う意味知ってんの?この日は…!」

  「俺が冗談でこんなことすると思うか?」

  真面目な表情に、善逸は押し黙る。

  一見、不誠実に見える宇髄だが、実はとても誠実な性格をしている。

  だから、人の心を弄ぶようなことはしない。

  それは、彼のことをよく知っている善逸が一番理解している。

  「なあ……善逸」

  宇髄の長い指が、善逸の顎を掬う。

  「俺はいつだって、お前に求愛していたぜ?」

  「…………」

  「ぜん…」

  宇髄の呼びかけに、善逸は花束を抱きしめたまま、はらはらと涙を溢れさせる。

  (……ずっと、報われないって思ってた…)

  涙が一粒、また一粒と…雨のようにレンギョウの花弁に降り注ぎ、小さく弾ける。

  善逸はゴシッと腕で涙を拭うと、恥ずかしそうに、でも確かに笑った。

  「……うん。いいよ」

  小さな声だったけど、はっきり届いた。

  「恋人達の日……オレも、アンタと一緒にいたい」

  満面の笑顔でそう言った善逸の頬を、宇髄が優しく撫でる。

  「もう気持ちを言っちまったようなもんだが……恋人達の日、改めて告白させてくれ」

  「わかった。じゃあ……その時にオレも気持ちを伝える。オレからも告白させて?」

  「ハハ、流石俺が惚れた男……ド派手な告白、期待してるぜ?」

  そう言って、静かに顔を寄せてくる宇髄に、善逸は応えるように目を閉じた。

  部屋に満ちる甘い空気。

  再びベッドに沈む二人を、愛の花達が静かに見守っていたのであった。

  「よし、これだけか…」

  善逸は荷造りを終え、よしと頷く。

  いよいよ、明日に迫った恋人達の日。

  二人は、二泊三日で産屋敷家が紹介してくれた別荘に泊まりに行くことになっていた。

  元々、恋人達の日である土曜日の夜は満月である為、鳴神は夜の見回りはない。

  更に、悲鳴嶼や胡蝶姉妹、そして他の騎士団の部隊が善逸達が泊まりに行けるよう、手を回してくれたのだ。

  そんな面々に、密かに感謝しながら、善逸は午後から休みを貰い、まずは荷造りを始めていた。

  「あとは、騎士服を取りに行って、そのまま獪岳のところに持っていくだけかな」

  自分が口にした義兄の名に、善逸はふと首にかかる牙のネックレスを握り締める。

  思い出すのは、突き放すように向けられた、義兄の背中。

  “勝手にしろ!”

  「…………」

  思い出された言葉に、善逸は悲しそうに目を伏せる。

  獪岳には、説明したのだ。

  宇髄が痣を刻んだのは、自分の命を助ける為だったと──

  善逸の話に、けれど獪岳は聞き入れず、善逸を罵倒した。

  祖父である桑嶋が、どれだけ苦労したと思っているのか、と──

  正直、祖父の名を出されると心が痛んだが、それでも善逸は引かず、結果そのまま仲違いしてしまった。

  あれから、獪岳とはまともに話していない。

  幸い、魔法道具のメンテナンスは以前と変わらず引き受けてくれてはいるが──

  (じいちゃんが、世界旅行から帰ってくる前に話し合おう)

  善逸はタメ息を吐くと、最後に机に置いていた、綺麗にラッピングされた二つの箱を手に持つ。

  一つは、明日の夜に宇髄と一緒に飲むホットチョコレートになるチョコレートだ。

  そして、もう一つ。

  「ちょっと…ベタ…だったかも?」

  チョコレートの箱を鞄に入れ、真っ赤な顔で、もう一つの箱……宇髄に贈る、揃いのピアスをポケットに仕舞う。

  「さて、そろそろ騎士服を取りに行って、獪岳の所に持っていかないと……」

  コン、コン、コン──

  「はーい、ちょっと待ってて」

  突然のノックに、善逸が宿舎の自室の扉を開けると、そこには魔法騎士団事務員の村田が、騎士服を持って立っていた。

  「お疲れ、我妻。仕立て屋から、騎士服が届いたぞ」

  「えっ?俺取りに行くって伝えたんだけど…」

  「何でも、近くに配達があったからついでに持ってきたんだと。そこの奥方が言っていたぞ?」

  「え~恋雪ちゃんってば、気を遣わなくていいのに~」

  途端に、デレッとだらしない表情で騎士服を受け取る。

  村田の口角が一瞬上がった。

  「じゃあな」

  「ちょっと、村田さん?」

  そのまま、スタスタと去っていく村田に、違和感を覚える。

  いつもは仕事がキツいだの、お前の副官怖くないのか?だの、雑談をして帰るのに...…

  どこか腑に落ちない善逸だったが、とりあえず破れて修繕に出していた騎士服を持ち、扉を閉める。

  「とりあえず、さっさと獪岳の所へ持っていかないとな……ん?」

  騎士服を広げ、再び感じた違和感。

  目の前にある白い騎士服は、それはもう見事な物である。

  確かに、針子である恋雪の腕はかなり良い。

  しかし、本当にこれは恋雪が縫ったものなのか…

  (呪いの類いはかけられていない。邪気も感じない…でも、何だろ?この嫌な感じは…)

  善逸は、違和感を確かめるべく、届いたばかりの騎士服に袖を通し、羽織った。

  シュッ!

  「っ!」

  何かが投げられ、善逸が咄嗟に避ける。

  けれど、狙われたのは彼自身ではなかった。

  カチャッ──

  音を立てて落ちる、牙のネックレス。

  壁に刺さる魔鉱石のクナイが、ネックレスの革紐を切ったのだ。

  その瞬間ーーー

  ポウッ

  「……っ!?」

  途端に、黒く発光する黒百合の痣。

  同時に善逸の琥珀色の瞳から光が失われ、だらりと腕が落ちた。

  「…………」

  硝子のような瞳で、無表情のまま立ち尽くす善逸。

  まるで人形のような彼に、コツと足音を立てて、何者かが歩み寄る。

  「成功したようだね」

  「…………」

  「俺の魔力で編んだ特注の服だ。自我を封じて操り人形にしたほうが、何かと便利だしね…さて…」

  黒髪の青年が、まるでダンスに誘うかのように、スッと善逸に手を差し伸べる。

  「来い。我ら一族に選ばれた者よ。その身に宿した聖杯で役目を果たせ」

  「…………」

  青年の言葉に、善逸は黙って彼に従った。

  そのまま、差し伸べられた手に己の手を重ねる。

  「兄さんは、随分とこの雌にご執心のようだね」

  自我を封じられた善逸の体を引き寄せ、ハリのある尻を鷲掴む。

  途端に、ビクン!と跳ねる体。

  青年はそのまま善逸の頬を撫で、半開きの唇を指で摘まんで弄りながら、全身を舐めるように眺め、そして調べた。

  鍛えられた体に残るキスマーク、ぷっくりと肥大し、桃色に染まった胸の頂き、唇は何度も吸われた影響か、こちらも赤く膨らんでいる。

  それだけで、この雌がどれほどの寵愛を受け、可愛がられてきたか、よく解る。

  「形も色も一級品だ。我が主もお喜びになるだろう」

  「…ァ…ン…」

  「尻の大きさや形も良い。この尻ならば、安産だろう。幾らでも孕めそうだ」

  「ン…ふ…」

  ぷりっと弾力のある胸の飾りを指で摘み、尻を揉みながら、淡々と観察する。

  少し触れるだけで感じる、敏感な体。

  僅かに声を漏らし、内股を擦り合わせる善逸の姿に、青年の口から無意識に熱い息が漏れた。

  正直、侮っていた。

  幾ら、呪花の証で雌と同じモノになったとしても、所詮は雄。

  元々、そちらの趣味はなかった。

  けれど、この金色の魔法使いは、どこか自分達を狂わせる色香がある。

  そんな気がした。

  「あんたも運が悪いね。俺たち一族に目を付けられたばっかりに雌に堕とされてさ」

  「ンンン!」

  布越しに、蜜壺の入口を指で突くと、善逸は痙攣し、軽く達した。

  ぐったりと寄りかかり、ハア…ハア…と悩ましげに吐息を漏らす金色の人形。

  青年はそのまま彼を横抱きにすると、空気を裂き、異空間へと消えていったのだった。

  「よし、お前ら!今日の鍛練は終わりだ!明日休みだからって羽目外すなよ!」

  「「「「「はい!」」」」」

  部下達の返事に、宇髄は上機嫌で善逸に代わりに行っていた鳴神の鍛練を終える。

  「さて、と…俺も準備して、愛しの隊長どのを迎えに行くとしますかね」

  宇髄は、上機嫌で帰路につく。

  鼻歌交じりに、夕暮れの大通りを歩いていると、向かいからよく見知った二人が歩いてきた。

  その姿に、宇髄は足を止める。

  「お、素山夫妻じゃねぇか。珍しいな」

  「どうも」

  「こんにちは」

  仕立て屋を営む素山夫妻。

  夫の狛治と妻の恋雪で切り盛りする仕立て屋は、魔法騎士団御用達の店だ。

  御用達の店となったのは、煉獄や富岡、そして炭治郎が魔法騎士団に掛け合ったこと、そして以前の騎士服担当が、女性物の騎士服を露出の激しい物ばかり作る為、抗議が殺到したからだった。

  よって、以前の担当が採寸、デザインし、それを救助隊の胡蝶しのぶが念入りにチェックをした上で、素山夫妻の仕立て屋に依頼している。

  「杏寿郎や義勇、炭治郎は元気にしてますか?」

  「あぁ、アイツらは相変わらずあちこち人助けしてるよ」

  「そうですか…また、ともに鍛練したいものです」

  「フフ、炭治郎さん達と武芸の鍛練をしている狛治さん、本当に楽しそうだから」

  穏やかに微笑む狛治。

  その横で、恋雪が笑う。

  「それは?」

  「善逸さんの騎士服です。今から、届けに行こうと思っていまして」

  恋雪の言葉に、宇髄が訝しげに眉を寄せる。

  「待て、善逸は店に直接取りに行ったはずだぞ?今日は午後から半休をとったからな」

  宇髄の言葉に、恋雪がやっぱり…と呟く。

  「本当は、今日もお店に取りに来て下さる予定だったんです。けれど、来店時間になってもいらっしゃらないから…」

  「我妻隊長は、半分妻と会話することを楽しみで来店されていましたからね。それに、店に取りに行って、そのまま実家に行くほうが都合が良いと言っていたので...こんなこと、初めてですよ」

  恋雪と狛治の話に、一抹の不安が過る。

  その時だった。

  「っ!?」

  「あの?」

  勢いよく、宿舎がある方角へと振り返る宇髄に、恋雪が戸惑ったように声をかける。

  宇髄は、そちらの方角を睨みながら、静かに口を開いた。

  「悪いが、竈門隊長と煉獄を呼んできてくれないか?」

  「宇髄副隊長?」

  「騎士服は今度取りに行く。そのまま預かっていてくれ」

  「えっ?あの…どういう!」

  戸惑う夫妻を置いて、宇髄は宿舎へと走り出した。

  巨体ながらも、善逸に負けず劣らずの俊足を誇る宇髄。

  彼が風を切って走るだけで、周りは残像にすら気付かない。

  宿舎へと辿りつき、驚く騎士達に構わず、急いで善逸の自室へと向かう。

  「善逸!……っ!?」

  目の前の光景に、宇髄は息を呑む。

  荷造りの途中だったであろう鞄、開けられた窓、そこから吹き抜ける風──

  その風が、散乱した紙を舞い上げている。

  “雌に会いたいなら、森の入口、古びた教会に来い”

  びっしりと壁に貼り付けられた紙に書かれた、赤い文字。

  雌と書かれた紙に、突き立てられた魔鉱石のナイフに、見覚えのあるネックレスが括りつけられている。

  「…………」

  ──ガサッ

  宇髄の指が、ネックレスの括られたナイフを抜き取り、紙を握り潰した。

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